反省会
「まったく、お兄様には呆れますわ。何が『無礼者』ですの?詠唱は人にさせておいて」
「兄上も兄上だが、シルフィもあのような場所で魔法を使うなぞ、軽率にもほどがある。<北の森>のお祖父様のお耳に入ったら何とおっしゃるか。あの程度の雑魚なら私の剣で切れたぞ」
「あら、あの場合は魔法を使った方が政治的にも効果がありましたのよ。サーラの剣に頼ったのでは『金の王女』の名声が上がるだけですもの」
「しかし、あそこまで派手な光を使う必要はなかったはずだ。魔法は見世物ではないのだぞ」
戦装束を脱ぎ、戦勝祝いの宴がはじまるまでの一時を兄王の居室でくつろいで過ごす王妹達は、互いに遠慮することなく言いたいことを言う。他人が聞いたら喧嘩をしているのかと思うような舌戦だが、当人達にとってはじゃれ合い以外何物でもない。。
口々にまくし立てる妹達の声を聞きながら王はひたすら苦笑している。口をはさむ余地はないというところなのだろう。また一方で、「仲良きことは美しきかな」などと少々年寄りじみた感慨にもふけっていた。
「ところで兄上、花嫁の件はどうなりました?」
突然話を振られて黒の王は面食らった。
今回の戦が始まる前、王国の重鎮の一人であるグラント伯爵が王に縁談を持ち込んできた。確かに二十五といえば既に結婚していてもおかしくない年齢である。まして一国の王ともなれば公式の場に出るときのパートナーがいたほうが望ましい。世継ぎのことも考慮しなければならない。
しかし、これはあくまでも『人間』の王の場合である。フレデリックは不死に近い寿命を持つ妖精の血を引いている。従って本人も常人の数倍、数十倍は長く生きられるはずである。
急いで結婚を薦める必要はないはずだと一応反論を試みてはみたのだが、「自分の命のあるうちにお世継ぎのお顔を拝見いたし当ございます」と言われて困ってしまった。
このとき伯爵は口には出せなかったが内心では「陛下が天寿を全うしてくださる保証がどこにある?」と考えていた。
王女たちもその場に居合わせたのだが助け舟を出そうとはせず、兄王が困っているのをひたすら眺めていた。そうこうしている内にアルデニア王国からの宣戦布告の報が入り、この話はうやむやになったまま三人は戦地に向かった。
そして皆が無事に王宮に戻った今、嫌でも返答をせねばならないだろうとサラフィーナは言っているのである。しかもその声には明らかに状況を楽しむ響きが含まれている。
妹の隣で果実酒を口に運ぶ銀の王女も似たような表情でフレデリックを見ている。
「お前達、私が困っているのを楽しんでいるな?」
思わず恨み言を言ってしまった王に対して王女たちの返答はというと、
「当然ではありませんか、兄上。人の不幸など楽しむ以外に何の役に立つというのですか?」
「私達がお兄様のトラブルに巻き込まれなかったことは今までにありませんでしたものね。今回はその危険がないのですもの、せいぜい特等席で見物させていただきませんと。うふふ」
確かに今のところ黒の王にのみ関わる問題である。必然的に王女たちは傍観する立場に回ることになるわけだが、こうしたことを平然と兄王に明言するあたり、二人とも良い性格をしている。
「まあどう対処するにせよ、私達にお鉢が回ってくることのない様にお願いいたしますよ、兄上」
「いっそのこと<北の森>のどなたかに恋人役を引き受けていただいてはいかがですの?」
など等。かなり無責任な発言の数々を聞かされる羽目になった王は頭を抱えてしまったが、やがて気を取り直して違う話題を切り出した。
「この度の戦のこと、どう思う?」
「・・・・・・『どう』とは、アルデニアの件ですか?」金の王女が先を促すように問いかける。
「うむ。グレイルは野心のある男だが、同時に小心者でもあるというのが一般的な見方だ。それに我が国の軍にたかだか十万の雑兵の集まりで対抗するなど愚の骨頂だとこの近隣の為政者であれば十分に承知しているはずではないのか」
「・・・・・・」
「つまり兄上はグレイル王が何者かに唆されたのだとお考えなのですね?」
「ああ。あの王が単なる愚か者であるという可能性も捨てきれぬがな。あるいは昼間のガーゴイルの一件もこれと繋がっているのかも知れぬ」
「そのことに関しては、いずれ真相も明らかになると思いますわ。ところでサーラ、あなた明日<北の森>のお祖父様にお会いすると言っていましたわね」
「ああ。無事に帰還したにもかかわらずあの方の元に顔を出さぬとあっては礼儀に反する。魔法を使ったことに関しては一人でお小言を拝聴してまいりますよ」
「すまぬな。私も共に行きたいところだが、戦の事後処理などが山積していて当分都を離れられそうにない。その内体が空いたらお伺いするとお祖父様にお伝えしてくれ」