天使
その笑顔は全てを凌駕する、完全なる無垢。
何も無い、真の純白。
完成に最も遠い、完璧だった。
天が遣わし者・・・。
真夏の黄昏を背にして手を繋いで歩いた、今居るべき場所を目指して。
『自分で稼いだ金で初めて女性にご馳走した』と隣を歩く蘭に言った。
「うんうん、それで」と嬉しそうに催促した。
『初めての同伴』と笑顔で返した。
「うん、日記に書いてね」と嬉しそうに微笑んだ。
「私も初めての同伴だよ」と笑顔で言った。
『そうなの』と少し驚いた。
「お客さんとはお店だけ」と微笑んだ。
中央通で呼込みのマコト君に会った。
「お、夜は綺麗な人と同伴ですか」と笑顔で言った。
『営業です』と頭を下げた。
「良い人じゃない」と蘭は嬉しそうだ。
「そうでしょう、お名前は?」と笑顔で聞いた。
「PGの蘭です」と満開笑顔で返した。
「失礼しました」とマコト君が、慌てて頭を下げた。
「やめて下さいよ~」と蘭はご機嫌だった。
『怖いんですけど』と蘭を笑顔で見た。
「噂が一人歩きするんだよ、ちょっとNo1になったからって」と頬を膨らませた。
『ね~泣き虫で寂しがり屋の、甘えん坊なのに』と笑顔で返した。
「さっ、初めてさっきの最初から」とニッで返した。
『仕事にならなくなるよ』とニッで答えた。
「2人の時は大丈夫、嬉しいだけだから」と目で催促した。
私はPGのドアを開けるまで続けた、蘭は指で皺と言った数を楽しそうに数えていた。
裏口を開けるとサクラさんがいた。
「すっごい魔法をエミにかけたでしょう」と笑顔で言った。
『かけてませんよ』と照れた。
「母親には分ります、ありがとう」と微笑んで、蘭と準備に行った。
TVルームで着替えて、3人娘にお土産のキャンディーを渡して指定席に座った。
フロアーは静寂が支配する緊張感がその日もあり、何かが開演を待ちわびていた。
私はサインのメモを見ながら、手で練習していた。
「なかなか、練習熱心でよろしい」とウミが覗いていた。
『影の努力家ですから』と照れた。
「そう言うのは自分で言わないの」と笑いながらフロアーに行った。
「明日、ハルカを頼むな」と後ろからマダムに言われた。
『頼むって、付いて行くだけですよ』と振向いて言った。
「それが、大事なんじゃよ」と皺の多い笑顔を見せた。
『夕方までに帰ればいいの?』と聞いてみた。
「遅れてもいいぞ、帰ればな」と笑顔を絶やさずに言った。
『了解、少し遊んで帰ろう』と笑顔で返した。
「頼む、そういう少女らしい事を少しさせてやってくれ」と真剣に私を見た。
『了解、得意だからまかせて』と笑顔で返した。
マダムの優しさを感じていた、ハルカは幸せだと思っていた。
「今夜も開演しましょう」の言葉に、「はい」のブザーが鳴った。
その日も順調に客が入りだし、私も忙しかった。
珍しいタバコの注文が多かったのだ。
9時には満席になった、熱は高かった。
私はフロアーを見ながら、女性の動きをチェックしていた。
ユメ・ウミも蘭のヘルプに慣れたのか、動きが自然になったと思っていた。
四季がバラバラの席にいて、バイトのフォローをしていた。
PGはバイトでもセミプロだった。
他店に比べ時給が高いと聞いていた、魅宴並だという話だった。
だからバイトでも面接は厳しかった。
マダムとユリさんと徳野さんがするのだから、さぞ怖かろうと思っていた。
サインというシステムもPGが一番進んでいた、蘭がユリさんがいない時に提唱した。
ボーイが接客中に女性近づき指示を出すのは、客がしらけるという理由だった。
それをユリさんが支持し、完成型にしていた。
そして、より複雑で緻密な物を、四季が完成させていた。
四季のそれは、会話が出来る世界だった。
ボーイはそれで、他の仕事に時間がさけるようになったが。
サインを覚えるのが大変だと言っていた。
10時過ぎに和尚が来た、3番に通された。
キングの力は偉大だと思って見ていた。
蘭が楽しそうに話していた、和尚はそれは嬉しそうに飲んでいた。
《最高の生臭》と心で呟いた。
「蘭姉さんの次、和尚いきます」とカスミが笑顔で言った。
『少し、胸隠していけよ、和尚死ぬよ』と笑顔で返した。
「触っても死ななかったくせに」と笑顔で返した、その顔が可愛かった。
カスミを可愛いと初めて思った。
圧倒的な美があったのでそう思わなかった、確かに変わったなと、その後姿を見ていた。
10時過ぎに、農協関係の32人の団体の緊急予約が入り。
マダムが受け、ハルカが懐かしい定位置についた。
小さな回転をかけるためだ、狙う席を蘭と7人で衆で空けた。
見事だった、予約時間に間に合わせた。
ハルカのそのサイン捌きに、暫し見惚れた。
女性からは、ハルカの手のひらしか見えないのに。
ハルカはマジックミラーで見ているだけで送るのだ。
フロアーデビューした後、この信頼関係が、ハルカの最大の武器になっていくのである。
和尚はカスミと楽しそうに話していた、胸元を堂々と覗きながら。
「どんな魔法をかけたの?」後ろからサクラさんが微笑んだ。
『2人のサインを作りました』と笑顔で返した。
「きっと素敵なサインね」と微笑んだ。
『今夜も忙しいですね』とサクラさんに聞いた。
「うん、でも私もアイもかなり楽になったから」と微笑んで、「楽しいしね」と笑顔で戦場に戻った。
その堂々とした後姿は、別格の雰囲気を醸し出していた。
PGの燃える夏は終わりがないと女性達が燃やし、その熱を浴びたくて客が足を向ける。
その完全なサイクルに入っていた。
11時過ぎに和尚が帰るので挨拶をした。
「いい仕事したみたいやな」と笑顔で私に言った。
『強力な教師に囲まれてるからね』と笑顔で返した。
「欲が取れていい顔になったぞ」と笑顔で返された、嬉しかった。
見送りに出た蘭とカスミに。
「又、草もち食べにおいで」と言って2人の笑顔に見送られて、嬉しそうに帰った。
その日も終焉ギリギリまで、熱は冷め無かった。
終焉の時には7人衆は完全燃焼で、10番に座り込んでいた。
私はサクラさんをタクシーまで送ると、7人衆に蘭も加わって談笑していた。
TVルームに帰ると、珍しくマリアが起きていた。
私はフロアーに戻りウミを呼んだ。
小窓の所にウミを待たせ、マリアを抱いて行った。
『マリア、ウミ姉さんだよ』とウミにマリアを差し出した。
「ちょっとまって」とウミはマリアを優しく見ていた、震えていた。
「うみ」とマリアが天使の笑顔でウミに言った。
その天使の笑顔を見て、ウミは崩れるように座り号泣した。
私は驚いてマリアを抱いて屈んだ。
「うみ、うみ、うみ」とマリアがウミに抱かれようと必死になった。
『ウミ姉さんこうして』とウミを壁に背中をもたれさせた。
「うみ、うみ、うみ」とマリアはウミを呼び続けている。
『手をこうして』ウミはそんなに、涙が出るのかというほど泣いていた。
『マリア、ウミに抱いてもらおうね』とマリアに言ってそっとウミの手に抱かせた。
「うみ、うみ、うみ」と言いながらマリアはウミの頬に手をあた。
天使の笑顔で涙の伝う場所を押えていた。
「うみ、うみ、うみ」と何かを引き戻そうと言うように、連呼していた。
ウミはマリアを優しく抱いて、マリアを見て涙を流し続けた。
ウミはマリアを優しく抱きしめた、マリアはウミの耳元で。
「うみ、うみ、うみ」と続けていた。
ウミはマリアを腕の中にもどし、優しくマリアを見た。
「うみ」とマリアが天使全開で笑った。
「うん」とウミは優しい目でマリアを見て笑った。
ウミが静かになったのを見て、マリアは笑顔のまま瞳を閉じた。
ウミはその寝顔を見ていた優しく。
「ありがとう、寝かせてあげて」とウミが私を見て言った。
私はマリアを抱き上げて、TVルームに行こうとすると、角に蘭がいた。
蘭がマリアを受け取り。
「任せる、頼んだよ」と微笑み、TVルームに入った。
私は呆然として座ってるウミの隣に座った。
『ごめんね、辛かったね』と小窓を見て囁いた。
「ありがとう、嬉しかったよ」とウミも囁いた。
『俺、子供だから何も分らないけど・・マリアの言葉はわかるんだ』ウミは私を見た。
『そんなに悲しまないで、苦しまないで、泣かないでって言ってた』静かに優しく感じた事を言葉にした。
「私もそう聞こえた」とウミの笑顔がでた、「間違ってなかったの?」と私に問いかけた。
『絶対に間違いないよ、俺はマリアの言葉は分かるんだよ』とウミを見て微笑んだ。
『あの3回連呼は、そう言ってたよ』と優しく言った。
「良かった~」とウミの可愛い笑顔がそこにあった。
「1つだけ頼みを聞いて、控え室まででいいから抱っこして」と微笑んだ。
『それなら、頼んででもしたいですよ』と言ってウミを抱き上げた。
『軽いな~、ちゃんとご飯食べてるの』と引き寄せて聞いた。
「食べる、明日から元気出すね」と首に腕を回した。
私は控え室までをゆっくりと歩いた、ウミは静かに抱かれていた。
ドアの前で優しく降ろした。
『明日から元気出すって言ってたって、マリアに言っとくから約束だよ』とウミを見て微笑んだ。
「絶対守る、マリアとの約束だから」と笑顔になった。
『うし、おやすみ』と微笑んで返した。
「ありがとう」と20歳の可愛い笑顔で微笑を返した。
TVルームに帰りながら、マリアを想っていた。
なんて子なんだろう、必死にウミを呼ぶマリアを思い出して、涙が出そうになった。
私はTVルームに真直ぐ帰れずに、小窓を見ていた。
「帰ろう」蘭が優しく腕を組んできた。
『そうだね、帰ろうか』と蘭を見た。
優しく深い目が私を見ていた。
微笑みながら甘えていた、少し切りすぎた前髪で。
《マリアありがとう》そう心で囁いた。
《あい》いつものように天使の声が聞こえてきた・・・。