許可
その人は自らを信じる、そしてその決定に従順である。
今も語り継がれる神話、忘れえぬ温もり、薔薇の輝き。
この国の平和は多数によ成り立つのだろうか、少数派を差別する空気は今もある。
隔離された島国の空気に吐き気がする、許容量の少ない大人を見ると。
「今夜も開演しましょう」の声に「はい」のブザーで答えた。
熱い金曜の夜が幕を開けた、ぞろぞろと入場する観客を迎え入れて点火した。
熱が包み込むのに10分、満席最短記録更新で第一幕が切って落とされた。
リース会社の運転手の18人の団体が10番に座り、四季が揃った。
その厳つい顔の団体を見て、《いきなりカズ君試練の時やな》と思いながら、サインを繋いでいた。
私もサインに慣れて、女性達も面白がって不必要に難しいのを振ってきた。
その都度【意地悪】という私が作ったサインで返して、女性達の微笑みに貢献していた。
9時を過ぎて、県庁職員6名のお偉いさんクラスが3番に入った。
ハルカが慌ててきて、「県庁の前園部長、確か誕生日8月の後半だった」と私に言った。
私が調べると、8月18日だった、ハルカに伝えると私を見て。
「ユリさんファンだから、百合の花束のAランク」と微笑んだ。
『了解』と言って、リンさんの後の電話を取って花屋に注文をして、裏階段からでかけた。
小走りに走って時間を稼ぎ、ユリカのビルの前で見上げて。
《ユリカ頑張ってる、無理するなよ、浮気するなよ》と囁いて花屋に走り、受け取って又走った。
《ごめん浮気するなっての言い過ぎた、でも浮気しないでね》とニヤして歩いてPGを目指した。
10m先の黒い服の少女が、危ない風俗の呼込みのスグル君に、店に案内されそうになっているのが見えた。
私は走って、魔女の腕を掴んだ、魔女は驚いて私を見た。
「なんだいエース」とスグル君が私を見た、
『スグル君ごめん、この子ユリさんの面接待ちなの、今は勘弁して』と少し睨みながら丁寧に言った。
「了解、それならしょうがないな、俺も梶谷さんのお気に入りと揉めるバカじゃないよ」と笑顔で言った。
『ありがとう、助かったよ』と笑顔で返して、腕を引っ張った。
裏階段まで連れて行き、真顔で魔女を見て。
『なんで待てない、なんでそんな寂しいことを自分にする』と強く言って、引っ張ってPGに入った。
私は彼女の腕を掴んだまま、カズ君に花束を渡して、TVルームに引っ張った。
魔女は俯きながらも、逆らわずに着いてきた、TVルームを覗くと3人娘が起きていたのでマダムを呼んだ。
『マダムこの子限界みたいで、投げやりになってるから、俺の席からフロアー見せていいかな?』と真剣に言った。
「おい、本気で稼ぐ気があるんやな?」とマダムも厳しい言葉で魔女に言った。
「稼ぎたい、稼がないといけないんです、本気なんです」と暗黒の瞳でマダムに言った。
「お前が望む舞台かどうかしっかり見て来い、営業終わったら面接するかい」とマダムが優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」と魔女が頭を下げた。
『ありがとう、マダム』と私が言うと、笑顔を返してくれた。
魔女を引っ張って、私の指定席に座らせた。魔女は放心状態でフロアーを見ていた。
『絶対どこにもいかないと約束して』と意識して優しく囁いた。
「うん、約束する・・ありがとう」と微笑んだ顔を見て、微笑んで返してハルカのポジションについた。
魔女はフロアーを飽きもせず見ていた、その横顔の暗黒の瞳は何を背負っているんだろうと思っていた。
私も満席で忙しく、魔女の存在を確認しながら、サインとタバコのオーダーをこなしていた。
「可愛いあなたに、少し頼んでいいかな」と蘭が来て魔女に微笑んだ、私は蘭を見ていた。
「はい、なんでしょう?」と魔女も蘭を見た、
「あなたを連れてきた少年に、よくやったと伝えて、私は舞台で待ってるよ、あなが来るのを」と言って蘭が微笑んだ。
その時が来ていた、深い蘭の瞳は青い炎を纏い、魔女を包んでいるようだった。
魔女は立ち尽くし、蘭を見ていた、魔女の微かな背中の震えが意志を反映していた。
蘭は私を見て、満開に微笑み頷いた、私も頷いて返し蘭を見送って、魔女の後から肩に手を置いた。
『座って見てなよ、今右端を歩いてる赤いドレスが女神だよ』と魔女に囁いた。
魔女は座ってユリさんを凝視していた、背中は微かに震えたままだった。
その時和尚が来た、私は固まった、空手道場主のシゲ爺を連れていた。
毛髪の一本も無い頭が艶々と光り、白い口髭が顎の下まで伸びた、どう見ても仙人にしか見えない風体の師匠が立っていた。
《満席であってくれ》との願いは叶わずに、奥の5番に通された。
私は2人の老人の楽しそうなニヤニヤ顔を見ていて、又固まった。丁度空いていたのかユリさんと美冬が5番席に挨拶していた。
《よりによって美冬かよ、カズ君頑張れ》と囁いていた。
この世の楽園にでも来ているような2人の老人を見ていた。
美冬は何事も無く師匠を離れ、次がカスミだった。
《なぜそんな最強の流れでいくんだ》と思いながら見ていた。
豊満の連打で師匠の頭の光は強さを増して、その頭をカスミがぺタぺタと楽しそうに触っていた。
私は魔女にアイスコーヒーを持って行き、微笑んで渡した。
『感想は?』と笑顔で聞いた、暗黒の瞳の奥に確かな光があるような気がしていた。
「私どうしてもやってみたい、ここで・・この舞台で」と言った魔女は強い意志を黒に浮き出させた。
『今の台詞を、今の感じで女神に伝えな、もう一度言っとくけど隠しても無駄だよ』と笑顔で返した。
「うん、見て分ったよ」と微笑んで、フロアーに瞳を戻した。
私は少し安心して、老人に挨拶に行こうと見たら、蘭とカスミがついて大盛り上がりをしていた。
《なぜこの忙しい時に、スペシャルチェンジを老人にするんだ》と思いながら裏から5番に行った。
カスミの太股の後から顔を出して、無理して笑顔を作って。
『師匠、ご無沙汰しています』と挨拶した、照れながら。
「うむ、カスミちゃ~んちょっといいかな」とご機嫌で立ち上がり私の前に立った。
私の後ろはもう通路と壁しかなかった、《ここでもそれをやるのか》と私は少し下がり構えた。
カスミも蘭も興味津々で見ていた、沢山の女性の視線を感じていた。
「よもやと思うが、手を抜いていおるまいな」と仙人が笑顔で拳を握った。
『年寄りが減らず口を、骨折などするなよ』と腹筋に力を入れてニヤをした。
「では参ろうぞ、久しぶりやの」と老人とは思えぬ正拳を私の腹に入れた。
久々でかなり効いたが、必死で微笑んでいた。
『歳には勝てぬなご老人、今夜は楽しんで帰りたまえ・・和尚も』と必死に微笑んで言った。
「なるほど、欲は取れたの、素晴らしい教師やな」と蘭を見た、蘭も師匠に微笑んでいた。
私は後遺症を引きずりながら、持場に返った。
「お前の関係者、凄いのばっかりやな~」と徳野さんが珍しく笑顔で言った。
『大変なんですよ~』と笑顔で返した、徳野さんも笑って頷いた。
魔女を見ると私を見て笑った、その笑顔は今まで出さなかった、可愛い笑顔だった。
「今の何?」と笑いながら魔女が聞いた、まだ少女の匂いの強い笑顔で。
『中国の挨拶』と笑顔で返した、魔女は楽しそうに笑っていた。
私はその笑顔を見ながら、定位置に戻った。
マミを送る時間になって、マミを迎えに行き裏階段で下りて。
『マミ大変、山姥が走ってる』とニヤして手を出した、マミもニヤして。
「包丁持ってるの、怖~い」と言いながら、手を繋いだ。
歩きながらマミを見ていた、少し変ったかなと思いながら。
「でも、凄いの連れて来るよね~」と私をニヤで見た。
『あぁ魔女ね、面接頼みに自分で来たんだよ・・凄いの魔女?』と聞き返した。
「分ってるくせに、私は魅宴のマミよどれだけ女性を見てると思ってるの」と微笑んだ。
『失礼しました、姉御』と笑顔で返し、『で、凄いんだ?』と聞き返した。
「雰囲気が違うよね、そういう感じを確実に持ってる、夜の匂いみたいなの」と真顔で言った。
『なるほど、さすがは魅宴の姉さん』と笑顔で返した、マミは嬉しそうに笑っていた。
魅宴の裏口でマミと別れ、ユリカのビルを見上げた。
《ユリカ頑張りすぎてない?変なお客に苛められてない?》と囁いた。
「ないよ~、浮気してないよ~」とユリカの声がした、私が見ると可愛いユリカが立っていた。
『なんだ~ユリカ俺に会いたくてマミちゃん送るの待伏せしてたね、可愛い奴だ』と微笑んで返した。
「もう気付いたのか~つまんない」と爽やかに笑った。
ユリカと手を繋いでエレベーターに向かった。
「なんかいいもの拾ったでしょう?」とエレベーターに乗りながらユリカが笑った。
『ユリカに見せたいから、今度見て、感想聞かせてね』と笑顔で返した。
「了解、おやすみ」と笑顔のユリカが手を振って、私も手を振って別れた。
PGに帰ると満席で、終演前の熱の上昇が続いていた。
魔女は少し落ち着いた感じて、フロアーを見ていた、そこにカスミが来た。
「見ててどう思ったの?」と魔女に微笑んだ、魔女はカスミ至近距離で見て固まっていた。
「凄く、心から上がってみたいと思いました」と魔女が返した。
「待ってる、あなたのその曲げない感じ・・嫌いじゃないよ」と笑顔で言って、フロアーに戻った。
その時初めて魔女が一筋の涙を見せた、カスミという同世代の輝く女の、下手くそな愛情表現に触れて。
今まで誰にも認められなかったのであろう強い個性を、【嫌いじゃない】と言う表現で認められた事に。
感極まったように静かに泣いていた、私は新しいお手拭を持って、魔女に渡した。
「絶対できると思う・・ここで私が?」と俯きながら魔女が聞いた。
『魔女、なめるなよ誰に腕掴まれて、引っ張って来られたと思ってるんだ、エースだぞ俺は』
『どうでもいい奴の腕を掴んだりしないよ、がんばれ・・魔女』と震える背中に優しく囁いた。
「うん、うん」と言って魔女が泣いていた、その頭に優しく手を置いてフロアーを見ていた。
ユリさんと目が合って、薔薇で微笑んで頷いた、私も真顔で頷いて返した。
その時に終演を迎えた、魔女の事を感じて8人衆もそのまま控え室に戻った。
「あんたは、最後まで付いていてやりなよ、TVルームで待ってるから」と蘭が微笑んだ。
『了解、待ってて』と微笑んで返した。
「ごめんなさい、お待たせして」とユリさんが来た、「すいません、突然きて」と魔女が謝った。
「10番で待ってもらって」とユリさんが私に微笑み、私は頷いて返した。
魔女の手を握り。10番に座らせて、屈んで魔女を見て。
『正直に言うんだ、この舞台に立ちたいんだろ、待ってるって言われたんだろ』と優しく囁いた。
「うん、見ててくれるの?」と魔女が聞いた。
『もちろん、遠くから見てるよ』と微笑んで指定席に戻った。
マダムと徳野さんとユリさんが彼女の向かいに座った。
「許可します」とユリさんが一言目に言った、強い言葉だった。魔女は理解出来ずに固まっていた。
「ただし18歳の子を受け入れるには条件があります」魔女は呆然と頷いた。
「何の為にと、早急に必要な金額を言ってもらいます」とユリさんは真剣に聞いた。
「私は母子家庭でした、その私の母が5月に亡くなって、妹の高校の授業料などのお金が必要なんです」
「妹は優秀なんです、どうしても続かせたいんです」とユリさんの目を見て訴えた、涙を流しながら。
「現段階でいくら必要なの?」ユリさんが優しく聞いた。
「滞ってるお金が12万です」と静かに魔女が言った。
「私が50万貸します、5年で返済してもらいます、それでいいかしら」と薔薇で微笑んだ。
魔女はその言葉を聞いて、両手の拳を強く握って、俯いて大きく震えて泣いていた。
ユリさんが隣に座り、静かに魔女を抱きしめた。魔女はただ抱きしめられて泣いていた。
ハルカとカスミを思っていた、2人ともこうやって抱かれたのだろうと。
【PGはユリの世界です】と言った大ママの言葉が蘇ってきた。
その素晴らしい女神を見ていた、自分の心に従順な最高の女神を。
マジックミラーの内側で、カスミとハルカが泣いていた。その時に感謝しながら。
絶対に自分を信じる、そして自らが選んだ相手を信じる。
どれ程の経験をすれば到達するのか、想像さえ出来ないと思っていた。
たった一人の選ばれし者、生きるという美学。
ユリは今もその神話が残る、夜街が滅んでも残る伝説である。
出会った人々は皆こう言う、【幸運だった】と・・・。