獄炎
人は進化する過程で、どれだけの物を捨てたのだろうか。
その中には大切な物は無かったのか、本当に今の方が人として幸せなのだろうか?
原始の時代の人は、どうやって愛を表現したのだろう。
深夜の雨が昼間の熱を冷まし、傘を持つ放浪者は楽しげに歩いていた。
元来私は雨が好きだった、特に夜の雨が子供の頃から好きだった、幻想的で。
呼込みさん達に相合傘の事を冷やかされながらPGに帰った。
指定席に座ると、カスミがニヤを出しながら来た。
「で~土曜の夜、もしかしてもしかしたか」とニヤ全開で聞いた。
『カスミらしくないな、もしかとかぼかして言って』とニヤで返した。
「大人の階段上ったか、蘭姉さんご機嫌だからね~」ニヤをやめずに囁いた。
『俺と蘭にそいいう事は、暫くないよ』と微笑んで返した。
「なぜ?子供すぎるのか?」と不思議そうに聞いた。
『欲求は人一倍あるよ、でもまだ俺が到達出来ていない、今求めて蘭が許しても俺が楽しめない』と真顔で答えた。
「なるほどね~、6番の若い奴らに聞かせてやってくれよ」と不敵を出して戦線復帰した。
私はカスミには何でも話せた、それが興味本位じゃない事を知っていたから。
カスミは確かに私に対して言葉使いは悪いが、その深い愛情を感じていた。
離婚の件の前から、不思議な感情だった。ハルカとの関係とは違う物だった。
カスミはその美貌と会話で上り詰める。
短い期間だったが自他共に認める、完全な夜街NO1になる。
しかし、その地点に立った時の選択が、実に爽やかでカスミらしかった。
カスミが夜街を去る事が決まった時、こう呼ばれた。
【光の女 カスミ 永遠の憧れ】
夜街関係者は皆、愛情を込めてそう呼んだ。
挑戦する勇気が無かった者も、挑戦が失敗した者にも、最後まで愛されていた。
この時点でカスミが私にくれた権利が、どれ程私の支えになっていたのか。
私は日記にこう記している。
【蘭に挑戦して敗れた時には、一度だけカスミの胸で泣こう】
私にとっては、心のお守りだったよカスミ・・・ありがとう。
その日も終演まで、熱は持続した。女性も完全燃焼をしていた。
終礼のようにハルカを含めた、8人衆が10番に座った。
「キャモ~ン」と元気な蘭が、ニヤで手招きをした。
「相手は誰なのか言わずに、報告せよ」と私を笑顔で睨んだ。
『グラマーな女性と腕を組み』とまで言った時に。
「当たってたのかい?」とカスミが不敵で突っ込んだ。
『潰れるほど』と照れて返した。
「よし」とカスミがニヤで笑った。
『相合傘で西橘を歩いて、焼肉をご馳走になりました』と言ったところで。
「店は?」と千秋がニヤで突っ込んだ。
『○○苑』と笑顔で言うと。
「なんて贅沢なランチなんだ」と美冬が突っ込み、皆がニヤをした。
「特殊事項は?」と蘭がニヤニヤ全開で私を見て聞いた。
『蘭を除けば、外見的に一番タイプでした』とニヤで全員を見た。
「その言葉は、私ら8人に対する挑戦状だね」とカスミが不敵全開で言った。
「納得出来ない相手の時は、意地悪は覚悟してるんだね」と美冬も不敵を出した。
「さて問題です、相手は誰でしょう?ハルカは知ってるから失格」と蘭が皆にニヤで言った。
「そんなに悔しかったのか、こないだの問題がビリだったのが」と蘭にカスミがニヤをした。
「うん」と蘭が笑顔で、モジモジをした。
「グラマーでタイプね~、まさかね~昼間に腕組んで相合傘でしょ・・無理だよな~」と美冬が呟いた。
「美冬、述べよ」と蘭が美冬を指名した。
「考えられないけど・・リアンさん」と小さな声で答えた。
「ピンポ~ン」と蘭が満開の笑顔で叫んだ。
「お、お、お前バカだろう」とカスミが笑い。
「うっそー」と6人が私を見た。
『リアンが寂しいって、目を潤ませて誘うからね』と全員にニヤで返した。
「帰ろう、今夜は相手が悪すぎる」と千夏が微笑み。
「賛成」と千春が言って、全員立って控え室に戻った。
私はその背中をニヤで見て、リアンの凄さを再確認していた。
TVルームにはマダムと松さんがいた。サクラさんは休みで、マリアだけ寝ていた。
私がマリアの寝顔を見ながら、大好きな癖毛を触っていると。
「リアンの感想は?」とマダムが私を笑顔で見ていた。
『あの人に夢中になる男の気持ちが分る気がした、たとえ燃やし尽くされても追いたい、みたいな』と少し照れた。
「あの子の熱は獄炎だからね」とマダムは松さんを見た、松さんは頷いた
「ワシも初めて面接で会った時。
この娘は道を間違ったら、大変な事になると感じて、採用に躊躇した。
ユリがOKしたんや、そしてリアンの加入でPGは起動に乗るんだよ。
ユリとリアンのコンビ想像してみろ」とマダムが笑顔で私に言った。
『正反対に見えて、実は最も近いとか』と感じてる事を、マダムに聞き返した。
「少し成長したね」とマダムが微笑み。松さんも私を見て頷いた。
「歩む方法は全く違う、しかし芯の向きは同じや双子のようにな」とマダムが笑顔で言った。
『やっぱり、俺分からなかったけど、ユリさんを姉さんって呼ぶ人、初めて会ったから』と笑顔で返した。
「ユリを心から姉さんと呼ぶのは、リアンとユリカだけやからな」とマダムが言った。
『水のユリカ、会ってないのに永遠の謎みたいな感じや~』と私は呟いた。
「会うと、お前なら迷宮に入るぞ」とマダムが意味深に言って。
「それは楽しみやね~」と松さんが私にニヤを出した。
蘭が迎えに来て、2人で帰った。腕を強く組み、相合傘で歩いた。
『当たってるんですけど、子供には刺激がありすぎて』と隣の蘭にニッで言った。
「ごめ~んね、グラマーだから」とニヤで返してきた。
『リアンさんでもカスミでも何も感じないけど、蘭だと罪だぞ』とウルで言った。
「うんうん」と頷き、「何も感じないのは嘘だね」と笑顔で舌を出した。
『まぁ、柔らかいな~位かな』と舌を出して返した、蘭はニヤで見ただけだった。
タクシーに乗り、アパートに着いた。玄関で蘭が靴を脱いだが、上がらないですねた。
『どうしたの?』と優しく聞いた。
「一日一回」と微笑んだ。
『甘えん坊』と抱き上げて、部屋までお姫様して、暫く降ろさなかった。
『ちょっと待ってね、今夜が寂しくならないように、少し時間をちょうだい』と蘭の耳に囁いた。
「うん」と言って、抱かれていた。蘭の少し酒臭い香りを楽しんで、降ろした。
蘭が化粧を落とし笑顔でベッドに入って、私は電気を消して定位置に座り。
『月曜日だから、もう寝なさい見てるから』と蘭の額に手を当てた。
「ありがとう、お休み」と言って蘭が目を閉じた。
大切な時間を心行くまで楽しんで、部屋に戻り目を閉じて、瞑想無しに眠りに落ちた。
翌朝は快晴だった、爽やかに目覚めて洗面所に向かった。
冷蔵庫を開けて目的の赤いウインナーを出して、気合を入れて作業に入った。
こっそりサクラさんに教わった【カニさん】に挑戦するためだ。
「おはよ~、私は世界一幸せだ~」と笑顔で言いながら、蘭が洗面所に消えた。
私の用意した朝食を見て、目を輝かせて。
「こんな素敵な朝食、見たこと無いよ」と満開の笑顔で座って。
「このウインナーの、クモさん可愛い」とニヤで私を見た。
『イメージは・・カニさん』と私は上目使いに微笑んだ。
「ハサミは?自分だけ美味しいとこ食べたね」と蘭は嬉しそうに笑って食べていた。
蘭を見送り、朝の仕事をして、シャワーを浴びて日記を書いた。
快晴の空の下を、出勤した。
靴屋が見えた時に、店の前で蘭が誰かと楽しそうに、話しているのが見えた。
その後姿の美しさで、踊り子と分っていた。
「あっ、来たよ、カモ~ン」と蘭が笑顔で呼んだ、ゆっくりと振り返るリアンの熱に少し押された。
『これはまた、朝から最強コンビで悪い相談ですね』と2人を見てニヤで微笑んだ。
「蘭に許可もらいにね、体力あるんでしょ」とリアンがニカで微笑んだ。
『体力あるけど、未経験なんで優しく教えて下さい』とモジモジを出した。
「しかたないな~、夢中になるから、蘭にさよならしなさい」と情熱の瞳で笑った。
『すご~く残念だけど諦めます、蘭に代わる者など俺には存在しないから』と笑顔で頭を下げた。
「蘭、どこで拾った。ユリ姉さんがあんな笑顔になるはずやね」と蘭に微笑んだ。
「いいでしょ~、私もこの子に代わる者はないですよ」と蘭が笑顔で返した。
「ご馳走さまです」とリアンが蘭に微笑んで、「さぁ、行くよ」と私の腕を掴み組んできた。
「がんばれ~」と言う蘭の声に振り返り、ウルを出した。
蘭は満開で笑ったいた。
「なにが片思いだよ、嘘つきめ」とリアンが私にニカを出した。
『その資格が持てる男になるまでは、そう思って頑張らないと、心が折れそうで』と正直に話した。
リアンもやはり圧倒的存在で、素直になれていた。ユリさんと話す感覚だった。
「行くと決めたんだろう、果てしなく遠くても」と前を見て言った、その優しい響きに驚いた。
『蘭が別れを望むまで、行くよ・・果てしないけど』と私も前を見て囁いた。
「今の言葉、忘れないで・・全力でやって、木っ端微塵に砕けたら」
「私が裸で抱いてやるよ」その言葉が私を熱で包んでくれた。
私はこのストレートな言葉に感動していた、その熱い表現と燃えるような生き方に。
『その言葉約束だよ、それを軸にできるくらい重い言葉だから』と私はリアンを真顔で見た。
「嘘はつかないよ、蘭のあんな笑顔を出させた奴に」と私を見た目は獄炎の炎を湛え、優しく深かった。
気がつくと、少し先の西橘通りにカスミが立っていた。
リアンはカスミを見ていた、そしてカスミもリアンの瞳を見て、動く事も出来ないで立っていた。
私はカスミのその表情を見ながら、蘭の言葉を思い出していた。
【出会う為にそこにいる】あの言葉が、美しく立ち尽くすカスミに重なっていた。
リアンとカスミの、本当の意味での出会いだった。
カスミは当然一方的には、リアンを知っていた。
その後カスミがトップになる為の大切な時が、数歩のところまで来ていた。
カスミはリアンの炎に焼かれながら、美しく発光していた。
情熱の女、そう呼ばれたリアンは隠すことをしない。
その炎に自らも焼かれ、隠す物など何もないのだろう。
その存在が常識の外にあった、微温湯に浸かっている者には理解しがたい女だった。
しかし、男は心のどこかでリアンを追い求めていた、焼かれながらも踊りたいと。
刻み込まれたDNAの深い所に眠る何かが反応するように。
進化する過程で捨てた、大切な何かに触れるように・・・。