【春物語第一章・・春の予感⑨】
自分の立ち位置すら分からなくなる、そんな感覚に襲われていた。
映像に映像が重ねられ、合わせ鏡に映る無限の世界をイメージしていた。
現在の私は、琴美とサムが見る居住区のモニターが映し出す映像を、アップで見せられていた。
PGの通路に響く、ユリカの深い深海の言葉を聞いていた。
私はユリカを想っていた、シオンを心で感じながら。
女性達はユリカの響きに包まれて、フロアーに向けて歩いていた。
誰も最後尾のコーリーを見なかった、しかし全員がコーリーの返答を待っていた。
コーリーはユリカの背中を見ていた、強い何かを体全体から発しながら。
「ユリカ・・私はその問いかけに、今は答える事は出来ないよ」とコーリーはユリカの背中に強く返した。
「そうだろうね・・コーリー、あなたでも辛い経験だったね」とユリカは前を見て優しく言葉にした。
ユリカの優しさが漂うような響きだった、ユリカは別次元に存在していた。
「特別の存在だからね、ヒトミという存在は・・この現世でもそうだった」とコーリーは明るく返した。
「今でもって事だね?」と笑顔で言ったのは、エミだった。
エミはコーリーの横で、少女の笑顔を出していた。
「そうだよ、エミ・・今でも特別な存在さ」とコーリーもエミを見て、口元に微笑を浮かべて返した。
受付の裏を回り客席に向かいながら、女性達は静かに聞いていた。
幻想的なステージを囲む扇型の雛壇の客席に、女性達は笑顔で座った。
1番前の小さな席に、子供達が嬉しそうに座った。
モモカはずっと立体映像の妹桜を見ていた、その表情は喜びのルンルン笑顔だった。
「モモカちゃん・・何がそんなに嬉しいの?」とエミが子供席に最後に座りながら、笑顔で聞いた。
「この桜のステージが、中立って言うのかな~・・オババの場所になってるから」とモモカはルンルンのまま返した。
エミは驚きと喜びを表情に出して、ステージに立つコーリーを見た。
「さすがモモカだね~・・そうだよ、ここがお前達が中立と呼んでいる場所だよ・・ならばモモカ、どうする?」とコーリーは妹桜の下に立ってニヤで言った。
「もちろん、きてもらいます~・・それがコジョの気持ちだから」とモモカは笑顔で返した。
「良いだろう、モモカ・・やりなさい」とコーリーは強く返した、モモカは笑顔で頷いた。
モモカはルンルン笑顔のまま、その場に立って妹桜を見た。
「オババ・・妹桜の下で、お話しましょう」とモモカは大声で叫んだ。
妹桜の映像が風に煽られて、はらはらと満開の花弁を散らせた。
そのリアルな美しさに、客席の全員が見入っていた。
妹桜の後方から人影が現れて、コーリーの横に笑顔で立った。
オババは客席を笑顔で見て、コーリーにニヤを出した。
「だから言ったろ・・全員が挑戦するって」とオババはコーリーにニヤ継続で言った。
「まぁね・・ただ・・かなり厳しい道だよ」とコーリーは真顔で返した、オババも真顔になって頷いた。
オババは視線を客席に戻して、全員を見回した。
「久しぶりだね~・・由美子の羅針盤以来か・・少し長かったよ。
まぁ・・マリとルミと小僧は、準備に時間が必要だったからね。
マリ、何を待っていたんだい?・・それは説明がいるよ。
ミホの氷河の最終ステージは、当然中立の場所だからね。
ただし・・奴が作ったのではないから、私も調整が難しいんだよ」
オババはマリを見ながら、強く言葉にした。
「私は沙紀の出会いを待っていたんだよ・・誰なのか分からなかったけど。
ルミもそれが重要だと感じたから、小僧に内緒で時間を取った。
その出会いを沙紀が見せてくれる、それが今回の武器になると思うから。
私もルミも・・今でも誰なのか分からない、重要だという事しか」
マリはニヤで返した、オババもコーリーもマリの表情を真剣に見ていた。
「マリ、ルミ・・よくぞそこまで辿り着いたね、オババに隠したね」とコーリーがニヤで言って。
「応用したのか!・・小僧のユリカ対策の、応用を?」とオババがニヤも言った。
「それしかないからね・・こっちの武器は、常に進化させる事だから。
状況に応じて変化させ、改良していく・・それしかないから。
応用の利かない回路との勝負なら・・最大の武器は応用だからね」
マリも強烈なニヤで返した、オババもコーリーもニヤで対抗した。
女性達もマリの言葉で緊張感が和らいで、ニヤを出す余裕が出てきていた。
「ならば沙紀からマリが引き出すんだね、それが春雨の叫びを見る条件だよ」とオババが強く言った。
「OK・・了解した・・必ず見せるよ」とマリも真顔で強く返した、オババは笑顔で頷いた。
オババは客席に視線を戻してモモカとマリアを見て、女性達を真剣な表情で見た。
「この映像は、小僧が4年生に上がった日の映像だよね。
小僧はこの日、初めてミホの記憶の映像を見た。
だがミホの内面に入った訳じゃない、ミホが記憶の映像を見せただけ。
ミホはその行為により、微かなの意思を瞳に示せる段階になった。
そのミホの背中を押したのが、ミチコの強い葛藤だった。
この続きの場面は、ミチコの根幹に関わる部分だから。
リアルでミチコが目指す世界の、お前達には見せられない。
この記憶の映像と言うのは、見る条件としての鉄の掟が有る。
それはリアルの世界に対して、大きな影響を与えてはならない。
この絶対条件が存在するから、この後の桜の下の2人の会話は見せられない。
千鶴の先入観になるからね、ミチコの間接的な面接ならば見せる事は出来ない。
ミチコにとってはリアルの世界での、人生の節目になる可能性があるからだよ。
だから私が解説だけをする・・コーリー、映像の制御を頼むよ。
ミチコがなぜキヨの父親にグーを出したのか、そこからやろう」
オババはそう言って、立体映像の外側に大きな机を出した。
オババとコーリーはその机に座り、立体映像を見ていた。
女性達が映像を見ていると、妹桜の上から雨が降り始めた。
暗い校庭が現れて、背景に校舎と体育館が浮かび上がった。
映像の奥からミチコを背負った、小4の私が笑顔で歩いてきた。
「すごい・・本物みたいだ」とエミが呟いて。
「エース・・この時は可愛かったんだね~」とミサがレイカにニヤで言って。
「でも・・これ10歳でしょ・・今の哲夫ニィより、年上みたいな感じだね」とレイカがニヤで返した。
「コジョは年上に囲まれてたから、早いのです・・それがお顔に出てますね~」とモモカがルンルン笑顔で言って。
「そっか・・それがエースの速さなんだね、やっと少し分かった」と安奈が映像を見ながら、笑顔で呟いた。
映像は妹桜の下でミチコを降ろし、並んで座る私とミチコが浮かび上がっていた。
そこで映像が止まった、オババとコーリーは安奈の笑顔を見ていた。
「安奈・・何に気付いたんだい?」とオババが笑顔で聞いた。
「エースがね、私にいつも言うの・・速さを感じろって。
私がいつも、自分とモモカちゃんを比べてるからだと思う。
モモカちゃんは、言葉を沢山知っていて・・安奈も覚えたいから。
そう思ってると・・エースが言うの、速さを感じろって。
自分が好きな事や、好きな物は何かを感じて・・その速さを感じろ。
そう言うんだよ・・難しい言い方で、分かり難く言うんだよ。
だからヒントだと思って、ずっと考えてたの・・今少し分かったよ。
人は1度に沢山は出来ないんだね、どれか好きなのを選ぶんだね。
エースは言葉を選んだんだよね、だから年上の人と沢山遊んだんだ。
エースは速さを感じろって、フーで感じてみろって言うんだよ。
おとぎの国でそう言うの、フーを見ながら言うんだよ。
エースは私達には、段階って言葉を使わないの。
エミネェには言うけど、その下の私達には言わないの。
だから大切なんだと思ってた、段階を感じる事が大切なんだって。
段階を踏まないと持てないんだね、それを言いたかったんだよね。
速すぎて飛ばしたら持てないんだ、1つづつなんだね。
フーちゃんはまだ・・お喋りの言葉を持ってない。
でも・・欲しくなったら持てるんだね、体温みたいに。
リリーちゃんを温めた、体温みたいに・・欲しいと思えば持てるんだ。
でも持つ時には、リスク?・・リスクって言う何かも持たされる。
私はリスクが分からなくて、シズカちゃんに聞いたんだよ。
そうしたら、シズカちゃんがこう教えてくれた。
たとえば安奈が何かが欲しい時、お母さんに買って貰いたい時。
良い子じゃないと買って貰えないって思って、頑張って良い子するよね。
それは何かが欲しいから、良い子を演じてるんだよね。
何かが欲しいから、自分の時間を使って・・交換するんだよね。
お仕事もそう・・自分の時間を使って、それをお金と交換するんだよね。
それはお金で買える物だから、交換が出来るんだよ。
でもね・・お金で買えないものは、時間と交換出来るか分からないんだよ。
安奈が沙紀ちゃんみたいな絵を描きたい、そう思っても手に入らないの。
思ってるだけじゃ、絶対に手に入らないんだよね。
それを手に入れるには、やっぱり自分の時間を使わないといけないの。
何枚も何枚も絵を描いて、沢山の人の絵を見て・・そしてまた描いて。
でもね・・どんなに自分の時間を使っても、手に入るかは分からないの。
だから小僧は言うんだよ・・自分の好きだと思うことを探せって。
その好きな事に使えって言ってるんだよ、自分の時間はそれに使えって。
好きな事だったのなら、自分の使った時間をもったいないと思わない。
手に入らなくても、もったいないと思わないからね。
そして時間でも交換できない、お金で買えない・・そんなものも有るの。
それがどんなものなのか・・それは安奈が感じてね。
時間と交換できないものを望んだら、いらないものまで持たされるの。
フーが体温の変化を望んだら、疲れるって事も持たされたんだよね。
エミがあの時そう言ったよね・・フーはそれでも良いと言ったんだよ。
リリーさんの為に、フーは疲れを感じるリスクを受け取ったの。
フーは自分は生き物じゃない、だから出来ない・・そう思っていた。
でもフーは分かったんだよ、生き物になれる方法を。
いらないものを受け取るなら、欲しいものが手に入るって。
リスクっていらないものだと思われてるけど、大切なもののおまけなんだよ。
大切なものを受け取った、その証明がリスクなんだよ。
そして・・リスクと交換できないものも有るの、それが1番大切なものよ。
それが何なのか・・安奈も探してね・・いつか私に教えてね。
シズカちゃんはこう教えてくれました、少し難しい言葉で。
私・・分かったよ・・さっきのユリカちゃんの言葉で。
リスクを持つのとも交換できない、その大切なもの。
ヒトミちゃんは凄いね・・9歳でその大切なものが分かってたんだね。
リスクを持つと言っても駄目だった、だから1番大切なものを使ったんだね。
ヒトミちゃんは強いね・・1番大切なものを、自分の望みと交換したんだね。
【宣誓】って・・交換の言葉だったんだね。
私はこれを出すから、それと交換してって言ったのが・・【宣誓】なんだね。
【無の半年よりも、意志を示す半月・・私はそれでいい】
素敵な言葉だね・・由美子ちゃんの1番好きな言葉だよ。
ミホちゃんも沙紀ちゃんも・・そして理沙ちゃんも。
1番好きなのが、この言葉なの・・私はどうしてなのか分からなかった。
だから沙紀ちゃんに聞いたの、そしたらこう教えてくれたよ。
《このヒトミちゃんの言葉は、書いている言葉だから。
シナリオを自分で書いてる言葉だから、私は大好きなの》
沙紀ちゃんは嬉しそうに言ったよ・・私も少し分かったよ。
マリちゃんの言葉・・シナリオは自分で書くって言葉が。
その時がきたら、自分で書くために・・いつも速さを感じてるんだね。
ヒトミちゃんは感じてたんだね、自分の速さを知ってたんだね。
ヒトミちゃんは、それが自分の速さだと知ってたんだね。
ハチ公ちゃんの言った体内時計を、ヒトミちゃんは持ってたんだね。
だから・・《私はそれでいい》って言ったんだね。
安奈・・沢山の事が少し分かって、嬉しかったよ。
ずっと考えていた、エースの言葉も・・少し分かったよ。
【満足なんて、金で買える物の事だよ】・・この言葉も。
エースは凄いね・・素敵な言葉だね。
これもシナリオを自分で書く・・書くための言葉だね」
安奈は笑顔で言った、女性達は完全に凍結しながら聞いていた。
コーリーの瞳は妖しく輝いて、安奈の笑顔を見ていた。
「さすがだね、安奈・・前人未踏に最初に足を踏み入れた、透明の橋を渡る力があるね」とコーリーが嬉しそうに言った。
安奈は嬉しそうな笑顔で返した、オババもコーリーも笑顔で安奈を見ていた。
「やっぱりね・・あの透明のUFOより、透明の平均台の方が大切だったんだ~」とモモカが笑顔で言った。
「そうだよ~・・だってフーはUFOには乗らなかったもん・・乗ったらお菓子の家に行けないと思ってたから」と安奈が笑顔で返した。
「そっか~・・だからフーは氷の地下室を喜んだんだね、ミホちゃんの世界を感じたから」とミサが笑顔で言って。
「アイスだよね・・マリアが美味しいんだよってニヤで言ったから。
今のフーはアイスがどうしても食べたいんだよね?
マリアがミホちゃんの場所に有るよって、ニヤで誘ったよね」
レイカが笑顔で言って4人でマリアを見た、マリアは天使最強ニヤで返してきた。
「マリアの策略だったですよね~・・煽りっていう、策略だったよね?」とモモカがマリアにルンルンニヤで言った。
「アイスのばしょに、フーはいく」とマリアが天使ニヤ継続で返した。
「フーちゃんに会いたいな~・・エースにお願いしよう」と七海が笑顔で呟いた。
子供達は楽しそうに笑顔で話していた、その横でエミが固まっていた。
女性達は言葉が出せずに、話の流れを必死で追いかけていた。
「ちょっと待ちなよ、モモカ・・フーはミホの世界を感じてたと言うのかい?」とオババが驚いて聞いた。
「感じてたんじゃなくて・・知ってたよ、行った事があるんだよ。
フーは沙紀ちゃんの世界の中の、ミホちゃんの部屋に入ったんだよ。
フーが沙紀ちゃんの中にいる時は、全部の扉を開けれたんだよ。
そして入れたんだよ・・それが沙紀ちゃんが生み出した、フーだよ」
モモカはルンルン笑顔で返した、オババもコーリーも固まっていた。
「お前たち・・まさかその事も、小僧に内緒にするゲームにされたのか?」とオババが言った。
「そうだよ・・人見知りさんに内緒にするゲームだよ」とミサが笑顔で返して。
「だから・・中立の場所でしか話せなかったんだよ」とレイカも笑顔で返した。
「しまったね~、オババ・・フーは体温を得たんだよ、今の小僧はフーと話せるんだよ」とコーリーがニヤで言った。
「小僧の奴・・私に対して策略を練ったね~・・こらしめてやらんといかんな」とオババもニヤで返した。
「オババに対してもだが・・マリとルミに対してもだったようだね~」とコーリーがマリにニヤで言った。
「小僧の野郎~・・こらしめてやる」とマリも強烈なニヤで返した。
「それでなの・・それでマリアは羅針盤以降、言葉の成長を望んだの?」とユリカがマリに聞いた。
「そうでしょうね~・・安奈、教えて」とマリは安奈に笑顔で聞いた。
「フーちゃんはマリアと約束したんだよ、言葉を持たないって。
フーちゃんからマリアに言ったの、自分には必要ないって。
だからマリアはお喋りして良いよって、フーがマリアに言ったの。
マリアはそれが嬉しくて、沢山の言葉を使い出したんだよ。
エースの心配が無くなったから、マリアは喜んだんだよね。
エースがずっと心配してるのは、私達が温度の言葉を忘れる事なの。
今の由美子ちゃんとお話しする言葉、それを忘れる事だよね。
ミサネェとレイカネェと私、3人が忘れてしまうのを心配してる。
由美子ちゃんには、中々会えないし・・会っても少しの時間だから。
私達が温度の言葉を忘れるんじゃないかって、エースは心配してた。
だからマリアは言葉をあまり使わなかった、マリアとは温度の言葉だった。
いつも一緒に遊ぶマリアが温度の言葉だから、エースは安心してたんだよ。
その事をエースは何も言わなかった、マリアが自分で決めてたから。
フーが温度を貰って、エースは凄く喜んだよ。
エースはフーと沢山お話したんだよ、そしてフーは気づいたの。
フーも自分で決めたんだよ・・フーが温度の言葉を忘れさせないって。
フーがずっと温度の言葉で話すなら、私達は絶対に忘れないから。
由美子ちゃんとあまり会えなくても、フーがいつも遊んでくれるから。
フーはリスクも受け取って、言葉まで貰ったんだよ。
それがフーの策略・・一石二鳥の倍プッシュって、フーが言ったよ。
フーはライバルになりたいの・・最後の挑戦者のライバルに。
由美子ちゃんの魔法を自分で解く為に、フーはエースに挑むんだよ」
安奈は楽しそうな笑顔で言った、女性達は又も凍結しながら聞いていた。
「やはりそうでしたね・・シズカちゃんは相当前から気付いてました。
マリアの自主性に任せると言った、エースの言葉の意味を」
ユリさんが薔薇の微笑で少女達を見ながら、優しく言葉にした。
「あの時・・私が最初に温度の言葉を習った時。
あれも策略だったのか・・あの驚いた表情は、演技だったのか。
ミサとレイカが温度の言葉を持ってるのを、エースは知ってたんだね。
マリ・・少しこらしめなよ、策略男を」
北斗が強烈なニヤでマリに言った、マリも強烈なニヤで返して強く頷いた。
「エースは知らなかったよ・・私もレイカも知らなかったよ」とミサが笑顔で言って。
「うん・・それが温度の言葉だって知らなかった、マリアの言葉と思ってたから」とレイカも笑顔で言った。
「もんだいだした、えーしゅ」とマリアが笑顔で言った、ミサとレイカが笑顔で頷いた。
「それなんですよね~・・コジョ名付けた言葉だから。
【温度の言葉】って、【心の温度】って言ってますよね~。
コジョの命名です・・ヒトミちゃんの世界で感じたんですよね。
なら絶対に何かを隠しています、コジョはそういう男です。
カリーさんの【言葉の羅針盤】に対抗して、コジョも作りました。
コジョはあの時、【言葉の羅針盤】の意味を分からなかったから。
コジョは誰よりも負けず嫌いですから、悔しかったんですね~。
だから・・自分でも問題を作ったんです、出来るかなってニヤしながら。
意味を探さないといけないんですよね、コジョはそう言ってます。
その意味を探せるのかなって、ニヤニヤで言ってますね~。
シズカネェと美由紀ネェと・・誰よりもエミネェに、ニヤニヤで」
モモカがルンルン笑顔で言った、エミがマリを真似て強烈なニヤを出して頷いた。
「ありがとう、モモカ・・私も何となく感じてたよ。
それが時の部屋に続く鍵だろうね、エースの過去からの問題なんだから。
未来の記憶を引き出す為の、過去からの提案なんだから。
そのヒントがミホちゃんの世界にある、極寒の氷河の中に有るよね。
オババ、再開して・・ミチコちゃんの物語を、春雨の叫びへの道を。
春雨を浴びながら叫んだ、エースとヒトミちゃんの言葉を聞かせて。
それがミホちゃんの極寒の世界に続く、大切な道標なんでしょ?
その極寒の世界が、由美子ちゃんの時の部屋に続く道標なんでしょ?
私は必ず到達する・・たとえ両足と両手を失ってでも。
言葉と表情も失っても・・見る事も、聞く事も出来なくなっても。
必ず辿り着いて見せる・・生きながら、辿り着いて見せてあげるから」
エミはオババを見ながら強く言葉にした、オババもコーリーもエミの瞳を見ていた。
女性達は真剣な表情で、エミの言葉を受け取った。
マリは俯きがちの集中でユリカにニヤを出した、それを見たユリカも爽やかニヤで返した。
「辿り着いたね、エミ・・7歳にして、9歳の美由紀の世界に」とコーリーが口元にニヤを出して言って。
「シズカと美由紀の奴・・全てを伝授したね、最強のエミを作り出す為に」とオババもニヤで言った。
「私は何も出来ない・・だからと言って、何もしない訳じゃない。
シズカちゃんの強い言葉だよ、美由紀ちゃんの1番好きな言葉だよ。
2人は【言葉の羅針盤】には乗れない、だからと言って何もしない訳じゃない。
その何もしない訳じゃないの意味が、私に出すヒントなんだよ」
エミはニヤで返した、オババはそれを笑顔で聞いて女性達を見た。
立体映像が動き出し、音声で雨音が響いてきた。
小6のミチコも小4の私も、雨の降る校庭を見ていた。
「なぁ小僧・・キヨの家の事、何か感じてるか?」とミチコは前を見て言った。
「呑んだくれが、最近悪い方向に向かってるって噂で聞いた。
キヨの母さんに暴力振るってるんだよね、それは会った時に感じたよ。
でも・・キヨには手を出してない、それはキヨに会うたび確認してる。
ミチ・・今回のキヨの怪我、偶然だったんだよ。
事故って言うのかな・・キヨを狙ったんじゃないよ。
呑んだくれの瞳はそう言ってた、それだけは読み取れたよ」
小4の私も前を見て、自分の感じた事を正直に話した。
「そうなのか・・それなら良かった~」とミチコは安堵の表情で呟いた。
春雨が勢いを弱めながら、私とミチコを濡らしていた。
雨水を浄化するように、妹桜が私達を守るように立っていた。
「ミチコは4歳で父親を失った、父親はトンネル掘りだった。
父親は若い頃、炭鉱で働いた・・その経験でトンネル堀りになる。
ミチコの父親は、筋の通った立派な人間だった。
だから屈強な男の集まる現場でも信頼されて、責任者を任された。
高度成長期が到来して、道路の整備が各地で進んだ。
それにより、父親も多忙になり・・全国を駆け回った。
そして父親は工事中のトンネル内で、不慮の事故で亡くなる。
ミチコが5歳になる少し前だった、父親はミチコを愛していた。
ミチコも父親を愛していた、強い絆だった。
ミチコは母親と2人になり、母の生まれ故郷の宮崎で暮らす。
母は仕事を始めて、幼いミチコは家事の面で母を助けた。
そんな頃・・ミチコの家の隣に、夫婦が引っ越してくる。
そしてその夫婦に娘が誕生する・・それがキヨなんだよ。
ミチコはキヨを妹のように可愛がる、キヨも当然ミチコを好きになる。
そうやって過ごしていると、キヨの家庭に暗雲がやってくる。
キヨの父親は仕事が上手くいかずに、酒に溺れはじめる。
そして母親に暴力を振るいはじめ、母親はそれを我慢した。
キヨの為に我慢したんじゃろう、それをキヨもミチコも感じていた。
ミチコはキヨの父親が許せなかった、ミチコの父親像を壊したから。
ミチコの父親は真直ぐな人間で、正義感の強い男だったから。
ミチコはそれを強く感じ、記憶に残した・・ミチコは父こそが憧れだった。
それを確定させたのが、この当時のミチコ・・いや今でもそうだろう。
ミチコが父親像をリアルで感じているのは、小僧の父親・・勝也だから。
許せる訳がない・・父と勝也を感じている、ミチコなんだから。
女に暴力を振るう男など、許せる訳がないんだよ。
この日・・ミチコはキヨが怪我をしたと聞いて、病院に駆けつけた。
《とうとう父親はキヨにまで暴力を振るったのか》
ミチコはそう自分で思って、怒りを背負って病院に行く。
それがさっきの場面・・病院の正面玄関の場面なんだ。
ミチコの強烈な怒りを、そしてキヨの心を・・ミホは感じたんだろう。
ミホが何をどう感じたのか・・それは私にもコーリーにも分からない。
ミホとはそういう存在なんだ、ヒトミとは違う特別なんだよ。
ミチコは豊との寺での会話で、マキの想いを感じた。
そしてマキの灼熱の言葉で受け取った、黙認は駄目だと。
だからこそ・・黙認しない行為に向かう、キヨの父親を校庭に呼び出す。
そして問い詰めたんだ、キヨにまで暴力を振るったのかと。
それに対する答えが、あの容赦の無い平手打ちだった。
そうじゃないと説明すれば良かっただけなのに、キヨの父親は出来なかった。
父親の中にもキヨを傷つけたという、大きな後悔を背負っていた。
しかし正常な判断は出来なかった、だから怒りだけをミチコに返した。
この時の小僧の判断は正しい、小僧は確かにキヨを気にかけていた。
だからキヨの瞳と温度を、常にチェックしていた。
キヨに暴力が向かってないか、それを徹底的にチェックした。
もしキヨに向かっていたのなら、小僧は絶対に許さなかっただろう。
どんな事をしても、キヨを守ったんだろう。
その覚悟もしていた・・だから瞬時に愛せたんだよ、安奈を愛せた。
安奈の悲しみを、そして心の葛藤を・・一瞬で理解した。
キヨで感じていたから、そしてキヨに対して大きな後悔を背負ったから。
だから安奈で解答を出した・・キヨに対する解答を。
小僧の中には常に響いている、絶対に忘れてはいけない後悔の響きが。
《お母さん・・お母さん》と叫ぶ、キヨの叫びこそが。
小僧が受け取った、春雨の叫びなんだ・・その叫びを伝えるんだ。
ヒトミと小僧で、春雨に乗せて・・キヨの叫びを伝えるんだ」
オババは強くそう言った、エミは立体映像の映るステージを見ながら強く頷いた。
停止画像のミチコは、強い眼差しで前を見ていた。
春雨は小雨になっていたが、全てを濡らしていた。
妹桜に向かい、私の透明の雨合羽を着て歩く、ミホも濡れていた。
ミホの隣には、恭子が笑顔で歩いていた。
次の段階を感じる為に、ミホは妹桜を目指していた。
安奈という少女は、不思議な少女だった。
私は安奈との出会いの場面で、そう書いている。
安奈はモモカに出会って、何かが開放される。
そして由美子に触れて、その不思議な感性が開花する。
安奈の身体能力は、特別だったと言えるだろう。
それほど圧倒的だった、努力で辿り着けない世界だった。
その身体能力を高めたのが、安奈の鋭い感性だったのだろう。
安奈は幼い時に、人間の私欲を感じていた・・だから閉ざしていた。
自分の気持ちを表現する事を恐れ、強い制御を自分にかけた。
その経験が作り出してしまう・・最も強い精神構造を。
空手の全国大会の決勝で、凜として立つ安奈の姿。
私は忘れる事が出来ないだろう、その辿り着いた笑顔を。
見えない相手に向かい、拳を出す安奈の美しい姿を。
安奈はグーを出していた・・希望を切り裂くチョキに向かって・・。