【冬物語第六章・・未踏の舞台⑪】
湿度の高い密林に、獣道が縦横無尽に走っていた。
視界は高い木々で遮られ、足元も緑で隠されていた。
ハチ公は敏感度を上げて、マリアを抱いてゆっくりと進んでいた。
その横に緊張感を持たないフーが、楽しそうに歩いていた。
「確かに蒸し暑いね・・奴は気温も湿度も調整できるね~」とリアンが笑顔で言って。
「実際には体力を奪われてないのに、奪われる感じがしますよね・・記憶ですかね~」とネネが返して。
「脳がそう伝えてくるんだよね、この環境なら疲労するぞって」と小夜子が二ヤで言った。
「確かに苦しいですね・・五感が感じてるし、記憶がずっと伝えて来るから」と幸子が本部でモニターを見ながら呟いた。
「汗は出ないけど、辛いですよね・・体は反応してしまうから」とシズカも真顔で返した。
「問題は緊張感を経験して、それが緩和された時だね・・疲労を感じるだろうね」と本部の律子が言って。
「そうですね、緊張感の中では環境を忘れます・・それが緩和されると、環境による疲労が襲ってくる」とユリさんが真顔で返した。
「緊張と緩和が交互に、それも連続で来る・・それが奴の最大の武器だね」とフネが言って。
「精神力の勝負ですね、実際に体力は奪われていないなら」とミチルがモニターを見ながら言った。
「ユリカとリアンは当然大丈夫だろう、ネネも小夜子も四季も問題ない。
美由紀とハチ公は別ものだし、マリアとフーは別世界にいる。
ミサキとハルカは体力には自信がある、なんせ裏方を1年以上やったから。
睡眠不足で働いた経験が、あの2人には有るからね。
レンとケイコも体力面の不安は無いだろう、裏方を経験してるから。
そして沙織と秀美は現役の中学生だから、問題ないだろう。
問題はホノカとセリカにツインズ、体力的に未知数だからね。
この4人が自分の中で、体力的な不安を持ってるなら危険だよ。
幸子の最初の仕事だよ、この環境対策がね」
大ママは二ヤで言った、幸子が二ヤで頷いた。
「ミチルママ・・ホノカはどうでしょう?」と幸子が真顔で聞いた。
「ホノカは大丈夫だよ、乱れたり崩れたりしない。
どんな状況でも、自分を客観的に分析できる。
俯瞰で自分の後姿を見れるから、体力を奪われてる作為など通用しないよ」
ミチルは笑顔で返した、幸子も笑顔で頷いた。
「千鶴姉さん・・セリカはどうですか?・・私はセリカだけ、まだ一緒に仕事をしてないんです」と幸子が真顔で聞いた、本部のメンバーも千鶴を真顔で見た。
大御所達もセリカには不安があったのだろう、自傷行為に走っていたセリカだから。
私もセリカに対する不安は有った、千鶴はそれを感じて笑顔で返した。
2班の女性達も集まって、千鶴の言葉を待った。
「セリカも大丈夫でしょう、セリカの好奇心はエースと同じです。
常に楽しい事を追いかける、どんな状況でもそれを探す。
半年前まで、セリカはその心を自分で抑えていた・・必死に抑えていましたね。
それは幼少期の経験・・楽しい事の後に、淋しさが襲って来たからです。
だからセリカは楽しみを追わなかった、後に来る淋しさに耐えられないから。
実はセリカは家庭的には恵まれています、経済的な部分では恵まれていた。
父は実業家で、母もその会社の役員です、セリカは家政婦さんに育てられた。
セリカの幼少期の、父と母との思い出は・・数回の旅行だけなんです。
参観日も運動会も、父親はもちろん・・母親も少し顔を出すだけだった。
セリカは両親に振り向いて欲しくて、完璧な子供を目指す。
勉強に取り組み、成績も常にトップクラス・・高校はシズカの先輩です。
何の問題も起こさない、理想的な子供を作り出した・・そう作ったのです。
セリカは自分を全て殺していた、ただ両親に振り向いて欲しくて。
でも・・両親は振り向かなかった、それが普通の子供だと思っていた。
セリカは高校で変わります・・成績の優秀な生徒の集団の中で爆発する。
刺激の無い学校と、孤独になる家庭で爆発する。
セリカは他校の不良達と仲良くなり、無為な遊びで心を誤魔化す。
最終手段に出たのです・・セリカは両親を振り向かす、最後の一手を使った。
心配させて振り向かせる・・その行動に出て、絶望してしまう。
両親は気付かなかったのです・・セリカの変化にすら気付かなかった。
それでセリカは絶望し、全てを投げ出す・・17歳で孤独感に支配される。
高校を何とか卒業したセリカは、抜け殻だったのでしょう。
家出をして夜街を彷徨って、求人広告を見てピーチに行こうとしていた。
ピーチに向かうセリカを、佐々木の爺ちゃんが声をかけたんです。
そして私の所に引っ張って来てくれた、私は出会った瞬間に感じました。
この店の中心になる子だと、夜街のトップを狙える子だと感じた。
セリカを雇い入れ、その深い悩みに触れて・・私は何も出来なかった。
何かを提案したり、アドバイスするのが怖かったんです。
セリカの行為に恐怖を感じていました、セリカ自信が克服するしかない。
そう自分に言い聞かせてました・・向き合ってなかったですね。
エースは最初に、セリカに防護服を脱げと強く言った。
衝動は自分で戦って抑えて、先に防護服を脱げと迫ったんです。
傷つく事を恐れるな、衝動の正体はそれじゃない・・そう強く言った。
セリカにとってはエースとの約束は絶対でした、それを守り抜いた。
エースはセリカの防護服を脱がせ、ユリカ姉さんの揺り篭に入れた。
それで安定しました、元々死にたい訳じゃない・・振り向いて欲しい。
そんな甘えた感情でしたから、エースは厳しい試験で復活の道を示した。
そしてあの由美子の段階の時が来ます、セリカは完全に復活しました。
ヒトミが哲夫と由美子を抱いて、必死で空を目指した姿で覚醒した。
セリカの最も大きな心の変化は、美由紀と由美子とヒトミでしょうね。
美由紀に出会ってセリカは確信した、自分の愚かさを理解した。
そして由美子を感じて、自分の求めるものを探した・・それが重なった。
エースの心と重なったんです・・エースはそれを感じてますね。
だからエースは、今までのイメージの世界で、リョウとセリカに託している。
2人はそれに喜びに感じてる・・負けるはずがない、セリカは負けない。
脳の要求する衝動に向き合い、それを克服したセリカだから。
そして由美子の楽しい事が、自分の求める楽しみだと感じているから。
東京PGのフロアーリーダーという、明確な目標も持てたから。
そして何より・・高校の誇らしい後輩である、シズカに何かを伝えたいから。
今のセリカは揺れる事はないでしょう・・2度と負けないでしょう。
セリカは知っているから・・作為の意味を知っているから」
千鶴は大御所達を前に強く言葉にした、女性達に笑顔が咲いていた。
「なるほど、良く分かりました・・最後はユリ姉さんですね、ツインズはどうでしょう?」と幸子が笑顔で言った。
「まず・・ユメは全く問題ないでしょう、元々自分を持ってる子です。
ユメは本気で後悔してる、大切な時間を無駄にしたのを。
それを埋める方法も見つけました・・それが由美子の世界でしょうね。
ユメは由美子の為でなく、その頃の自分と向き合う為に全力を尽くす。
今は迷いの無い瞳をしています、主役すら狙っているでしょうね。
そしてウミが1番期待できますね、マリアと同じ班ですから。
ウミは子供に対して、真の意味での優しさを手に入れました。
エースが5人娘で覚醒した、ウミの後悔を狙い撃ちしました。
ウミは正義感の強い子です、だから由美子に対する悪意を許さないでしょう。
エースが今回コンビを重要視したのは、ツインズに期待してるからでしょうね。
もう主役になれる存在だと・・エースはそう言っているのでしょう。
今までどこかで自分を抑えていたツインズに、エースは何かを託しました。
ウミにはマリアでしょうが、ユメに何を託したのかは分かりません。
エースは2人にこう言いました・・銀河を超えろ、俺はその姿が見たい。
そう強く言いました・・2人は本当に嬉しそうな笑顔でした。
2人が目指した笑顔が出ていました・・もう2人は到達しています。
でもエースですから・・そんな段階で満足させない。
今回はツインズに期待してるでしょう、その時が来たと思ってるのでしょうね」
ユリさんは薔薇の笑顔で言った、女性達が笑顔で頷いた。
カスミとリョウが嬉しそうな笑顔だった、幸子はその笑顔を見ていた。
「余裕の笑顔じゃないね・・カスミ、リョウ」と幸子が二ヤで言った。
「ツインズを相手にして、余裕なんて無いですよ」とリョウが笑顔で言って。
「1+1=2だけじゃない、このエースの言葉に嘘は無いですよ・・私達3人と同じ場所にいます、ユメもウミも」とカスミが嬉しそうな笑顔で返した。
「良し・・指示を出そう、難しい指示をね」と幸子が二ヤで言って、モニターに視線を移した。
ハチ公は2個目の落とし穴の四方に、マサル君の用意した、発光する4本のポールを立てていた。
ポールは自動で光の帯で結ばれた、ハチ公はそれを見て歩き始めた。
「ツインズの2人・・子供達の熱帯雨林対策を考えて、現場にいる2人で」と幸子が二ヤで言った。
「了解です」とユメとウミが嬉しそうな笑顔で返した。
「良い案を考えてくれるでしょう・・問題は2班の子供達ですから」と幸子が二ヤで言って、女性達が二ヤで頷いた。
「アンナさん・・これをどう思いますか?」とレーダーを見ながらシズカが言った。
アンナはレーダーを覗き込んでいた、女性達がレーダーに集まって来た。
レーダーには女性達が歩いた右側の奥に、大きな黒い空間が出ていた。
「何も無い空間じゃないよね?・・空洞・・洞窟じゃないの?」とアンナが言った。
「洞窟ですか・・確かに意味深な空間ですね」とユリさんが言って。
「調査させよう・・今なら遠回りにならないから」と大ママが言って、女性達が頷いた。
「ハチ公・・今見てる方向から、右75度に向かって・・レーダーで見ると、黒い空間が有るから」と幸子が無線で言った。
「了解です・・右75度」とハチ公が返して、腕時計のレーダーを出した。
「確かに・・不気味な黒い空間だね~」と車椅子のレーダーを見てリアンが言った。
「黒が空洞を示してるのなら・・いつもの洞窟だよね~」とユリカが二ヤで返した。
「本当に応用の利かない奴だ・・洞窟には飽きたよ~」とホノカが二ヤで言って。
「でも・・最初に出るのは珍しいですね」とセリカが流星二ヤで返した。
「シズカの先輩、理数系のセリカ・・何か想定したね?」と千春が二ヤで言った。
「したよね~・・流星が流れたから」と美冬も二ヤで言った。
「シズカが腕時計の新しい装備に、深度計を追加したと言いましたよね。
それならば・・このレーダーは、深さを測れるようになったはず。
その新装備がレーダー画面にも影響を与えた、そう思うのが自然です。
黒い部分は周りよりも低い、黒の濃さが濃いほど深いんでしょね。
洞窟なのか・・楽しみですね~、低い位置なら意味が有りそうです。
そして罠も有りそうですね~・・行ってみましょう」
セリカは流星二ヤで言った、周りの女性達が二ヤで頷いた。
ハチ公はマリアを抱いて、フーを引き連れて歩き出した。
フーはずっとご機嫌だった、妖精達は中1トリオの肩に乗っていた。
ハチ公は慎重に歩を進めたが、その方向には罠は無かった。
その事実が逆に女性達を緊張させ、女性達は足元を気にしながら歩いていた。
かなりきつい傾斜を下って進むと、小川のせせらぎの音が響いてきた。
傾斜が下り終わると、深いジャングルが一気に消えて、緑の無い岩場が現れた。
ハチ公は岩場に入る前に止まり、全体的なチェックをしていた。
快晴の空の下に、川の流れる音がしていた。
「岩の場所は大丈夫だと思います・・あれが入口ですかね?」とハチ公がユリカに聞いた。
「そうだろうね・・大きな洞窟って感じだね」とユリカが二ヤで言って。
「鬼が出るか、蛇が出るか・・行ってみよう」とリアンがニヤで言って入口に向かった。
かなり高さのある絶壁の下に、半円状の空洞の入口が見えていた。
女性達は岩場を歩き入口の前で止まった、ハチ公は奥を覗いていた。
「中は風が冷たいし、水の流れる音がする・・これは洞窟というより、鍾乳洞かも」と千春が言って。
「鍾乳洞・・罠っぽいですね~」とユメが二ヤで返した。
「全員で入るのはよそう・・全滅を避けたいから、ユリカと四季と中1トリオとフーは残れ・・他のメンバーで入るよ」とリアンがユリカに二ヤで言った。
「了解・・任せるよ、映像は映るだろうから」とユリカが笑顔で返した。
洞窟突入の女性達が装備の確認と、照明装置を額に付けた。
ハチ公が先頭に立ち、リアンがマリアを抱いて横に立った。
「よし・・行くよ」とリアンが言って、ハチ公が頷いて洞窟に入って行った。
ユリカ達は車椅子のモニターを見ていた、無線は繋がらなかった。
洞窟内は天井から無数の尖った柱が降りていて、その下に清流が流れていた。
「やはり鍾乳洞ですね・・かなり大きな」と秀美がモニターを見て言って。
「演出としては、手が込んでるよね~」と沙織が二ヤで返した時に、視線の隅に動く物体を捕らえた。
沙織は慌てて動く物体を目で追ったが、そのスピードに付いて行けなかった。
「何かが来た!相当に早い・・隠れよう」と沙織が言って、全員が岩陰に隠れて辺りを見回した。
「シズカ・・映像は捉えた?」とミチルが聞いた。
「今、沙織のスコープ画像を巻き戻しています」とシズカがモニターを見ながら返した。
「モニターに巻き戻しの画面が出てます、本部の処理映像でしょう」と千春が小声で無線で言った。
鍾乳洞入口の8人が車椅子の周りに集まった、秀美と沙織だけ周りを見ていた。
「これですね・・サルボーグ」とシズカが二ヤで言った。
「早いね~・・スローに出来る?」とフネが映像を見ながら言った。
「はい・・メインモニターに、スロー画像を映します」とシズカが言って、2班の女性達がモニター前に集まった。
映像は岩場を走るサルボーグだった、手を地面に付けて反動を利用して走っていた。
走るという表現よりも、ジャンプを繰り返してるという感じだった。
その動きは目で追うのが精一杯で、女性達は緊張感が増した。
サルボーグは筋肉を表現する銀の金属で体を包み、胸に赤丸が存在していた。
顔も銀の金属で覆われていて、目だけが人工的な緑の光を発していた。
「1匹だね・・単独行動もするんだね~」とユリカが二ヤで言って。
「赤丸・・胸ですね、正面から狙わないといけない」と千秋が言って。
「あのスピードに正面から狙いを合わせる・・難しいよ~」と千夏が返した。
「オトリを出します・・フー隊長を」と美由紀が二ヤで言った、フーも二ヤで返した。
「そうしよう・・全員、スパイカメラの銃を準備して」とユリカが二ヤで言って。
「了解」と7人が二ヤで返した。
フーはトコトコと平坦な岩場の真中まで歩いて、そこで止まりチューブ型の蜂蜜を出した。
フーは二ヤ二ヤで、蜂蜜をチュパチュパと食べていた。
「来た!・・右側」と千春が叫んで、女性達がその方向を追った。
サルボーグが全速でフーに向かっていた、フーがその方向を見ると、目の前にサルボーグの姿が有った。
サルボーグはフーの3倍はある体格で、まっすぐにフーに向かって突進していた。
フーは二ヤでサルボーグを見ただけで、何もしなかった。
サルボーグも警戒して、何もせずにフーの横をすり抜けた・
「視覚か!・・映像で捉えてるのか?」と本部でミコトが呟いた。
「視覚ぽいね・・まっすぐに向かってきた」と千鶴も映像を見て呟いた。
「戻ってくるよ、フー」と美由紀が無線で言った、フーはそれでチュパチュパしながら振り向いた。
サルボーグは全速でフーに迫っていた、フーはサルボーグの動きを見ていた。
「フー・・サルボーグを何とか止めて、速度を落とさせて」とユリカが無線で言って、女性達が銃を構えた。
フーはサルボーグをお惚け顔で見ていた、サルボーグは攻撃的に迫っていた。
「体当たり!」と美冬が叫んだ時に、サルボーグとフーが交差した。
サルボーグはフーに当たらずに、横をすり抜けた感じだった。
フーはなぜかワナワナと震えていた、恐怖感というより怒りだと感じる震えだった。
フーは自分の指の無い右手を見ていた、そこにあるはずの蜂蜜のチューブが無くなっていた。
フーはゆっくりと振り向いて、サルボーグの去った方向を見た。
サルボーグは高い木の上で、蜂蜜のチューブを吸っていた。
「サイボーグのくせに、食べる事に興味があるのか~」と秀美が二ヤで言って。
「好奇心が攻撃よりも先に出る、1つ目の特徴だね~」と沙織が言って。
「フーを本気にさせて、バカな奴だよ・・フーの本気モードが炸裂する」と美由紀は二ヤで言って、立ち上がりフーに向かい歩き出した。
「美由紀・・気を付けろよ」とユリカが二ヤで美由紀に声をかけた。
「スパイカメラをよろしくです、動きを遅くしてみます」と美由紀は振り向いて二ヤで返した。
美由紀はサルボーグを睨んでいるフーに、優しい笑顔で近づいた。
「フー・・そんな顔をするなよ、子供達が見てるぞ」と美由紀はフーの頭に右手を乗せて優しく言った。
フーは笑顔に戻り、美由紀に両手を伸ばした。
「甘えん坊・・やりかえすぞ、フー」と美由紀はフーを抱き上げて小声の二ヤで言った、フーも二ヤで頷いた。
「さぁ・・おやつにしようね、フー」と美由紀は笑顔で大声で言って、レジャーシートを岩の上に敷いた。
そこにフーと2人で座り、車椅子から持ってきたフーのおやつを並べた。
そしてサルボーグを無視して、美味しそうに食べ始めた。
「さすが美由紀・・自分の考えに対して、何の躊躇も持たないね~」とモニターを見ながらシズカが二ヤで言った。
「ヨーコ・・美由紀に何か渡したでしょ?」とマキが二ヤで言った。
「小僧の依頼で、下ネタ銃を渡したよ」とヨーコが二ヤで言って。
「下ネタ銃の使い方・・楽しみだね~」と久美子が二ヤで返した。
美由紀は笑顔でフーを見ながら、右手にビスケットを持って、サルボーグの方向に手を上げていた。
人間なら罠だと思っただろう、しかしサルボーグはそう感じなかった。
サルボーグは美由紀の隙だと感じたのだろう、美由紀の右手のビスケットを見ていた。
サルボーグはフーが美味しそうに食べている、ビスケットしか見ていなかった。
「あの単純な罠にかかるかを、美由紀は調べたいんだね?」とミコトがシズカに言った。
「はい・・それと、視覚で相手を捉えているのかでしょうね」とシズカが二ヤで返した。
サルボーグは我慢できなくなったのだろう、木から飛び降りた。
美由紀は横目でそれを確認して、フーを見て微かに二ヤを出した。
「美由紀が何かやる・・狙いを定めよう」とユリカが言った。
「了解」と女性達が静かに言って、スパイカメラの銃で美由紀のビスケットに照準を合わせた。
サルボーグは岩場に降りるまでは警戒心があった、岩場に入って一気に加速した。
美由紀はその加速を感じて二ヤ全開になった、フーは右膝を立てて飛び出す準備をしていた。
サルボーグのスピードは増していた、美由紀は先に風を切る音を感じていた。
サルボーグ近づいてビスケットを奪い去るまでが、美由紀には一瞬の出来事だった。
美由紀はフーが飛び出すのを感じながら、その場で叫んだ。
「直径3m、大きくなれ」と美由紀はニヤニヤで叫んだ。
サルボーグは美由紀から20mは離れていた、その真後ろをフーが追いかけていた。
サルボーグの右手に握っているビスケットが、直径3mの巨大な物に変化した。
サルボーグはビスケットの重みでバランスを崩した、そして巨大化したビスケットを見た。
サルボーグは大きさが変化した事に驚き、全ての行動が止まった。
フーはサルボーグを二ヤで真後ろから見ていた、サルボーグはフーに気付いて振り向いた。
《パン、パン》と何発もの乾いた銃声の音が小さく響いた。
何発かサルボーグに命中したが、サルボーグはフーに気を取られて感じなかった。
フーはサルボーグの右足に抱きついて、全てのパワーを使って投げた。
サルボーグは5m程投げ飛ばされて、ゴロゴロと岩の上を転がった。
フーは二ヤでサルボーグを見ていた、サルボーグの瞳の色が黄色に変わっていた。
サルボーグはフーのパワーに驚いたのだろう、そのままジャングルに逃げて行った。
「OK、フー・・良くやった・・スパイカメラ装着完了だよ」とシズカが無線で言った。
フーは二ヤで返して、美由紀の元に歩いて戻った。
「しかし、美由紀もやるね~・・サルボーグの好奇心を感じて、瞬時にあの作戦を思いついた」と大ママが二ヤで言って。
「使用者の言葉で始動する、それがヨーコちゃんの道具でしたね」とユリさんが笑顔で言って。
「それも分かり易い罠で誘った、今のが大きなヒントですね・・1つ目の罠の検討に入ります」とミコトが千鶴を見て言って、千鶴も笑顔で頷いた。
「2班・・全員集まってくれ、子供達も・・罠の作戦を立てるよ」とミコトが無線で言って。
「了解」と無線で返した2班の女性と、子供達が集まってきた。
「さっきのサルボーグを見て、何か感じた人はいる?」と千鶴が笑顔で聞いた。
「あの庭園に出た意地悪なお猿さんと、性格は同じだよね?・・沙紀ちゃん」と由美子が笑顔で言った。
全員が由美子の言葉に驚いて沙紀を見た、沙紀は由美子に笑顔を返していた。
「私は門の奥には行った事が無いけど、フーと妖精さんに聞きました。
あのジャングルの場所は、綺麗な庭園だったんだそうです。
その庭園の奥に天文台が有って、そこに由美子ちゃんが遊びに来てました。
あの頃の私は弱虫で・・あの竜巻が怖くて、この神殿まで来れませんでした。
フーは由美子ちゃんが来るのを感じると、妖精達とここに来ました。
フーはこの門は簡単に開けて、庭園を歩いて天文台まで行きました。
天文台の側に、意地悪するお猿さんがいたそうなんです。
サルボーグみたいな怖い奴じゃなくて、幸島や高崎山にいるようなお猿さんです。
そのお猿さんが、由美子ちゃんやフーに意地悪していたそうです。
だから私はフーの中の綿に、パワーとスピードの可能性を足しました。
お猿さんに負けない位の、スピードになる可能性を足してみたんです。
入るか分からなかったけど・・入ったみたいですね、フーは今でも伸ばしてますね。
成長期なんですね・・フーは今でも、パワーもスピードも伸びています。
意地悪なお猿さんは・・何にでも興味を持つ、お猿さんです。
だから邪魔をするんです、由美子ちゃんとフーと妖精さんが遊んでいると。
由美子ちゃんの大切な時間の邪魔をする、意地悪なお猿さんなんです」
沙紀は笑顔で言った、女性達にも笑顔が溢れていた。
「沙紀・・フーに与えたスピードとパワーは、進化してるんだね?」とシズカが驚いた表情で聞いた。
「はい・・してると思います、小僧ちゃんの言葉で入れたから。
小僧ちゃんの言った・・何に対しても、段階を踏んで進まないと駄目だよ。
この言葉で、フーにも可能性を入れました・・大好きな言葉だったから。
だからフーにも・・フーの経験で感じて、フーの心が望むものが伸びる。
そう設定しました・・設定の方法も、小僧ちゃんから聞きました。
小僧ちゃんが、車やバイクを改造する時にそうしてたから。
私にいつも言ってくれるから・・段階を踏んで進もう、それを楽しもう。
小僧ちゃんがそう言ってくれます・・そして行動でも教えてくれた。
私は色鉛筆が水彩になった時に、小僧ちゃんの言葉の意味が分かりました。
色鉛筆の時間が無かったら、水彩は上手に描けなかったと思いました。
だからフーにも、フーの望みで伸ばして欲しい・・そう思いました。
フーの心は私の理想だから・・私は初めてフーで絵に設定を入れました。
フーに動いて欲しくて・・理想の強く優しい心を入れました。
だからフーに選んで欲しいんです・・フーが何を望むのかが、知りたいんです」
沙紀は強く言葉にした、同調の中での沙紀の言葉は完璧になっていた。
女性達の笑顔が咲き乱れ、蘭が潤む満開で沙紀を抱きしめた。
「正に最強の沙紀・・純粋という最終兵器が、奴に照準を定めてる」とルミが潤む瞳で言って。
「理想の心だけを入れて、それが望むものが伸びる・・最高だよ、沙紀」とマリは涙を流して呟いた。
私はただ嬉しくて、女性達の笑顔に囲まれる沙紀を見ていた。
蘭が満開で沙紀を抱きしめて、沙紀も嬉しそうな笑顔で抱かれていた。
シズカは呆然と立って沙紀を見ていた、シズカの背中は微かに震えていた。
シズカは沙紀からヒントを受け取った、重要なヒントだった。
そのヒントこそが、リアルで将来シズカが作り出す物に反映される。
沙紀は女性達の美しい笑顔に囲まれて、純粋という武器で狙っていた。
全ての人の嬉しいを探して、沙紀は密林に入って行く・・。