6.銃を持ったエルフ
唐突な話だが、俺はこと地理分野に関しては結構な知識と記憶があると自負している。
詰まる所そういう分野が好きだった。
けれどもこの国は形しか同じではないので、そんな知識はもはや役に立ちはしない。
おまけにここ数百年は外交が無い国だから新しい情報がなく、憶測の世界地図しか存在しない。
覚えていることはノートに取ったが、やはり異世界の事は一切分からなかった。
だけど、元々の場所がどんな感じか覚えていれば、その場所に行ったとき、少し地球を思い出せる…。
………。
実を言うと俺は2回ぐらい夏に北陸へに家族と旅行に行ったことがある。もちろん、車でだ。
と、言っても既に5年以上前の事で余り覚えてはいない。
ともかく、その時に大きい橋を渡ったのは覚えているのだが、市内は見ていないから街並みがどうとかは分からないし多分見たとしても覚えきれていないと思う。
つまり何が言いたいかって言うと
「あの…… エレフシスってハーピドナと何で街並みがこんなにも違うんですか?」
「さあ、ね。 文化の違いだと思うよ。何でもここには昔人間たちが来てたって話だからね。多分何か色々と持ちこんできたんじゃない? キサメルはどう思う?」
「いや、俺は歴史とか常識的な範囲でしか分からん。けどこんな石を削り飛ばして作ったような町は昔人間が作ってた、みたいなのはどこかで聞いたことがあるな」
エレフシスの街がハーピドナのようなヨーロッパ調の街と違って、典型的な遺跡の様な古代ギリシャを彷彿とさせる街並みだと言う事だ。
キサメルさんの話によると、こっちの人間の街はこんな感じだったらしいが、自分の記憶の中にあった
この位置にある都市はそこまで異端な風貌では無かった。
それに、町ゆく人は駅ですれ違った人と同じで、古代ギリシャ人のようなオリーブの冠は被っていないし肩を出す服も着ていない。
…まあ、歩いている人がエルフの時点で自分からしてみればどこも異常な町なのだが。
ともかく、確かに遺跡がが有りそうな予感は町からしてかなりある。
おそらく遺跡もそこそこのものなのだろう。
色々考えを巡らせ、石畳の割とにぎやかな通りを歩きながら空を見上げると、もう空は茜色に染まっていて、もう既に夕方なのが分かった。
それにこの国の都市の中では最北端ということもあって、突き刺すような冷たさと、通りの淵に避けられた大量の雪がまだ冬が明けていないことを感じさせる。
「物凄い寒いんですけど、宿泊はどうするんですか? 昨日から何も聞いてないんですけど」
「え? そんなもん専用の敷地で野宿に決まってる… って言いたいところだけれど、さすがにこの寒さじゃ凍死するよねえ、どうしようか」
「……まさか、お前何も考えてなかった、とか言わねえだろうな?」
「まあ、宿は取ってないけどさ、代わりになる物だったらあるんだよねえ、これが。だから心配はいらないよ。まあそれが何なのか、って言うのは着いてからのお楽しみってやつね」
「…ちゃんとした所なら文句はありませんけど」
「信用なんねえ…」
「はは、これでも私はこの中で最年長の16歳だよ。少しは頼ってくれたまえ」
「あーそうですかっと。それで何時に行けばいいんだ?」
「……別に深夜までなら何時でも良いってさ。親切なことだよ」
「じゃあ早速行きましょうか。12時間も座りっぱなしで疲れました」
そう。朝にでて夕方に着いているのだから乗車時間は12時間くらい座り続けていることになる。
足の血管がずれてそうだ。
「えー? スウは初めてエレフシスに来たのに興味は無いの? 店を冷やかしに回ったり土産買ったりはしないのかい?」
興味はあるよ。物凄いある。だけどそれよりも疲れたから早く休みたい。
それにやっぱり男の時よりも疲れやすくなってる気がする。
地球にも帰りたいしいくら見た目美少女でも男の自分に戻りたいよ…。
「いや…多分疲れたんだろ、スウは。店なんて帰りでも見て回れるんだからさ、早くその宿替わりの所に行こうぜ。俺も少し疲れた」
「そう? 私は全然疲れてなんかないね」
「そりゃお前は興味と好奇心で動いてるような生物だからな。…そういやなんで俺らはハーピドナの城壁の謎を解いてたのにエレフシスなんかに来たんだ?」
「まあいいじゃないの。来ちゃったものは。で、目的地は港のほうだからちょっと着いてきなよ」
「……」
結局俺はそれから目的地に着くまで考え事をしていた。と言うか遺跡よりも今の自分の体に興味が出て
きた。
よく考えてみたらエルフになってる自分のほうが遺跡よりも謎なんじゃないか? なんて思っていたが、この件は保留と言うことにして終わらせることにしておくことにした。
しかし俺は男に戻る事を諦めない。
今の自分がどんなに理想的な美少女の姿をしていても、だ。
* * *
「あれが今夜の宿泊先だよ。さすがに宿程じゃないけど野宿よりはマシだろう?」
「船ですね、あれは、どう見ても」
「それも漁船ぐらいの、小さい、な」
姉さんの後ろに着いていった結果、辿り着いたのは、港の方と言うか完全に港の埠頭に停泊している一隻の小さな船の前だった。
が、近づいてよく見てみると「エレフシス~対岸島」と書かれた薄汚れた木のボードが掛かっており、この船が漁ではなく人を運ぶための船である事がよく分かった。
どうも遺跡は対岸の島にあるらしい。
「なあ、今年は島に行くのか? あの島なんて遺跡以外何もないだろ。大人しくこっち側の遺跡行ったほうが良いんじゃないのか? 良からぬ噂もあるんだろ、あの島」
「結局噂は噂だって。私達は遺跡を調べに来たんだから、その噂とやらもこっちから触れない限り出てこないと思うよ。心配しなくても大丈夫だと思う」
「取りあえずこの船に泊まるんだったら、誰か呼んできませんと…」
「あー。 そうだね。 …すいませーん!!」
「うわー。でっかい声」
「キサメル。余計なことは言わない方が…」
港に響き渡る程の大きい声で姉さんが呼ぶと、すぐに船の持ち主は中から出てきた。
髪を短く切った人当たりの良さそうな男性で、エルフらしからぬ筋肉を持った人だ。
「おう、誰だ…? 君らは? こんな夕暮れにどうしたんだい?」
「いえ、明日の朝にこの船に乗らせていただいて島に行こうと思ってる者なのですが、お恥ずかしながら泊まるところが無くてですね…」
「すみませんが一晩の間、この船で休ませてもらえないでしょうか」
いつもと違う、しおらしい雰囲気を漂わせながら姉さんが交渉する。
一応16歳だけあって礼節はそれなりにあるようだ。
「うん? この船にか? 別にかまわんがこんな船に泊まる位なら俺の家で泊まっても良いんだぞ?」
「いえいえ、そこまでお世話になる訳には。それに明日の朝に出港でしたら船に泊まらしていただいたほうが移動が少なくて私達としては助かります」
「お… まあそれで良いなら船で泊まってくれていいぞ。一応言っておくけど明日一番は8時出港だからな。」
(ミサンラの奴横着丸出しじゃねえか。移動が楽なんて言ってもいいのかよ)
(親切そうな人ですし少しは甘えてもいいと思いますがねえ)
その間、俺達はと言うと二人でこそこそとばれない様に話をしていた。
まあ、ばれたところで何か不味いわけでは無いのだが。
*
その後「それじゃあ明日の朝にまた来るよ」と言ってその男性は町のほうに去って行った。
もう夕日は水平線に消えており、雲に覆われた空はより黒みを増す。寒さは恐らく氷点下に近いだろう。
ちなみに今の自分の恰好は、精神が男である俺でも恥ずかしくない、と言った所だろうか。
膝上まで届く黒のロングコートに黒いズボン、これまた黒い学生帽のような帽子を被っている。全身真っ黒の状態だが、二人とも余り服装にはこだわらないので特に何も言われなかった。
留守番中のリネラには「つまんない恰好」と言われてしまったが。
「それじゃあ私は適当に晩御飯を買って来るよ。キサメルはスウと一緒に船で待っといて」
「ああ、分かった。お前のほうがこの町に慣れてるだろうしな」
「適当って… 変なのは買って来ないで下さいね。まだ食べ物はよく分かりませんから」
そう、ここは幾ら母国に似ていたとしても異世界なのだ。昨日一昨日の食事のパステスとかはともかく、
見た事が無いゲテモノが出てくる可能性も大いにある。
「うん。きっと口に合うさ。それじゃあ、行ってくるよ!」
「……あ、もちろん明日からは不味い保存食だからな。多分戻ってくるまで美味い物は食えんぞ」
「うん、何となく知ってました」
この世界に、缶詰なんて、便利な物は無いようだ。
* * *
「よーっしゃ。加速!」
《ブーーーン!!》
「うわああっ!」
「うあおっ! なんだよ! 急に叫ぶなよミサン… って今のスウか?」
「私の叫び声は金切り声なんだろう? 何回も君は聞いただろうに」
あれから一晩明けて翌朝の起床。
俺は急に耳の中になだれ込んできた懐かしいようなエンジンの駆動音で飛び起きるように目が覚めた。
…今も背中を冷汗が伝っており、心臓も頭の中に響く心拍音をバクバクと鳴らしている。
もちろん言うまでも無く最悪の目覚めと言うやつである。
別に、眠気も飛んだし良い事なのだが。
あれから、昨日の夜にいつもの記憶ノートを取った後に、姉が持って帰ってきた
朝食のような至って普通の揚げ魚を挟んだパンを食べた後、すぐに寝てしまっていたようだ。
我ながら柔らかい敷布団で今まで寝ていた自分が、よくあんなにも固い床板の上で、毛布一枚と人のぬくもりだけで風邪もひかずに眠れたものだ。
中身は同性と言えど、見た目は完全に意識してしまうキサメルさんのせいで、変に興奮して眠れないんじゃないかと思っていた昨晩の思考が嘘みたいだよ。全く。
ともかく、今の時刻はは何時なのだろうか。見たところ時計はなさそうだから、誰かに聞いてみるにしても分かる人が居ない。
失礼を承知で船長さんに聞いてみようか。優しさに付け込めばいい。
と言うか、多分分かるのは船長だけだろうし。
「すいません。船長さん。運転中に悪いのですが時間を教えて頂けないでしょうか。知っての通り今起きたばかりで…」
「ああ、分かった。えっと、今は8時15分だ嬢ちゃん。島も目の前だしあと3分ぐらいで島に着くだろうな」
「あ、そうですか。有難うございます」
ふと、窓の外に目を向ける。
そこは乾燥した冬の天気とはとても思えない、陸の影が僅かに見えるだけの非常に濃い朝霧の海上が広がっていた。
何も映るものは無いが、この船がかなりの速度で動いていることは分かった。
燃料も何もかも違うが、恐らく漁船程度の速度は出ているのだろう。
モーターらしき音も聞こえるし、僅かながら波を切る音も聞こえる。
この世界のエルフは一体どのくらい進歩しているのだろうか。
歴史とか伝統とかを大切にしすぎて余り進歩していないイメージがぶち壊しだ。
そう思っていた俺は船長の方を向いて、到着が近い事に気付いた。まだ100m近くはあるだろうが島の木々が一本一本よく見える。どうやら俺は女性エルフになってから視力もアップしたらしい。
喜ばしい、のか……?
*
「とうっちゃーく! さあ目的地に着いたよ!今日は夕方まで遺跡探索だ!」
「はあ、そうですか…」
(いつもこんなテンションなんですか?)
(ああ。こいつは遺跡となるといつもこうだぞ。前の食事の時もそうだったろ。)
(そーいやそうでしたね。って言うかなんですかこの島。物凄い険しいじゃないですか。)
姉の異常なテンションの高さにこちらが引いていると、霧が若干晴れて島の急な勾配が明らかになり、
若干こちらの気力が下がった。自分でも思うが昨日からテンションの変動が激しい。
ちなみに今は適当なつくりの木製の桟橋にいる。
先ほどまで乗っていた船はもうエレフシスに向けて出港してしまった。
目の前には霧で上が見えない山々と鬱蒼とした森林があるばかりで、
とても人間の居る雰囲気では無い。まあ、元々エルフと言うのはこんな所に居そうなものだが。
桟橋の根元からは細いけもの道が開けているから、多分ここを通って行くのだろう。
これからの長い道程に俺は大きく息を吐いた。
と、そこでキサメルさ…… キサメルが鞄の中に手を突っ込みながら話しかけてきた。
「見てみろよこの森。何か変な物が出てくるんじゃないかと思ってな。これを持ってきたんだ。
ほら、二人とも受け取れ」
そう言って、 彼女が取り出したのは二丁の木製の銃……
銃!?
銃だって!?
「えっ、え、え。ちょ。ちょっと大丈夫なんですかそれ! 免許は!?免許は有るんですか!?」
「メンキョ? メンキョってなんだ? なんかの魚か? よく知っ
「使用許可の事だよ! 何で銃なんか持ってるんですか一体! 何で!?」
彼女の言葉を遮って言ってから気付いた。
まずい。
名目上はまだ目覚めたばかりの少女なのだ。迂闊に相手の知らない言葉を言えば怪しまれる。
と言うかさっきからあんなにもはしゃいでいた姉が何も言っていない。
クソ、やらかした。言ってはいけないボロが出た。
「おお、凄い剣幕だな。何をそんな焦る必要があるのかは知らんが、
猟銃使うのにメンキョなんか別に要らんぞ。使用許可の申請書を提出するだけだ」
が、幸い彼女は免許について何も触れてこなかった。取りあえず何とかして誤魔化さねば。
「しょ、そうですか。こっちの思い違いだったようで、す。 …何でもありません」
「うーん。君は何でワケの分からない言葉を急に言ったんだい? 明らかに怪しいどもり方もするしさ。
メンキョなんて言葉一体どこで見たのさ?」
「な、な、何でもありませんってば。追及はしないでください!」
「まあいいんでねえの? そんな事よりさっさと行こうぜ。お前さっきまであんなに騒がしかったのに。
ほら。遺跡だろ。遺跡」
「ん…。まあ時間があったらいつか聞かせてもらうよ」
「もういいですって… ほら。行きましょう。遺跡はきっと遠いんでしょう?」
「遠いね。うん。じゃあ残りの話は道中でしようか。……この話は今は追及しないであげとくよ。これでいいだろう?」
「はい…」
「よし。出発だ!」
取りあえずはこれで凌げた…のか?
洗いざらい吐かされる前に次の嘘と言い訳を考えなければ今度こそ自分の身の内がバレるかもしれない。こんなところでボロを出すとは自分も随分と不注意なものだ。
この世界のエルフの寿命は数百年とあの本に書かれていたけど、果たして俺は何年の間この秘密を隠し通せるのだろうか。1年も持ちそうにない。
「そういえば、スウ。君には遺跡の話をしていなかったね。ここらで一応注意を言っておこうか」
「注意、ですか? 遺跡の物は壊したらダメとか?」
「うーん。それは学者的には好ましい事かもだけど。でもそれよりも最優先に考える事があってね」
「最優先、ですか。それ以外に何かあります?」
遺跡探索の上で重要な注意と言われても何だかぱっと来ない。
…まあ俺が遺跡に行ったことがないと言うこともあるだろうが、それ以上にマナーの考え方しか現代社会の中で分からなかった俺には関わりのない話だったからかも知れん。
発掘途中の遺跡なんてとても自分のような一般人が行けるような所じゃなかったから。
そうした思考を巡らせていた俺を中断させるように姉の口から飛び出てきたのは、予想だにしていなかった言葉だった。
「それはね。」
「自分の命。」
「そう。安全を最優先に考えろ。でないと、死ぬぞ」
「……へ?」
今、彼女たちは何と言ったんだろうか。 死ぬ?
「へ? じゃなくって。死ぬ。これは本当に。私達も何回か殺しの罠を見た事があったんだから」
「未調査だからな。たまに大昔の罠が残ってるんだ」
なぜ親はそんな死ぬような所へ行くことに許可を出せるのだろうか。娘に過信しすぎているのか?
無いとは思うが、どうでも良いと思っているのだろうか?
「いや…何で言ってくれなかったんですかとは言いませんが、ね。何で、ね。母さんはそんな所に行く許可を出したんです?」
「…帰りにでも言うよ。それは…。 別に秘密ってワケじゃ無いけどね。君にもさっきみたいに追及されたくないことがあるだろう? だから帰りまでまっておくれよ」
「ま、まあ… 死ぬって言ってもそれはそんなに高い水準の罠じゃないからな。心配しなくてもいいって。無責任に聞こえるかもしれんが、遺跡に着いてからでも遅くない」
「はあ…分かりました。私もここまで一緒に来たんですから。罠のある遺跡にも行きますよ」
…ここまで来たからにはもう戻れない。キサメルの話に頼るしかないだろう。遺跡もピンからキリまで色々なものがあるはずだから、彼女の言う通り見てから判断しようじゃないか。
でも、親の許可については気になるところが多い。自分を棚に上げて少し帰りに聞かせてもらおう。
やはり名家や大きな者の影には何かがあるのだろうか。
ここに来てから、また一つ、謎が増えた。
/5日目
・本来このノートは大切な記憶を書き留めておく物だったが、3冊目にして一区切りがついたのでこれからは日記も兼用するものとする。
3日目
歴 年 月 日
この世界のカレンダーを見ていないので日付は分からない。が、三日目から書き始めたことを上に書き示しておく。
女性のエルフとして生まれ変わり、未だに三日間しか経過していない。
にもかかわらず現在、ハーピドナこと日本で言う北陸の辺りの都市から遥か300KM程だろうか。離れた都市エレフシスに停泊している船の中でこれを書いている。
変な方は自分なのだが、どうしても今までとは余りにかけ離れたこの国を見ると、どうしても元居た
日本の情景とは比べずにいられない。
それに、三日で慣れろと言うのは少し適応力の無い自分にはきつい所がある。早くこの様な違和感を減らして、少しでも慣れていきたい、と思った。
まあ、今はまだ楽しいと言える方だろう。まだこれから遺跡探訪にいくのだから明日の楽しみがある。
あと、これが初の日記だということを明記しておく。これを書いた時の新鮮な気持ちとこの世界への不安を、未来の自分が見た時に思い出せるように。
追記
そろそろ記憶も限界だ。急いで書き留めなければいけないだろう。
スウ= ×× ×× の日記
4/15 旧7部最北の都市を統合