【春物語第一章・・春の予感⑩】
立体的な映像を映し出す円形のステージは、無限の広がりを表現していた。
背景を遠近感で表現して、人間にはリアルな感覚で見えていた。
そしてその円形ステージは回転する、まるでメリーゴーランドのように。
映し出したい映像を客席に向ける為に、ゆっくりと動き出した。
円形ステージの中心に妹桜が存在して、それが中心軸のように背景を動かした。
人がゆっくりと振り返るような速度なので、客席の誰もが映像に違和感を感じなかった。
この立体映像を表現する円形ステージが、沙紀に与えた影響は大きかった。
氷像の沙紀はマジックミラー越しに、立体映像に入り込んでいた。
壁にもたれて座る、抜け殻の私の左手を、氷像の沙紀は左手で握った。
過去の自分と同調してる13歳の私は、沙紀の温度を感じていた。
興奮している沙紀の強い温度が、13歳の私を落ち着かせた。
立体映像は、暗い歩道を歩く2つの背中を映していた。
音声の雨音が弱まって、雨の勢いの衰えを感じさせていた。
小雨になった春雨の降る道を、手を繋いで歩く2つの影。
小さな影は無表情で前を見て、大きな影は笑顔で独り言を呟いていた。
「ミホ・・そんなに気にするなって、それは小僧の合羽だよ。
胸に描いてある、猫のような模様が有るだろ。
それはPUMAをイメージして描いたんだ、下手糞だろ。
どうみても交通事故に遭った、半身不随の猫だろ」
恭子はそう言って1人で爆笑していた、ミホはマジックで描かれた胸のマークを見ていた。
「さて・・ミホ、妹桜に何が有るのかな?・・ミホが脱走するほど見たいなんて、楽しみだね~・・私は共犯者なんだから、楽しませろよ」と恭子は笑顔で言って、ミホの手を引いていた。
恭子とミホの視界には、裸電球の街燈が照らす、小学校の正門が見えていた。
ステージは回転を再始動して、校庭から妹桜を見る映像に変った。
「ありがとな、小僧・・気分が良くなった」とミチコが笑顔で言って立ち上がった。
『腹減ったね・・帰ろうか』と私も笑顔で返して立ち上がった。
回転を止めぬ立体映像は、1周して正門側を正面から映した。
女性達は幻想的な立体映像に入り込んでいた、子供達も笑顔で見ていた。
「ミホ・・あれが妹桜だよ、今が満開なんだ・・入学式が迫ってるからね」と恭子は正門の前で妹桜を見ながら、ミホに笑顔で言った。
ミホは無表情で妹桜を見上げていた、恭子はミホの顔を見ていた。
立体映像は回転を続け、再び校庭から妹桜を見る映像を正面から映した。
『家まで送るよ、ミチも一応・・色気は無いけど、女だから』と私はニヤで言って、完全に凍結した。
強いヒトミの温度が、私の横を駆け抜けたのだ。
私はヒトミの温度を追いかけて妹桜を見た、ミチコは動きが止まって前を見ていた。
「ヒトミ!・・待って」とミチコが言って正門の方向に駆け出した。
私はミチコの言葉で我に返り、慌ててミチコを追いかけた。
「ヒトミ!」と恭子の大きな声が、正門の方から響いてきた。
映像の回転はそこで止まった、小4の私の視界にはミチコの背中と、恭子と手を繋ぎ妹桜を見上げるミホが映っていた。
恭子とミチコはミホを見ながら立ち尽くしていた、私はそれでミホの顔を見た。
ミホは満開の妹桜を見上げながら、微かに微笑んでいたのだ。
私は何が起こったのか分からずに、思考が全て停止していた。
ただミホの口元の嬉しそうな微笑を見ていた、妹桜がはらはらと花びらを散らせていた。
桜の花びらの洗礼を浴びるミホは、何かの卒業と、次の何かへの入学をしたようだった。
「ミホ・・ヒトミだよ、やっと会えたな・・良かったな」と恭子がミホに笑顔で言った。
「恭子先輩・・なぜ・・何が分かるの?」とミチコは恭子を見ながら呟いた。
「ミチコ・・お前は考え過ぎだよ、せっかく良いものを持ってるのに。
お前は何でも考えて答えを出そうとする、それが邪魔してるんだよ。
シズカを意識するから、そうなるんだ・・でも、シズカは違うよ。
考える必要がない事は、シズカは考えないんだ。
ミチコはヒトミの存在は感じたのに、どこにいるのか分からなかったろ。
ヒトミを感じた次の瞬間に、考えるって事をしたろ。
算数の問題じゃないんだ、それは考える事じゃないんだよ。
ミホは病室からでもヒトミの場所が分かったぞ、妹桜の上だって。
ミチコ・・お前はグーの話も考えたよな、だから気付かなかった。
感じたなら、感じた事を大切にしろ・・人目など気にするな。
ミチコ・・そうしないと、次の勝負の時も入れないぞ。
私はお前に期待してるんだ・・お前なら絶対に出来ると思ってる。
次にヒトミと同じ病の少女に出会った時、その勝負の時。
私らの戦友になりたいなら・・小僧の戦友になりたいのなら。
自分の感じた事を信じろ・・ミチコ、感じた事に身を任せるんだ」
恭子の強い言葉が響いた、ミチコは恭子の瞳を見ながら強く頷いた。
ユリカと幸子とマリの瞳が強かった、恭子の表情を真剣に見ていた。
「やってみます・・シズカ先輩のように」とミチコは強く返した。
「ならヒントをやるよ・・一緒に帰ろう・・ミホは小僧と帰りたいみたいだからね、悪役は小僧の役目だから」と恭子がニヤで返した。
「やった~・・ラッキー」とミチコは笑顔で言って、恭子に駆け寄った。
ミホはミチコを見て、恭子の手を放した。
「ミホ・・ありがとう、私のグーを止めてくれて・・嬉しかったよ」とミチコはミホに笑顔で言った。
ミチコはミホに笑顔でさよならをして、恭子と並んで校門を出て行った。
私はミホの横に立って、2人の背中を見送った。
私はミホに腕を引かれて、ミホを笑顔で見た。
ミホは合羽の胸のマークを指差して、微かな微笑を出した。
『ミホ・・ニヤなの?・・そのマークが下手くそって言いたいの?』と私は感動しながらウルで返した。
ミホは口元に微笑を出したまま、妹桜を見上げた。
私も笑顔で見上げた、ヒトミの温度を感じながら。
『ヒトミまで笑うなよ~・・次はもっと上手く描けるよ』と私は妹桜に笑顔で言った。
私とミホが見上げる、妹桜の頭上には夜空が広がっていた。
雨は降っていなかった、雲間から月が姿を現した。
暗黒の黒い雲を切り裂いて、月光が私とミホを照らした。
私は月光を見て、ヒトミの温度が遠ざかるのを感じていた。
《ヒトミは月に帰るんだよね、月明かりの道を》と小4の私は心に呟いた、その音声が客席に響いていた。
『そうだったね・・忘れてないよ、ヒトミ・・俺は月光を追いかける、その場所にヒトミもいるんだろ?』と私は夜空に向かって言葉にした。
ヒトミの温度が遠ざかるのを感じて、私は淋しさを感じそうだった。
しかしそれを許さなかった、ミホが両腕を私の首に回したのだ。
『ミホ・・おんぶだね・・甘えん坊だな~』と私は笑顔で言って、ミホに背を向けて屈んだ。
ミホは私の背中に乗って、両腕を私の首に回した。
私が嬉しそうな笑顔で立ち上がると、ミホは妹桜を見ていた。
私はミホを背負って、病院への道を歩いていた。
ミホに聞いて欲しくて、独り言のようにヒトミの話をしながら。
ミホを背負い歩く私の映像は、遠近感を出して小さくなっていた。
映像の中心には、月光を浴びる妹桜が立っていた。
私とミホを見送るように、ミホの何かへの入学を祝うように。
「蘭、特別サービスだよ・・これが【月光を追いかける】と言う、小僧の誓いの根源だよ」とオババは笑顔で言った。
「ありがとう、オババ・・本当に嬉しかった」と蘭は潤む瞳の満開で返した、オババも笑顔で頷いた。
「ここからミチコは変化を始める、強烈な覚醒が始まるんだ。
豊の教えを感じ、マキの灼熱を受けて・・恭子に提案されて。
ミチコは自分の感性を信じるようになる、シズカを感じながら。
そしてキヨを見守り続ける、小僧もキヨを常に気にかける。
キヨの両親が離婚するのが、この年の夏だった。
キヨの母親は恐怖を感じて決意する、自分が一緒いるとキヨ向かうと。
母親はキヨと別れる事になるから、それまでは暴力に耐えていた。
経済的にすぐに自立出来ない母親は、キヨを連れて行けなかった。
だが父親の暴力行為に歯止めが利かないのを感じて、自分が距離を置く。
キヨと離れる事になっても、その方がキヨは安全だと判断する。
辛い決断だった・・父親はキヨを人質に取っていた。
母親はキヨを引き取る為に、実家に戻り仕事を始める。
ミチコのキヨへの気持ちは、母親がいなくなり更に強くなる。
小僧は秋にミホを遠ざけられる・・それでもキヨを見守った。
そして小僧はモモカに出会い、落ちていた伝達が少し回復する。
小僧はキヨとモモカを見守った、愛情溢れる行為だった。
そして年が明け、冬が過ぎ・・春が来る・・伝説の春が」
オババがそう言うと、映像が徐々に暗くなっていった。
「オババ・・これを見せるのは、ステージの経験値の差を埋める為なのか?」とマリが俯きがちのニヤで言った。
「もちろんそうだよ・・今回のミホのステージは難関だから、ヒントが難しいんだよ」とオババがニヤでマリに返して、コーリーを見た。
「そうだね・・マリもそれが言いたいんだろうね・・良いだろう、リンダとマチルダ・・ここに来なさい」とコーリーが前を見て言った。
コーリーの言葉で、2人が通路から笑顔で入ってきた。
女性達も子供達も、嬉しそうな笑顔で迎えた。
リンダとマチルダは笑顔で頭を下げて、子供席の横の席に座った。
「オババ・・私が感じたこのエースへの提案は、カリーの提案だったの?」とリンダが流暢な日本語で言った。
「ほう・・日本語設定で来たのかい、リンダ・・そうだよ、カリーの提案さ」とオババがニヤで返した。
「それならば・・道を繋ぐという言葉の意味なんだね?・・先にルール説明をしなよ」とリンダもニヤで返した、オババもニヤで頷いた。
「意味という観点からすると、そうだろうね。
まぁ全員が分かってると思うから言うが、今回のミホの世界。
小僧はミホの次の段階と表現してる、その為に敗北を感じさせたいと。
まぁ小僧の言葉だから、絶対に隠された裏が有ると全員が思ってるだろう。
ミホの氷河の世界が次の由美子の世界での、大切な経験になるだろうね。
ステージでの対戦相手は、小僧の依頼通り・・コーリーなんだ。
もちろん、ミホの対戦相手がね・・想像も出来ない勝負になるだろうね。
その対戦を実現させるのが、お前達が到達する事なんだよ。
さっきコーリーも言ったが、私からも少しルールを説明をしよう。
経験者の小僧と美由紀、この2人は交信の出来ない場所に隔離する。
もちろん映像は見せるが、アドバイスは絶対に出来ない。
ユリアも同じ場所に隔離するからね・・交信は絶対に出来ない。
それと成人での戦争経験者・・マダムと松と和尚。
それと気配をずっと消しているが・・清次郎、あんたもだよ。
このメンバーは、小僧の管制室で映像を見る事は出来る。
そしてミサ・レイカ・安奈・モモカ・マリア・七海・アイカ。
この子供達はサクラと一緒に、安全な場所で映像で見せる。
過激なシーンを私が削除する為に、子供部屋を用意するよ。
もちろん、管制室と子供部屋からも交信は出来ない。
そして私が、ステージのルールを加味しての設定を作った。
そのルールで除外されるメンバーがいる、精神的に到達してる者だ。
その存在は今回は邪魔になる・・若手の女性達が頼るからね。
そのメンバーが、律子・フネ・飛鳥・北斗・南波。
そしてユリ・ミチル世代・・当然リンとミナミも除外される。
ユリカ、安心しな・・お前は除外されない、不安も有るからね。
ユリカには体力的な不安が有る、だから若手も負担はかけれない。
リアンもユリカのコンビだから、負担をかける事は出来ないからね。
精神的には充分到達している2人だが、今回は体力的に許可しよう。
この除外者は特別な部屋で映像を見てもらう、そして無線交信を許可する。
アドバイスでもヒントでも・・励ましでも、何でも許可する。
だが・・辛い事であることは、覚悟していてほしい。
問題は・・おとぎの国のメンバーなんだが、ハチ公は入れるかだね。
フーは元々ルールの適応外だから、行きたいなら行けば良い。
そしてヒノキオは行かなければならない・・ミホの氷河はそこにある。
あの遥かなるアルプスを越えた、その場所に氷の世界がある。
最初の難関は・・天文台からお前達がどうやって出るのか。
そこからが勝負・・そしてどんな装備を持って行くのか。
リアルの世界で、現存する物しか持って行けない。
当然・・自らが飛ぶなんて事はできない、能力もリアルのままだからね。
装備の重量はリアルな感覚で、体力を奪う設定だからね。
もちろん寒さはリアルに感じる、氷点下の世界をね。
これだけの困難な設定だから・・今回は春雨の叫びをリアルに見せる。
ミホの氷河で壮絶な経験をした、両足を自分で切断した小僧。
その行為により、小僧が何かを感じて・・小僧の次の覚醒が始まる。
その成長過程を今から見せるんだ・・それでも経験値は埋まらない。
極寒の世界とは・・お前達の今の想定の遥か先にある。
強烈に眠りに誘う・・死する事が楽だと感じる、極寒の世界が」
オババは強く言葉にした、コーリーは自分の出した映像を見ていた。
その映像は丸太小屋の背景に、切り立ったアルプスの峰が映し出されていた。
万年雪を纏って、垂直に天に突き出す頂だった。
女性達は映像を沈黙して見ていた、楽しい気分は微塵も無かった。
ユリカはアルプスの頂を睨んでいた、体力的な自信を持てない自分を感じながら。
「オババ、了解した・・さぁ、続きをお願いする」とリアンがユリカの雰囲気を感じて、極炎ニヤで言った。
「よし・・集中して見ろよ、いよいよクライマックスに入るからね」とオババはリアンにニヤで返して、コーリーを見た。
コーリーも口元にニヤを出して、ステージを見た。
ステージに日光が入り、明るい映像が浮かんできた。
大淀川の桟橋が遠目に映し出された、桟橋の袂で小4の私が屈んで小船を見ていた。
小船の中に小さな少女の姿が見えた、少女は金髪の小さな人形を抱いて遊んでいた。
「これは・・小僧が小5に上がる前の春休み、姉桜が散り始めた、3月下旬」とオババが静かに言った。
女性達は映像を見ながら静かに頷いた、マリは俯いた集中に入っていた。
映像は私と少女に近づいて、少女の顔も確認できた。
『キヨ・・今日のリンダは何してるの?』と私は桟橋に座り小船のキヨに笑顔で言った。
「小僧ちゃん・・覚えたね、リンダの名前」とキヨは人形を私に見せて、笑顔で返してきた。
『もちろん覚えたよ、青い目がリンダ』と私は笑顔で返した。
客席のリンダは驚いた表情の後に、嬉しそうな楽園笑顔を出した。
「リンダは今日は病院に行きます、お友達に会いに行くの・・今、準備してます」とキヨは人形の髪を梳かしながら、笑顔で教えてくれた。
『そっか~、お見舞いだね・・キヨも4月から小学生だね、準備は出来たかな?』と私は笑顔で聞いた。
《呑んだくれは、キヨの事はちゃんとしてるよな・・だから大人達も黙ってるんだよな》と小4の私は心で確認した。
その心の呟きが客席に音声で流れていた、女性達は集中して映像を見ていた。
「うん・・お父さんが、机とランドセルを買ってくれたよ・・お婆ちゃんが新しい洋服と、靴も」とキヨは笑顔で言った。
『そうなんだ~・・良かったね、キヨ』と私は笑顔で返した。
「ねぇ小僧ちゃん・・・・小僧ちゃんを、みんな、なんでチャッピーって呼ぶの?」とキヨは不思議そうな顔で聞いてきた。
『それは・・俺が小3の冬にね、学校にウサギのチャッピーがいてね・・・・』
私は出来るだけ分かりやすく、面白く話した。
『・・・それから、チャッピーってみんなが呼び出したんだよ。
施設の仲間と、病院の仲間・・そして豊兄さんと限界トリオ。
それにミチとキヨだけが、小僧って呼んでくれるよね。
俺は小僧って呼ばれた方が好きかな・・近い感じがするから』
私は正直な気持ちを話した、キヨは私の顔を見ていた。
「うん・・キヨも大好きだよ、小僧ちゃんが」とキヨは笑顔で言った。
『ありがとう・・凄く嬉しいよ、キヨ・・俺もキヨが大好きです』と私も喜びの笑顔で返した。
「ウサギさんが死んだの、ヒトミちゃんがいなくなった後だよね?」とキヨが考えながら聞いた。
『そうだよ、ヒトミが旅立ったのが1月で・・チャッピーは2月だからね・・キヨはヒトミを覚えてるんだね?』と私は笑顔で返した。
「覚えてるよ~・・小僧ちゃんが会わせてくれて、大好きだもん。
でも・・不思議だな~・・ヒトミちゃん、チャッピーって言ったよ。
私に左手で話してくれた時、小僧ちゃんをチャッピーって呼んだの。
私は知らなかったと思ってたよ・・私が知らないだけだって思ってた。
そっか~・・ヒトミちゃんは、先の事を知ってたんだね。
マリちゃんみたいだね・・凄いな~、ヒトミちゃん」
キヨは嬉しそうな笑顔で言った、当然小4の私も13歳の私も凍結していた。
『キヨ・・マリを知ってるの?』と私は1つ目の疑問を聞いた。
「知ってるよ・・ヨーコネェと一緒の時に会ったよ。
それから・・よくここに来てくれて、色々お話ししてくれるよ。
優しいよね、マリちゃん・・マリちゃんも大好きだよ」
キヨは笑顔で返してきた、私は必死の笑顔で頷いた。
客席のマリは俯いて、優しい笑顔を出していた。
13歳の私はこのキヨとの会話は、全く覚えていなかった。
この頃のキヨに会う時は、キヨの状況をチェックする事に集中していたからだと、13歳の私は分析していた。
13歳の私は、青い目の人形の名前がリンダと聞いた時点で心が震えていた。
そしてキヨからヒトミとマリの名前が出て、キヨはマリの力まで感じていたと知って、心の震えは強まっていた。
《この記憶は隠されたんだ・・重要なんだ、キヨの言葉が》と13歳の私は呟いた。
この呟きは、琴美とサムが見る映像だけに響いた。
『キヨはなぜ、マリが少し先が分かるって思ったの?』と私は第2の疑問点を聞いた。
「えっと~・・・・良く分からないや・・でもそう思うよ。
ヒトミちゃんはあの時言ったし、マリちゃんは会うといつも言うよ。
キヨはお母さんと暮らせるから、心配ないよって。
その時がきたら、準備が出来たら・・私はお母さんと暮らせるんだよ」
キヨは嬉しそうな笑顔で言った、私はキヨを心配させないように笑顔で頷いた。
『お母さんは準備してるんだね、キヨと暮らす準備だね・・もうすぐ迎えにくるね』と私は笑顔で言った。
「そうだよ、もうすぐなの・・妹桜が少し咲いたら、迎えに来るの。
準備が出来たの?・・小僧ちゃんの、ヒトミちゃんと話す準備が?」
キヨは強く返してきた、私はキヨの瞳を見ていた。
『キヨ・・それはヒトミの言葉かな?・・俺の準備』と私は出来るだけ優しく聞いた。
「違うよ、マリちゃんが言ったよ・・小僧ちゃんの準備が済んだら、お母さんに会えるの・・お父さんの準備も終わるからなんだって」とキヨは笑顔で返してきた。
『そっか・・キヨ、俺はキヨの為ならどんな準備でもするよ・・任せない』と私は笑顔で言った。
「ありがと~・・嬉しいな~・・いつかまた、ミホちゃんに会えるかな~・・会いたいな~、ミホちゃんに」とキヨは最後に川の流れを見ながら呟いた。
《俺の準備はミホなのか?・・ミホを探し出す事なの?・・マリ》と小4の私は心で呟いた。
私はキヨが笑顔で人形と話すのを見ていた、映像は徐々に引いていった。
「小僧はこのキヨの言葉で復活する、ミホを再び探す行動に出る。
そして総合病院の院長と交渉して、ミホの居場所を知る。
月は4月に入って、小僧はミホの隔離された病院に行く。
そして・・遠くから窓辺に座るミホを見る、小僧は無力感を感じる。
それが4月1日・・姉桜が花びらを散らし、葉桜になったこの日だ」
オババは強く言葉にした、ステージには施設の姉桜が浮かび上がった。
姉桜は妹桜へのバトンタッチのように、花びらを散らせていた。
小4の私は施設の正門から俯き加減で入って、姉桜の下で姉桜にもたれていた。
「かなりのダメージだね~・・らしくないね~」と言った声と同時に映像が上がった。
映像は施設の2階の窓から、私の姿を見る美由紀と哲夫が映された。
「何・・小僧に何があったの?」と哲夫が私を見て美由紀に聞いた。
「小僧は今日・・ミホに会いに行った、もちろん直接は会えない。
でも顔は見たんだね・・あの元気の無さが、そう言ってるよ」
美由紀は私を見ながら、後ろに立つ哲夫に伝えた。
「そうなの!・・それは・・辛いよね」と哲夫は静かに呟いた。
「辛いだろうね・・だが今の私じゃ無理だ・・誰なら戻せるかな?・・あの小僧を」と美由紀は振り向いて哲夫に言った。
「美由紀姉さんが無理と言うなら・・俺は・・1人にしか出来ないと思う」と哲夫は真顔で返した。
「私もそう思う・・ヒトミにしか戻せない」と美由紀は悔しそうな表情で返した、哲夫も真顔で頷いた。
その時、施設の玄関の扉が開く音がした。
美由紀と哲夫は下を覗き込んだ、扉から出てきたのは1歳1ヶ月のモモカだった。
「もう1人いた・・小僧を復活させれる守護神が・・境界線の内側の住人が」と美由紀は小声で呟いた。
モモカは私を見て笑顔になり裸足で歩き出した、よちよち歩きの拙い足取りで姉桜を目指していた。
私は姉桜を見上げていて、モモカに気付いていなかった。
「哲夫、降りるぞ・・おんぶしろ・・絶対に見逃せない」と美由紀は哲夫に強く言った。
「見逃せないって・・モモカが戻すの!」と哲夫は驚いて返した。
「絶対そうだよ・・モモカは境界線の内側にいるって、私が言ったろ。
哲夫も知ってるだろ、聞いてるだろ・・ヒトミの世界の話を。
それにお前は1時間だったが、ヒトミの世界に入ったろ。
段階の時に、小僧の休憩の為に・・だから知ってるだろ。
私が表現した境界線は・・あのヒトミの世界の境界線だ。
ヨーコ先輩が唯一言葉で表現できた、生命の源の仕切りなんだよ。
モモカはその境界線の内側にいる、私はある出来事でそう感じてる。
マキ先輩の霊感とは違う・・モモカはその世界を感じてる。
今からモモカが伝える言葉は・・絶対にヒトミの言葉なんだ。
ヒトミが境界線の内側から伝えてくるんだ、小僧を復活させる為に。
見なくてどうする、哲夫・・私らが復活させれなくてどうする。
これからの小僧の挫折や敗北感は・・必ず私が復活させる。
私が美由紀だよ・・いつまでも、ヒトミに頼っていられないんだ」
美由紀は叫びに近い強い言葉で言った、哲夫は美由紀を見ながら強く頷いた。
哲夫が美由紀を背負って1階の玄関に降りると、玄関の扉を少しだけ開けて、ヨーコが外を覗いていた。
哲夫は美由紀を車椅子に乗せて、美由紀を押してヨーコの横に入った。
扉の隙間から、姉桜の真下に立って私を見上げるモモカの笑顔が見えていた。
モモカは私の顔を見上げていた、そして可愛い笑顔になった。
「コジョ・・・こう?」とモモカは可愛い笑顔で言った。
私はハッと我に帰りモモカを見た、暗い表情はそのままだった。
そしてモモカの笑顔を見て、私は自然に笑顔になって屈んだ。
『そうだよ・・それは嬉しいだね、モモカ』と私はモモカに視線を合わせて笑顔で言って。
『じゃあね~・・モモカ、楽しいは?』と私は笑顔のまま聞いた。
「こう」とモモカは言って、楽しそうに笑った。
私はモモカの笑顔を見て、嬉しそうな笑顔で頷いた。
そして全てを静寂に変える、モモカの本質が現れる。
「コジョ・・こう・・かなし?」とモモカが私に向かって強く言った。
モモカの表情は完璧な無表情で、小4の私はミホを完璧に思い出していた。
ヨーコも美由紀も哲夫も、身動きさえ出来ずにモモカの無表情を見ていた。
『モモカ・・違うよね・・それは悲しいじゃないよね』と私は囁くように返した。
「モモカ・・分かってるんだ・・小僧は今日、ミホを見てきたんだよ」と哲夫がヨーコに囁いた。
「そうなの!・・それで・・それで、あの表情なの?」とヨーコが驚いて返した、美由紀も哲夫も強く頷いた。
私は真顔でモモカを見ていた、姉桜の花びらが風に煽られて、吹雪のように降っていた。
しかしモモカの問いかけ返しは続く、モモカは無表情で私をじっと見ていた。
「コジョ・・こう・・さびし?」とモモカが無表情のまま叫んだ。
その小さな体のどこから出たのだろう、強い言葉が響いていた。
私はその言葉でモモカを抱きしめて、抱き上げて立ち上がった。
『モモカ・・それは淋しいじゃないよね・・俺は間違ってたね』と私は姉桜を見上げながら優しく返した。
私はモモカを見る事が出来なかった、モモカに涙を見せたくなかったのだ。
モモカは私の顔を見上げて、笑顔に戻って瞳を閉じた。
「モモカは小僧の心を狙い撃ちした・・ヒトミの弾丸で」と美由紀が呟いた。
「生命の源の仕切り・・その内側からの言葉だったね。
美由紀、哲夫・・小僧は出会うのかもね、ヒトミと同じ病の少女に。
ヒトミが小僧に諦めを許さないなら、挫折なんて許す訳ないのなら。
ヒトミの願いはたった1つだから・・戦いたいという想いだから。
さぁ準備するよ、美由紀、哲夫・・戦うための心の準備を。
私達も次は担ぐよ、自分達の武器を・・それに込めるよ。
何よりも強い、想いと言う弾丸を・・ヒトミの弾丸を」
ヨーコは強くそう言って、施設の奥に歩いて行った。
美由紀も哲夫もヨーコの背中に強く頷いた、美由紀の瞳は強く輝いていた。
「これが4月1日・・小僧を再度復活させた、モモカの言葉だよ。
そして翌日が小僧の11歳の誕生日、この日に重要な出来事がある。
それは見せる事は出来ない、小僧自体が強く封印してるからね。
4月2日・・春雨が降っていたよね?・・ユリ、強い春雨が」
オババはユリさんを見ながら強く言った、ユリさんは潤む瞳で頷いた。
「春雨の叫びは、マリアの誕生直後だったの・・エースは完璧な集中の中だったの」とユリカが呟いた。
「そうだったのか・・マリアの事も、あ奴は感じてたのか」と蘭が呟いて返した。
「マリアの誕生!」とカスミが気付いて、思わず叫んだ。
「そうなの・・マリアの誕生なの?」と北斗が驚いてユリさんを見た。
「そうです・・エースとマリアは、同じ誕生日・・4月2日です。
マリアは難産の末、4月2日の午後8時48分に産まれました。
エースの通う、あの総合病院で・・ヒトミちゃんのいた場所で。
エースが小学5年に上がる、4月2日に誕生しました」
ユリさんは薔薇の微笑で返した、女性達が笑顔で頷いた。
その時、映像から雨音と大声が響いた。
「ミチ・・私達が病院に行ってくる、小僧ならキヨの居場所が分かるかも」とシズカの声が雨音と同時に響いた。
「お願いします・・私は他を探します」とミチが大声で返した。
強い春雨がたたきつける暗い路地に、5人の少女は濡れながら円を描いて立っていた。
「ミチコ、私が一緒に行くよ・・病院は任せた」とマキが言って。
「了解・・走るよ」と恭子が大声で言って走り出し、シズカとヨーコも駆け出した。
「ミチ・・そんなに心配するな・・キヨなら大丈夫だよ、絶対にヒトミが守ってるから」とマキが笑顔で言った。
「うん、そうだよね・・・・マキ先輩、妹桜かも!」とミチコが何かを感じて叫んだ。
「行くぞ、ミチ」とマキが大声で返して、2人で駆け出した。
映像が切り替わり、誰もいない病院のロビーを小走りで歩く、濡れた3人が映し出された。
「面会時間を過ぎてるから、小児病棟で私が聞いてくる」とシズカが言った。
「よろしく・・階段で待ってる」とヨーコが返して、恭子が頷いた。
シズカは小児病棟のフロアーに入り、ナースステーションを覗いた。
そして顔馴染みのナースと話して、階段の2人の場所に戻ってきた。
「さっきまでいたらしい・・産科にいなければ、帰ったらしいよ」とシズカが言った。
「産科なら聞けるね・・産科のナースステーションは、新生児室の前だよね?」とヨーコが返した。
「そうだよ、行ってみよう」と恭子が言って、3人で階段を降りた。
明るい産科のフロアーに入ると、新生児室の前に人影が見えた。
「マリ!」とシズカが声を上げた。
マリはガラス張りの新生児室を見ていた、優しい瞳で新生児を見ていた。
3人は静かにマリに近づいた、マリは3人を見て新生児室を指差した。
3人はマリの指差した方向を見た、そこには産まれたばかりの乳児が眠っていた。
「さっき産まれたんだね、足のタグに8時48分て書いてある」とヨーコが笑顔で言って。
「可愛いな~、ピンクのタグだから女の子だね」とシズカが笑顔で言って。
「タグなんて見なくても、この可愛さは女の子だろ・・しかし天使みたいだね~」と恭子も笑顔で言って、ハッとしてマリを見た。
恭子は真剣な瞳になり、マリの両手を握った。
マリも恭子の表情を見て、ゆっくりと瞳を閉じた。
恭子もマリを見て瞳を閉じた、シズカとヨーコは2人を静かに見ていた。
「マリ・・キヨが行方不明なんだよ・・こんな雨の夜に。
どっかで怖くて泣いてるんだよ・・マリ、探してくれ。
お前なら分かるだろ、ここからでも分かるだろ。
マリ・・それがお前の力の意味だ、大切な理由なんだ。
助けてくれよ、マリ・・キヨを助けてくれ」
恭子は小声だったが、強い響きが木霊していた。
「そうなのか、マリ・・そうなんだな?」と恭子は瞳を開いて笑顔で言った。
マリも瞳を開いて、無表情のまま強く頷いた。
「マリ・・何だって?」とシズカが真顔で恭子に聞いた。
「心配ないって・・今から小僧が探し出す・・私達は駄菓子屋に帰ろう」と恭子は笑顔で返した。
「そうなんだね、マリ」とヨーコが強く言った。
マリはヨーコを見て、新生児室を指差した。
3人が振り返り新生児室を見ると、8時48分に産まれた乳児が、瞳を開いて笑っていた。
その天使の笑顔で客席の全員が確信した、マリアだという事を。
「間違いないね、天使が笑った・・モモカと同じ笑顔で」とヨーコがマリアに笑顔で言って。。
「あなたも感じてたのね・・いつかまた会いたいな~、成長した姿が見たいな~」とシズカが笑顔で言って。
「会えるだろ・・この子はモモカと同じだから、小僧が出会うさ」と恭子も笑顔で言った。
3人は嬉しそうな笑顔でマリアを見ていた、マリアは天使全開で4人を見ていた。
「さぁ・・帰ろう」とシズカが言って、4人で1階まで降りた。
「マリはこれからどうする?」と恭子がマリと手を繋いで聞いた。
マリは正面玄関の車を指差した、3人はその車を見て笑顔になった。
政治の車だった、後部座席に美由紀の笑顔が見えた。
「美由紀と車の中から見るのか、何があるのかな?・・楽しみだね~」と恭子がニヤで言って、マリを見た。
マリは正面玄関のガラス越しに、暗い夜空を見ていた。
春雨は強さを増して、全てのものを濡らしていた。
誰もいない家に帰った私は、母の置手紙を読んでいた。
豊は静けさを纏い春雨を浴びながら、私の家に向かい歩いていた。
マキとミチコは妹桜を見上げていた、何かを感じながら。
そして桟橋で泣いていた、春雨よりも激しい涙を流しながら。
《お母さん・・お母さん》と繰り返し、キヨが泣いていた。
大切な青い目の人形を抱きしめて、リンダを抱きしめて・・・。