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      【春物語第一章・・春の予感⑧】 

春雨の雨音を切り裂いて、落雷の轟音が映像から響いていた。

3段階の成長過程で存在する私は、自らの解答に対し段階毎に異なる感想を持っていた。


13歳の私から数えて10年後の居住区で、琴美とサムは静かに映像を見ていた。


「エース・・今でもこの解答は変らないのか?」とサムがモニターを見ながら強く問いかけた。


モニターの映像は、春雨に濡れながら走る小4の私が映っていた。


『内容は言えないけど・・変ったと言うべきだね』と私はサムの背中にニヤで返した。


「ニヤか~・・変化したと言うより、進ませたって事だよね。

 エースの解答なら、この当時でも真っ直ぐな表現じゃないだろうから。

 間接的な表現部分が重要だよね、ヒトミに対する解答だから。

 私はエースから色々と話を聞いて、美由紀に頼んで由美子に会った。

 サムもそうだろうけど・・その時の衝撃は忘れられないよね。

 特にサムは遺伝子を研究してるんだし、その時点で同調も経験してたしね。

 サムは自分が切り札だと思ってるはず、由美子の最終局面の切り札だと。

 サム・・今夜この同調に入れって、誰かに言われて来たんだよね?

 誰に言われたの?・・ルミ姉さんなの?」


琴美は真横のサムに真顔で言った、サムは琴美の瞳を見ていた。


「今夜出勤したら電話があった・・マリから。

 お前の本気度を試すって、静かに言われて緊張したよ。

 そして蘭姉さんの許可は取ったから、琴美の同調に入れと言われた。

 マリは最後にこう言った・・外せるかの試験だと。

 シズカ姉さんのように・・科学を外せるのかとね」


サムは笑顔で返した、琴美はニヤで頷いた。


モニターから強烈な落雷の轟音が響いて、琴美もサムも映像に視線を戻した。

モニターの映像にはTVルームが映されていた、女性達は沈黙して映像を見ていた。


「ユリカ・・今のエースの解答に対する、個人的な感想は言えませんよね?」とユリさんが真顔で言った。


「それは絶対に言えません、奴に隠すにはそれしかない・・自分で答えを探すしか」とユリカは微笑んで静かに返した。


「そうだよね・・そうしよう」と北斗が笑顔で返して、女性達は静かに頷いた。


女性達が映像に視線を戻すと、小4の私は雨に濡れるのを楽しむようなニヤ顔だった。


《ミホの瞳に現れた強い意志を感じて、嬉しかったよな~》とリアルな13歳の私は呟いた。


映像の小4の私は人通りの無い小道に入り、遠くに見える半円形の体育館の屋根を見上げた。

暗黒の世界を表現する黒雲に、闇夜が迫る時間が近づいていた。


『さて・・ミホ、何があるのかな?・・妹桜に』と私は声に出して呟いた。


そして意識して出したのだろう、ニヤを出して学校に向けて駆け出した。

春雨は衰える事無く、激しく私を叩いていた。

私は小道の水溜りの存在を無視して、雨水を巻き上げながら走っていた。


小4の私は裏門から体育館裏を周り、本校舎の前を通って校庭に出た。

そこで私の視界に飛び込んできたのは、校庭の妹桜の前にいる2人の映像だった。


100m程先の人影は、1人が少女で、傘もささずに濡れながら立っていた。

もう1人は中年の男で、傘をさして少女の正面に立っていた。


『ミチ!・・相手は・・呑んだくれか!』と私は声に出して、2人に向かって駆け出した。


2人は私の事には気づかずに、何かを話していた。

その雰囲気に緊張感が有った、私は全力で走っていた。


次の瞬間に、中年男の強烈な平手打ちがミチコの頬に当たった。

ミチコはその衝撃で倒れたが、歯を食いしばり男を睨みながら立ち上がった。

そして男に向かい何かを叫んだ、私には雨音でミチコの叫びが届かなかった。


男はミチコの叫びを受けて、2発目の平手打ちをミチコの頬に当てた。

その手加減の無い強さが、男の怒りを表現していた。


ミチコは水溜りに倒れ込み、顔だけを上げて男を睨んだ。

水滴が濡れたミチコの髪から額に走り、そして見開いた瞳の周りを通り、頬の側面を経由して顎から流れ落ちていた。


男がミチコの反抗的な表情を見て近づいた時に、私は2人の中に割って入った。


「小僧か・・なんか用か?」と男は私を睨みながら言った。


『お前なんかに用はない・・だが女を殴るのは見逃せない』と私はミチコの前に立ち真顔で返した。


「俺の事を、お前って言ったのか?・・目上に対する言葉も知らんのか、生臭の弟子は」と男はニヤで返してきた。


『特例を除けば、敬語を使うよ・・人として認められないという、特例を除けばね』と私はニヤで返した。


「お前に言葉で言っても無駄だったな・・小僧、俺とやるのか?」と男は私の目の前で睨みながら言った。


酒臭い中年男は小4の私より、30cm程長身だった。

酒に溺れているその男の瞳は、ただ攻撃的な光だけが存在した。


『やるわけにはいかんね・・あんたはキヨの父親だから、俺にはできんよ。

 だが殴りたいなら、俺を殴れよ・・呑んだくれ。

 その方が少しは恥も小さくなるよ・・アル中の廃人さん』


私は出来る限りの強烈なニヤで返した、男は怒りを瞳に出した。


私の後ろにミチコが静かに立ち上がった、私もミチコも男を睨んでいた。


「反省しろよ、ミチコ・・今日は勘弁してやる」と男は強く言って、振り向いて歩き出した。


私は後方から駆け出そうとする、ミチコの左腕を慌てて両手で掴んだ。

私はその時に瞬間的な映像を見せられた、そして雨粒に温度を感じていた。


ミチコは私を見て、目を見開いて瞳を潤ませた。

そして激しく雨を降らせる暗い空を見上げた、雨でない大粒の水滴がミチコの瞳から流れた。


「行かせろ、小僧・・やらせてくれ」とミチコは天に向かって強く叫んだ。


『それは出来ない、俺はミチの左腕を掴んだんだ・・左手を掴んだんだよ、ミチ』と私は強く返した。


私は無意識にミチコの瞳を読み取ろうとしていた、しかしそれを妨害した。

春雨に乗り強い温度が伝えてきた、私はヒトミの存在を強く感じていた。

ミチコはハッとした表情で、暗い空を再び見上げながら泣いていた。


「ヒトミ!・・どこ・・ヒトミ」と叫んでミチコは振り向いた。


ミチコは大粒の涙を流しながら何かを探していた、ミチコの視界には満開の妹桜が立っていた。

私は立ち尽くして、ヒトミの温度を探していた。


「小僧・・ごめんな・・左腕を掴ませて・・左は・・お前には辛かったよな」とミチコは振り向いて泣き顔で言った。


『慌ててたから、制御が利かなかった・・ミチがまた意地悪した』と私はウルで返した。


「嬉しかったくせに、私のおかげでヒトミを感じたろ・・脳を使う時間が無かったから」とミチコはニヤで言って私に近づいた。


『ミチ・・ミチはもしかして・・使者なのかな?』と私も間近なミチコにニヤで返した。


「小僧・・私はダメージを受けたから、おんぶして・・妹桜の下まで」とミチコはニヤ継続で言った。


『しょうがね~な~・・甘えん坊』と私もニヤで返して、ミチコに背を向けて屈んだ。


ミチコは笑顔で私の背中に飛び乗って、両手を私の首に回した。


『ミチ・・少し膨らんだな』と私はミチコを背負って立ち上がり、前を見てニヤで言った。


「少しじゃない・・かなりだよ・・かなり膨らんだ」とミチコは返してきて、1人で笑っていた。


私はミチコの笑い声に押されるように、妹桜を目指して歩いていた。

映像は徐々に引いていき、妹桜に向かって歩く小さな背中を映していた。


女性達は沈黙して映像に見入っていた、レンが俯いて床を睨んでいた。


「ありがとう、エース・・何も知らなくて、気づかなくて・・ごめんね。

 ユリカ姉さん、教えて下さい・・私と出会った時、左手を繋いだ時。

 そして・・私の左腕を掴んだ時の・・エースの心を」


レンが強い眼差しで、ユリカに問いかけた。

女性達はユリカを見た、ユリカは優しい笑顔をレンに返した。


「ここにいるマダムと松さんに、北斗姉さんとユリ姉さん。

 それにサクラ姉さんとアンナ姉さん、リアンとナギサ。

 そしてもちろん、蘭とマキとマリ・・それにカスミと久美子だね。

 このメンバーは気づいていた、エースが横に並ぶ時は常に右側を選ぶ事を。

 そして本気の時には左側を選ぶ事も、気づいていたでしょう。

 エースは多分、相手の右手と左手では感じ取る感覚の強さが違う。

 これはエースが安奈に出会った時に、私は確信する事が出来ました。

 

 エースは安奈の悲しみを感じて、金網越しに右手を出した。

 でも安奈がためらったので・・左手に変えたの。

 相対してる相手が出した手に、自分の手を伸ばすなら。

 握手と同じでしょう・・だから右には右が出て、左には左が出る。

 

 もちろん私は、エースが左手に変えたのは分からなかった。

 映像で見えていた訳ではないから、ただエースの心の大きな変化を感じた。

 エースは左手に変えて、こう言ったの・・私とユリアに。

 

 「この子は波動を感じてるから、優しく背中を押して」


 エースはそう言った、私は自分の出来る範囲で出してみた。

 もちろん背中を押すなんて出来ない、その子の立ち位置も分からないし。

 波動をどこから向かわすなんて、イメージすら出来なかった。

 でも・・波動は安奈の背中から優しく吹いた、私は本当に嬉しかった。

 ユリアが波動を制御してくれた・・そう思っていたの。


 でも違ってた・・ユリアと初めて出会った日に知った。

 私はユリアにこの話をしたの、そうしたらユリアが教えてくれた。


 エースが安奈に右手を出した時、西風に乗ってヒトミの温度が来た。

 それは完璧な叫びだった、エースはそれを読み取った。

 そのヒトミの言葉は強く叫んでいた、自信を持てないエースに向かって。

 

 それで真実を感じてあげれるの?・・右手で良いの?

 成功が欲しくなったの?・・今さら失敗が怖いの?

 右手で良いの?・・右手で分かるの?・・右手で感じるの?

 パーを出したなら、握手でしょ・・握手なら同じ手が出るよ。

 右手で良いの?・・逃げるなよ、小僧・・右手に逃げるな。

 左手を出せ、小僧・・それが出せれば、解放の扉が開く。


 ヒトミの温度はそう強く伝えたらしい、沙紀の暗黒の世界に向かう前日だった。

 エースはヒトミの叫びを受けて、確かな覚悟が出来たんだと思う。

 安奈と向き合い、沙紀と向き合い・・ミホを信じる覚悟が。


 エースは相手の左手を繋ぐ事に、細心の注意を払っている。

 それは必要以上に相手の事を感じるから、多分・・悲しみを強く感じる。

 だからこそ蘭は常に左手を繋ぐのを要求する、添い寝もエースが左側にいる。

 北斗姉さんもユリ姉さんも、エースと2人の時は左側を要求する。

 そしてリアンとナギサは無意識に、エースを左側にいさせる。

 当然私も・・常に左側にいるのを要求するの、それが伝達方法だから。

 

 エースが自ら相手の左側を望むのは、シオンと子供達に対してだけ。

 エースはシオンで確認するの、シオンの心を感じながら自分の心を確認する。

 そして子供達には伝えてるのだと思う、言葉でない何かで伝えてる。


 私の知る限り・・エースに余裕が無くて、無意識に相手の左腕を掴んだのは。

 3度しか知らない・・最初がナギサに出会った時、覚悟を迫った時だった。

 次がレンの左腕を西橘通りで掴んだ時、これも考えた行動じゃなかった。

 そして最後が・・私のビルの前・・そう、NOと言って手を出した時なの。

 エースはリンダの時には、時間的な余裕は有った。

 考える余裕も、注意を払う時間も有った。

 でもそれをさせなかった・・エースはその時、無意識に左手を出した。

 今の私はこう思ってる・・あの余裕を持たせなかった。

 考える時間を与えなかったのは・・カリーなんだと思ってる。


 四季の提案した試験を私は賛成した、そしてカリーも賛成したんだと思ってる。

 ナギサの時とレンの時のエースの感情は、当人が感じる事だと思うわ。

 ここまで話せば2人なら感じたよね、その時をリアルに覚えてるのだから。

 私が話せるのは・・リンダの時の、エースの心の囁き。

 それこそが無意識に出た大切な言葉、エースですら覚えていない言葉なの。

 エースはリンダの左手を握った瞬間に、こう心に無意識に呟いた。


 《やっと会えたね、カリー・・俺が小僧だよ・・必ず君を超えて見せるよ》


 こう心に呟いたの・・私は当然カリーを知らなかった。

 エースが何を感じ取ったのかは分からないけど、確信的な呟きだった。

 そしてリンダと触れ合って、エースの何かが開放されたんだと思ってる。

 リンダの後にエースが意識して相手の左手に触れたのは、セリカの左手だった。

 その事実で分かるでしょう・・本気の勝負の時は左手に触れるという事が」


ユリカはここまで言って、マリの顔を見ていた。

マリはTVルームのドアを睨んでいた、ユリカもそれでドアを見た。

ユリカの緊張した表情で、女性達が全員ドアに視線を送った。


ドアはゆっくりと開いた、開いた空間に黒い衣装の不鮮明な輪郭が現れた。


「こーりー」と言ったのはマリアだった、女性達は凍結して動けなかった。


「マリアかい・・少し大きくなったね」とコーリーは口元に微笑を出して返した。


マリアは天使全開で笑って、コーリーに駆け寄った。

コーリーはマリアを抱き上げて、ユリさんとユリカの目の前に座った。


「ユリ・・お前が責任者だね・・ここでやめるんだ。

 これ以上小僧の記憶を見ると、私は小僧に会わねばならなくなる。

 小僧のミホに対する提案、私は小僧から依頼されれば承諾する。

 私の作り出す世界は、若い女にはまだ無理だよ。

 ここでやめな、ユリ・・それが責任者の判断というものだよ」

 

コーリーは最初は真剣な雰囲気だったが、最後に口元だけで強烈なニヤを出した。

ユリさんはそのニヤを見て、美しい薔薇の微笑を返した。


「コーリーさん・・ありがとうございます、ご忠告感謝します。

 しかし今の表現には違和感がありますね、なぜ若い女性には無理なのでしょう。

 その部分を教えて頂けないと、私は判断が出来ません」


ユリさんは微笑を絶やさずに、丁寧な口調で聞いた。

コーリーは俯き集中するマリを見て、ユリカの深海の瞳を見た。


女性達は身動きできずに、コーリーの不鮮明な顔を見ていた。

子供達が笑顔でコーリーを見て、エミは強い瞳でコーリーを見ていた。


「良いだろう・・説明しなければならんだろうね、今のマリならば。

 ルミ、聞いてるよね?・・お前はそこを動くなよ。

 小僧が動けないこの状況だから、私はここに来れたんだからね。

 リンダもマチルダも、聞くだけだよ・・リンダ、今は動くなよ。

 

 この映像以降・・ミホの世界の挑戦の時、小僧は私に試験を要求した。

 その部分はミホの根幹に関わる部分だから、映像で見せる訳にはいかん。

 10歳の小僧はミホの世界の難解さに混乱して、私にヒントを要求した。

 私はその部分のヒントは試験でしか出せなかった、小僧はそれを要求した。

 その時・・ヒトミはやめさせてと私に強く言ってきた、カリーもね。

 

 私の試験には敵などいない・・現実と言う、リアルと呼ばれる世界なんだ。

 人間が絶対に支配できない、地球という自然の摂理なんだよ。

 マリのさっきの無意識の言葉、あれこそがミホへの道になるんだ。

 ミホの心は氷河の中にある・・極寒の場所にあるんだ。

 その世界はたとえイメージの世界だとしても、環境はそのまま設定される。

 そして体力的にも精神的にも、リアルと同じ影響を受けるんだ。

 自分の限界を感じて眠りに落ちれば、それでリアルに戻される。

 極寒の氷点下の世界を進むしかない、それも徒歩で進むしかない。

 お前達が準備できるのは、今現実に存在する装備だけ。


 小僧はこの試験を受けた・・そして奴は小4で辿り着いた。

 もちろんヒトミは助けに来たし、カリーも影から全力で助けた。

 だが・・小僧はステージ目前で足が凍傷になり、歩けなくなった。

 その時現れるんだ・・最強の少女が・・美由紀が現れる。

 そして小僧に強く言うんだ、足を切断しろってね。

 小僧はそれで自ら両足を切断した、もちろん自分の手でね。

 ノコギリで・・自分の足を切断した。


 小僧はその時・・痛みを感じない世界までは、精神的に辿り着いてた。

 だが・・視覚的効果は外せなかった、だから見ながらやった。

 噴出す血も、内側の筋肉も・・そして骨も、小僧はリアルに見ながらやった。

 美由紀は黙ってその行為を見ていた・・この2人の行為だった。

 この壮絶な行為がミホの氷河の扉を溶かした、2人の強い意志がね。

 自然環境という現実を受け入れ、人間の体の限界を感じても諦めなかった。

 それをミホは氷河の中で見ていた・・それが開放の鍵だった。


 今回は更に硬く閉ざされている・・ミホの氷河の扉は完全に凍結されている。

 それに小僧と美由紀は参加できない、経験者として私が人質に取る。

 それとミサとレイカと由美子、安奈とモモカ・・七海とマリアもだよ。

 この少女達は私の場所で映像で見せる、まだ挑ませる事は出来ないからね。

 そしてサクラ・・お前も駄目だ、妊婦は特別な存在だからね。

 サクラは少女達の精神的支えとして、同じ場所にいてもらう。

 

 今回の試験・・私にも全てが分かってる訳じゃないんだ。

 私が作ったんじゃないからね・・分からない部分も多い。

 ただ1つだけ教えよう・・ミホの氷のステージの扉を開けるには。

 20人の人柱が必要だよ・・20人で開き、20人以外の誰かが挑戦できる。

 極寒の氷河の道を・・20人以上が辿り着かねばならん。

 南国の宮崎の民に出来るかな・・例え北海道の人間でも無理な世界かもね。

 そしてエミと沙紀・・この2人の判断は、ユリカに任せるよ。


 この試験は・・【生きる】を問う試験だ。

 小4で小僧と美由紀は辿り着いた・・ヒトミという存在を内包して。

 最後まで【生きる】と【諦めない】と主張した、両足を自分で切断しても。

 それ以上の覚悟がいる・・今回の試験には、それが隠されているだろう。

 極寒の世界で挫折を感じたら、2度とイメージの世界には入れないかもな。

 リアルな世界の精神にも、大きな影響が出る可能性もある。

 中途半端な覚悟では駄目だ・・今の段階では、無理という判断こそが正しい。

 若い女では無理だよ・・守るべきものが多すぎるからね」


コーリーは強くそう言った、女性達はコーリーの不鮮明な表情を見ていた。


「賭けに差し出せって事だね?・・コーリー。

 2度とイメージの世界に入れない、それを差し出せって事だね。

 ならば・・これは由美子に続く極寒の道・・なら行くしかないね。

 コーリー・・私には判断の必要は無い・・私は差し出すよ。

 その提案を受け入れるよ・・あの時・・底なし沼に沈む時。

 私は感じてたよ・・コーリー、私は試験に挑むよ」


マキがニヤで灼熱の熱風に乗せて、強く言葉にした。


「それは分かってるよ、マキ・・限界ファイブと中1トリオ、この8人は参加するだろうね」とコーリーがニヤで返した。


「コーリー・・これは体力の勝負じゃないよね?・・精神力の勝負だよね?」とマリが顔を上げてニヤで言った。


「どうだろうね~・・ただ体力的な自信というのは、必要かもね」とコーリーもニヤ継続で返した。


その時だった、突然TVルームが氷に覆われた。

女性達はまさに凍結したように動けなかった、コーリーは強烈なニヤを口元に出した。


「沙紀・・この氷は、参加の意思表示と取って良いんだね?」とコーリーはニヤニヤで呟いた。


その時コーリーの目の前に氷柱が突き出して、それが変化をはじめた。

コーリーは嬉しそうな雰囲気で、その変化する様子を見ていた。


女性達は誰も動けないでいた、子供達だけが笑顔だった。


氷柱は人間の体の形になり、溶けながら細部が作られた。

その氷の像は沙紀だった、笑顔の沙紀が氷の姿で立っていた。


「はい・・沙紀は行きます・・ミホちゃんの世界なら」と可愛い沙紀の声が響いた。


「そうかい・・沙紀は行くのかい・・楽しみだよ」とコーリーは笑顔で返した。


「全員参加だよ、コーリー・・そんな事聞くなよ・・逃げないよ、私らは」とカスミが最強不敵で言った。


女性達は全員が強く頷いた、コーリーは全員を見回した。

コーリーの唇の表情は、嬉しそうな笑みだった。


「マダムと松・・それに和尚・・この3人は、成人の戦争経験者だから参加出来ない・・小僧の管制室で見るんだよ」とコーリーはマダムと松さんを見ながら言った。


「ほう・・成人していた戦争経験者は参加出来ないのか・・面白い設定だね~」とマダムがニヤで返して。

「自然の摂理と言いながら・・自然の摂理と最も遠い、戦争経験が問題になるのかね?」と松さんもニヤで返した。


「そこまでだよ・・それ以上言うと、設定レベルが上がるからね」とコーリーは嬉しそうなニヤで返した。


「そうかい、そうなのかね・・それは見るのが楽しみだね~」とマダムが笑って。

「ワクワクするね~・・全員が辿り着くのを見るのが」と松さんも笑った。


「よし・・良いだろう、ヒトミ・・宣誓の後なら、映像の続きを見せても」とコーリーは呟いた。


「コーリー・・なんの為に来た?・・フロアーに何をした」とマリが顔を上げて強く言葉にした。


「ヒトミの願いだから、空間を作ってやったのさ・・ありがたく思えよ」とコーリーはニヤで返した。


マリはニヤで立ち上がり、マジックミラーのカーテンを開けた。

マリの背中は微かに震えていた、女性達はそれを感じてマジックミラーに駆け寄った。


フロアー全体は立体的な映像空間になっていて、客席は劇場のような扇形の客席になっていた。


フロアーの立体絵像は、小学校の校庭だった。

強い雨が校庭に降っていて、暗い空の下に満開の妹桜が立っていた。


女性達は驚きながら見ていた、子供達は喜びの笑顔を出していた。


「さぁ客席で見なさい、立体映像で見せてやるから・・春雨の叫びをね」とコーリーが強く言った。


「ありがとう、コーリー・・リアルに感じる事が出来るんだね」とエミが喜びの笑顔で言った。


「行くんだね、エミ・・オババがそう言ったよ・・エミは行くとね」とコーリーは優しく返した。


「もちろん行きます・・私がエースの代打だから」とエミは嬉しそうな笑顔で返した、コーリーはニヤを出して頷いた。


女性達はコーリーに促されて、TVルームを出た。

13歳の私の抜け殻と氷像だけが、TVルームに残されていた。

私の抜け殻の横に氷像の沙紀が立っていた、沙紀はマジックミラーからフロアーを見ていた。


「ユリカ・・どう思ってるんだ?・・宣誓と言ったコーリーの言葉を」とリアンが隣を歩くユリカに小声で囁いた。


女性達はコーリーに気づかれないように、ユリカを見ずに聞き耳を立てた。


「コーリーが何の為に来たのかだよね、それはヒトミの願いなんだろうね。

 ヒトミなんだから・・過去からの重要なメッセージだよね。

 ヒトミがマリの影響を受けて、その力を取り込んだとしたら。

 ヒトミはマリ以上に鮮明に未来を感じた、私はそう思ってしまう。


 ヒトミはエースの未来を感じた・・エースが想定した先の未来を感じた。

 それがヒトミに許されたのは、自分の未来も鮮明に見るからだと思う。

 得ればリスクは付随する・・ヒトミの場合は、自分の絶望する未来。

 生命の残り時間を実感させられる、過酷な現実がリスクだった。

 しかし絶望する未来だけでなかった、希望という未来も存在した。

 それが由美子なんだろうね・・ヒトミは由美子の存在を感じた。

 そう想定すると・・重みが増してくる、あの言葉の重みが。


 【無の半年より、意志を示す半月・・私はそれでいい】


 ヒトミは《私はそれでいい》と言っている、エースに対してだけでない。

 この言葉は他の誰かにも言っている・・強いヒトミの主張なんだよね。

 エースはこの言葉で何かを感じた、言葉のプロと呼ばれる子供だからね。

 だからこそ・・ヒトミの願いを受け入れて、その願いを成就させた。

 私はコーリーの【宣誓】という言葉を聞いて、このヒトミの言葉が浮かんだ。

 この言葉は・・この言葉こそが・・ヒトミの【宣誓】だったのではないかと。

 ヒトミはこう【宣誓】した・・それを叶える事の出来る相手に。


 未来で勝負を挑むために・・意志を示せる、それを残せるようにして。

 私はそれと引き換えで差し出す・・残り半年の時間を差し出すから。

 無の半年でなく、意志を示せる半月を・・私は望む。


 強い・・強すぎる・・これがヒトミの【宣誓】なんだ。

 ヒトミは自分の死の設定をしたんだと思う、それが成人の日だった。

 ミホの出会うまで・・そこまでで良い・・そう強く誓ったんだよ。

 ヒトミは自分の病に対する気づきを、全てミホに託している。

 それが許されるのは、ミホ以外に存在しなかった。

 ミホは自我を取り戻せない・・そう想定されていたんだと思う。

 だからミホにならば残せる、ミホの記憶になら残せた。


 ヒトミはミホに全てを託し、差し出した残り時間を使い果たした。

 最後にメッセージを残して、愛する・・信頼するエースに残して。


 【あなたには成すべき事があるのよ】


 この強烈なメッセージを残して、ヒトミは旅立った。


 ヒトミが宣誓をした相手・・それこそが、コーリーとオババだろう。

 中立な立場としての判断を、オババがしたんだろう。

 そして・・そのヒトミの願いを叶えたのが、コーリーだと思う。

 そうなんだよね、コーリー・・あんたにしか出来ないよね?」


ユリカは最後の問いかけだけ、強く言葉にした。


フロアーに向かう通路に、ユリカの深海の言葉が反響していた。


コーリーは最後尾を歩きながら、ユリカの背中を見ていた。


女性達はヒトミを想っていた、北斗は前を睨んでいた。


全員が泣かないように、爆発しそうな感情を必死で抑えていた。


マリアがモモカを見ていた、モモカは妹桜を見ていた・・。




 

 

 

 


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