2. 早朝の探索にて
翌朝。
外は暗いが、相変わらずの大雪で空は隠れ、寝起きの悪い目覚めとなった。
ベッドの横の鏡には耳の尖った少女が気だるそうに寝る姿が映るだけで、元の自分の姿は映っていない。
心の底にあった理想論は否定されたようだ。
ふと時計を見るとの短針は5のような文字で止まっている。
確証はないが、この世界は何かと地球との共通点が多いので、おそらく五時と見てもいいだろう。
体の調子は問題なし。熱も無さそうで、喉のもどかしさも無い。
まだ起きるには早いかもしれないが、少しこの屋敷を探検してみたくなった。
誰かに鉢合わせしてしまったら、トイレに行きたかったと言って適当に誤魔化せばいい。
思い立たばすぐ行動。さっそく廊下に出ることにした。
* * *
この屋敷において自分が分かっていることは、トイレまでの道と階段の位置だけだ。他は全く分からない。
まず自分は部屋から見て左に行くことにした。あくまで目測だがどうやら部屋は屋敷の右側の方にあるらしく、左側の廊下の方が長い。
ちなみにトイレは右側の廊下を少し歩いて行ったところにある。
取りあえずメイドの人に見つからない様に探索してみる事にした。
もしかしたらこの世界での父親が帰ってきているかもしれない。
左の廊下を真っ直ぐに歩けば、すぐに右側に別の通路が現れた。その通路の先の扉からは光が漏れていて、朝早くから何かをしている人がいるようだ。メイドさん達の待機室なのかもしれない。
その扉の前には自分の部屋と並行になるように廊下が延びており、扉が並んでいる。
何だか最初から自分は探索の重点を見つけてしまったようで、興味の導くままに扉の方に歩を進めた。
しかし、どうにも歩きにくい。やはり小さくなってしまったからだろうか…。
―—————扉に近づくとふと誰かの気配を感じた。
扉ではなく横にのびる廊下の死角に、誰かがいる。
誰だと思考している内にも謎の人物は廊下の角から出てきて、光の漏れている扉に耳を近づけていた。どうやら聞き耳を立てているようで、こちらに気付いているそぶりは無い。
まあ、結局見知った人だった。
「何してんですか、ミサンラ姉さん。」
すると姉……ミサンラは声を抑えながらもひどく驚いた様子で
「へ?…うわっ!スウ!?どうしたの。こんな時間に出歩くなんて。」
「いや、どうしたって、それはこっちのセリフですよ、ミサンラ姉さん。聞き耳なんか立てて。取りあえず離れましょう。中に聞こえてたら厄介です。」
「うん。分かった…。それにしても聞き耳…ねぇ。まあそうなるね。朝早くに何かうるさい音がしてね、それで気になって部屋から出てきたってところ。」
「はあ。」
「で、今ん所明かりついてるのこの部屋だけっぽかったから近づいたところにキミと鉢合わせたってワケさ。って言うかキミ昨日一日中寝込んでたのに大丈夫なの?私としてはもしバレた時に病人連れてたら余計怒られそうでさ。まあバレるつもり何か微塵もないけどね。」
「ほお。いや、自分は大丈夫ですよ。特に何も無かったですよ。」
「で、そう言うスウは目覚めたばかりの次の日の朝っぱらから何しにこんな所に来たワケ?まさかあの音がキミの部屋まで聞こえたワケじゃ無いだろうし、ねえ?」
「え?」
「イヤだから、ねえ…」
ああ……やっぱり説明か。何て誤魔化そうか。関係ないけどミサンラ姉さん、話した感じ自分の事になると話止まら無さそうな人だな……。
…にここまで来たの?」
おっと、聞き逃しかけた。
「あ、ああ。朝の人が少ないうちにちょっとこの家を探索してみようかな~何て思ってですね、廊下をぶらぶらと歩いていたらここに辿り着いた、というわけです。」
「…ふーん。まあ、良いよ。キミも私も怒られるような事をしている事に変わりはないしね。やっぱり姉妹って似るもんだね。」
と、ミサンラ。中身は元々と違うかも知れないだなんて口が裂けても言えない。
「あはは、似るって所には異議無しですよ。
…姉さん?固まってどうかしました?」
「いや、普通に会話してたけどさ、こうやって笑みのある会話を交わすのは初めてだと思ってね。」
昨日も結構言われたなあ、それ。半年前まで喋る植物人間だったっけか。人間じゃないけど。
「そうでしょうねえ。何だかんだ言っても昨日目覚めたばかりだったんですし。起きていた時も内容の無い会話しか話さ無かったらしいじゃないですか。」
「うん。そうだねえ。こっち側から話しかけて一言だけ返ってくるような感じだったよ。それが一体急にどうしたんだか。何があったかキミも分からないんだろう?」
「…ええ、全く。」
「まあ、そんな事気にしなくても別に良いと思うけどねえ。考えても仕方ないだろ。」
「確かにその通りですね。あまり深く考えないようにしときます。」
「それで良いと思うよ。」
と言ってもそういうわけには行かないんだよなあ。この世界に来てしまった理由がはっきりすれば、
それが手掛かりになるかも知れないんだから。
それにしても、長話にさせずにここで切るか。これ以上いたらそろそろ見つかりそうだし。言っちゃ悪いが面倒臭そうな感じがしてきた。
「で、そろそろ話はここまでにして、部屋に戻りましょう?見つかって怒られるのは嫌ですよ。」
「まあまあ、待ちなよ。少しばかりだけど、私が盗み聞きした内容、聞いていきなよ。どうやら聞いた内容ではね、
父さんが乗ろうとした鉄道が、大雪で運転見合わせになったそうだよ。この雪は長びくっぽい感じが
何となくするからね。だいぶ帰りは遅れそうだよ。意味は分かるね?それじゃ、戻ることにするよ。結局、あの音は何だったんだろうね。」
そういって、ミサンラはもと来た廊下を戻っていった。……俺も帰るか。もうこれ以上の探索はどうでもいい気がしてきた。
さあ、さっさと部屋に戻ろう。見つかる前に。
* * *
部屋に戻ってからの時間はまた昨日と同じことの繰り返しで、本を読み地図を見比べ。ふとしたことで深い思考に潜り込む時間を過ごすことになった。
それにしても姉とはあんな感じなのか。地球では一人息子だったから何か新鮮な感じだ。地球といえば物凄くゲームが恋しい。あんなに愛して止まなかったゲームが無いのはかなりきつい。
ゲーム。都市育成。その他もろもろ……
……はあ。地球の事を考えるのはやめよう。それよりも昨日考えたノートだ、ノート。忘れないうちに書けるだけの事を書かなければ。それとミサンラに盗み見されないようにしなければ。好奇心は猫をも殺す。殺される猫が出る前に近づかれないよう気をつけるしか無い。
……早速ノート書くか。一応元々部屋にあったペンも紙もある。まずは自分の家族からクラスメート、地元、福井県も覚えている限りは書こう。一度旅行にいった事もあるし。後の事も同じように……
カチ、コチと時計の音が響く。
かなり集中して書けている……と思う。
少なくとも地球の塾での勉強なんかよりよっぽど集中できている。それぐらい地球の生活に未練があったってことなんだろうけども。
でも、朝はまだ書かなくても良いか…… 頭がすっきりした昼頃に書こう。
今までのことをまとめれば、布団の中で寝たと思えば、急に訳の分からないごちゃごちゃの色しか見えなくて、目の前がハッキリしたと思えばエルフ系の少女になっていた。
で、その日は本を読んで一日を過ごし、その翌日の今に至る訳だが…
今更だが、正直言ってこれ程非現実な事があってたまるものか。現実を見なきゃいけないけれども、それでもつい一昨日までは日常を満喫していたんだ。それがこうも有り得ない事で崩れるだなんて…
有り得ない、そんな事、有り得ない… でも現実を見ないと…
もう、自分から思い出しておいて涙まで出そうだ。
……二度寝しよう。世界なんて関係なく、家族に会えばきっと慰めてくれるさ。
だから今は忘れよう。思い出すのはノートを書く時だけだ。
だから今は……
頬を伝って流れていく涙の感触とともに、自分は再び眠りに落ちた。
主人公のメンタルは今はまだ豆腐ですが、これからかなり強靭になっていきます。