誕生祝の宴
王女達には秘密裏に準備された二人の誕生祝いの宴は盛大なものになった。国内の主だったものは勿論のこと、大陸中の大小様々な国から(つい先頃まで戦争をしていたアルデニアからも)贈り物を持参した使者が祝いに駆けつけていた。
普段は動きやすいという理由から騎士のような格好をしている王女達だが、このときはさすがに盛装していた。ドレスアップして髪を結い上げ、様々な宝石でその身を飾った二人は正に絶世の美女と呼ぶにふさわしく、同性ですら見とれずにはいられない。
ただ美しいだけではない。
この美貌の王女たちはどのような宝石も装飾品も色褪せてしまうような、圧倒的な光を内から放っている。とても純粋な人間の持ちうる光ではない。やはりその体に半分流れる妖精の血のなせる技であろう。
「なんともまあ、盛大なこと。兄上ご自身の二十歳の誕生日もこれほどではなかったと言うのに。わざわざフィルギウスの君のご協力まで仰いで私達を妖精の森に留めた理由がこれですか?」
心底呆れた顔をする末の妹に黒の王は飄然と言う。
「今日の私があるのもお前達のお蔭だからな。日頃の感謝の念を込めたつもりだ。それにお前達は二人いる。一人分だった私のときより盛大になるのは当然であろう?」
妙な理屈を持ち出されてサラフィーナは何とも言い難い顔になる。
金の王女は宴の規模だけを問題にしていたわけではない。アルデニアとの戦が終結したばかりの時期に、戦後処理の激務を肩代わりしてまでこの誕生祝の宴の準備を二人の王女には秘密にして進めた、王と重臣達の酔狂さとそれに協力した<北の森>の祖父に呆れたのだ。
二人の王女への祝いの品の贈呈もあらかた終わりそろそろ楽士達が舞曲を奏で始めようかというとき、侍従の一人が蒼白な顔で駆け込んで来た。
「も、も、申し上げます!!」
侍従のあまりにも切迫した様子に黒の王も緊急事態の発生かと表情を固くする。
「何事だ!?」
「た、ただいま<北の森>の妖精王、フィルギウス・ネフィルの君とそのお世継ぎ、ハーライル・ゼフィロ様が数名の騎士を伴ってお着きになられました」
「馬鹿な……あの方が森から出ていらっしゃったと申すのか?」
フレデリックにとってもこれは寝耳に水であった。
一応招待状は出してあったものの、まさか妖精王が自ら大勢の人間の前に姿を現すとは思っていなかったのである。
王女たちを含め、広間に集まった人々は一様に驚愕の表情を顔に貼り付けている。
異様に静まり返った広間を妖精たちは優雅に、雲の上を歩くような足取りで奥の玉座の前まで進んできた。
黒の王はよほど妙な顔をしていたのであろう。彼の母の兄、つまり伯父であるハーライル・ゼフィロが小さく笑って言った。
「何という言う顔をしておる。仮にも一国の、それも世界に冠たるエメラルディア王国の王ともあろう者がそう簡単に思ったことを顔に出すものではない」
「伯父上……それにお祖父様も。何故妖精の森を出ていらっしゃいました?」
「何故?我らに招待状を寄越したのはそなたではなかったか?」
絶句している黒の王を無視してそれまで黙っていたフィルギウス王が王女達に話し掛けた。
「シルフィーナ、サラフィーナ。そなた達が無事に成人することができて嬉しく思う。実のところ、そなた達が十五年以上生きられるかどうか、妖精界に住む者すべてが危ぶんでいた。何故か解るか?」
「いいえ」
異口同音に答える二人の王女。
「双子として生まれた妖精は例外なく生後十五年以内に命を落としている。繁殖力の高くない妖精は本来、人間や他の生物ほど多くの子を生せぬ。多くて三百年に二人程度だ。そのような者が一度に二人もの子を産めば、当然母親は力を使い果たし命を落とす。子のほうも本来一人が持つべき力をそれぞれに半分、あるいはそれ以下しか持たぬ故永く生きることはかなわぬ。現にそなたらの母はそなたらを産んだ後力尽きて死んだ」
「月の姫と太陽の姫が今日まで生き長らえたのは、その体に半分流れる人間の血のお蔭であろう」
ハーライルが父王の言葉を補足する。
「ですから、姫様方が成人なされたのは妖精界全体にとって誠に喜ばしいことなのです」
静かに言ったのは妖精王に付き従ってきた若い女性の姿をした(実際にはどれだけの年月を生きて来たのか解らない)妖精である。
これらの言葉に妖精王は頷く。
「なればこそ、こうして我等が妖精界を代表して祝いに参ったのだ」
フィルギウスが背後に控えた部下に合図すると、表面に精緻な細工が施された金の小箱を恭しくささげ持った妖精が二人進み出て、箱の蓋を開けた。
中にはこれまた見事な細工の額冠がそれぞれ入っていた。片方は銀の台座にサファイアを象嵌したもので、もう片方は金にエメラルドである。どちらの台座も、まるで銀と金でできた蔓草が複雑に絡み合っていっるかのような細工である。
サファイアの額飾りは銀の王女に、エメラルドの方は金の王女の額にそれぞれ妖精王自らの手によって嵌められた。
「シルフィーナのサファイアは水の妖精王の証として彼の君の額を飾る石の兄弟石だ。サラフィーナのエメラルドはこの私の額にあるものの兄弟石。火の妖精王や風の妖精王もそれぞれの石を贈りたがったが、四人で話し合った結果、この二つの石が最もそなたたちに似合うであろうと言うことになった。代わりに額冠の銀は風の、金は火の領域から産出したものだ。細工の方はファンティス山脈の黒妖精に依頼したのだが、事情を話すと妖精界最高の細工師である黒の妖精王が手ずから仕事をしてくれた。つまりこれらは文字通り妖精界全体からの贈り物なのだ」
妖精王の兄弟石と妖精王の領域で採れた貴金属を黒の妖精王が自ら細工した額冠。
つまりシルフィーナは水と風、サラフィーナは樹と火の加護をそれぞれに得たということになる。
この世で最も精緻な細工の額冠をつけた麗しい二人の半妖精の姫には、広間に集まった人間は勿論のこと、妖精達ですら恍惚と見入るのだった。
王女たちは妖精王たちに向かい、誰もが見惚れるほど流麗な動きで両腕を胸の前で交差させ、片膝をついて瞳を伏せた。貴人に対する最高の礼の形である。
「お祖父様、伯父上。本日は私共のためにわざわざお越しいただき、またこのように素晴らしい贈り物をいただきまして、心より感謝申し上げます」
「本日この場にはいらっしゃらぬ輝かしき方々にもこの感謝の念をお伝えくださいませ。そして、人界にいらっしゃることがおありでしたらぜひユーテシア城にお立ち寄り下さいませと……」
丁寧な口上を述べる王女たちにフィルギウス王は温かい、慈愛に満ちた目を向け、頷きを返した。
「そなた達の人生から争いの影が消える日は恐らく来ないであろう。たが、フレデリックもそなたらも強き精神と正しき心をもっている。そなた達の心から光が消えぬ限り、我ら妖精は助力を惜しまぬ」
「神々の祝福が常にそなた達にあらんことを!」
ハーライルの言葉が終わるか終わらないかの内に大広間は大歓声に包まれた。
人間が紡いできた歴史の中で、かつてこれほどはっきりと妖精に味方を約束された王は存在したことがない。
エメラルディア王国の臣民は彼らの輝かしい主君に改めて忠誠を誓い、同盟国の代表たちは自国とこの竜と森の国との結びつきをより強固なものにするべく、こぞって黒の王と金銀の王女たちに向かって美辞麗句を並べ立てた。
妖精国の使節団はこの大騒ぎが始まると、黒の王と王女たちに短い挨拶をして早々に引き上げて行った。
宴の招待客はこの美しい種族の者達をもっと長く見ていたいと残念に思ったが、彼らを引き止める勇気のある人間は一人もいなかった。