5.エレフシスへ
現実は非情である。 とはまさに今自分が置かれている状況の事で。
全てが平凡とは言えないもののそれなりの学力と交友。少し裕福な暮らしを送っていた現代日本の学生である自分がこうやって異世界に居る事が異常だと。
…ふと、そう言う考えが自分の頭をよぎる。当然のはずの考え。
何故、自分はこうも疑問を持たなかったのか。
どうしてこうも冷静でいられたのか。
この世界に来てからまだ二日。
しかし二日と言えどもあまりにも環境が違いすぎる。
まず女性になった。しかも完全に想像上の存在だと思っていた種族に。
でも何故か冷静でいられた。
家族が増えた。変わり者の人ばかりだった。通じ合えて嬉しかった。
でもそれだけか?
元居た世界の家族は? 友達は? 大切な物は?
———自分という存在は?
ああ、極彩色の世界が歪む。歪む。歪んでゆく……
もし神と言う存在が居るのなら、きっと自分はそれに見捨てられてしまったのだ。そして何を思ったか自分を別の神が面白半分にこの世界に放り込んで笑っているのだ。そうに違いない。
まるでありとあらゆる「存在」が。「自我」が。この世界に溶けていきそうで…
* * *
…ぃ ぉ…
…い。
ス…ゥ。
ね …ぇ
…スウ、起きなよ。もう少しでチャネルカだからさ。乗り換えだよ?
それにしてもなんであんな煩いカーブの音聞いても起きないのさー。
起きなって。スウ。ねえ。
起きてよー。
もう。ひっぱたくよ?
「う… う、ん…?」
…怠い。寝起きは怠い。そう思いながら目を開けるとそこには何やら困った顔の少女…もとい姉。何か困ったことでもあったんだろうか… そう考えていた時だった。
バシィッ!!
と音が聞こえそうなぐらいの強さで思いっきり頭を手で叩かれた。
「ッツ~! 痛い!痛いじゃないですか姉さん!急に何するんですか姉さん!」
「いーや。起きない方が悪いんだよ。散々無視してくれちゃってさあ。言う事のきけないコはお姉ちゃん嫌いだなー」
さも当然かのようにこちらを見ながら、そう話す姉さん。無視も何も寝てる人に向かってその様な事をできるあたり、この人は自重しないというか、考えが飛んでいるというか。だけれどもいきなりたたき起こされて寝てたのに無視とは少し酷い言い分だと思う。
「そんな事言ったってねえ……!」
「おいおい。喧嘩はやめとけ。落ち着いて。さっき言った通りもうすぐチャネルカなんだから」
ふつふつと怒りがこみ上げる自分を慰めるようにキサメルさんは言う。考えてみればここは公共の場だ。
そう大声を出すと、ほかの乗客から注目されてしまうだろう。
…そうでなくとも乗客の男性の人はキサメルさんを見ているのが多いようだけど。
「…はい」
「ああ、そうそう。チャネルカに着いたら取りあえずこっちに着いてきたらいいから。橋渡るだけだし駅も迷う程広くは無いと思うけどねー」
「…まあ、そうさせてもらいますけど」
自分としても道に迷うことは御免だ。地球にいた時も家族で出かける事は有っても、一人で、増してや鉄道で旅などしたことが無い。
その頃は世間でいうダンジョン駅や入り組んだ地下街も一回行けば道を覚えられる程度には道慣れしやすかったけども、逆を返せば大体こっちに行ったら行けそう、とか、勘で行ってみよう、みたいなのをすると決まって道に迷う。
それにここは今までとは全く違う世界なのだから…
いや、考えても仕方のない事だ。二人の言う通り着いて行ってみよう。
『間もなくチャネルカで御座います。お降りの方は忘れ物の無きよう…』
* * *
所変わって今は駅構内。俺たち三人はエレフシス方面のプラットホームに向って歩いているが、その方向は人の流れと全く逆で少し不安…… 着いて来いって言った人がいるからきっと大丈夫だろう。きっと。
それにしても何か違和感を感じる…
ああ、そもそも歩いている人達が見慣れている日本人じゃあないからかも知れない。髪の色どころか耳の長さも違えばそりゃあ違和感も出る。
「なーんか壮観ですねえ、誰見ても金と白の頭ばっかしですよ。自分みたいな黒い髪の人は少ないんですか、姉さん?」
「あー…ん、要するに私等は元々の生まれがこの地方の人の血脈とちょっと違うんだよ。こう、何て言うか、その、あの…」
どうやら言葉が出てこないようだ。どうもこの人は得意な物以外はからっきしらしい。
「まあ、地方民族の違いってところか? 詳しくは俺も分からんが、まあエルフ系民族ってのは俺みたいに大体金髪銀髪だからあんまり分からんけども民族で髪の色が違ったりするんだよ。だからお前らみたいな黒髪とか茶髪とかは珍しいんだよな…… あと未だに森に住んでる連中の中には緑髪なんて変わったのもいる」
「そうそう。大体そんな感じ。多分それで合ってる」
「分かりやすい説明ありがたいんですけど姉さん何キサメルに便乗してんですか」
「別に良いじゃないんさー」
そんなこんなで陸橋の階段を下り終え、既に列車が停まっているホームへ辿り着く。
もう発車5分前のようで、少し急いで乗車するものの、5分前ともなればもう乗客は沢山乗っているはずなのに、車内には数えるほどしか人がいない。
車両の連結数も少なく、エレフシスに行く人は先ほどの人の流れからも少ないことが分かる。
少し疑問に思った俺は姉さんではなくキサメルさんに聞いてみることにした。
「ねえキサメル」
「んあ? どうしたスウ?」
「エレフシスに行く人がこんなに少ないのは何でなんです?一応都市と言えるくらいの場所なんでしょう?」
「そりゃあ、都市って言ってもこの国最北端最東端の街だからなあ。町から出ていくのはいても町に行くやつは少ないんだろ。俺らみたいに遺跡探検なんかする奴は北の住民の中にはそうそういねぇよ。考古学者も王都近くの遺跡ばっかり調べてるって話だからな。」
「まあ、そのおかげでこうやって私等は手つかずの遺跡が調べれるんだけどね。」
と続いて姉さんは言う。先ほどから便乗の上手い人だ。キサメルさんと俺よりも二歳も年上だと言うことを忘れそうなほどに。
エルフの数百年の寿命の中じゃそんな物、誤差の範囲でもないかもしれないけど。
ジリリリリィ!!
『間もなく5番乗り場から…』
「あーもう出発ですか。5分って早いですねえ」
「そんなもんでしょ。それに歳とるともっと早く感じるらしいよ」
先ほどの車内で姉さんが言っていた情報によるともうここからエレフシスまでは停車駅は無いらしい。
もう俺はあの会話の後から生まれて初めての遺跡探索に期待が膨らむばかりだ。
遺跡の話が持ち上がった時から、俺は心のどこかで期待していたのだろう。
エレフシスが待ち遠しい。チャネルカに着く前の心とは大違いだ。
気付けば雪はもう、止んでいた。