『何も知らない』
「ハンナ、今日!」
「ムリ。」
後日、放課後になるとケイが声をかけてきたが、私は食い気味に断った。
今日は本家に行って稽古しなければならないのだ。
正直面倒くさいが、これもかぐやお姉ちゃん…親戚のお姉ちゃんのためだ。
かぐやお姉ちゃんが家を継がなかった場合、私が継がなければならない。
舞いは嫌いじゃないし、…何より、みんなのため。
このくらい苦のうちには入らない。
「あ。………来る?
楽しいもんじゃないけど」
私はケイの少し悲しそうな顔を見て、セツナの言葉を思いだし、そう声をかけた。
大分マシになったが、まだまだ恐怖は残る。
異性で怖がらずにすむのは、血縁以外ではリューくらいなものだ。
「え…、良いの?」
「うん…来たいなら、勝手にすれば?」
私はケイから目をそらしながら答えた。
言ってすぐに後悔したが、後の祭り。
でも、そんなことで一々傷つくケイでもない…と思いたい。
不安なのは、大御祖母様に何か言われないかだが。
ケイは世間渡りが上手だし、問題ないだろう。
「ここ…お寺?」
「それを言うなら神社。仏教じゃないからね。
更に言うと、ここは弥扇っていう家のお屋敷だよ。」
父方の家の本家、弥扇家は1000年以上は続いてる神社の家。
因みに、仏教ではないというのは弥扇家は仏様を奉っているのではなく、神皇陛下を奉っているのだ。
もちろん、もう御隠れに(亡く)なったお方。
神皇陛下を奉るのが許されてるのは、弥扇家だけ!
それは、弥扇家が神皇陛下の血を少なからず受け継いでいるから。
ま、そんなの知ってる人少ないけど。
「これが…?」
ケイが驚く、というか疑うのも無理はない。
小学校何個分なのだろう。12個?(適当)。
山も含まれているため、普通にお屋敷のなかで遭難できる。
ま、神社の大きさを考えれば全然全然…感覚にぶってるなぁ。
「そうよ。行こう?」
「あ、うん!」
私が歩き出すと、ケイは我にかえって追いかけてきた。
時間には余裕があるが、どうせならかぐやお姉ちゃんやひとしお兄ちゃんに会いたい。
かぐやお姉ちゃんはともかく、ひとしお兄ちゃんはまず居ないだろう。
二人は一応、許嫁だが一時的に取り消しになっている。
大層な家になると、色々あるのだ。
それも、血を大事にしているとなると。
「ハンナさん!
お久しぶりです。」
蒼冬家の『前』次女(すでに蒼冬家に子が生まれているため)
蒼冬 緋子さん、かぐやお姉ちゃんの侍女だ。
平たく言えば専属メイドというわけだ。
といっても、普通に着物的なものを着ている。
「かぐや様、いらっしゃいますよ!」
「本当?!良かったぁ!」
さすが緋子さん!
話がわかっている!
『結様もいらっしゃいますよ。』
緋子さんは、私に耳打ちをしていった。
わざわざ小声で言わなくて良いよ!緋子さん!
そう。緋子さんは長い付き合いのため知っているのだ。
私がひとしお兄ちゃんに密かに想いを寄せていることを。
「ハンナ!久しぶりね!元気にしてた?」
顔が赤くなっていないかと、慌てて顔を触っているとかぐやお姉ちゃんが出てきた。
相変わらず美しいという言葉が似合う漆黒の髪と、漆黒の瞳をしている。
ずっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうだ。
この色は日本人の元の色らしいが、今となってはむしろ浮いている。
と同時に、神皇の血を引いている証しともなった。
もっとも、神皇陛下本人は白髪と青い瞳なので普通の人は分からないだろうが。
「もちろん!かぐやお姉ちゃんこそ、
大丈夫?少しは慣れた?」
こんな風にかぐやお姉ちゃんは明るく接してくれるけれど、まだ神楽様と咲夜さん…両親を亡くされて間もない。
きっと心のなかではたくさんの悲しみを抱えているはず。
時が解決してくれるというけれど、その時すらかぐやお姉ちゃんには足りていないのだ。
「心配しなくても平気よ?
ところで、そっちの子は?」
あ、思いっきりケイの存在を忘れていた。
ほら、緋子さんが綺麗にスルーしたから…。
当たり前だね、緋子さんや他のお手伝いさんが私に優しく接するのは、かぐやお姉ちゃんが私の事好きだから。
そして、他の家の人達が私に接するのは、私が分家の子でかぐやお姉ちゃんの次に跡取りになる可能性があるから。
そこにケイは何も関係ない。
「小学校…っていうか、幼稚園の」
「あ!もしかしてケイくん?!
わぁっ、初めまして!弥扇 神夜です。」
私が言い終わるより先に、かぐやお姉ちゃんがキラキラした目で食い付いてきた。
お願いだから、そんなに嬉しそうにしないで…!
「え、あ、彩瀬 繋です。
…何で僕の事を?」
「ハンナから聞いてたの!
幼稚園のときにね…、懐かしいわ…。」
覚えていないが、かぐやお姉ちゃんに『ケイくん』の話をしていたらしい。
絶対に余計なこと言わないでね!と私は目で訴えかけた。
「あれ、かぐや…とハンナか!
っと誰だ?」
ひとしお兄ちゃんは、かぐやお姉ちゃんに真っ先に反応した。
あれこれ言うけどやっぱり二人は許嫁なのだ。
そして、かぐやお姉ちゃんには、おそらく才能がある。
舞の才能も、人の上に立つ才能も、神事の才能も。
ま、これは私の勘だけど。
「小学校の友達!」
私はさっきみたいなことにならないために、友達と言い切った。
「と…もだち……」
「友達ねぇ…?」
「友達かぁっ!」
…みんな違う反応をしすぎだとと思う。
ケイがなんで落ち込んでるのか分かんないし
かぐやお姉ちゃんは何かニヤニヤしてるし
ひとしお兄ちゃんは…いつも通り………。
「私は今から大御祖母様に会ってくるから!
しばらく三人で話しててよ!」
ひとしお兄ちゃんに会えたのは嬉しいけど、何だか嫌な予感がして、私は慌てて去ろうとした。
すると案の定…。
「え?
友達なんだろ?良いじゃんか。」
「ちょ、ひとしお兄ちゃん…?」
嫌な予感が的中しちゃいそうになったことで、嫌な汗が出てきた。
「良いよな!」
「…良いです……。」
そんな眩しい笑顔を向けられて断れるわけがない。
ひとしお兄ちゃんのばかぁ。
でも好きだよぉ……。
「何するんですか…?」
部屋中が木でできた部屋まで案内されると、ハンナは準備があるらしく、どこかへ行ってしまった。
ケイは、かぐや達に聞いてみることにした。
「どうせ舞でしょう。」
「マイ?」
ケイは聞きなれない単語に首をかしげた。
「神事だ。
分かるか?」
「ジンジ…?」
結はケイきわかりやすいように説明しようと試みたが、やはりわからなかった。
「神様に祈りを捧げたり、話を聞いたり聞いて貰ったり。」
「神皇陛下にですか?」
神と言えば、それしか思い付かないとケイはかぐやに聞いた。
すると、かぐやは頷いて。
「ええ。
うちはそういう家系なのよ。」
「弥扇家が?」
力道家も能力者の家系という特別な家系であったため、どっちなのか一応確認した。
「ハンナも俺も分家の子だ。
今ハンナはこいつの次に力がある。」
「ハンナが…」
ケイは、ハンナにはただでさえ能力という特別な力。
更にそのなかでも特別な、異端であるのに。
それに加え神事という、また他の力があることに酷く驚いた。
「ああ。本来のハンナの家。
赤夏家には今、男しか居ないからな。」
「男じゃダメなんですか?」
ケイは素朴な疑問を投げ掛けた。
「男が舞ってもしょうがないだろう。」
「そういう…」
神様、神皇に贈るものなのに、とケイはげんなりした。
「…しょうもない理由よ。
潰れてしまえば良いのにね」
「またお前はそんなこと!」
ケイは冗談だろうと受け取ったが、結の返答を見る限り、そうではないのかもしれない。
どちらにしても、次期当主がそんなこと言うものではないだろう。
「…ハンナは巻き込まないでくださいね。」
弥扇家が潰れようと潰れまいと、ケイにとってどちらでも良い問題だが。
ハンナを巻き込んで傷つけることだけは、間違っても許せなかった。
「そうね。
ハンナだけじゃなく、もう…。」
「もう、なんだよ。」
かぐやの言葉に、結は不機嫌そうな声をそのままに、眉を潜めた。
「…ふふっ」
その様子だと、かぐやは隠したいのだろうとケイは察し。
そして、察しの悪い結に少し苛立った。
「誰にだって話せないことはあるでしょう。」
「あ…?」
ケイは結の顔は見ずに、まっすぐ前を向いたまま言った。
ケイの言葉に、結はあからさまに不機嫌になった。
「何も知らないやつがグチグチ言うなって言ってるんです」
「なっ、んだと…?!」
ケイは言ってから、この言葉は自分に言っていたのだと気が付いて、更に苛立った。
「ハッ。図星ですか。」
自分に言ったのだと気が付いても、口から出てくる言葉を止められなかった。
すると、その言葉をかぐやが止めてくれた。
「お願いだから、今喧嘩しないでよ…?」
「…すみません。」
「っ……」
心の片隅でこっそり感謝しながら素直に黙った。
それから少し経つと、独特の和服を着たハンナが入ってきた。
そして、それと同時に音楽も流れだすと舞が始まった。
これが、…舞。
生まれて初めて見た、独特のリズムと独特の踊りにケイは言葉もでなかった。