竜騎士団
王女たちの誕生祝の宴に続いて成人の儀も滞りなく終了し、星の数ほどの求婚者達も去ってユーテシアには平和が戻ってきた。
式典などのために都に集まっていた貴族達もそれぞれの領地へと帰って行き、王都に残ったのは王と銀の王女、そして城に勤める文官や武官のみとなった。
金の王女も竜騎士団の拠点であるキーズランドへ戻っていった。
ユーテシアから北西方向に馬で10日ほど(飛竜ならは2日足らず)駆けた先に大陸最大といわれるファンティス山脈が聳え立つ。キーズランドはそのファンティス山脈の麓にあり、山中に住む黒妖精の国への入り口を守るような位置に竜騎士団の砦が置かれている。近くには河も泉もあり、緑豊かなこの地域は騎竜の飼育に適しているだけでなく人間にとっても快適この上ない。
この砦には金の王女を含む竜騎士二千人と現在訓練中の見習約五百名、その他竜の飼育係や騎士達の身の回りの世話をする者など、総勢三千人ほどの大所帯が常時暮らしている。
サラフィーナの身分が王女である以上その身の回りのことを男手に任せるわけにも行かす、女性も十数名在住している。勿論彼女達もただの侍女ではない。いざと言うときには剣を取り、なまじの騎士では太刀打ちできない戦士である。
このエメラルディア屈指の精鋭戦闘集団の責任者のもとにハイリエ王国との国境付近を治める貴族からの使者が訪れた。話を聞いた金の王女はひとまず使者を下がらせ、副官のファーガスを団長室に呼んだ。
竜騎士団の副団長ファーガスは標準よりも背丈は高いが痩身で、どこか抜き身の剣を思わせる鋭さを感じさせる男である。
余談であるが、竜騎士団に巨漢の騎士はいない。いるとしたら竜ではなく馬を駆る地上勤務の騎士である。理由は簡単で、あまり体重がありすぎると乗られた竜が長時間飛べなくなってしまうのである。
他の竜騎士同様、ファーガスも金の王女に絶対の忠誠を誓っている。日頃から「サーラ様の御為なら王命に背くことも厭わない」と公言して憚らない、恐れ知らずでどこか不敵な男である。
尤もこれはサラフィーナの配下の誰もが思っていることでもある。他の者は敢えて公言していないというだけのことだ。
その不敵な男が団長室に入り扉を閉めると、竜騎士団長は愉快そうに部下に話し掛けた。
「面白い報告が入ったぞ。ハイリエとの国境のあたりに盗賊が出没するそうだ」
「ああ、先ほど鹿が一匹砦の門をくぐったのはゲイル殿の泣き言を伝えるためでしたか」
ファーガスが使者を「鹿」と呼んだのは、その主であり北方の領土を預かるヘルムウィンド伯爵家の紋章が牡鹿だからである。数代前まではこの牡鹿がエメラルディア群の先頭を駆けている姿も見られたが、キーズランドの竜騎士団がその勇名を馳せるようになってからは伯爵領の守りすらそちらに任せるようになってしまった。
現在の当主であるヘルムウィンド伯ゲイルも悪人ではないが、血筋が古いだけが取り柄の頼りない人物である。尤も、自分の領地内で竜騎士団が何をしようと文句はいわないので、団員にとってはある意味ありがたい人だろう。
「ゲイルは確かに何かと我々に頼る傾向があるが、嘘はつかぬ。難儀しているのは本当であろう。尤も、その賊どもは評判の良くない裕福な家のみを狙い決して人を殺めることはせず、奪った金品は貧しい者に与えているとあっては極悪人扱いするわけには行かぬな。被害にあった連中の面を思い浮かべるに、むしろ賊の方を褒めたくなるぞ」
「さりとて無罪放免というわけにも参りますまい。盗賊は盗賊です。領主殿より正式な要請があった以上、出動しないわけには行かないでしょう」
「そなたの申す通りだ。アルデニアとの戦以来この砦の者にとって大した刺激もなかったことだしな……確か騎手が交代した竜が五頭いたはずだな?」
「はっ。先月退職いたしました者の騎竜は皆、健康で充分に若いので新しく正騎士に叙任された者をあてがいました」
「騎手との交流は?」
「問題ありません」
騎士ではなく竜を基準に話が進められるのが竜騎士らしいと言えるだろう。
「ではその五騎と熟練した者を五名つれてゆく。人選はそなたに任せるが、対アルデニア戦には参加しなかった者にせよ」
「殿下のお供ができるのが新米を含めてたった十名とあっては、残された者はさぞ不満に思いましょうな」
「仕方あるまい、戦ではないのだから。ああ、ついでにユーテシアに一騎飛ばしてこのことを兄上にご報告せよ」
「御意」