怖暴
その背中は背負ってでも、前に進む意志を示している。
美しく生まれた事を後悔しないために、強い意志を示していた。
忘れるという言葉を拒否する、圧倒的存在・・・永遠の輝き。
夏の輝く日差しの中を、追いかけるように走った、その微笑に向かって。
「早いじゃない・・連れてってね、一緒に」と微笑みながら、優しく言葉にした。
『困ったもんだな、皆甘えん坊で』と笑顔で返した。
トコトコと街を抜けて、ケンメリを止めた同じ場所に、てんとう虫を止めた。
カスミの手を取って、楠木の石の所に案内した。
『ここに眠ってる兎が、俺にチャッピーって名前をくれたんだよ』と打明けた。
「兎ちゃんだったんだ」とカスミは微笑んで、屈んで手を合わせた。
本堂に行こうと振り向いたら、和尚が満面の笑みで立っていた。
「おお、この寺300年の歴史で一番美しい方がおいでじゃ」と笑った。
『蘭に言ってやる』と私が返すと。
「それだけは、黙っちょってくれ」と手を合わせて頼んだ。
「ご招待にさっそく、甘えました」とカスミが笑顔で言った。
「美味しい草もちでも、どうかな?」と同じ台詞を言って、笑った。
「いただきます、嬉しい」と和尚に近づき、並んで歩き出した。
私は牛乳ビンの萎れかけた花を見てから、後を追った。
蘭と来た時と同じ本堂の隅のちゃぶ台で、草もちとお茶をご馳走になっていた。
「外観と内観という表現を初めて聞きました。」とカスミが切りだした、和尚は笑顔を絶やさずに。
「わしも人間に使ったのは、君で3人目じゃよ」とカスミを見ている。
「お願いします、意味を教えて下さい」と真剣に言って、頭を下げた。
「宗教とは色々な考え方がある、何を信じるも何も信じないもいいと、わしは思っちょる」カスミは静かに聞いている、頷きながら。
「その中で、人の体はその魂の入れ物という考え方がある・・人を外見で判断するなってよく言うじゃろ」カスミは頷いた。
「あれは他人から見た姿じゃよな」と和尚が言った、カスミは頷いている。
「外観という観念は、自らが見てる姿やな。
内観はこうありたいと思う姿や。
内観を出せないと言った、言い方が少し悪かった。
内観を見るのが怖いんじゃな」
和尚が真顔で言った、カスミは静かに頷いた。
「よくそこまで来たの、苦しかったじゃろうに。
本当にお前は優しい子なんじゃよ。
だから、壊れなかった自分にも優しいからな」
和尚は優しくカスミに言った、カスミは真顔で和尚を見ていた、美しかった。
広い本堂に、爽やかな風が流れ込んでいた。
内観を見つめようと、必死に闘う美の戦士に。
「私は博多のごく普通のサラリーマンの家庭に産まれました」カスミが静かに語り始めた。
『俺、出てようか?』とカスミが少し考えたので、そう聞いた。
「いて、お願いだから」と言ったカスミの目には、あの妖しさがなく深かった。
私は微笑んで頷いた。
「父は仕事人間で、母は教育熱心な人です。
2歳上に真面目を、絵に描いたような兄がいます。
今思うと、幼い時から変わった子でした・・・」
カスミは幼い時から人と同じ事ができなかった。」
幼稚園も小学校の時も、それがあまりに幼稚に感じて出来なかったと。
人と同じルールを、受け入れられないカスミを、母親は必死に矯正しようとした。
「凄く我侭な子供でした・・・」俯いて思い出しながら、その頃の自分を追いかけながら。
カスミは母の言うことが、分からなかったのだ。
そしてその強い意志で、自分を曲げなかった。
勿論、集団行動が出来なかったのではない。
学校生活の集団行動は、なんとか我慢してやっていた。
ただ納得が出来ない事には、どんなに叱られようが譲らなかった。
そんな子を、周りはの子供も避けだした。
中学は孤独に、3年間を過ごした・・曲げれずに。
「でも、高校で変わりました・・・」
高校は自宅から遠い、私立高校に行った。
中学のカスミを知っている、人間も少なかった。
そして、カスミは気づく男子が優しく接し始めて。
自らの容姿が、男子の目を引くほどの物だと。
「それから必死に、美しくなる事に貪欲になりました、私は孤独に飽きていました・・・」そう言って涙を見せた。
静かに、声をたてずに泣いていた。
そしてその輝きが増すと、博多の芸能事務所にスカウトされ広告モデルになる。
地元TVにも出て、有名になっていく。
そして高校では、男子の憧れのマドンナにまで上り詰める。
「そうなると、女子とは一層疎遠になってしまいました・・・」
でもモデルという仕事で、大人の男性と知り合って。
酷い仕打ちも受けたが、辞める事ができなかった。
「孤独に戻ることが怖くて、もう出来なかったんです・・・」
高3になって、アイドルとして東京進出話しが現実味を帯び始めた頃。
一人の男と出会う、一流企業に勤める27歳のサラリーマンだった。
カスミは仕事を捨て、男にかけた。
付き合ってる時は優しかった、そして決意する。
「私は19で彼と結婚しました・・・戸籍上はまだ彼の妻です」
虚空を睨みそう語った。
結婚生活が始まると、彼が徐々に変わりだす。
異常な嫉妬心が、頭を持ちあげる。
それは地獄の日々だった。
そして加熱したその嫉妬心が、暴力に変わる。
「最後の暴力は顔が変形するほど殴られました」何かを睨んでいる。
「この顔があるから、心配なんだって言われながら」と言って震えていた、俯き拳を握り。
金だけを握り締め、カスミは家を飛び出した。
駅入場券を買い、特急列車に飛び乗った、腫れた顔のまま。
その列車の終着駅が宮崎だった。
ホテルで顔の腫れが引くのを待って、夜街に出た。
寮完備の風俗の募集広告を見ていたら、後ろから声をかけられた。
「あなたは自分の事が嫌い?」と、振向くとユリさんが立っていた。
その存在に触れ、その場でカスミは立ったまま泣いた。
ユリさんはその場でカスミを抱きしめて、自宅に連れて帰り。
マリアを任せて仕事に出掛けた。
「私をどこにも行かせないために、最も大切なマリアちゃんをあずけてくれました・・・」と涙と流しながら感謝していた。
「そして2歳の幼いマリアちゃんに、救われました・・・」
私はそこだけは明確にイメージできた。
マリアの天使の笑顔が見ている、カスミの腫れの残る笑顔が。
そしてユリさんがアパートまで契約してくれて、PGで働かせてくれました。
「でも、私は男が怖い・・・少しでも手が動いただけで・・・心臓が止まるほど怖い」と俯いて搾り出すように語った。
それでも、そんな状況でもあれだけの仕事が出来たのか。
私は俯き何かと闘うカスミを見ていた。
私は感動していた、その強さに、自らで切り開こうとする強い意志に。
「最近私は少しずつ回復してきました、それはチャッピーが教えてくれました」私を見て。
「ありがとう、あなたが教えてくれた怖がらなくていいと」と言って、優しく私を見ていた。
絶対的な美しさは衰えを見せることはなく、輝きはそのままに。
「彼には何度も離婚してくれと電話で頼みました。
会って話してからそう言われて・・・怖くて避けてきました。
和尚様、私はケリがつけたい・・・私の全ての過去に」
和尚を見ながら強く言った、カスミの輝きが溢れていた。
「つけてこい、お前は愛されるべき人間じゃ。
愛される未来のためにつけてこい。
昨夜ユリという女性に会って、わしは何十年振りかに衝撃を受けた。
蘭がここに来た時も、その圧倒的温もりに驚いたんじゃよ」
和尚も強く言った、カスミは強い眼差しのまま頷いた。
「人が出会うのには意味がある、それが最も大切なものじゃよ」と優しく言って。
「この小僧はそれだけはわかっちょる」と私を見た。
「豊の弟じゃかい、豊が唯一認めた奴やかい分かるよな?」と私に問いかけた。
『博多ラーメンがどうしても、食べたくなった』とカスミを見て言った、自然に笑顔になった。
「しょーがないな、美味しいとこ知ってるから」とカスミも笑顔になった。
和尚に礼を言って、カスミの手を繋ぎ車に向かった。
振向くと、和尚が楠木の牛乳ビンの花を見ていた。
その萎れかけの花が勇気をくれた、未熟な私に。
カスミの目にはどこにも、迷いがなかった。
「お店行って、マダムに言ったら次の便に乗るよ」と私に微笑んだ。
『俺、飛行機乗るの初めてや』と笑顔で返した。
「乗せてやるんや、離れるなよ。そして必ず連れて帰れよ、蘭姉さんの所まで」と前を見ながら言った。
『絶対離れないよ、お礼が欲しいから』と笑顔で返した。
「お礼で死ぬなよ」と言いながら橘通りを左折した。
TVルームにはマダムと、ユリさんとハルカがいた。
「マダムすいません、今から博多に帰ってきたいので。今夜は遅れます」とカスミは頭を下げた。
「必ず帰ってくるな」とマダムはカスミを見た。
「約束します」とカスミは強い目で誓った、私が自分もと言おうとすると。
「辛子明太子を博多まで買いに行ってきてくり」と笑顔で私に言って、マダムは財布から5万円を出した。
『しょーがないな、行ってきてやるか~』と金を受け取り笑顔で返した。
「つりは返せよ」とマダムは微笑んだ。
マダムとユリさんとハルカの笑顔に見送られ、靴屋に向かった。
蘭にカスミが話をした、私は蘭を見ていた。
『お土産何がいい?』と話しが終わった蘭に言った。
「カスミ」と蘭が微笑んだ。
『OK必ずそれを持って帰る』と笑顔で返した。
「それと生意気な家出中学生、それがいないと眠れないから」と蘭が満開笑顔で言った。
『大丈夫、多分その粋な家出少年も、蘭の側じゃないと眠れないから』と笑顔で蘭を見ていた。
「さっ、早く行っといで」と蘭が笑顔で送り出した。
蘭はカスミを見ていた、優しい目で応援していた・・踏出した者を。
スバル360はその空色のボディーが、同化するような空の下を、トコトコと走っていた。
前を見て運転する女性は、輝きを連れている、発散する物は無い。
目の前をYS11が空から降りてきた、入道雲の上から帰還した。
「宮崎が好き、マダムも・ユリさんも・蘭姉さんも・ハルカもみ~んな大好き」
カスミはそう叫んで、私を見た。
「ありがとう」と微笑んだ、その背景は揺れていなかった・・・。