凱旋
エメラルディアの王都ユーテシアはその日、朝から蜂の巣をつついたような興奮に包まれていた。王国の西に位置するアルデニア王国との戦に勝利した国王とその二人の妹姫達が帰ってくるのである。
王宮勤めの者達がその主を迎える仕度に大忙しなのは無論のこと、市井の人々も王家の者達が凱旋してくる大通りを綺麗に飾り立てることに精を出している。自分達の支配者であり守護者でもある人々を一目見ようと、仕事を放り出して見物に来る者も少なくない。
正午を少し過ぎた頃、待ちに待った隊列が都の入り口に到着した。旗手が掲げ持つのは黒地に銀の剣と金の翼竜を縫い取った王旗である。
隊列の先頭を行くのは当然王をおいて他にない。今年二十五歳を迎えたフレデリックは、まるで一流の芸術家の手からなる彫刻のように均整のとれた体躯と一度見たら忘れられない美貌を誇る青年王である。王冠の下で緩く波打つ髪も瞳も夜の闇のような黒で彩られている。
王家の紋章を金糸銀糸で縫い取った黒衣と赤い裏打ちが施された黒のマントを身に纏った青年王は、誰の目から見てもこの美丈夫にふさわしい堂々たる黒馬に乗っている。
王の右隣には、純白の馬に跨った銀髪に銀の瞳の絶世の美女がぴたりと従っている。これは王妹の一人で、兄王の親衛隊長と近衛隊長を兼任するシルフィーナ王女である。
二人の後ろには二万の騎兵と三万の歩兵が整然と並んでいる。総数およそ十万と言われたアルデニア軍をわずか半分の兵力で壊滅状態に陥らせたにもかかわらず、味方の戦死者は百にも満たない。
この素晴らしい戦績はエメラルディア軍の頭上を飛翔する二百頭の翼竜とその騎手達に負うところが大きい。
エメラルディア王国が世界に誇る竜騎士団。これを束ねるのがフレデリックのもう一人の妹、サラフィーナ王女である。シルフィーナの双子の妹である彼女は、姉と瓜二つの美しい顔と女性らしい曲線を描く肢体を持つ。
唯一つ姉と違うのはその身に纏う色彩である。シルフィーナが夜を照らす月のような銀に全身を包まれているのに対して、サラフィーナの髪も瞳も目も眩むような黄金色をしている。
エメラルディア王国の三兄妹は、それぞれの纏っている色彩から『黒の王』『銀の王女』『金の王女』と呼ばれている。特にエメラルディア人がその名を口にするとき、その瞳には憧れと尊敬と崇拝の色が常にあるという。
ユーテシア市の中央に位置する王宮の正門に王と銀の王女がたどり着くと同時に、金の王女が騎竜を操って兄を挟んで姉とは反対側に降り立つ。
愛馬と愛竜から降りた王と王妹を、王宮の正面玄関に勢ぞろいした家臣が出迎える。最前列に居並ぶのは国の中枢に携わる重臣達である。
真っ先に口を開いたのは宰相のカシアス。そろそろ初老と呼ばれる年齢に差し掛かった痩身の男は、前王の治世からその地位にあった忠実な家臣だ。
「国王陛下、ならびに両殿下におかれましてはこの度の大勝利、家臣一同を代表いたしまして心からお祝い申し上げます」
優雅な一礼とともに発せられた丁寧な祝辞に対して黒の王は一言「出迎えご苦労」とだけ応える。もともと口数の多い王ではないので家来達も気にしない。むしろこの青年王が感涙にむせんで長々と礼を言ったらそのほうが気持ち悪い、と彼のそばにいる者は言うだろう。
国民の歓呼に応えるために王宮のバルコニーへ向かう主たちを追いながら、大臣達はユーテシアの近況や夜に催される祝宴のことなどを報告する。