【冬物語第六章・・無限のリング⑦】
標高の高さだけを演出する、雲海の中に立つ石柱。
雲は重く垂れ込んでいたが、風は強く吹いていた。
半径が3m程の円形が演出する、別世界の頂に美由紀は倒れていた。
美由紀の前髪を揺らす風の強さが、標高の高さを物語っていた。
私は映像では美由紀を見ていたが、耳では久美子の鼻歌を聴いていた。
美由紀から久美子に視線を移すと、久美子は集中して鼻歌を歌っていた。
「距離6200m、到達まで15秒」とアンナの声が響いた。
「猫ふ~んじゃった~・・猫ふ~んじゃ~った~」と久美子はリズムを探していた。
「カウントダウン・・10・・9・・8」とアンナの声が響いた。
「猫ふ~んじゃった~~」と久美子は伸ばしてタイミングを合わせた。
「3・・2・・1・・0」とアンナが言って、一瞬の静寂の後。
《ドン》と久美子のライフルから音がした。
久美子はライフルのスコープを覗いていた、女性達はモニターのカプセルを見ていた。
3秒程だったのであろう、しかし長い時間に感じた。
《外したか!》と私が思った次の瞬間に、マチルダの透明のカプセルの開放ボタンが吹き飛んだ。
カプセルは2つに割れて、マチルダが空に投げ出された。
マチルダは意識を取り戻さなかったが、パラシュートは自動で開いた。
「うし・・さすが久美子、これで心おきなくやれるな」とカスミが二ヤで言って。
「やっちまうかね、金色のサルを」とリョウが魔性二ヤで言って。
「数は15体だから、3方向に広がろう・・後ろにも任せるよ」とホノカが二ヤで返した。
銀河の3人は3方に広がり、金のサルボーグに近づいていた。
金のサルボーグは整列したままで、壊れたように動かなかった。
「りり~・・ふ~」と言ったマリアの声が響いた。
マリアはリリーの場所に到着した、フーがマリアに抱きついた。
マリアはフーを抱きしめて、リリーの膝に飛び乗った。
「マリア・・お迎えに来てくれたの、ありがとう」とリリーが笑顔で言った。
「あい・・りり~」とマリアは天使全開で返して、手枷のリングを触った。
「フーでも無理なの」とリリーがウルで言った。
マリアは手枷のリングから手を離し、フーをリリーの膝に乗せた。
そして椅子の後ろに回り込み、椅子ごとリリーを持ち上げた。
そしてそのまま飛び上がり、地上を目指して飛んでいた。
「やはり・・この壁の中に入りますね」と蘭が夜空を見上げて言った。
「マチルダ・・意識が無いよね?」とナギサも夜空を見上げて返した。
マチルダはぐったりとしたまま、パラシュートに吊られて降りてきていた。
その方向は高いコンクリートの壁が囲む、円形の空間に向かっていた。
「全員でマチルダをスパイカメラの銃で狙って、壁の中での状況が知りたいから」とユリさんが言った。
「了解」と5人が慌ててスパイカメラの銃を準備した。
マチルダは肉眼ではっきり見える位置まで降りていた。
《パン・パン》と何発もの乾いた銃声が響いた。
マチルダの体は、ゆっくりと壁の中に消えて行った。
「速い!」と叫んだカスミの声で視線を移した。
カスミとリョウの方向に、金のサルボーグが走っていた。
その速度は銀のサルボーグよりもかなり速く、カスミとリョウは3体に囲まれた。
カスミが攻撃しようとしたが、体が動かなかった。
「何?・・動けない」とカスミが叫んだ。
「私もだよ・・全てが停止した、首しか動かない・・言葉しか出せない」とホノカが言って。
「あの時と同じだ・・マキ物語の時と」とリョウが返した。
その時、湖の中心から巨大なモニターが現れた。
女性達は身動き出来ずに、そのモニターを見た。
映画館のスクリーン程の大きさのモニターに光が入った。
映像がゆっくりと浮かび上がった、その映像は倒れている美由紀だった。
オババのリビングのモニターにも、女性達の見るモニターにも同じ映像が映った。
「美由紀!」と女性達が叫んだ。
《お前達が望んだ、絶望を見せてやる》と姿無き男の声が天空から響いた。
「あれが絶望の淵なの?」と秀美がマサル君に聞いた。
「そうなんだろうね、美由紀は辿り着いたんだね」とマサル君が笑顔で返した。
美由紀は風に前髪を揺らして、深い眠りに落ちてる様に動かなかった。
石柱の周りの雲はゆっくりと動いていた、石柱の頂上以外は雲に蔽われていた。
「あの場所は・・相当に高いね?」とマキがシズカに言った。
「そう見せられてるね・・美由紀が起きないと、どうにもならないよ」とシズカが返した。
その時、映像から声が聞こえた。
美由紀に優しく囁くような、女性の声が聞こえた。
「ミユキ・・オキナサイ」と女性の声は優しく囁いていた。
《ダメだぞ・・その場所に入るのは、契約違反だ》と動揺した姿無き男の声が響いた。
「黙ってて、あなたでもあの場所には入れないでしょ・・あの場所はあなたが入れない、開放の場所なんだから」と女性の声が強く返した。
「開放の場所?」とユリカがモニターを見て呟いた。
「ヒトミの声じゃないですね、誰だろう?」とヨーコもモニターを見ながら返した。
「う~ん」と言いながら、美由紀は寝返りをうった。
その行動で目を開いて、ハッとして上半身を起こした。
「雲?」と美由紀は呟いて、目の前を取り囲む雲を見ていた。
美由紀は思考がまだ立ち上がらないのか、雲を見て動かなかった。
「おはよう、美由紀」と女性の声が響いた。
「おはよう・・まさか!・・辿り着いたの」と美由紀は叫んで立ち上がった。
美由紀は円形の石柱の端まで歩き、下を覗いた。
雲海で遮られて何も見えなかった、美由紀は声の響いた方向を二ヤで見た。
「絶望の淵ですね?・・カリーさん・・片言の日本語で分かりましたよ」と美由紀は二ヤ継続で言った。
「さすが、美由紀ですね・・正解です・・まだ日本語設定に慣れなくて」と女性の声が弾んだ感じで返した。
「カリーなんだ!」と北斗が叫んだ。
「今回のヒトミの秘密兵器は、カリーなんだね」とリアンが笑顔で言った。
「美由紀・・距離を測って、そうしないと次が難しいよ・・雲を蹴散らして」とカリーの声が響いた。
「了解です・・やってみます、待ってて下さいね」と美由紀は笑顔で返して、倒れている車椅子を起こした。
美由紀は車椅子に座って、レバーを操作していた。
「やっぱりね・・ここでは飛べないね~」と美由紀は二ヤで独り言を言って、車椅子を降りた。
「さてと・・雲を蹴散らす方法は・・ジャジャ~ン・・空飛ぶお掃除ロボット、モグモグⅡ」と美由紀は二ヤ二ヤで言った。
「あ~・・美由紀、私の決め台詞よ~」とヨーコがウルで言って、女性達は二ヤを出した。
美由紀の手にはビーチで遊ぶ、空気の抜けたビニール製の玩具のような塊が握られていた。
美由紀は空気の送入口に車椅子から伸びる管を差し込んで、車椅子のスイッチを押した。
ガスが送り込まれてるようで、ビニールは膨らみながら浮かんでいた。
その巨大な形は、ジンベイザメのような姿で現れた。
美由紀はニヤニヤでそれを見ながら、ガスを送り込んでいた。
「エースはやっぱり美由紀をひいきしてる・・準備万端だね~」とセリカが二ヤで言って。
「モグモグをビニール製にするとは、考えたね~」とカレンが二ヤで言って。
「それにガスまで準備してました~・・今回は完璧に準備してます~」とシオンがニコちゃんで返した。
「よし・・良いね、モグモグⅡ・・雲を吸い込んでね、よろしくね」と美由紀は笑顔で言って、モグモグを放した。
モグモグは漂うように浮きながら、雲を吸い込んでいた。
美由紀は笑顔でモグモグを見ながら、車椅子の下部のBOXを開けて準備をしていた。
「秘密のBOXを開けたね・・楽しみだね~」と大ママが笑顔で言って。
「秘密だって、美由紀は誰にも言いませんでしたよね」とサクラさんも笑顔で言って。
「エースと美由紀の準備ですから、奇想天外な物が出そうですね~」とアイさんも笑顔で返した。
「マリはあのBOXの中身を知ってるの?」と律子が二ヤで聞いた。
「知りません、想定も出来ません・・小僧も美由紀も隠してました。
私にもルミにも、ユリカ姉さんにも隠しました・・ニヤニヤで。
私は小僧から、モグモグの改良をしたと聞いただけです。
まさかビニール製にしたなんて、想定できませんでしたよ」
マリは笑顔で返した、女性達のワクワク笑顔が出ていた。
美由紀はレーダーとモニターを出した、そして車椅子に装備されているカメラの録画ボタンを押した。
雲はかなり晴れていた、モグモグは動きながら雲を吸い込んでいた。
美由紀は小さな発射台を出して、小さなロケットを乗せた。
そして懐中電灯のような物を持って、円形の端に歩いた。
美由紀は振り返り車椅子を見た、カメラ目線でポーズをとった。
「それでは説明しよう、これが異次元の距離の測り方だ」と美由紀はアニメの声優ような声で言った。
「このロケットは、対岸の端に落ちる設定になっている。
ロケット自体でも距離を計測するが、それを鵜呑みに出来ない。
奴は卑怯者だから、罠を仕掛ける馬鹿者だからね。
このロケットは対岸に鏡を出す、私はこちらからその鏡に光を当てる。
この計測ライトは、光を発した時間と返って来た時間を計測出来る。
この計測ライトの光は、赤外線のように1直線に飛ぶ。
1000分の1秒の単位まで計測できる、光の速度は常に一定である。
それがどんな空間でも変わらない、それが自然界の掟だと信じてる。
距離は時で測るんだ、異次元の空間の距離は・・光の速度で測る。
それが小僧と私が考えた、あの偉大なる男の伝言の解釈だ。
E=mc2乗・・親愛なるアインシュタイン様、それで良いですね?
あなたが計測したかった、その場所に私は辿り着きました。
次元が違うと思わせる場所に、宇宙の質量を感じる場所に。
あなたの出した問題に挑戦します、あなたが名言として残した問題に。
私の解答を出しますね・・空間は長さで測るのではない、光で測るんだ。
物理的な距離など、たかだかリアルの地球での事ですよね。
私は挑戦します・・カリーの言った、空間の距離の測定に」
美由紀は最後にカメラ目線で笑顔で言って、そして振り向いた。
美由紀の視線の先に、広大な台地が見えていた。
その大地には草原が広がり、鮮やかな色彩の花が一面に咲いていた。
その草原にブロンドの少女が笑顔で立っていた、美由紀も笑顔になって手を振った。
ブロンドの少女も笑顔で手を振った、美由紀は笑顔で頷いて小型ロケットまで戻った。
「やれ、美由紀・・それで良いんだ、それこそが空間の測定方法だよ」とマサル君が笑顔で言って。
「又もや新解釈できたね、あの2人は常識を無視して考える。
E=mc2乗・・特殊相対性理論を逸脱して準備したね。
対岸でアインシュタインが、舌を出して笑ってるぞ。
やれ、美由紀・・アインシュタインの笑顔に撃ち込め」
シズカは嬉しそうな笑顔で言った、マキも笑顔でモニターを見ていた。
「次元が違うとか、別世界だとか・・演出だろ・・洗脳だろ。
お前はヒトミにもやったんだよな、演出的な悪意の映像で迫った。
全ての人間にも演出的な効果映像を見せてるんだろ、そして洗脳してるんだろ。
理解できない世界で結構だよ、でもね・・恐れたりしない。
お前の植え付けた恐怖を、私は完全に外したんだから。
お前の考える恐怖って、結局死ぬ事なんだろ・・愚かな奴だよ。
私はそんな事には恐怖を感じない、私の持つ恐怖はそれじゃない。
こんな崖・・必ず越えてみせる、絶対に由美子が超える。
お前は対岸で見てろよ・・そして泣けよ、由美子が渡るからね。
私は演出には負けないよ・・そんなものを出しても無駄だよ」
美由紀は前を睨みながら、強く言葉にした。
美由紀の目の前には巨大な金の竜が、体をくねらせながら昇ってきた。
金の竜は美由紀のいる円形の空間を、取り囲むように体を巻いた。
美由紀は二ヤで巨大な竜を見ていた、迷いの無い美由紀の瞳だった。
「邪魔するなよ、金竜・・お前は守る存在じゃない、この場所に守るものなど存在しない」と美由紀は二ヤで静かに言った。
竜は巨大な顔を美由紀に向けた、その瞳は真赤に発光していた。
美由紀は立ち上がり、笑顔で竜の顔に近づいた。
「お前・・使者なんだね・・やるよ・・挑戦を受けるよ」と美由紀は竜に二ヤで言った。
「飛び石が有る、見えないが有る・・あの空間まで続いてる、暗黒の空間を理解しなければ・・距離は測れない」と竜が美由紀に言った。
美由紀は竜の視線を追って振り向いた、その場所に黒い渦が出現していた。
「OK・・体をどけな、飛び石を渡るから」と美由紀は竜に二ヤで返した。
竜は体をくねらせて、暗黒の渦の方向を空けた。
「見えない飛び石を渡るの・・空の上の飛び石を」と幸子が呟いて。
「少しでも恐怖を感じたり、自分に対して不安があれば・・落ちるよ」とフネが言って。
「暗黒の空間に有るんだね、次元が違うと感じさせる何かが」と律子が二ヤで言った。
竜は草原の方向を睨んでいた、崇高な感じのする竜の顔だった。
「お前はここには出れない、出たら処罰する」と竜が対岸の草原に向かって強く言った。
カリーは二ヤで空を見ていた、美由紀は振り向いてカリーの二ヤを見ていた。
「竜が言ってるんだ・・処罰されるよ~」とカリーが空に二ヤで叫んだ。
美由紀はその声を聞いて、暗黒の渦の方向に体を向けた。
「奴が焦ってるね、使者の登場で」とユリカが二ヤで言った。
「美由紀が飛び石を渡れれば、何かが有るんですね」とヨーコが笑顔で返した。
「ルミちゃんの試験で私は調べたんだ、竜虎の意味を探した。
竜は伝説上の動物だけど、夢で見たという話が古い昔からある。
竜こそが使者なんだよね・・天に昇天する竜こそが・・人間の憧れ。
自由の象徴であり、強さの象徴なんだよね。
偶像でない存在なんだよね・・ありあとう、金竜。
必ず探し出すよ・・この世界の矛盾を、あの黒い渦に向かう途中で」
美由紀は前を見ながら呟いて、円形の先端で止まった。
「竜・・有るんだよね、飛び石は」と美由紀が前を見て呟いた。
美由紀の体は円形の頂上の端に立っていた、下の雲海は消えていたが地上は見えなかった。
穏やかな風が吹いていて、美由紀の髪を揺らしていた。
「有る・・見えないが有るんだ、なぜ見えないのか・・そしてなぜ見えるのか」と竜は強く返した。
「竜にしては優しいね・・行って来るよ」と美由紀は前を見て笑顔で言って、1歩目を踏み出した。
美由紀の右足は空中に投げ出されたが、空中で止まっていた。
美由紀は下を見て二ヤ二ヤになった、そしてスタスタと歩き出した。
「飛び石は有るんだよ、私の足が踏む場所に・・自分で確定すれば出る、これぞ未踏への道」と美由紀は笑顔で言って、小走りになった。
「走るのか!・・美由紀、お前は凄いよ」と大ママが笑顔で言って。
「自分で確定すれば、その場所に出る・・そうなんだよ、美由紀」とフネが笑顔で言って。
「美由紀の4年間の戦いを、誰も理解する事は出来ない。
両足が短い現実と戦った、壮絶な4年間じゃった。
小僧は心を鬼にして、美由紀の覚醒を煽り続けた。
美由紀は1人で何度も泣いたんだろう、現実を何度も突き付けられて。
それを全て1人で乗り越えてきた、現実と向き合い続けてきた。
心にヒトミを背負って、カリーの伝言を追い続けてきたんじゃ。
奴などに手出しは出来ない、美由紀は自分で別世界を作り出している。
美由紀の心が揺れる事は無い・・美由紀はとうに辿り着いている。
精神の頂に辿り着いている・・高さなどに恐怖など持つものか」
和尚は笑顔で強く言った、女性達は笑顔で頷いた。
美由紀は楽しそうだった、空の上を走っていた。
リアルでは絶対に走る事が出来ない美由紀だから、走れる事に喜びを感じていた。
美由紀は黒い渦の手前で止まった、風が強く渦の中に流れ込んでいた。
美由紀は渦の引き込む力を感じながら、渦の中を見ていた。
そじてゆっくりと振り向いて、嬉しそうな笑顔になった。
「しまった・・ここから見る映像が残せない」と美由紀はウルで言って考えた。
そして最強ニヤニヤを出して、スパイカメラの銃を抜いた。
その銃で自分の足を撃って、全開ニヤニヤを出していた。
「説明しよう・・黒い渦には意味は無い、振り向いたこの光景に意味があった」と美由紀は声優口調で言った。
その言葉に呼応して、映像が美由紀の視線になった。
美由紀の視線の映像は、石柱の先に草原が見えていた。
その草原は間逆の世界だった、草原が逆方向で空に浮いていた。
「間逆の空!」とシズカが叫んだ。
「奴は応用が利かない、経験で知り得た情報しか持たない・・この世界を神殿の入口に使ったんだ」とセリカが二ヤで言って。
「あの石柱の場所が逆の世界なんだね、だから下は無限に広がる感じなんだ・・空であり、宇宙なんだね~」と千春が笑顔で言って。
「そのねじれた世界を測り、そして橋を架けるんだね」とミコトが二ヤで言った。
「金竜・・石柱が入口で間逆の世界だね、それは契約なの?」と美由紀は石柱に戻りながら二ヤで言った。
「契約?・・そんな表現では無い、この世界の何事も人間の常識で捉えるな・・お前の事故は契約だったのか?」と竜が返した。
「あれは契約じゃないよね、ただの事故だったよ」と美由紀は真顔で返した。
「事故という感覚も、人間の知能が作り出した事象・・動物達ならどう思うか?」と竜が返した。
美由紀は真顔で石柱に向かい、空の上を歩いていた。
「運命・・いや、それが自分の時間だと感じる」と美由紀は真顔で返した。
「そこだよ・・そこが人間の間違いだよ・・それこそが、罰なんだよ・・美由紀、期待している」と竜は言って上空を目指した。
「竜・・上に飛ぶのか!・・逆じゃないのか~?」と美由紀が竜を見上げて叫んだ。
「感覚を捨てろ、美由紀・・そうすれば、知能でない部分で感じる・・お前に出会えて嬉しかった」と竜が言って、美由紀の見上げる空に舞い上がった。
「やってみるよ、金竜・・感覚を捨ててみるよ・・ありがとう、私も嬉しかった」と美由紀は空に向かって叫んだ。
美由紀は石柱の頂上に戻り、草原のカリーを見ていた。
石柱から見る草原は、同じ世界で見えていた。
カリーは笑顔で美由紀を見て頷いた、美由紀も二ヤになって頷いた。
「小僧・・お前は凄いよ、発炎筒が必要になったぞ」と美由紀は二ヤで言って、秘密のBOXから発炎筒を出した。
その発炎筒を小型ロケットに装着して、発炎筒に火を点けた。
美由紀は発炎筒から立ち上る、白い煙を確認して車椅子に戻った。
美由紀は車椅子のカメラの位置を調整して、二ヤでロケットの発射ボタンを押した。
ロケットは白煙の尾を引いて、草原に向かって飛んだ。
石柱と草原の大地の中間地点で、白煙が大きく曲線を描いた。
「空間はひねりじゃない、螺旋の配列」と言った美由紀の声が響いた。
白煙は螺旋状に回転しながら、草原の先端に着弾した。
着弾した位置に、大きな鏡が現れた。
発炎筒の煙の帯は、大きな螺旋運動を描いたまま残っていた。
「確かに螺旋状だね」と律子が真顔で言った。
「アンナ、録画は出来てる?」と大ママが聞いた。
「はい・・バカな奴が見せてくれたから、録画が出来ました」とアンナが笑顔で返した。
「問題は光の進行方向だよ、美由紀」とマサル君が強く言った。
美由紀は懐中電灯を持ち、石柱の中心点だろう位置に立った。
振り向いて車椅子のカメラの位置を確認して、美由紀はスコープをかけた。
スコープで鏡を確認して、懐中電灯の明かりを点けた。
「光は直線で走った!」と沙織が叫んで、女性達は集中の中で頷いた。
螺旋の渦を巻く白煙の中心を、1直線に光が走っていた。
美由紀は鏡に反射した光を確認して、懐中電灯の文字盤を確認した。
「マサル君とシズカ先輩に、お土産が出来ました~」と美由紀は二ヤで言って、カリーに視線を向けた。
カリーは嬉しそうな笑顔で手を振っていた、美由紀も笑顔で両手を振った。
《美由紀・・その映像も計測結果も、持って帰る事は出来ない》と姿無き男の声が響いた。
「まだ居たのか、臆病者・・金竜に怒られてウルしてたろ。
分かってるよ・・この出口の黒い渦を抜けると、表現できなくなるんだよな。
言葉でも出せなくなるんだから、映像なんて持って帰れないよね。
そんな事は想定してたさ、4年も時間が有ったんだからね。
カリーの伝言で想定してたよ、だから私は黒い渦から帰らない。
ここから飛び降りるよ・・強制的に元の世界に帰るよ。
さようなら、臆病者・・早く羅針盤に行けよ・・行って恥をかいて来い」
美由紀はそう空に叫んで、車椅子を持って石柱の先端まで歩いた。
《待て美由紀、お前の勇気に感動した・・映像は持って帰らせてやる》と姿無き男が返した。
美由紀はその声を聞いて、ニヤニヤを発動した。
「お前は本当に応用の利かない奴だな、そんなに重要なのか・・飛び降りるのが」と美由紀は二ヤ継続で返した。
《そうじゃない・・お前の勇気に免じて、映像を持ち帰らせるんだ》と姿無き男が返した。
「お前のプレゼントなど受け取らない、交渉するなら今しかないよ・・交換条件を出しな」と美由紀は二ヤが止まらずに返した。
《交渉などする事は・・私には何も無い》と姿無き男が返してきた。
「強がっちゃって・・良いよ、私も交渉など受ける気は無かったから」と美由紀は二ヤで返して、車椅子に座った。
美由紀は4点式のシートベルトで体を縛り、準備を整えてカリーを見た。
「カリーさん、ありがと~・・又会いましょう」と美由紀は笑顔で叫んだ。
「ありがとう、美由紀~・・そこから飛び降りるなんて、私には考えもつかなかったよ~」とカリーも笑顔で叫んだ。
「お馬鹿な美由紀は飛び降ります、必ず映像を持って帰りま~す」と美由紀は笑顔で返して、石柱から飛び降りた。
美由紀は重力に逆らうように急上昇していた、映像はニヤニヤ顔の美由紀を映していた。
そして美由紀の周りが段々と暗くなり、映像は強引な感じで消された。
オババのリビングのモニターにも、美由紀の映像は出ていなかった。
「OK、さすが美由紀だね・・もう良いだろう・・この世界を動かして」とユリカが二ヤで叫んだ。
「羅針盤の勝負をしよう、由美子の言葉の羅針盤の」とリアンが二ヤで叫んだ。
「まだだよ・・奴が自分で設定したんだ、美由紀がどこに帰るのかまでが設定だよ」とオババが二ヤで言った。
その瞬間に大型モニターにも、オババのリビングのモニターにも映像が映った。
美しい草原の中に青い湖があり、その湖に落下の衝撃を示す水柱が上がった。
女性達は沈黙して見ていた、美由紀は二ヤ顔で車椅子に乗ったまま浮かび上がった。
「上が下で、下が上で・・落下したのは、草原の湖なのか~」と美由紀は車椅子をチェックしながら言った。
「ここは見た事があるね~・・どこの草原だっけ」と美由紀はそう呟いて、車椅子で飛び上がった。
美由紀のスパイカメラの映す草原を見て、私はその場所に気づいた。
「由美子ちゃんの絵の世界に続いてましたね~」とミサが笑顔で言って。
「上に落ちたね・・落ちるって言うのかな~」とレイカが笑顔で返した。
女性達はハッとして映像を見直し、その場所に気付いて笑顔が溢れた。
「沙紀が描いた由美子の絵の草原だ!・・て事は・・あの森だね」と言って美由紀は飛び立った。
美由紀は森の中を低空で飛んでいた、そして大きな木の根元にある開いた扉を見つけた。
「有った!・・あれだ」と美由紀は叫んで、低空飛行のまま扉に入った。
美由紀が扉を抜けると、そこも深い森だった。
美由紀は低空で木をよけながら、全速で飛んでいた。
美由紀は確信していた、森を抜けるとあれが見えると。
突然のように森を抜けた、美由紀はそこで止まって見ていた。
アントワープの聖母大聖堂が、美由紀の前に圧倒的な存在感で建っていた。
「そうだったのか・・空間は全て繋がってる、壁を作ってるのは・・人間なんだね、オババ」と美由紀は大聖堂を見ながら笑顔で言った。
「お見事、美由紀・・完璧な突破口が見えたよ」とユリカが最強爽やか笑顔で言って。
「ヒトミとの1つ目の約束を果たしたね、良く頑張ったね・・美由紀」と恭子が笑顔で言って。
「ヒトミが絶対に笑顔で見てるよ・・親友の美由紀を」と沙織が潤む瞳で呟いた。
女性達は優しい笑顔で美由紀を見ていた、美由紀は喜びの笑顔で大聖堂を見ていた。
「沙紀は繋げたんだね、私達がイメージ出来るように・・凄いよ、沙紀」と美由紀は言って、空高く舞い上がった、沙紀は喜びの笑顔でモニターを見ていた。
美由紀はアントワープの町を眼下に見ながら、快晴の空を飛んでいた。
港には大きな帆船が停泊していた、美由紀がその帆船を見ると。
甲板をデッキブラシで掃除している、アルコの笑顔が見えた。
アルコの肩には小猿のアメジオが乗っていて、元気そうな瞳でアルコを見ていた。
「アルコ・・帆船に乗れたんだね・・頑張れよ、アルコ」と美由紀は笑顔で呟いた。
アルコは掃除の手を休めて、甲板から海を見ていた。
アフロを探すように、美由紀の幻影を追うように。
「それでは、30秒後に動き出す・・羅針盤の決戦を再開する」とオババが強く言った。
「了解・・待ちくたびれたよ」とユリカが爽やか二ヤで返した。
「美由紀、寄り道するなよ・・待ち遠しいから」とシズカは美由紀の映像に二ヤで言った。
美由紀は笑顔で虹の池の住人達に挨拶をして、ラシカルに見送られて高原を目指した。
美由紀は丸太小屋の前の木陰で止まった、ウララが歩く練習をしていた。
その光景をミロがスケッチしていた、楽しそうなウララの笑顔を美由紀は見ていた。
美由紀が辿り着いた世界を見て、私は本当に嬉しかった。
大切なカリーの伝言の場所を確認できて、リアルにイメージとして持てた。
そしてその侵入方法の突破口が見えて、心は震えていた。
私は美由紀を見ていた、精神の巨大な壁を乗り越えた少女を・・。