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      【春物語第二章・・封印の鍵⑤】 

純粋な心は淋しい気持ちを抱えたまま、誰にも話せない心を伝えていた。

人工的に作られた、金髪の少女の人形に語りかけた。


何がどう届いたのか、そんな事は誰にも分からない。

ただ自然に、その少女は受け取ったのだろう。


母の微かな香りの残る小船の上で、海から吹く風に乗った大切な言葉を。


ユリカの店に、笑顔が溢れていた。

私はマリの強い瞳を見ていた、ミチコを見るマリの瞳を。


「ヒトミはあの2週間、キヨに執着してました。

 キヨをカリーに繋げたのは、ヒトミでしょうね。

 あの青い目のお人形は、ヒトミの部屋に置かれていた物です。

 キヨがヒトミに初めて会った時、ヒトミが小僧に伝えました。

 あのお人形をキヨにプレゼントすると、ヒトミは伝えました。

 キヨは本当に喜んで、常に近くに置いていました。

 そしてキヨは名前を付けた・・リンダという名前を。

 キヨの純な心は、自然に到達したのでしょう・・カリーの場所に。

 カリーの言葉をキヨに繋いだのは、美鈴の想いでしょうね。

 それを独り言で表現して、キヨはミチコに繋いだ。

 やはり龍谷の血を引き継ぐ者、キヨは美鈴と同じDNAを持っていますね。

 そして誰よりも強く引き継いでいます・・沙紀という存在が」


律子は嬉しそうな笑顔で言った、ユリカが嬉しそうな笑顔で頷いた。


「ヒトミがキヨに贈ったあの人形・・あれは元々、マリの人形だよね?」とミチコが笑顔で言った。


ユリカが驚いてマリを見た、ユリアも驚きの波動を出した。


「はい・・あれは私が退院する時、小僧に託しました・・誰かにプレゼントしてと言って」とマリはニヤで返した。


『マリ・・そうじゃないだろ、マリはこう言ったんだ・・誰かに繋いでねって言ったんだろ、だから俺はヒトミにしたんだ』とマリにニヤで言った。


「そうだっけ・・それは忘れてたよ」とマリはニヤニヤで返してきた。


『そう来るのか~・・それでマリは何しに来たのかな?』と私は笑顔で返した。


「ミチ先輩に今までの事をダイジェストで見せて、それが次のミホの世界に必要だと感じる」とマリは強く言葉にした。


律子もユリカも笑顔で頷いて、ミチコはワクワク笑顔になった。


「ミホの世界って・・極寒の世界?」とミチコが真顔でマリに聞いた、マリも真顔で頷いた。


律子とユリカが出かけて、私とマリはミチコを居住区に誘った。

ミチコは喜びを爆発させて、居住区の仲間と触れ合った。


マリは私の記憶の中から、由美子の段階の時と沙紀の暗黒の世界と言葉の羅針盤。

そして由美子の言葉の羅針盤の、重要な部分だけを見せた、


ミチコは集中して見ていた、その表情を私は見ていた。


「沙紀ちゃん、凄いね・・由美子には揃ってるね」とミチコは笑顔で言った。


『それは感じるね、由美子には揃ってる・・ミチが揃えばね』と私はニヤで返した、ミチコもニヤで返してきた。


律子が戻り、ミチコとマリを連れて帰って行った。

私はユリカを抱き上げて、窓辺に立ち通りを見ていた。


「体力的な自信・・確かに私には、子供の頃から無かったよ」とユリカが静かに言った。


ユリカは瞳を閉じていた、私はユリカの温度を感じていた。


『そうだろうね・・ユリカはそう感じて、それを求めなかった・・少し作為的だよね』と私は窓の外を見ながら返した。


「作為的だね」とユリカも呟いた。


『ユリカは健康的な問題は、子供の頃から1つも抱えて無かったよね?

 確かに体は小さいから、平均と比べれば体力的には劣っていた。

 それにユリカの精神は、芸術的な事柄に興味が有ったんだよね?

 ユリカは今でも、絵画や文芸に対して興味を持ってるし。

 その知識と情報量は凄いよね、まぁそれで満足なんてしてないけど。

 でも体力的な事柄に対しては、ずっと自信を持てないで来たんだよね。

 でもね、ユリカ・・ユリカは夜の街で、10年トップで仕事しただろ。

 それだけでも体力は有ると思う、基礎体力が無いと出来なかった。

 俺はそう思ってるよ・・望み行動すれば、得られるんだって』


私は間接的に自分の考えを言葉にした、ユリカにはそれで充分だった。


「消費率、消耗率なんだよね?・・シズカがそんな感じの話をしたよ、あの子は凄いよ・・さぁシズカの考えを述べよ」とユリカが瞳を開いてニヤで言った。


『そっか~・・シズカはもう準備完了したのか。

 俺もシズカに聞いた事がある、シズカは何でも調べるからね。

 調べて自分の想定を確立する、もちろん正解だとは思ってないけどね。

 男と女では、限界の見極めが違うんだって・・シズカがこう言った。

 例えば長距離を競技として走るとき、男は生命の危機的な状況まで入る。

 でも女はどんなに限界を目指しても、生命を維持する力は残すと思う。

 それが女の持つ母性という本能なんだ、絶対に子孫の為に限界を超えない。

 

 競泳でも、球技でも・・特に格闘技では、体が大きい方が有利だろう。

 だから格闘技では体重で階級が決められてる、それ程に有利なんだ。

 だが最も単純な競技、人間の進化の歴史上最古の競技では違う。

 走るという行為で女性を見ると、それを感じてしまうんだよ。

 短距離は違う・・100mなら、瞬発力に歩幅も大きく影響する。

 だがこれは基礎体力の問題じゃない、一瞬の爆発力の問題なんだ。

 10秒ちょっとの勝負なら、筋肉の瞬発力の勝負だろう。

 だから体の大きさ、筋力の強さが大きく関わってくる。


 だが最古の競技、走り続けるという行為なら違う。

 中距離や長距離にこそ、人間の体の進化の原点が関わるんだろう。

 原始の人間が命を守るには、走るしかなかったと考えればね。

 それは短距離走じゃないよね、絶対に中距離以上だった。

 人間も野生動物だったから、弱肉強食のサイクルの中にいた。

 そして人間の進化は、知恵を得た事により2速歩行に移行した。

 だが知恵の進歩は遅かっただろう、その時期が最初の絶滅の危機だった。


 人間は勘違いしてる奴も多いが、地球の食物連鎖の中にいる。

 現代人は食物連鎖の頂点に、人間がいると思ってる奴がいる。

 それこそが大きな間違い、連鎖とは円運動・・螺旋の流れなんだろう。

 だから頂点など無い、永遠のループなんだよね。

 何が欠けても流れが変る、全てが揃って綺麗に流れる。

 その螺旋の流れこそが、生命を育む食物連鎖なんだろう。

 人間はそれを感じなくなった、だから自然を破壊し続ける。

 その行為で絶滅した生命もいる、その事で流れが変らないのか?

 私はそれを感じると、恐怖心さえ抱いてしまう。


 話を戻す・・2速歩行になった頃の、人類に対する私の想定に。

 その頃の人類は、食物連鎖の中間地点の存在だっただろう。

 2本足はそれほど不利なんだ、スピードなら4本足だよね。

 これはお前でも分かるだろ、瞬発力も最高速度も絶対に上だよね。

 それに4本足でも木に登れるんだから、人間は逃げ切れない。

 発展途上の知能では・・地上での2速歩行は、絶対的に不利だった。

 絶対的な不利を選択させられた、その頃の2速歩行はリスクだろうね。


 だから人類は知能という武器を使い、攻撃と守りを作り出した。

 安全に住める場所や設備を考え、そして狩猟の為の武器を考えた。

 そこで火を得たと私は想定してる、火を得る事は守りだった。

 今でも肉食動物は、夜行性の種類が多いよね。

 だから原始の人類は、夜が最も危険だと感じていたと思える。

 その危険に対して知識が到達したのが、火を得るという事だった。

 それが生命を維持するのに重要だった、進化前の人間には。

 そして生命を維持する為に、体を大きくしなかったと思ってる。

 

 原始の人間は体が小さい、今の野生動物でもそうだよね。

 体が大きな野生動物は、天敵が少ないんだ・・だから非効率なんだよ。

 象でもカバでもサイでも、天敵と呼ばれる存在がいない。

 だからあれほど体が大きく、その為に食物も大量に必要になる。

 お前の好きな恐竜なんて、非効率過ぎるだろ・・連鎖には入れないよな。

 だから巨大な恐竜は絶滅したんだ、それは連鎖以外の存在だから。

 連鎖から外れれば絶滅する、それが自然の摂理なんだろう。

 どんなに大きく強い生命でも、その存在の意味が無くなれば滅びるんだ。


 体の大きさには、実は大きな進化の意味があるんじゃないかな? 

 猫科でも、ライオンや虎は体が大きい・・これは攻撃力が強いから。

 チーターも猫科では体が大きい、だから短距離しか走れない。

 生命という大きな枠で見れば、食物連鎖という枠組みで考えれば。

 大きくて重要な存在などいない、全ての存在が平等なんだろう。

 全てが必要である限り、存在的に大きなものなどいないんだ。

 

 生命を維持するという観点で見れば、体が大きいのは非効率なんだ。

 女性の中距離選手でも、マラソン選手でも体は小さい人が多いんだ。

 それは外人選手でもそうだよ、身長が低くて痩せてるんだよ。

 その方が効率的で強いんだ、要は体力の総量じゃない。

 体力という事を原始的に考えると、それはエネルギーの消費率なんだ。

 最も大切な生命を維持するという事では、身体の強さとは消耗率なんだ。

 そう考えると、人間の体が大きくなったのは・・リスクとしか思えない。

 体の大きな事に憧れる、現代人の感性は・・作為としか思えない。

 小さいと体力が劣ると感じてしまう、その感性は矛盾してる。

 進化の歴史を捻じ曲げてる・・植え付けだとしか思えないんだ。

 

 これはシズカの考えだと言ったけど、俺にも納得できる話だった。

 体が小さいと体力が劣ると感じるのは、総量的な考えだよね。

 それはパワーの問題なんだ、力をパワーと思うとね。

 でもそうじゃない・・総量など何の参考にもならないんだ。

 生命を維持する体力というのは、エネルギーの消費率なんだよ。

 今回の極寒の世界に、なぜ成人の戦争経験者は行けないのか?

 そして精神的に辿り着いている人間が、なぜ邪魔になるのか?

 そこにヒントがあるのかもね・・子供達が行けない事にも』


私はかなり遠回しに、自分の考えを言葉にした。

ユリカは笑顔で聞いていた、自分の理論的な部分を外す為に。


「OK、良いでしょう・・私の専属コーチにしてあげる」とユリカがニヤで言った。


『しかたない・・受けてやるよ』と私もニヤで返した。


「それで・・極寒の世界の司令官は誰?」とユリカがニヤ継続で言った。


『それは守りの要の火でしょう、水は凍る可能性があるからね。

 炎の女が司令官・・それを助けるのは、自由を示すコンビ。

 心しか持たない青い炎と、最終兵器のコンビだろうね。

 俺もコーリーと同じ、今回は風に賭ける・・放浪の女に。

 極限の世界でも、絶対に自分を持ち続けると信じてる。

 環境などに絶対に影響を受けない・・その自由な心は揺れたりしない。

 生きるとか、死ぬとか・・そんな事に囚われない。

 風のように、漂うように・・自由に放浪する、ナギサの心は』


私はニヤで返した、ユリカもニヤで頷いた。


「ナギサはミホで次の段階に入ったよね?・・だからムーンで隕石に向かった」とユリカが笑顔で言った。


『求めたよね・・何かを自分に求めた、あの自由な心がね』と笑顔で返してユリカを降ろした。


私はユリカを誘って病院に戻った、哲夫に会いたかったのだ。

夕方のその時間なら、哲夫は由美子に会いに来てると思っていた。


ユリカはモモカが土曜日に泊まらずに帰った事を、残念だとウルで私に言って。

私にモモカのお泊り作戦を考えろと、ニヤニヤで言ってきた。


ユリカと2人で小児病棟に入ると、遊戯室の前に哲夫の姿が見えた。

私はユリカと婦長と話しながら、3人で哲夫の後姿を見ていた。


哲夫は理沙の車椅子を押していて、その横に無表情のミホが歩いていた。

3人は遊戯室に入るところだった、理沙が哲夫と笑顔で話していた。


その時遊戯室の中から、理沙と同じ位の歳の少女が飛び出してきた。

その少女の右腕を、ミホが強く掴んで少女を止めた。


その少女はミホの顔を見ていた、ミホは無表情で少女の顔を見ていた。


「どうしたの?」と理沙が少女に優しい笑顔で聞いた。


少女は耳に両手を当てて、《聞こえない》と手振りで返した。


「聞こえないの・・何も聞こえないの?」と哲夫は少女の前に進み、言葉と手振りで伝えた。


その少女は、右手を出して《少しだけ》と手話で返した。

私は少女の右手の、親指と人差し指が示した間隔の狭さで、ほとんど聞こえないんだと思っていた。

哲夫も瞬時にそれを理解して、優しい笑顔で頷いた。


「哲夫、手話もできるの!」とユリカが驚いて私を見た、婦長も私を見た。


『そりゃ~、理解なら出来るよ・・哲夫はそれだけの経験をしてるよ』と笑顔で返した。


哲夫は言葉と手話で、《一緒に遊ぼう》と少女を誘って遊戯室に入った。

ミホはずっと少女の右手を握っていた、少女はミホを見て頷いて遊戯室に入って行った。


「小僧ちゃん・・お願い、ヒントが欲しい」と婦長の後ろから、いつもの若いナースが真顔で言った。


『ヒントって・・あの難聴の少女の?』と私も真顔で返した。


「院長室に集合で良いかな?・・哲夫君が遊び終わってから」と婦長が笑顔で言った。


『期待しないでね・・ヒントもアドバイスも、俺には出来ないよ』とニヤで返した。


「な~んだ・・もう想定出来たの」とユリカがニヤで返してきた。


『想定じゃなくて・・違和感を感じたよ、あの少女が手話を覚えてる事にね』と真顔で返した。


その言葉でユリカも真剣な表情に戻って、婦長とナースを見て頷いた。


「よろしく」と婦長が私に笑顔で言って、若いナースとナースステーションに戻った。


私はユリカと由美子の部屋に行き、ユリカが由美子の側に行った。

私は由美子の祖母の、ミチコに対する事情聴取を受けていた。


そこに北斗が来て、ユリカも由美子の眠ったのを確認して、私達の場所に来た。

ユリカのミチコに対する感想を聞きながら、北斗も祖母もワクワク笑顔になっていた。


哲夫を連れた婦長が病室を覗いて、私とユリカは北斗と祖母に挨拶をした。

私とユリカと哲夫は、婦長と若いナース3人と合流して院長室に向かった。

階段で幸子に会ったので、幸子も誘って院長室に入った。


院長室には関口医師と、白衣を着た若い女医が院長と話していた。

院長が私達を招いて、3人の医師と向き合うソファーに座った。


「この医師は岸田君・・入院初期の子供の、精神的なケアの担当だよ」と院長が紹介した。


私と幸子と哲夫は笑顔で挨拶して、岸田医師も笑顔で自己紹介をした。

ユリカと同じ20代後半であろう、知的な感じの女性だった。


「私は今はユリカ、久しぶりだねマコ」とユリカが笑顔で言った。


私も幸子も哲夫も、今まで見たことの無い、ユリカの嬉しそうな笑顔を見ていた。


「ユリカね~・・その方が本名より合ってるね、本当に久しぶり・・10年振りだね」とマコという女医も嬉しそうな笑顔で返した。


『10年振り・・高校の同級生とかですか?』と私は興味津々光線を発射した。


「私のデスクは3階にあるから、私を訪ねてくれば色々お話してあげる・・ユリカの高校時代の事もね」とマコがニヤで返してきた。


『了解です・・楽しみだ~』と笑顔で返して、ユリカにニヤを出した。


ユリカはウルで返してきて、ユリアの波動は笑っていた。

マコは哲夫を見ていた、哲夫はそれに気づいて緊張感を出した。


「精神的なケアのお医者さんって・・何か緊張する事なの?・・緊張感があるんだけど」と哲夫が私に真顔で言った。


「聴力障害に対する小僧と哲夫の見解、それを聞きたいんだよ」と関口医師が笑顔で返した、マコも笑顔で頷いた。


「里美ちゃんの事なの?」と哲夫が私に真顔で聞いた。


『里美って言うのか、さすが哲夫・・同世代の女子の名前は、速攻で聞き出すな~』と私はニヤで返した。


「どうやって聞いたの?」とマコが笑顔で哲夫に聞いた。


「同じ学年だったから、名前が知りたくて・・反則だけど、文字を使った・・里美は文字を知ってるから・・聞こえなくなったばかりなんでしょ?」と哲夫が聞き返した。


「うん・・まだ3週間なのよ、だから不安定な時期なの」とマコは優しい笑顔で返した。


「3週間か~・・第一の壁かな?」と哲夫が真顔で私に言った。


『そうだろうな・・12歳で聴力を失ったんだ、高い壁だよな』と私も真顔で返した、哲夫は静かに頷いた。


「第一の壁はどんな事なの?・・そこから説明して・・哲夫が言った、反則の意味を説明して」とユリカが私に強く言った。


真剣な空気がその空間を支配して、私はマコの瞳を見ていた。


『難聴の子供・・それが産まれた時からと、突然そうなったとでは違うよね。

 産まれた時から難聴だったなら、他の表現方法を素直に受け入れる。

 確かに言葉を持つのは難しい、聞こえなければ言葉は持てない。

 でも聴力を持てない事により、他の感覚は発達する。

 人の表情を観察して、その人の感情を理解する段階なんて簡単に到達する。

 だけど・・文字や手話を覚えるのは、困難な事なんだよね。

 その意味が理解できないから、それを教えるのも難しいんだ。


 しかし成長過程や、成人して聴力を失うと違うんだ。

 文字は当然持ってるし、手話の意味する事も理解できる。

 言葉を知ってるからね・・聴力を失うと言葉も失うけど。

 言葉って・・自分の耳で確認してるんだ、自分の言葉を自分の耳で。

 だから自信を持って話せる、聴力を失うと・・その自信が持てなくなる。

 

 この両者を考えると、後者の方が幸運だったと言えるよね。

 それは間違いなく、後者・・後で失った者の方が幸運だった。

 でも・・当事者は違うんだ、失った当事者はそうじゃない。

 実は当事者は言葉を失った事は、重要度の1番じゃないんだ。

 聴覚を失う事で最初に襲ってくるのは・・恐怖なんだよ。

 喪失感でも絶望でもなく、恐怖感が襲ってくるんだ。


 健常者でも視覚を失う事は、ある程度リアルに感じる事は出来る。

 目を閉じれば、その世界を感じる事は出来るよね。

 だが・・聴覚を失うという事は、リアルでは感じ難い。

 聴覚を遮断するのは難しいから、その世界は感じる事は出来ない。

 人間は視覚と聴覚で、周りの状況を察知してる。

 前方は視覚が主だよね・・でも、後方は聴覚なんだ。

 後ろから来るものは・・人なら足音や話し声、車ならエンジン音。

 それを聴覚で感じ取ってる、これは健常者には無意識な行動だよね。


 だから途中で聴覚を奪われる事は、恐怖に直結してるんだ。

 自分の安全を確保できない、それが自分の精神を圧迫する。

 この恐怖は簡単には拭えない、それが第一の壁だと俺は思ってる。

 俺も哲夫も、聴覚を失ったある少年との関係で、その事に気づいた。

 そして2人で考えたんだ、聴覚を失うとはどういう事かをね。

 俺は当然、その少年とも交信できた・・哲夫もね。

 その時にその少年の、恐怖も葛藤も感じたんだ。

 その少年が強く伝えてくれたから、俺も哲夫も自信を持ってるよ。

 それを表現したのが、哲夫の言った反則と言う言葉なんだ。


 ここからの話は・・俺の勝手な考えだよ、そう思って聞いて欲しい。

 途中で聴覚を失った者に、最初に何かを提案したらいけない。

 何の要求もしたらいけない、見守る事しか出来ないんだ。

 文字を使って気持ちを聞き出そうなんて、絶対にしてはならない。

 その行為は・・ただ聴覚を失った事を実感させる、それだけの行為なんだ。

 手話なんて・・その後の後で良いんだ、そんな勉強はいつでも出来る。

 そんな前向きな勉強に向かわせるのが、第二の壁の先だと思ってる。

 同世代の俺達がフォロー出来るのは、第三の壁までなんだ。

 それからは里美自身が望み、そして追い求めないと辿り着かない。


 この3つの壁で最も難しいのが、第一の壁だと俺は思ってる。

 当事者の感じてるのが恐怖であるのなら、その恐怖に向き合うしかない。

 恐怖を克服する道程を、一緒に歩いてやる事しか出来ない。

 それは信頼できる、心を許せる・・同世代の友にしか出来ない。

 そして感覚の鋭い人間にしか出来ない・・哲夫と理沙にしか出来ない。

 それがお前の反則と言った言葉に対する、たった1つだけ出きる償いだ。

 それを覚悟したのが・・反則と言った、お前の言葉だと信じてる。

 お前は確信犯だった、ルールを知ってて犯した・・確信犯だよな。

 道を繋げよ、哲夫・・秀美に繋ぐ、第二の壁への道を』


私はヒリヒリとする集中に入った、哲夫に強く伝えた。


「わかってる・・俺は確信犯だよ、その反則行為が俺の宣誓だよ」と哲夫が真顔で強く返してきた。


『うし、良いだろう・・ミホの極寒の世界までに、第二の壁に導けよ・・5月5日までに』と私はニヤで返した。


「モモカから聞いたよ・・もう準備は出来てる」と哲夫はニヤで返してきた。


『だろうな・・そうじゃないと、文字で聞いたりしないよな?』と私はニヤで返した。


「心で関わりを持つ、そう言う宣誓なんだね?・・哲夫君」と院長が笑顔で言った。


「院長先生、重く言わないで下さいよ・・俺はただ、友達になりたいだけです」と哲夫が照れた笑顔で返した。


「第二の壁は、秀美・・その根拠は?」と幸子が真顔で聞いた。


『秀美も途中で失ったから、12歳で失ったからね・・秀美にしか伝えられない』と私は笑顔で返した。


「ならば第三の壁は?」とユリカが真顔で強く問いかけた。


『当然、美由紀だよ・・絶望からの復活ならば、美由紀しかいない』と私はニヤで返した。


「揃えたね、小僧・・そう感じるね・・今の話で登場しない、最強が3人いるしね」と関口医師がニヤで言った。


「ミホちゃん!」と若いナースが言って。


「それと沙紀ちゃん!」ともう1人の若いナースが言って。


「そして・・由美子ちゃんなんだね?」といつものナースが笑顔で言った。


『これは子供の世界の話だよ、医療行為とは別物です・・里美と新しいお友達との、子供の世界の話だよ』と私は笑顔で返した。


「小僧ちゃん、1つだけ教えて・・さっきのミホちゃんが、里美ちゃんの腕を掴んだ行為は・・何を感じてたの?」と婦長が真顔で言った。


『ミホは恐怖に対して敏感なんです、それは瞬時に感じます・・だから里美の恐怖心を感じて、走るのを止めたんだと思います』と真顔で返した。


「そうだよね・・飛び出した時の里美は、投げやりな気持ちだったよね?」と哲夫が返してきた。


『投げやりだろうな・・今の里美にとって、走るという行為だけでも』と私も真顔で返した。


「噂通りですね、小僧ちゃん・・瞬時にそこまで理解できるなら・・楽しみになったよ、必ず私を訪ねて来てね」とマコが笑顔で言った。


『もちろん、行きますよ・・ユリカの昔話が聞きたいから』とニヤで返した、マコもニヤで頷いた。


私はユリカと幸子と哲夫を連れて、院長室を後にした。

哲夫に翌日の上映会の事を話し、律子の車でモモカと来いと言って、病院の入口で別れた。


「あんたと哲夫は、さっきの話の少年で手話を覚えたの?」とユリカが笑顔で言った。


『違うよ・・その少年も手話は覚え始めだった・・俺や哲夫が手話に触れたのは、マサル君だよ』と笑顔で返した。


「マサルは手話が出来るの!・・使ったとこ見た事ないよ」と驚いて幸子が言った。


『そうだろうね、必要無い場所じゃ使わないからね・・共同体の女性達との関係じゃ、必要ないから』と私は笑顔で返しながら歩いた。


「マサルなら・・耳は聞こえるし、言葉は持ってるから・・手話が理解できたんだね?」とユリカが歩きながら言った。


『もちろん・・それにマサル君は、手話は1回で覚えたよ・・もちろん、マリとルミとシズカも出来るよ』とニヤで返した。


「そうなの!・・だからシズカはマリとルミの言葉を、相当前から理解してたんだね・・私も不思議に思ってたよ」とユリカが笑顔で返してきて。


「マリもルミもそれを使わない、それは挑戦的な考えなの?」と幸子が前を見ながら言った。


『それもあるだろうけど・・秘密兵器で持ってるんだろうね。

 沙紀の深海の世界で、PGのサインが役に立ったからね。

 マリとルミはサインで話せる、シズカと俺にね・・それが武器なんだよ。

 結界の中から伝える事ができる、手話というサインでね』


私はニヤで返した、幸子は前を見ながら考えていた。


「エースは秘密兵器を言葉にした、そう言う事か~」と幸子も私にニヤで返してきた。


3人で一番街に入ると、反対方向からピンクのジャージ軍団が歩いてきた。

私達はその集団をニヤで見ていた、集団はユリカを発見して笑顔で頭を下げた。


「なるほど~・・強烈な影響力が有るね~・・少し怖いよ」とユリカが私にニヤで言った。


『でしょ・・目立つよね~』と私もニヤで返した。


ホノカとリョウとセリカがユリカに挨拶して、その後ろからアイコとシノブが笑顔を見せた。

ユリカと幸子も笑顔で返して、PGに向けて歩き出した。


『今日は何人だった?』と私はリョウにニヤで聞いた。


「午前中にハルカとミサキにマキとヨーコ、それにカレンとシオン。

 午後は私達に、ナギサ姉さんとリリー姉さん」


リョウは笑顔で返してきた、私は集中する魔性の瞳を見ていた。


『良い感じで集中できるみたいだね、シャワーも化粧室も充実してるでしょ?』と私は笑顔で返した。


「うん・・仕事の準備も楽しくできて、良い感じの集中に自然に入るよ」とホノカが華麗な笑顔で返してくれた。


私が笑顔で返していると、セリカに腕を組まれた。


『何かな~?・・セリカ姫』と私は笑顔で聞いた。


「夕飯まだ頼んでないんでしょ?・・ご馳走するから、付き合え」と流星ニヤで返してきた。


『肉』とニヤで返した、セリカは笑顔で頷いて。


「ユリカ姉さん、お借りします」とセリカはユリカに微笑んだ。


「どうぞどうぞ・・蘭には私から言っとくから」とユリカが爽やか笑顔で返した。


PGの前で女性の集団と別れて、呼び込みさんに冷やかされながらセリカと歩いた。

そしてセリカに腕を引かれて、焼き肉店の個室に入った。


「何でも頼んで良し」とセリカがニヤで言ったので、私は笑顔で頷いて遠慮無しに注文した。


セリカがビール、私はウーロンで乾杯した。


『それで・・何の話かな?』と私は肉を焼きながら、ニヤで聞いた。


「明日・・ミチコには、どうやって映像を見せるの?」とセリカがニヤで聞いた。


『哲夫に頼む予定・・哲夫ならミチコを、マリの同調に遠隔で誘えるから』とニヤで返した。


「ミチコは当然、マリの同調の経験者なんだよね?」とセリカが流星笑顔で返してきた。


『もちろん、今日も強く同調したよ・・今日の午後、今までの経緯をミチに見せたんだ』と肉を食べながらニコニコ笑顔で返した。


「明日の映像が終了したら、ミチコの結論を千鶴ママに聞くんだよね?」とセリカが真顔で言った。


『うん・・当然、千鶴が面接をした後で』と私も真顔で返した。


「そうだよね・・ミチコは、何か状況的な問題はないの?・・エースがネックに感じる事は?」とセリカが真顔で言った。


私はセリカの瞳の流星を見ていた、セリカも私の瞳を見ていた。


「読み取れ、エース・・私の瞳を」とセリカがマキの台詞で強く言った。


強いワクワク波動が吹いていて、私は笑顔をセリカに向けた。


『ありがとう、セリカ・・ミチは幸運だよ。

 俺の感じてるのは1つだけ、帰宅に対する事なんだ。

 16歳だからね、1人じゃ帰らせられないんだよ。

 マキはマダムとハルカと同じ方向だから、2人と一緒に帰ってる。

 ヨーコはリョウと一緒に、リョウが駄目な時は誰かが同行してる。

 ヨーコの家は近いからね、誰でも対応出きるんだよ。

 その部分でのミチコのフォロー、そこがネックかな』


私は笑顔で返した、セリカは真顔で頷いた。


「なるほどね~、それがあるね・・ミチコの家は、エースの実家の近くなの?」とセリカが流星笑顔で聞いた。


『うん・・もう少し海より』と笑顔で返した。


「了解・・その部分は、私とケイコで千鶴ママに提案するよ。

 私もケイコも、どうしてもミチコが欲しいんだ。

 銀河を見ててそう思ってる、シオンとカレンとレンを見てもね。

 マキとヨーコの存在の大きさを、私とケイコは感じてるんだよね。

 クラブという大人数の女性が集まる場所には、その存在は大きいよね。

 それが16歳で自らが望んだ挑戦者なら、それが本気だと感じるなら。

 その存在は絶対的な者になる、それは強く感じてるんだよ。


 私は強くミチコを望む・・バトンを繋ぎたい存在だから。

 あの伝説の真希さんの姿・・大ママを発見した時の変化。

 あの姿が忘れられないんだよ、迷いの無い・・強い意志を示した姿が。

 真希さんは絶対に、次の時代に対するバトンを握っていた。

 19歳でだよ・・今の私と同じ歳で、確実にバトンを持っていた。

 私もいつか持ちたいんだよ、次の世代に託すバトンを。

 私達19歳トリオにとって、ハルカとミサキは同じ場所にいる。

 だからマキとヨーコ・・そしてミチコに繋ぐ、大切なバトン。

 私は4年後までに持ちたいんだ、そのバトンを渡して東京に行きたい。

 それが私・・流星のセリカの目指す、東京PGへの道なんだ」


セリカの強い意志を乗せた言葉が響いていた、私は嬉しくて笑顔で頷いた。


強烈な喜びの波動が、狭い空間に吹き荒れていた。


流星のセリカの光速の覚醒が始まった、目で追うのが難しい程の。


その加速力は、最新技術の集大成のようだった。


東京物語での大きな柱、それこそが流星の生き方だった。


【光速のマドンナ】という称号が、復活する時を迎えていた。


高い知識レベルの仲間が贈った、憧れの挑戦者を賞賛した称号だった。


セリカは自らの封印を解き、【生き急ぐ幻】という称号を破棄した。


そして残したのは憧れを表現してくれた、セリカにとって大切な称号だった。


光速のマドンナ、流星のセリカが発進した・・銀河を越える旅に・・。











 


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