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      【春物語第一章・・春の予感⑫】 

歴史を背負う地名の場所が、世界中に存在している。

そして歴史によって改名された地名も、伝承の中に存在している。


立体映像の沙紀は、微かな表情を口元に出していた。

女性達の視線は、沙紀の口元に集まっていた。


「由美子の交換条件だったね・・奴は約束を守った・・奴は約束は守るよね?」とリアンが嬉しそうな笑顔で、横に座るユリカに言った。


「そう・・奴は約束は守る・・それがあの世界でルール違反を犯す、奴の本心なのかもね」とユリカは映像を見ながら返した。


「そう感じますよね・・彼はルール違反でしか目的を達成できない、自分に対するペナルティーでしか成就できない・・そう感じてしまいますね」とユリさんが静かに言葉にして。


「エースの言う、想定と策略はその部分に対してだよね。

 私も由美子の世界でそう感じていた、エースはルール違反を想定してる。

 奴のルール違反をクリア出来れば、こっちから要求が出せるから。

 ヒトミの世界で何があったのか、エースは絶対に話さないだろうね。

 エースは感じようとしてる、あの姿無き男の本心を。

 ルール違反に込められた想いを、必死で探してると感じるよね。

 それでしか表現できないであろう、奴の本心を探してる。

 ルール違反にこそ存在する、ルールの本質を探してるよね」


北斗は沙紀の口元を見ながら、優しい笑顔で言葉にした。


女性達はこの4人の話の流れで気づいた、一人一人が感じていた違和感を。


映像の沙紀の父親が立ち上がり、沙紀も椅子を降りて父親の後を追った。

沙紀は仕事に向かう父親を玄関で見送り、自分の部屋に戻ってスケッチブックを開き、描きかけの絵を見ていた。


祖母は着替えてリビングに戻り、母親と笑顔で話していた。


「小僧という男の子、面白いね~・・それで13歳なんだろ?」と祖母はお茶を飲みながら笑顔で言った。


「もうすぐ14歳になる、中学1年の少年です・・面白いでしょ」と母親も笑顔で返した。


「小僧は昨年の時点で、沙紀の言葉も気持ちも理解していたね。

 それは沙紀の変化が証明してるし、画力まで引き出したしの。

 だが・・それよりも凄いのは、変化を促す力だろうね。

 人間は変化を望まねばならん、留まれば不純物が入るからね。

 役場でも普通の会社でも、研究職以外は同じ部署に長く置かない。

 慣れには不純物が産まれ、それが悪しき習慣に変化するからだろうね。

 その小僧はそれを嫌ってるね、だから沙紀の変化を促す。

 それは何かに満足させたくない、そう言う教えなんじゃよ。

 生臭和尚の弟子ならば、その教えを忠実に守ってるんじゃね。

 楽しくなりそうだね・・沙紀の次の世界も」


祖母は沙紀の背中を見ながら、優しい笑顔で言った。


「やっぱり、お母さんは知ってましたね?・・和尚様を」と母親が笑顔で返した。


「私らの時代の宮崎人で、知らぬ奴などおらんよ・・それに深く関わった事もあるんじゃよ」と祖母も笑顔で返して立ち上がった、母親も笑顔で頷いた。


沙紀は祖母が立ち上がったのに気づいたのか、スケッチブックと絵具のバックを持って立ち上がった。


「沙紀、行くかの」と祖母は笑顔で言った、沙紀は強く頷いた。


母親に玄関で見送られ、沙紀は楽しそうに祖母と手を繋いで歩き出した。


小春日和の快晴の空の下を、深い照葉樹林の緑に囲まれて、2人は井戸を目指していた。

沙紀は祖母と強く手を繋ぎ、それが2人の方法の様に何かを伝えていた。

私は2人の自然な行動を、少しの驚きを持って見ていた。


「なるほどね~・・小僧は沙紀に気づかせただけ、引き出しただけだったな?」と私を見ながらオババがニヤで言った。


『そう・・俺は沙紀に他の人とも出来るって、気づかせただけだよ・・沙紀は伝達の方法は知ってたよ』と私もニヤで返した。


「オババはまだ気づいてないのか・・沙紀の家、あの場所を」とコーリーが映像を見ながら呟いた。


その呟きでオババはハッとして映像に視線を戻した、私はコーリーの不鮮明な横顔を見ていた。

どこか嬉しそうなコーリーの口元を、不思議な気持ちで見ていた。


龍谷りゅうこく!・・龍の谷か!」とオババはコーリーに向かい真顔で言った。


「そうだよね・・美鈴の場所だね」とコーリーは沙紀の背中を見ながら呟いた。


オババも沙紀と祖母の後姿の映像を見ていた、その顔には懐かしさが溢れていた。


祖母は山間の小道を農業用の用水路沿いに歩き、山裾が見える拓けた場所で立ち止まった。

会場の全員がその美しい風景に見入っていた、穏やかな春がその場所に存在した。


奥の山並みは照葉樹林の緑で覆われ、手前の山裾に竹林が広がり、大きな山桜が花びらを散らせていた。

その山の方向から、コンクリートで作られた用水路が伸びていた。

人工的に作られた用水路の水ですら、圧倒的な透明度で輝いていた。


祖母は沙紀を笑顔で見ていた、沙紀も祖母の顔を見ていた。


「そうだね・・あの湧き水は地下から溢れ出してるよね、それも大切な事じゃろうね」と祖母は沙紀を見ながら言った。


沙紀は祖母の顔を見ながら頷いて、遠くの山並みを見た。

沙紀の言葉でない問いかけに、祖母は笑顔と言葉で答えた。


「沙紀よ・・今日は難しい事ばかり聞くね・・そうだね、山は噴火して出来たんだろうね・・それも地下からの噴出しだね」と祖母も山を見ながら優しく言った。


沙紀は山を見ながら何かを感じて、微かな笑みを口元に浮かべた。


「沙紀よ・・その表情を出す練習は、誰を真似てるのかね?」と祖母は笑顔で聞いた。


「こーりー」と沙紀は言葉で返した。


ステージ横のコーリーは、嬉しそうな感情を口元に出した。


「コーリー・・外人さんか?」と祖母は興味津々な感じで聞いた、沙紀は言葉でなく何かを伝えていた。


祖母は沙紀の表情を見ながら、小さく何度も頷いた。


「不実の魔女か、素敵な人だろうね・・私も昔、同じような話を聞いたよ。

 沙紀よ、お前は絵を描くのが好きだよね。

 だからこそ教えとくが、目で見えないものが1番大切なんじゃよ。

 その魔女も実体の無い理由があるんだろう、それが伝えたい事なんだろうね。

 魔女なんだから・・自分の実像など、どうにでも作れるだろう。

 しかしそれを求めない、そこに大切な教えがあるよね。

 だから沙紀は表情を出す方法に気づいた、不実の存在だから気づかせた。

 実像の有る人間では気づかせられない、その事に沙紀は気づいたんだね。

 扉は常に影に寄り添う・・これが画家だった叔父の、美鈴に贈った言葉だよ。

 私には分からなかったが・・沙紀、お前なら分かるんだろうね。

 もう感じたのか・・そうあれが本家の家だよ、井戸の場所だよ」


祖母は竹林に囲まれた、山裾の大きな家を見ながら言った。

何度も改築を重ねたのだろう、古い建物に現代の補強が入っている、大きな屋敷だった。


沙紀は祖母に手を引かれて、山桜の洗礼を浴びながら屋敷に向かった。


屋敷の古びた木造の門を入ると、玉砂利の小道が奥に向かい緩やかに湾曲していた。

その緩やかな曲線が、人間の歩調を穏やかに導くようだった。


沙紀は小道の曲線を見ながら、顔を上げて大きな庭の奥を見た。


そこから少女が笑顔で駆けてきた、沙紀は口元に喜びを出して少女を見ていた。


その少女の顔が鮮明になって、フロアーは笑顔と静寂に包まれた。

私は喜びの中にいた、少女の元気な笑顔を見て。


「キヨ!」とマキが叫んで、無意識に立ち上がった。


その少女は私が忘れる事を拒絶した、キヨだったのだ。

3年振りのキヨの笑顔を、私は喜びの中でリアルに見ていた。


「清美じゃよ・・沙紀より1つ年下だよ」と祖母は沙紀に笑顔で言った、沙紀はキヨを見ながら頷いた。


キヨは2人の前まで駆け寄り、祖母に笑顔を向けた。


龍谷りゅうこくのお婆ちゃん・・こんにちわ」とキヨは笑顔で言って頭を下げた。


「こんにちは、清美ちゃん・・この子は私の孫で、沙紀と言うんじゃよ・・少し病気で、今はあまり話せないんだよ」と祖母は笑顔で沙紀を紹介した。


「あまり話せない?・・あぁ、言葉でって事だね」とキヨは笑顔で返して、沙紀に右手を出した。


祖母は固まってキヨの行動を見ていた、沙紀は嬉しそうにキヨの右手を右手で握った。


そして2人は見つめ合っていた、キヨは喜びの笑顔だった。

祖母はキヨの瞳を見ていた、キヨは沙紀の瞳を見ていた。


「沙紀の出会いはキヨだったのか・・マリでも分からない出会いを、ヒトミは知ってたね」とオババが呟いた。


「だろうね・・多分、春雨の叫びの時には・・ヒトミは知ってたんだろうね、沙紀の存在を」とコーリーもキヨの映像を見ながら返した。


「沙紀は龍谷の子供なのか・・そしてキヨも、その血を引き継いでいるのか」とオババも映像を見ながら呟いた。


映像にはキヨの笑顔と、沙紀の嬉しそうな口元が映し出されていた。


「沙紀ちゃんがお姉ちゃんだね、仲良くしてね」とキヨは笑顔で言った、沙紀は強く頷いて返した。


「沙紀ちゃんは、小僧ちゃんの知り合いなの?・・清美」と家の玄関の方から女性の声が響いた。


キヨは笑顔で振り向いて、女性に向かい強く頷いた。


「真智子も小僧という少年を知ってるのかね?」と歩み寄る女性に祖母が笑顔で聞いた。


「はい・・良く知ってます・・キヨをこの場所に連れ出したのが、小僧という少年ですから」と女性は笑顔で返した。


「真知子さん、元気そうだ」とマキが客席で笑顔で言った、私も映像を見ながら笑顔で頷いた。


「ならば・・真知子に覚悟を迫ったのもか?」と祖母はニヤな感じで返した。


「はい・・私は古い習慣が残る、この実家に帰るのを躊躇していました。

 この場所で離婚しての出戻りなら、辛い状況に置かれると感じてました。

 本家の長女である、その事実が私には重く有りました。

 その私の身勝手な心を狙われた、あまりにも自分勝手な考えを。

 最強の伝達者に・・子供の心の代弁者に狙われました。

 私は成すすべも無く敗北しました、小僧という存在に。

 小児病棟に通い、病気の子供と触れ合い続け。

 施設の子供と心を通わし、応援し続ける・・小僧という代弁者に。

 私は自分の間違いを確信しました、ヒトミという少女の生き方を思い出して。

 体を動かすことも、言葉や表情も出すことも出来ない少女。

 9歳で無欲に到達した、最高峰の少女の選択を思い出して」


キヨの母親である真知子は、祖母に笑顔で強く言った。


「そうなのかね・・うちの息子夫婦もそうじゃったよ。

 沙紀を外に連れ出さない、沙紀に次の挑戦を迫らない。

 そんな親の甘さを狙われたんじゃろう、沙紀の代弁者に。

 この本家にも沙紀は今日初めて来た、そこに清美がいたのか。

 面白い事になりそうだね~・・楽しみだよ」


祖母はニヤで返した、真知子は笑顔で頷いた。


沙紀とキヨは手を繋いで交信していた、沙紀の喜びが口元に出ていた。


「まぁそんな所で立ち話をせんでも・・中に入りんしゃい」と大きな家の玄関から老婆が笑顔で言った。


「大ババ様、お元気そうで」と祖母は笑顔で返した。


「お前も元気そうやね、体調は良くなったのか?」と老婆が返した。


「ご心配をおかけしましたが、まだお迎えはこんようです」と祖母は笑顔で言いながら、老婆に近づいた。


「ワシより先に逝くなよ、順番は守れよ」と老婆も笑顔で返して、沙紀を見ていた。


「沙紀・・大きくなったね・・そして強くなったね」と老婆はシワシワの優しい笑顔で言った。


「沙紀・・本家の、大ババ様じゃよ」と祖母も笑顔で沙紀に紹介した。


「オババ?・・大ママ?」と沙紀は老婆を見ながら言葉を出した。


老婆と真知子は固まって沙紀の言葉を聞いていた、祖母がその表情を笑顔で見ていた。


「言葉が出たのか!」と老婆は驚きを言葉に出した、真知子も驚いた表情を出した。


キヨは沙紀と手を繋ぎ、母親の真知子の驚きを笑顔で見ていた。


「小僧の奴だね・・やりやがったね~」と真知子はキヨに笑顔で言った。


「小僧ちゃんなら簡単だったよね、沙紀ちゃんはマリちゃんと同じだから」とキヨは笑顔で返した。


「待てよ、清美・・マリというのは、あの話してくれたマリなのかい?」と老婆は優しい笑顔で聞いた。


「そうだよ・・少し先の見える、素敵なマリちゃんだよ」とキヨは笑顔で返した。


「龍谷の娘に、マリという少女が関わる・・何か大きな流れかね?・・沙紀は今、オババと言ったよの?」と老婆は祖母に聞いた。


「大きな流れでしょうね・・沙紀の変化がそう言ってます。

 大ババ様・・沙紀は今、全てを閉ざされた少女と関わっています。

 美鈴と同じような病の少女と関わり、その内なる世界で戦っている。

 それを先導してるのが、マリという少女と小僧という少年です。

 その小僧は4年ほど前にも、同じような病の少女と戦った。

 小僧とは寺の小僧・・生臭坊主の1番弟子と言われてるそうです」


祖母は真剣な表情で言った、老婆は沙紀を見ながら聞いていた。


「真知子・・小僧とは・・春雨の少年か?」と老婆は強く聞いた。


「そうです・・そして4年前に戦った少女こそ、ヒトミです」と真知子は強く返した。


「まぁ、上がって話そう・・こんなに気分が高揚したのは、久しぶりじゃよ」と老婆が言って、居間に全員を案内した。


真知子がお茶とお菓子を出して、沙紀はキヨとお菓子を食べて、スケッチブックを開いた。

キヨは嬉しそうな笑顔で、沙紀の描く絵を見ていた。


「お婆様・・美鈴さんが亡くなったのは、5歳でしたよね?」と真知子は真顔で聞いた。


「5歳じゃったよ・・1度も体を動かせぬまま、逝ってしまった」と老婆は静かに返した。


「やはり奇数年齢ですか」と真知子も静かに呟いた。


『オババ、止めて・・説明してもらおうか、2人で楽しんでる過去を。

 美鈴という少女の話は、話さないといけないよね。

 マリは沙紀の記憶を引き出したんだ、その記憶に付随した事だからね。

 オババ、コーリー・・説明を願う、美鈴という少女の話を』


私は隣に座るオババとその奥のコーリーを見ながら、強く言葉にした。


映像は静止画像になっていた、女性達の全員の強い視線も2人に注がれていた。


「美鈴・・やはり忘れ得ぬ少女だね」とコーリーはオババに向かって言った、オババは前を見て頷いた。


「しかし話す事は出来ない、この中に美鈴を知る人間がいない限り・・それは出来ないんだよ、小僧」とオババが真顔で返してきた、


私はオババの言葉の強さで感じて、無理な事なのだと納得していた。


「記憶の映像なら、今ここで見ても良いんだよね?」とマリの声が響いた。


オババとコーリーは驚いてマリを見た、マリは俯きがちのニヤで対抗していた。


「マリ・・お前、どうやって記憶の内容を探してるんだ?」とコーリーがニヤで返した。


「国語辞典と同じだよ、頭文字で探す・・キーワードで探すんだよ」とマリはニヤ継続で返した。


「マリ、お前はそこまで来てるのか・・それで、沙紀の記憶の中に美鈴の話が有るのかい?」とオババもニヤで返した。


「沙紀の中じゃないよ・・小僧の中の第二章に有るんだよ、私には印象的な場面だった」とマリは私を見ながら強く言葉にした。


「第二章って・・どの記憶のだい?」とコーリーはニヤで聞いた。


「家出から始まる、小僧の夜街物語・・それの第二章で、小僧が無意識に思い出した記憶・・そこに出てくる、美鈴というキーワード」とマリは真顔で強く返した。


『無意識に思い出した記憶?・・第二章?』と私は驚いてマリに言った。


「そうだよ・・蘭姉さんに拾われるのが、第一章としたら?・・次は誰?」とマリがニヤで返してきた。


私はマリの瞳を見ながら考えて、直感的に閃いた。


『ユリさんとマリア・・あの月光の下を律子と手を繋ぎ歩く、幼い俺の映像なのか?』と私は真顔で返した。


「小僧は感じてただろうけど・・今更だけど、内緒にしててごめんね。

 私は沙紀と由美子の世界を想定する為に、お前の記憶は全てチェックした。

 おとぎの国での同調の中で・・家出してからの、お前の強い記憶をね。

 その中で私が1番興味を持ったのが、あのユリさんとマリアのシーンなんだ。

 そしてお前が思い出した、律子母さんと歩く幼いお前の映像だった。

 私はあの映像にまで入った、どうしても知りたかったんだよ。

 律子母さんの強い瞳を見て、そして時折見せる淋しげな表情を見て。

 その意味を知りたいという感情が抑えられなかった・・だから入った。

 そこで聞いたのは、律子母さんの強い言葉だった。

 律子母さんが幼いお前に伝えた・・自分の心を表現した言葉だった。

 その言葉に出てくるんだよ・・美鈴という少女が」


マリは真顔で強く言った、私は必死にニヤを出して頷いた。


「マリ、律子はそれを言葉に出来たのか?」とオババが強く問いかけた。


「うん・・多分、小僧が理解できない年齢だったから・・それがルールだよね?・・オババ」とマリは真顔で返した。


「それならば、マリ・・小僧にその記憶を引き出させたのは、マリアなのか?」とコーリーが強く返した。


「思い出させたのは、ユリさん・・そして引き出したのが、マリア」とマリはニヤで返した。


「律子は鍵を作り出してたのか・・あの頃には、その方法を模索してたのか」とコーリーが呟いて。


「律子なら到達してたのかもね、記憶の鍵を作り出す方法を」とオババはコーリーを見ながら返した。


コーリーがオババに向かって頷いて、オババはマリを見た。


「良いだろう、マリ・・小僧の記憶ならば、何の問題も無い」とオババが笑顔で言った、マリも笑顔で頷いた。


マリは氷像の沙紀の手を優しく放し、振り向いてユリさんを見た。


「良いですよ、マリ・・私もどのシーンなのか分かりましたから。

 それが律子姉さんの作り出した鍵なんですね、母の葛藤が鍵だった。

 我が子に対する、母の葛藤を感じると思い出す・・それが記憶の鍵。

 マリ・・映像で出しなさい、大切な事なのですから」


ユリさんは薔薇の笑顔で言った、マリも笑顔で頷いた。

マリが席を立つと、マリアがマリの後を追いかけた。


マリは笑顔でマリアを抱いて、私の側に来てマリアを差し出した。

私も笑顔でマリアを抱いて、その場の床に座り、マリに左手を出した。


マリは私が出したのが左手だと確認して、私の正面に座り左手で握った。


「小僧・・私は今やっと繋がったよ・・律子母さんの、私に対する言葉が」とマリが笑顔で言った。


『見せてもらおうか、マリ・・俺の最も重要な宿題を、律子の宿題を』と私はニヤで返した、マリもニヤで頷いた。


立体映像を映し出すステージの、沙紀と祖母の後姿の映像が消えた。

そして暗黒の中に、微かに家具の影が現れた。


それは人間が暗闇に目が慣れていくように、少しずつ浮き出てきた。


大きなダブルベッドの横に、可愛いベビーベッドの線が浮き出て。

ベビーベッドの横の床に寝転ぶ、私の姿が浮き出てきた。


私もマリアも眠っているようで、静寂の空間が映し出されていた。


そして光が奥の扉から入って、ユリさんが静かに入ってきた。

ユリさんは私の寝顔を確認して、マリアのベッドの横に立ち、マリアの顔を覗き込んだ。


「マリア」とユリさんは声に出して、マリアを潤む瞳で見ていた。


そして必死に嗚咽を殺して、泣きながらマリアの寝顔を見ていた。

ユリさんの押し殺した嗚咽が場内に木霊して、女性達も潤む瞳で見ていた。


その時だった、映像が急に切り替わった。

私もマリも女性達も、私の視線の映像になるのだと思っていた。


しかしその映像は、ユリさんの顔を見上げていた。


「マリアの映像!」とルミが驚きを声に出した。


記憶を引き出されている私は、抱いているマリアの表情を見る事が出来なかった。

しかし正面に座るマリが、私の抱くマリアを笑顔で見ていたので安心していた。


《まま》とマリアの心の声がスピーカーから響いた。


その強いマリアの声を聞いて、私は映像に視線を戻した。


《マリア・・ママは大丈夫だよ》とマリアの内側に少女の声が響いた。


映像はユリさんの泣き顔を映していた、その声は確実にマリアの内側に響いていた。


《ないてる、まま》とマリアは心で強く返した。


《マリア、それは戦ってるからなの・・ママはママと戦ってるのよ。

 マリアに応援して欲しくて、マリアを見ながら戦ってるの。

 だから大丈夫よ・・マリアのママは、負けない人だから。

 心配しないでね、マリア・・だから今は起きないで。

 エーシュが思い出すまで、ママの声を聞いて・・そして応援してね。

 ごめんね、マリア・・小さなマリアに、辛い事をさせて》


少女の声は優しく響いた、私には誰なのか分かっていた。

女性達も声の正体を感じていた、温もりの有る優しい少女の声だった。


《あい、ひとみ・・ありがと、ひとみ》とマリアは嬉しそうな声で返した。


《ありがとう、マリア・・また遊びに来るね、マリアの夢の世界に・・ゆっくりお休み、マリア》とヒトミの声が響いた。


《あい・・おやしゅみ・・ひとみ》とマリアも眠そうな声で返した。


そして映像が切り替わり、真暗になった。


《ユリさん・・誰よりも美しくて、経済的にも恵まれてる。

 なのに何で・・あんな悲しい声を出すんだ。

 俺は子供だ・・何も出来ない、起き上がる事も出来ない。

 今何をすれば良いのか、どんな言葉をかければ良いのか。

 それすら分からない・・母親の悲しみには、何も出来ない》


私は目を閉じた暗黒の世界で、強く自分に叫んでいた。


その時、私の目を閉じた暗黒の世界に、柔らかい光が入った。

そして半月が映し出され、その月光が照らす山道が映された。


《夢じゃないよな、俺は起きてるし・・映像か!・・久しぶりに映像が出るの?・・ヒトミ、近くにいるの?》と私は驚きながら心で言葉にした。


《小僧・・鍵はどこに隠されてるの?・・どこなら隠せるの?》とヒトミの声が小さく響いた。


《ヒトミ・・忘れてないよ・・奴は常に矛盾の中に隠す・・だからこっちも、矛盾の中になら隠せる》と私も小さな声で返した。


《小僧・・お休み・・今は眠りに落ちなさい・・私も傍にいるから》とヒトミの声が遠くから響いた。


私は何も返さなかった、眠りに誘われたのだと思っていた。


月光に照らされる山道に、手を繋ぎ歩く親子の映像が映し出された。


《お袋》と私は小さく呟いて、静寂が戻ってきた。


映像は親子に近づき、その顔がはっきりと映されていた。

30代の律子と、4歳位の私だった。


月光は全てを優しく照らしていた、私は楽しそうに律子に何かを話していた。

私と律子が歩く山道は舗装されておらず、両側を大きな木々が囲んでいた。

そして私と律子の背景に、山の稜線が浮かんでいた。


律子は私の顔を見ながら、私の手を強く引いていた。


「小僧はこんな暗い場所だけど、怖くないよね?」と律子は前を見ながら言った。


『暗いと怖いの?・・見えるなら、怖くないよ』と私は笑顔で返した。


「そうだよね・・そして見えなくても怖くないのよ」と律子は私を見て笑顔で返した。


『見えなくても怖くないんだね・・怖いってなんだろうね』と私は笑顔で返して、遠くの山を見ていた。


律子は私の表情を見て、少し淋しげな色を瞳に出した。


「小僧・・宿題を出すね・・難しい宿題を」と律子は立ち止まり、夜空を見上げた。


『宿題・・シズカが学校でもらう、あの宿題?』と私は喜びの笑顔で返した。


「そうだよ・・シズカや恭子が学校で貰ってくる、あの宿題を私が小僧に出すよ」と律子は屈んで私に視線を合わせて言った。


『紙に書くの?・・俺、ひらがなしか書けないよ』と私は心配そうに聞いた。


「紙に書くんじゃないよ・・誰にでも出せる宿題じゃないの。

 シズカには出せないの、もう大きいから・・出せないのよ。

 小僧になら出せるの・・今の小僧じゃ分からないからね。

 だから大きくなって思い出して、そして答えを探し出して。

 お母さんには探せないの、経験を積み過ぎたから無理なのよ。

 私は小僧に託します・・妹と美鈴の想いをね。

 小僧に辛い事を背負わせる、私は悪い母親だよね」


律子は真剣な表情で、私の目を見ながら強く言葉にした。


『お袋・・悲しいの?・・俺は大丈夫だよ、宿題を出してよ』と私は律子の顔を覗き込み笑顔で返した。


「うん・・ありがとう、小僧・・そこに座ろう」と律子は私を大きな木の下に誘った。


大木の先は断崖だった、山と山の間に存在する深い谷のようだった。

月光の光に照らされた世界に、深い緑の谷が広がっていた。

そして音声に川の流れる音が浸入して、風に揺れる木々の音も聞こえてきた。


私は律子に促されて、落ち葉の敷き詰められた大木の下に座った。

律子はそれを見て私の横に座り、眼下に広がる谷の木々を見ていた。


「小僧・・今日ね、チサが私に伝えてきたの・・オババに会ったって」と律子は前を見て言った。


『オババ?・・誰なの?』と私は律子を見ながら問いかけた。


「人の内側・・心の中にいる、お婆さんよ・・誰にでもいるの」と律子は私を見て笑顔で言った。


『心の中のお婆さん・・おとぎ話みたいだね』と私は笑顔で返した。


「そうだよね・・おとぎ話みたいだし、夢で見たような話なのよ」と律子は笑顔で言って、深い谷に視線を移した。


「そのオババは大切な人なのよ・・でも会いに行く方法が分からないの。

 私は妹の世界で出会ったの、病気で体の動かせない妹の心の世界で。

 でもね・・こっちからオババに会いに行く方法は分からなかったのよ。

 妹の次に出会った、同じ病気の美鈴ちゃんって女の子の時に。

 鍵を探せなかったの・・オババの場所に続く、大切な鍵をね」


律子は前を見て静かに言った、私は律子の横顔を見ていた。

律子の瞳から、一筋の涙が流れていた。


『お袋でも分からない場所に、チサは行ったの?』と私は母の涙を見ながら問いかけた。


「そうなのよ・・だから小僧に探して欲しいの、いつかその方法をね。

 チサの言葉が分かる小僧なら、探せるかも知れない。

 そう思ったから、今夜この場所に連れてきたの。

 ここは美鈴が産まれた場所なのよ、ここで聞いて欲しいからね。

 小僧、見て・・この谷は曲がりくねっているでしょう。

 この谷は、龍谷りゅうこくって言われてるの。

 あなたの好きなブルース・リーは、ドラゴンだよね。

 あの蛇みたいなドラゴンが龍なの、伝説の生き物なのよ。

 その龍の谷ってここは呼ばれてるの、地名じゃないのよ。

 宮崎とか日南とか言われる、そんな地名じゃないの。

 大昔の人から伝わってきた、大切な名前なのよ。

 だからこの場所で聞いてね・・美鈴の素敵な物語を」


律子は最後に私に笑顔を向けた、幼い私は笑顔で頷いた。


映像を見る私には、この場面の全ての記憶が無かった。


マリは俯いて集中していた、マリアの温度は穏やかだった。


ユリカは集中の中にいた、そしてユリアが存在しなかった。


ユリアは誘いに行っていた、侵入させるタイミングを狙っていた。


母の慟哭にて解除する、律子の鍵は開かれていた。


ユリという偽らない存在が解錠し、マリアの純白が引き出した。


大きな流れに向かって、全ての意志が舵を切った。


流されるのでなく・・流れを作り出す為に、鍵を回した・・。





















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