【春物語第一章・・春の予感⑤】
フロントガラスから、休日の朝の穏やかな街並みが見えていた。
エミは笑顔でハンドルを握っていた、私は空を見ていた。
『エミ・・交通事故での死亡者は、年々減ってるよね・・その主要因は、医学の進歩なのか?』と私はニヤで聞いた。
「こんな状況だから、問題を出すよね~・・変わらないよね、兄さんだけわ」とエミは前を見てニヤで言って。
「確かに救急救命の医療もシステムも、かなり進歩してきた。
だけどそれ以上に、車の進歩が早かったよね。
今ではエアバックなんて当然だし、車の強度も上がったよね。
素敵な事じゃない、事故で亡くなる命が減るのは」
エミは笑顔でそう言った、私はニヤで頷いた。
『それなら、エミ・・今TVCMでも流れてる、新たな安全装置。
車が危険を感じて自動で止まる、あの夢の装置はどうだろう?
あれで安全性は向上するかな?・・トータルでの安全性が』
私は前を見て真剣に言葉にした、自分の感じた違和感を医師のエミにぶつけてみた。
「本題はそれか~・・トータルでの安全性で考えろって事ね。
トータルなら、人間のメンタル的な変化も考慮しろって事でしょ。
それで考えると、安全性が上がるとは思えないよね。
まぁ・・あの技術が当然の時代になってからの話だろうけど。
今のエアバックのように、全ての車に装着されたとの仮定で。
18歳で免許を取って、それから経験する車に全て装備されている。
そうなると人は感覚が鈍るだろうね、集中力も今のドライバーと違うよね。
そうなると・・今と違う事故が多発するよね、どんな事故か分からないけど。
その時に戻そうと思っても、簡単には戻れない事が重要なんだよね。
人間の感覚も脳も、PCじゃないから・・簡単には書き換えられない。
なるほどね~・・トータルで考えると、リスクが大きすぎる。
これが兄さんの考えだね・・確かにそうかも知れないよね。
私は今はオートマ車に乗ってるけど、若い時はマニュアルに乗ってた。
今ではマニュアル車に乗るのが、少し怖く感じてしまう。
これは年齢から来る鈍さじゃないよね、慣れによる鈍さなんだよね。
便利に慣れると、感覚を捨てる・・シズカ姉さんの言葉だった」
エミは前を見て真顔でそう言った、私も前を見て頷いた。
カーナビには羽田までの3D地図に、様々な情報が書き込まれていた。
『紙に描かれた地図は、いつまであるだろうな?・・人は捨てるかもな・・言葉の羅針盤を』と私は静かに呟いた。
静かな朝の東京の空に、空しく響くような私の呟きだった。
話を戻そう、強引に拉致されている時間に。
カリーの大切な試験の場所に、ヒトミの強い覚悟の場所に。
映像の小4の私は沙織と面白話をしながら、相々傘で帰宅の道を歩いていた。
雨は容赦無く降り続いていたが、私はニコニコ笑顔だった。
沙織が私の家まで送ってくれて、私は沙織に笑顔で手を振って別れた。
自宅の勝手口の前で濡れたランドセルを下ろし、勝手口を開けて入った。
誰もいない暗い台所を抜けて、やはり明かりの入ってないリビングを覗いて、自分の部屋に歩いた。
私が自分の部屋のドアを開けようとすると、シズカ部屋から聞き慣れた4人の笑い声が聞こえた。
私はシズカの部屋をノックした、それで中から聞こえた笑い声が消えた。
「小僧か?」とドア越しにシズカの声が聞こえた。
『うん・・何か悪巧みしてるだろ~』と私はシズカの部屋のドアに向かってニヤで言った。
「大サービスだぞ」とシズカが返してきて、ゆっくりとドアが開いた。
私は凍結してその光景を見ていた、限界カルテットが真新しい制服を着ていたのだ。
入学式が2日後に迫り、4人は試着会をしていたのだ。
「小僧・・正直に答えろよ・・誰が1番可愛い?」と恭子が強烈なニヤで言った。
「正直にだぞ・・心で答えろよ」とマキもニヤで言った。
「マキ!・・ロングヘアーだ・・可愛い~」とハルカが呟いた、マキは照れた笑顔で返していた。
『やっぱり・・ヨーコ』と私は笑顔で言った、ヨーコが可愛い笑顔で返してくれた。
恭子とマキは私を笑顔で睨んでいた、ヨーコは2人にニヤを出した。
「馬鹿な質問をするからだよ・・小僧が1番可愛いって言うのは、ヨーコに決まってるだろ」とシズカがニヤで3人に言った。
4人は私を無視してワイワイと盛り上がり、私はニヤを残して自分の部屋に入った。
部屋に入り机の上の自分で書いたメモを手に取って、珍しく真剣な表情で読んでいた。
《そうか!・・4年の始業式か・・作戦決行の日だ》13歳の私は記憶が蘇っていた。
私はメモ用紙を見ながら、何度もその字を読んでいた。
『マリ・・やってみるよ・・マリの教えと、ヒトミのヒントで・・ミホの怖い世界を見てくるよ』と小4の私は自分に言い聞かせるように呟いた。
女性達は静寂の中にいた、マリは少し俯いて集中していた。
「過酷な試験だな、小僧」とマキがTVの映像の私に言って。
「ミホに続く道は、常に氷河の中にある・・ミホでしか歩けない、氷の道・・そこを歩くしかない」とマリは静かに言葉にした。
女性達はマリの無意識に出した言葉を噛締めていた、忘れないように強く記憶に刻んでいた。
映像の私はメモ用紙をポケットに押し込み、部屋のドアを開けて廊下に出た。
そこにマキが立っていた、真剣な瞳で私を見ていた。
「どうした、小僧・・今のお前の目、あの時と同じだよ・・あのヒトミの言葉を聞いた時と」とマキは真顔で言った。
私はマキの瞳を見ていた、マキも私の瞳を見ていた。
「読み取れ小僧、私の瞳を・・負けるなよ、小僧」とマキがそう言って笑顔になった。
『サンキュー、マキ・・応援してくれて・・俺は大丈夫、俺にはどんな時でもヒトミがついてる』と私は笑顔で返して勝手口に向かった。
「小僧に問う・・恐怖とはなんぞ?」とマキが私の背中に強く声をかけた。
『現世にはないわ、恐怖など・・恐怖と感じるのは、感じさせられている。
草食動物が肉食動物に食べられる時でも、恐怖などは微塵も無い。
それこそが生きるという事だから、理不尽な事では無いのだから。
死など、生きるという事の一部に過ぎん・・ならば恐怖など無い。
あるとすれば・・それは・・作為あるヒントでしかない。
恐怖を感じた時は、ヒントの提示・・ならば探そう、恐怖を探そう。
現世には存在しない、恐怖という・・矛盾を探そう』
私は振り向かずにニヤで言った、マキは私の背中を笑顔で見ていた。
「覚えてたね・・現世問答・・私には大切な事だからね」とマキは笑顔で言った。
『俺にもだよ・・マキ、最高のヒントだったよ』と私は前を見てニヤで返して、靴を履き勝手口を開けた。
激しい雨がアスファルトを叩いていた、私は上半身に透明の雨合羽を着て小走りに病院を目指した。
黒雲に覆われた空の下を私は走っていた、遠くに大きな病院の明かりが見えていた。
そしてリアルな私は凍結する、私の視界にモニターが出ていたのだ。
小4の私はそのモニターが見えないようで、気づかずに病院に向け走っていた。
《ヒトミ・・何を見せたいんだ、編集したのか?・・何を知ってるんだ?》とリアルな私は強く言葉にした。
ユリアの強烈な波動が来た、ユリアは私の心の呟きをユリカに伝えていなかった。
私はユリアの波動に動揺を感じて、ヒトミの強い覚悟を感じていた。
モニターに映像が映り、同じ映像がTVルームのTVに映し出された。
それは病院のロビーのようだった、映像は4歳位の小さな少女を捉えていた。
少女は怪我をしたのだろう、左肘に包帯を巻いていた。
「キヨ!」とマキが映像を見て叫んだ。
女性達はマキの動揺を感じたのだろう、全員がマキを見た。
マキはTVの画面を睨んでいた、マリもその映像を真顔で見ていた。
映像は段々と上昇して、人間の視線でない映像になった。
そして映し出した、最初の視線の映像が誰のものなのかを。
病院の階段に立ち、小さな少女を無表情で見る7歳のミホの姿が映し出されていた。
「ミホ」とリアンが呟いて、女性達は映像に集中した。
ミホは可愛い花柄のパジャマを着て、階段の踊り場に立っていた。
無表情のミホの強い視線は、キヨという少女に向けられていた。
キヨはロビーの長椅子に座り、母親を待っているようだった。
そこに薬の袋を持った母親がキヨに歩み寄り、キヨの小さな手を繋いだ。
2人が立ち上がると、ミホは階段をゆっくりと降り始めた。
ミホはキヨの小さな背中を見ていた、キヨの母親は娘の顔を見ながら歩いていた。
ミホは少し歩く速度を上げて、親子の後ろを歩いていた。
病院の入口で、母親がキヨに黄色い雨合羽を着せた。
ミホはガラス越しに親子を見ていた、母親が傘を広げようとした時に、ミホは入口に駆け出した。
しかしミホは入口の前で止まった、ミホの瞳には雨に濡れた少女が映っていた。
親子の前にずぶ濡れで立っていたのは、小6になったミチコだった。
「キヨ・・何があったの?・・どうして怪我したの?」とずぶ濡れのミチコはキヨの前に屈み、優しく強く聞いた。
「ミチコちゃん・・転んだだけよ」と母親が静かに言った。
「お母さんには聞いてない!・・私は、キヨに聞いてるの」とミチコは母親を見て強く返した。
「転んだの・・ミッちゃん・・キヨは、よく転ぶの」とキヨはミチコを見ながら小さな声で言った。
「キヨ・・・」ミチコはそう言うだけで言葉が出なかった、キヨは無理やりな感じで笑顔を出した。
「さぁ・・帰るよ、キヨ」と母親が言って、キヨと手を繋いで歩いていった。
ミチコは激しい雨に打たれながら、その場に座り込みアスファルトを睨んでいた。
両手に強く拳を握り、悔しさを顔全体に出して睨んでいた。
ミチコは背中を震わせて、顔を上げて小さくなった2人の後姿を見た。
そして意を決するように、立ち上がろうとした。
その時、小さな手がミチコの肩を強く掴んだ。
ミチコは慌てて振り向いた、そこには雨に濡れる無表情のミホが立っていた。
「ミホ!・・・私は出せないよ・・グーしか出せない!」とミチコはミホに向かって叫んだ。
ミホはミチコの叫びを受けて、大粒の涙を流すミチコを無表情で見ていた。
その時、2人の上から傘がさしかけられた、2人はその相手を見た。
中学の制服を着ている、豊が優しい笑顔で立っていた。
「ミチコ・・グーを捨てるなよ」と傘を持った豊が真顔で言った。
ミチコは豊を見て、涙を流し続けた。
「捨てたらいけないの・・でも・・そうしたら・・私はまたグーを出すよ」とミチコは強く豊に返した。
ミチコは豊を睨んでいた、ミホは無表情で豊を見ていた、ミチコを見る豊の瞳は優しかった。
「ミホ・・濡れたね・・部屋に帰って着替えないとな・・哲夫、ミチコと寺に行ってろ」と豊かは笑顔でそう言った。
病院の駐車場の通路に、哲夫が立っていて、豊の言葉で駆け寄った。
豊はミホを抱き上げて、ミチコに自分の傘を握らせた。
「寺で待ってろよ、ミチコ・・ここで泣いてると、小僧が来るぞ」と豊は優しい笑顔で言った。
「うん・・待ってるね」とミチコは強く返して、哲夫と歩き出した。
豊は2人の背中を見送って、ミホを見た。
「ミホ・・頑張ったな・・お前は強い子だよ、俺よりもね」と豊は笑顔で囁いて、病院に入って行った。
ミホを抱く豊の背中を見送るように、映像は止まっていた。
勢いを弱めない春雨が、アスファルトを叩いていた。
「マリ・・ミチコは感じていたんだね・・そして小僧も、豊君も・・全てを理解して、春雨を浴びるんだね」とマキは静かに言った。
「ヒトミは強いですよね・・そして今回は本気ですね・・成すべき事・・深い言葉ですね」とマリも静かに返した。
「マリ・・1つだけ疑問を解いて・・イメージの勝負でも、豊こそが切り札なの?」と北斗が強く言った。
女性達は全員マリを見た、マリは優しい笑顔で返した。
「それは私も不思議だった・・豊は絶対に同調できるよね?」とリアンが言って。
「私も切り札だと思ってました、エースの最後の切り札なのだと」とユリさんも真顔で言った。
「豊君は切り札ではありません、小僧は自分から誘うことは無いでしょう。
もちろん豊君なら強い同調が出来ます、実際に同調した事もあります。
あの世界が互角の相手という設定の勝負なら、豊君は入らないでしょうね。
もし豊君が入ったら、奴も豊君と互角の相手が出せる。
その相手は・・私達など一瞬で消し去るでしょう、それほどの強敵です。
だから小僧は全ての想定から、豊君を消しています。
そして豊君自身も、自分が入らないで良い状況を願っています。
入れば本気だから・・豊という人は、やる時は本気ですから。
その事により、何かを壊す事を恐れています・・それが今の段階です」
マリは真顔で強く言った、マキはマリの表情を見ていた。
「今の段階って言ったね・・だから豊君は、次の段階に踏み出したんだ・・由美子の勝負に間に合わせる為に・・真の最強が、動き出してるんだね?」とマキはニヤで言った。
「そうだと思います・・それが豊君に対する、ヒトミの伝言なんでしょうね」とマリは笑顔で返した。
女性達はマリの表情を見ていた、マリはマキを見ていた。
「きた」と蘭が言って、全員がTVに視線を戻した。
映像は止まったまま、雨に濡れる病院の正面玄関を映していた。
そこに小4の私が走り込んで、雨合羽を脱いでいた。
私が病院に入ると、顔馴染みの産科の若いナースがニヤで立っていた。
「小僧ちゃんでも、合羽着るんだ~」と白衣を着た若いナースがニヤで言った。
『この雨なら着るでしょ・・濡れるの嫌だから』と私もニヤで返した。
「イメージじゃないよね・・濡れながら走るイメージだよ」とナースは私の横を歩きながら、楽しそうに言った。
『春雨じゃ、濡れてまいろう』と私は渋く返した。
「はい・・お殿様~」とナースが返して、一人で楽しそうに笑っていた。
私はナースと別れて、階段を上っていた。
上から豊が降りてきた、私は笑顔で豊を見ていた。
「小僧・・ミホが雨に濡れたから、寒くないように気をつけててくれよな」と豊が笑顔で言った。
『えっ!・・ミホ、外に出たの?』と私は驚いて返した。
「小僧・・ミホは確実に成長してるな・・さすが小僧だよ」と豊は笑顔で言って、階段を下りて行った。
私は豊に褒められて嬉しかったのだろう、豊の背中を笑顔で見送っていた。
そしてスキップしながら小児病棟に入り、丹念に手を消毒して遊戯室を覗いた。
遊戯室には小さな少女が2人で仲良く遊んでいた、私はそれを確認して廊下を歩いた。
そして1番奥の個室をノックして、返事も無いのにドアを開けて入った。
ミホはベッドの横の椅子に座りタオルで頭を拭いていた、私は笑顔で近づいた。
『ミホ・・駄目だな~、雨に濡れるなんて・・悪い子だ~』と私はミホの横に座り、笑顔で言った。
ミホは私の顔を無表情で見て、タオルを私に差し出した。
私は笑顔で受け取って、立ち上がりミホの髪を優しく拭いていた。
女性達は久々に笑顔を出していた、ミホが行動で主張する姿が嬉しかったのだろう。
この時のリアルなミホは、全ての表現を閉ざしていたから。
幼いミホが自分の主張を行動で示した姿が、女性達の笑顔を咲かせていた。
私はミホの髪を触り、乾き具合を確かめて、ミホのパジャマの上着を触った。
そしてミホのベッドの横の棚を開けて、2つのパジャマを出してミホに見せた。
1つは可愛い熊の描かれたパジャマで、もう1つはピンクのジャージ素材の無地のパジャマだった。
ミホはパジャマを見て、黒目で《こっち》と主張した。
『おや・・珍しいね、ミホ・・無地を選ぶのは』と私は笑顔で言って、熊のパジャマを棚に戻した。
そしてミホの着ているパジャマの上着のボタンを外し、肌着も脱がせて上半身を乾いたタオルで拭いた。
ミホは私に体を任せて、窓を叩く雨粒を見ていた。
映像はミホの背中越しに、笑顔の私を映していた。
『ミホ・・パンツは?』と私はミホの上着を着せて笑顔で聞いた。
ミホは顔を棚に向けた、私は笑顔で頷いた。
私は棚の下の段から、パンツを2枚出してミホに見せた。
『おっ・・ミホ、新しいパンツ可愛いね~・・お婆ちゃんが選んだね、黄色い熊さん』と私は笑顔で言った。
ミホはお尻の部分に、黄色い熊が大きく描いてあるパンツを見ていた。
そしてそれを手にとって、私の胸に向けていた。
私は笑顔でミホを見ていた、ミホは黄色い熊をじっと見ていた。
『よし・・それだね・・ミホの好きなプーさんみたいだね』と私は笑顔で言って、パンツを受け取った。
そしてミホのパジャマのズボンを脱がせ、パンツも脱がせて体を拭いて着替えさせた。
そして少し湿り気のある、パジャマと下着を持って廊下に出て、専用の籠に放り込んだ。
病室に帰ると、ミホは熊のプーさんの絵本を持って待っていた。
私は部屋の照明を明るくして、笑顔で受け取りミホをベッドに寝かせた。
そして横に寝転んで、絵本を開いて読んでいた。
映像は段々と引いてゆき、暗くなっていった。
「これほどまで・・ここまで深い信頼関係でいられるから、小学校までだったのね」とサクラさんが呟いて。
「美由紀の全裸の愛・・また1つ深みを増しましたね」とユリさんが薔薇の笑顔で呟いた。
女性達はその言葉でハッとしてマキを見た、マキは笑顔で返した。
「小僧は小6の年末に、小児病棟は小学生までだと宣言しました。
もちろん小児病棟の子供達も淋しかったでしょう、保護者たちも。
でも・・小僧が1番淋しさを感じてたでしょうね。
ミホの下着まで着替えさせれるような、そんな深い関係ですから。
小児病棟に入院している全員と、その深さの関係でした。
美由紀は強く感じてたでしょう、小僧の淋しさを1番感じたでしょうね。
その美由紀が出した答えこそ・・あの全裸の愛です。
美由紀は小僧に対し、信じていると強く伝える為に。
次は私だと伝える為に、小僧の全ての伝達を私に向けろと伝える為に。
次は全力で私に向き合ってと伝える為に、小僧に休息をさせない為に。
何の躊躇も無く全裸になった、それでしか伝えられないから。
小僧が小児病棟から卒業するのは、思春期の自分を感じたからだから。
そんなもので諦めるなと、強く伝えるには・・全裸になるしかない。
美由紀が全裸で向き合うしか、小僧に伝える方法は無い。
これが全裸の愛のもう1つの真実です・・美由紀の深い愛なんです」
マキは嬉しそうな笑顔で言った、女性達は静かに聞いていた。
「圧倒的だね、美由紀」と幸子が呟いて。
「やるね~、美由紀・・私は初めて他人に対し、嫉妬を覚えた・・エースのあの台詞、本気なんだよね~」とナギサが華やか笑顔で言った。
女性達は嬉しそうなナギサの笑顔を見ていた、蘭の満開が咲いていた。
「ほう・・ナギサさんが嫉妬を覚えましたか、美由紀が喜びますね」と清次郎が笑顔で言った。
「清次郎先生・・教えて下さい、先生の感じている・・全裸の愛を」とシオンが真顔で強く言った。
清次郎はシオンを見ていた、そして笑顔になって頷いた、女性達は期待の笑顔を出していた。
「小僧は最近、ツインズという2人の素敵な女性に贈りました。
小僧の経験で導き出した1つの解答を、素敵なコンビに贈りました。
1+1=2だけじゃない・・そう強く言ったそうですね。
私は蘭さんにツインズの2人を紹介してもらい、なるほどと思いました。
ツインズの話は沙織に聞きました、沙織はそれを教えてくれた後にこう言った。
小僧は本気で美由紀に言った、あの言葉は春雨の叫びだった。
【困難な設定で生きれる事に嫉妬する、俺はそんな強い言葉が持てないから】
この言葉は春雨の叫びですよね、私はリアルに聞いていて震えました。
そして美由紀は春雨に対して、同じ強さの叫びを返した。
それが全裸の愛ですよね・・あれが美由紀の1つの解答ですよね。
困難な設定で生きる、美由紀が小僧に伝えた強い言葉です。
小僧の淋しさを感じて、美由紀が行動で伝えた・・強い伝達です。
あの2人は馴れ合わない、そして絶対的な信頼は揺らがない。
1+1=2だけじゃない・・あの2人はそれを証明している。
先生・・私も負けず嫌いなんです、割って入りますから。
私も絶対に手に入れます・・命と向き合う時の、心の武器を。
これが由美子ちゃんの羅針盤に挑む前に、沙織が私に言った言葉です。
私もそう思っています・・美由紀の全裸の愛に込めた想い。
その1つは解答でした・・小僧の春雨の叫びに対する、美由紀の解答です。
困難な設定で生きる美由紀が、《私はここまで来たよ》と伝えた。
小僧とヒトミに伝えた、1つの解答だったのでしょう。
その解答を受け取った小僧が導き出したのが、1+1=2だけじゃない。
この言葉にも奥深いものがあります・・それは個人個人で感じて下さい」
清次郎は笑顔で話した、女性達も笑顔で聞いていた。
TVの画面が明るくなって、寺の隅のちゃぶ台でお菓子を食べるミチコと哲夫が映された。
和尚は笑顔でミチコの髪を拭いていた、ミチコは嬉しそうな笑顔を出していた。
そこに豊が静かに入ってきて、ミチコの正面に座った。
ミチコはその鋭さで、豊の静けさを感じて真剣な表情になった。
「ミチコ・・ミチコはグーを出したくないから、捨てようと思ってるのか?」と豊は優しく聞いた。
「捨てないと、出してしまう・・そう思ってるから」とミチコは素直に返した。
豊は優しい瞳でミチコを見ていた、哲夫は豊の雰囲気で正座に座り直した。
哲夫は豊が本気モードだと感じたのだろう、ヒリヒリとした集中に入っていた。
「ミチコはパーが出したいんだろ?」と豊は笑顔で聞いた。
「うん・・グーよりも、握手をする形のパーが強いから」とミチコは真顔で返した。
「そうだよな・・でもその話には続きがある、マキはそれを感じろと言ってるんだよ」と豊が笑顔で返した。
「続きがあるの?・・グーとパーの話に」とミチコは考えた。
「うん・・哲夫は感じてるよな、お前は小僧の相棒だから」と豊は真顔で言った、哲夫は静かに頷いた。
「哲夫、お願い・・私にヒントを」とミチコが隣に座る哲夫に強く言った。
「マキ姉さんのグーとパーの話・・俺もヒトミ姉さんを見送った後に聞いたんだ。
その話を小僧にしたら、ニヤニヤ顔でこう言われた。
哲夫はそこで止めるのか?・・その話には続きがあるぞ。
マキはヒトミに触れて感じた事を、ジャンケンで表現したんだよ。
ジャンケンで表現したんだ・・絆を守る方法を、赤い糸を切らせない方法をね。
小僧はそう言った、俺はその時は分からなかった。
【赤い糸】と言った表現を考えた、その意味が分からなくてヨーコ姉さんに聞いた。
【赤い糸】って・・人と人の運命的な出会いも、元々繋がっていた。
それを目で見えるように表現したのが、小指に結ばれた【赤い糸】なんだよ。
それを切らせない方法って小僧が言ったのなら、目で見えるような表現なんだ。
ミチコ姉さん・・マキ姉さんは、糸を切らせない方法をジャンケンで表現したんだ。
小僧は強調して2度言った、俺はその違和感はその時に感じた。
ジャンケンと小僧が2度言ったから、それが重要だと考えて。
それを考えたら気づいたよ・・絆を守る方法・・糸を切らせない方法。
マキ姉さんはそれを表現したんだ・・それをミチコ姉さんに贈ったんだよ」
哲夫は正座をして真剣に言った、ミチコも真剣な瞳で哲夫を見ていた。
「ジャンケンで糸を切らせない方法?・・糸を切る?・・・ハサミか!・・チョキなんだ!」とミチコが気付きの喜びを叫びで表現した。
「そうだろうな、ミチコ・・ジャンケンは3種類で完成するよな。
拳を表現したのがグーで、握手を表現したのがパーだとしたら。
チョキは握手した絆を切ろうとする、ハサミを表現してる。
拳は握手に負ける・・しかし握手はハサミに負ける。
絆を切られそうになったら、それを守る為なら・・出すしかない。
その時は出すしかないよな・・ハサミより強い拳を。
ミチコ・・それがマキが伝えたい想いだよ。
あとはミチコが自分で感じろ・・グーを捨てるのかどうかをね」
豊は笑顔でそう言って立ち上がり、本堂に向かった。
ミチコは静かに考えていた、哲夫は本堂に座る豊を見ていた。
「絆を守るために、グーはあるんだ・・どうやれば・・どうすれば、あの4人に追いつけるんだ」ミチコは自分の右手の拳を見ながら呟いた。
哲夫はミチコの嬉しそうな横顔を見ていた、豊は本堂に正座して瞳を閉じていた。
「哲夫・・私は行く所がある・・豊君にありがとうって伝えて。
私はやっとグーの意味が分かったから、パーを出しに行ってくる」
ミチコは笑顔でそう言って、本堂に正座する豊を見ていた。
強い意志がミチコの瞳に溢れていて、哲夫はそれを見て強く頷いた。
ミチコが寺の裏口に行くと、和尚が傘を差し出した。
「ミチコが届けてくれ・・忘れ物なんじゃよ」と和尚が笑顔で言った。
ミチコは傘を受け取り、和尚が指差す部分を見た、そこに名前が書いてあった。
【真希】と書いてある文字を見て、ミチコは笑顔で和尚に頷いた。
和尚がミチコを見送る映像が、突然ミホの病室に変わった。
ミホは両手で強く私が見せている絵本を掴んだ、そして起き上がり私を起こそうとした。
『ん?・・どうした、ミホ』と私は体を起こし笑顔でミホを見た。
ミホは無表情で両手を私に差し出した、私はミホの両手をじっと見ていた。
『うん・・ミホ、俺に見せてね・・ミホの怖い事を・・おれが側にいるからね』と私は笑顔で優しく言った。
ミホはその言葉を聞いて、無表情でゆっくりと瞳を閉じた。
私は少し震えながら、ミホの両手に自分の両手を伸ばした。
窓の外には閃光が走っていた、竜のような光の線が天空から落ちていた。
私の背景にある窓の外に、稲妻の竜が姿を見せていた。
ミチコはマキの傘をさし、時折閃光に照らせれる道を歩いていた。
ミホは自らが決断した、自分で作り出した強固な壁を破壊する事を。
ミチコに伝えたい・・その想いが、ミホに決断させた。
春雨の勢いは衰える事を知らず、強く窓ガラスを叩いていた・・。