戦う理由
なんだか多くの方にアクセスいただけていて、とても嬉しいです。
かなり昔に書き溜めた小説を手直ししながら投稿していますが、更新時期は不定期です。一日に何話も投稿する日もあればしばらく更新しないこともあります。
大変恐縮ですが、気長に見守っていただけると幸いです。
戻ってきた金の王女と後からやって来た銀の王女の前で緑の妖精王はフレデリックからの親書を読んでいたが、やがて顔を上げて孫娘達に話し掛けた。
「遠路はるばるご苦労であったな、シルフィーナ。フレデリックからの書状への返答はしばしの時を要するものゆえ、それが整うまで森に滞在してゆくが良かろう。サラフィーナ、そなたには気の毒だが、折角王女二人がそろったのだ。お祭り好きの小妖精共がこの好機を見逃すとは思えぬ。またしばらく付き合うてやってくれ」
「仕方がありませんね」
深いため息と共に諦め気味に金の王女が答える。
前述のように彼女は連日の騒ぎに心底うんざりしていたのだが、自分から戻って来てしまったのでは確かに『仕方がない』。
「ときに、以前よりそなた達に訊きたいと思っていたことがあるのだが・・・・・・」
訊いても良いかと視線で問われ、銀の王女は静かな表情で先を促した。
「そなたらの兄フレデリックは王位を継いだ者として、国を守るために戦の際には全軍を指揮せねばならぬ立場にある。したがそなた達は何故戦地へ赴く?王子であるならともかく、王女は本来城で留守居役を務めるものであろう?」
フレデリックが王位を継承し、その異名が「黒の王子」から「黒の王」に変わったのは今から六年前、彼が十九のときである。
年若い王ということで諸外国は彼を侮り、自国の領土を広げんと幾度もエメラルディア王国に戦を仕掛けた。勿論黒の王はそのことごとくを追い払ってきたが、当時のエメラルディア軍は現在のような圧倒的な強さを誇っていたわけではない。
王子であった頃からフレデリックは国中に勇名を馳せていたとは言え、国の内外が平和であったため大軍を率いて戦った経験はなかった。用兵学は幼い頃からしっかり教え込まれていたし、天与の才もあったので常勝の指揮官となったが、初めから快勝していたのではなかった。いくら彼自身が強くとも優秀な部下がいなかったのだ。
フレデリックの二代前の王の時代から、エメラルディアでは戦らしい戦がなかった。国が平和に治められているのはまことに結構なことだが、民がそれに慣れきってしまうと強力な軍隊は育たない。従って兵を自在に動かせる武人もなかなかいなかった。
国内の各地に点在する騎士団はさすがにきちんと訓練を積んでいたが、彼らは当初、あまり積極的に戦に参加しようとはしなかった。若き黒の王の技量を試していたのだ。
王に帰属するはずの騎士団が王を試すなど、本来許されることではない。処刑されても文句は言えないはずである。
しかし、それぞれの騎士団長は厳罰覚悟で観察に回ることにした。
彼らには拠点とする砦の周辺に住む者達の安全を確保すると言う重要な任務もある。無能な指揮官の下でむざむざと騎士団員を死なせてしまっては目も当てられない。
もしも王が軍の指揮者として未熟な者であったなら、それぞれの土地で文字通り最後の砦となる義務を彼らは負っていたのだ。
フレデリック王もそうした事情は良く理解していた。そのため、三度目の戦が終結してから彼は主だった騎士団の長達を王宮に集めて、
「諸卿も私の観察はもう充分にできたことと思う。そなたらの王は無能ではないと納得できたのであればこれより先、要請のあった騎士団は速やかに戦列に加わってもらいたい」と言った。
こうも見事に思惑を言い当てられてしまってはお手上げである。この新しい王はその父親と違って凡庸な男ではなかった。間近に見る青年王の貫禄と、自分達の背命行為をまるで気にしていない度量の広さとに感服し、騎士団長たちは改めて主君への忠誠を誓った。
国内の主だった騎士団が国王の配下に下ったことによってエメラルディア軍の戦力は一気に強化された。しかしこの緑豊かな美しい王国の軍隊が世界最強とまで言われるようになったのは、それから二年後、二人の王妹がそれぞれの部隊を率いて参戦するようになってからである。
兄王の初陣のとき、まだ十四歳だった王女たちは戦に参加することが許されなかった。仕方がないのでこの勇ましい姫君方は近い将来、戦場で兄王を補佐できるようにと自身と部下達を鍛えることに精を出した。
この時既に銀の王女は近衛の一部を、金の王女は竜騎士団を従えていた。彼女達が十六で参戦するようになって以来、エメラルディア軍が苦戦を強いられたことはただの一度もない。
以来四年間、他国から仕掛けられる戦争の数は減っているが、よほど小規模な戦いでない限り王女たちはいつも戦列に加わっている。
何故今になってフィルギウス・ネフィルがこのようなことを訊いてくるのか、彼女達には理解できなかった。
「『何故』とおっしゃられましても……そもそも私達に戦う術を、剣術、弓術を初めあらゆる武器の扱い方、馬術から体術までを教えてくださったのはお祖父様でいらっしゃいましたわ。直接ではににしろ……」
当惑気味のシルフィーナに妖精王はゆっくり首を振って見せた。
「確かに私はそなたたちにフレデリックと同様の教育を施した。しかし私がそうして戦う術を身に付けさせたのはあくまで護身術としてだ。そなたたちはこの世に生まれ出でた時より命を狙われる立場にある故、いざと言うときには自らの身を守れるようにと……」
「お祖父様は私達が女性だから戦場へ行くべきではないと、城でお兄様のお帰りをおとなしくお待ちするべきだと、そうおっしゃいますの?」
「端的に言ってしまえばその通りだ」
「ご冗談をおっしゃられては困りますわ、フィルギウスの君。私達にそのような芸当ができると本当に思っていらっしゃいますの?」
愉快そうに笑いながらシルフィーナは言う。
金の王女も口元に皮肉な、それでいて暖かい笑みを浮かべている。
「私もシルフィも心から兄上を敬愛しています。半分は妖精の血を引いているとはいえ、私達兄妹はあくまで人間世界に属する者。その人間世界の中で兄上ほど『王』と呼ばれるにふさわしい方を私達は知りません。常にあの方のそばにいてお守りしたいと思うのはいけないことなのですか?」
「私はただそなたたちなら当たり前の女性としての幸せも望めるのではないかと言いたかったのだが」
「お心遣いは嬉しく存じますが、私達はそのような幸せは望んでおりませんの、お祖父様。たとえ命の危険が伴うとしても、お兄様をお手伝いしてこの国を守って行くのが私達の幸せです」
「わかった。そなた達の決心がそれほどに固いものであるなら、私からはもはや何も申すまい。したが、犬死は許さぬぞ」
祖父の深い愛情を感じさせる言葉に二人の孫娘は神妙に頷いた。
「ついでに一つ忠告しておこうが、敵は常に外にいるとは思わぬが良い」
「・・・・・・」
「肝に銘じておきますわ」