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      【冬物語第六章・・未踏の舞台④】 

真冬の寒気を遮るガラス窓から、大淀川の流れを見ていた。

私の横には異次元の集中の中にいる、不思議な少女が立っていた。


開宴の時間が迫り、私はマリと2人で小部屋を出た。

ホテルのボーイに見れる場所聞いて、私はマリと4階に上がって教えられたドアを開けた。


そこには宴会場を見下ろす、通路だけの空間があった。

照明設備と音響の制御装置の部屋があり、結婚披露宴の時に使う物だと思っていた。


眼下には大広間に沢山の人の姿が見えて、ステージに司会者が上がっていた。

社長が挨拶を促されて、ステージにゆっくりと上がった。


私とマリは正面に見える、ステージ上の社長を見ていた。

社長は大広間を見渡して、最後に私達に気づいたようだった。

そして一礼して、マイクに近づいた。


社長は挨拶と招待客に感謝を述べて、最後にこう付け足した。


「私は先程、中学生であろう少女に教えられました。

 私の決断の時の基軸の言葉が理解出来ないと、そう強く言われました。

 私はあの言葉を常に持っていました、自分を鼓舞して決断する為に。

 【もはや戦後ではない】・・有名なこの台詞を常に持っていた。

 しかし今日、その間違いを指摘された・・戦後生まれの少女に。

 戦後はいつまでも続くのだから、自分はそう思わないと少女は強く言った。

 そしてこう言いました・・私ならこう言う、もはや敗戦国じゃない。

 戦後生まれの少女に、教えられました・・あの戦争を経験した私が。

 戦後は終わらない、終わらせたらいけない・・2度と起こさない為に。

 日本は敗戦国だけど、日本人は敗北者じゃない・・そう強く言われた。

 本当に嬉しかった・・戦後生まれの、少女の強い言葉に触れて。

 政治家の安易な発言などを、心に持っていた私は間違っていましたね。

 私はこの場で誓いましょう・・今後も会社の発展を目指す事を。

 それが日本人の誇りになるような、そんな仕事を手がけて行きたい。

 私も強く主張しよう・・もはや敗戦国じゃない、敗北者などいないのだと」


社長は会場を見回しながら、最後にマリを見て笑顔で言った。

マリも嬉しそうな笑顔で返していた、6人の女性達が私達に気付いた。

マリは6人に二ヤを出した、6人は必死で二ヤを抑えていた。


社長の次に招待客の代表がステージに上がり、挨拶をして乾杯の音頭を取った。

全員で《乾杯》と言って、グラスを上げた。


6人は序盤は離れて壁際に立っていた、リリーが笑顔を振りまいて状況を確認していた。

カスミも笑顔を振りまきながら、状況をチェックしていた。

そして最初に動いたのはリョウだった、リョウは盛り上がっていない招待客を見つけた。


初老の紳士という感じの人で、会場の隅で1人で飲んでいた。

招待客は大きな名札を付けていて、誰が招待客なのかは一目で分かった。

リョウは招待客を狙った、社員には1人で行動してる者も多かった。


リョウは紳士の横に行き、笑顔で声をかけた。

リョウを見た紳士も、嬉しそうな笑顔で返していた。

これがバトルのスタートの合図だった、リリーとカスミも素早く動いた。


リリーはなんと社長の側の招待客に付いた、中年の遊び人風な感じの男だった。

そこでリリーは一気に火を点けた、4人の男が笑顔でリリーを取り囲んだ。

遊び人風の招待客が、リリーの腕を組んで二ヤを出していた。


「この勝負で最大の見せ場は?」とマリが私に二ヤで言った。


『20時30分から、終了までの30分間だろうね。

 俺は6人にゴルフの接待だと教えていない、6人は今情報を収集してる。

 普通のパーティーなら、2次会に引っ張るなど簡単だろうけど。

 明日が待望のゴルフなら、今夜の深酒は避けたいよね。

 その情報が入ったら誘い方を変えるよ、相手は経済的には問題無い。

 ならば気分だけの問題なんだから、気分を2次会に引っ張れば良い。

 それには招待客の気分を引っ張るしかない、主催者側は追随するから。

 招待客が2次会に行かない限り、主催者側も大きくは動かないよね。

 狙うべきは招待客・・6人はその想定は出来ていたよ。


 しかし難しいよ・・コンパニオンという中途半端な設定がね。

 ホステスでもウエートレスでもない、穏やかな流れを作るのがコンパニオン。

 店での仕事の時とは違う、存在してるだけ注目させないといけない。

 存在感での勝負だよ・・そうなると、間違いなくNo1はリリー。

 カスミもリョウも、視線の隅で常にリリーを捉えてる。

 盗むべきものがリリーに有るから、作り出した存在感が有るからだろうね』


私はリリーを見ながら笑顔で言った、マリも会場を見ながら笑顔になった。

6人は精力的に動き、裏方の仕事も手伝っていた。

1時間は場の流れを作るのに徹して、招待客の全てを6人でフォローした。


主催者側も6人の実力を感じて安心したのか、リラックスした空気になった。

それを6人が感じて、盛り上げる方向に舵を切った。


最初の点火は、やはりリリーの話術だった。

リリーは巧みな話術と、圧倒的な存在感のある容姿で火を点けた。


『今夜のリリーの武器は、ギャップだね・・知識が回転してる』と私は会場を見ながら呟いた。

「リリー姉さんは、吸収力が違うよね・・同じ新聞や雑誌を見ても、入れる量が違うよ」とマリも笑顔で会場を見ながら言った。


『リリーが最強の武器を出したなら、カスミもリョウも出すしかない。

 輝きと魔性を強く出して、リリーを牽制するしかないね。

 ミサキもハルカも若さをアピールするよ、2人の武器は男には致命的。

 処女性という魅惑の武器を突きつける、それを持てる年代にいるからね。

 その武器は中年以上の男に対しての、圧倒的な破壊力を持ってるよ。

 そして1番面白いのが、2組の中間にいるセリカ・・可愛さでの勝負。

 でもセリカは誤解されやすい、容姿の可愛さが強く出てるからね。

 セリカの必殺の武器は、聞き出す力なんだよ・・聞き上手なんだ。

 この武器は絶対的な力を持っている、この勝負・・リリーとセリカが有利だね。

 まぁ各コンビ、30人前後は引っ張るだろうね・・楽しみだよ』


私はマリを見ながら二ヤで言った、マリも二ヤで頷いた。


20時45分からの、6人の動きは見事だった。

互いにサインを飛ばし、予約を取った客を指定していた。


最後の挨拶が始まると同時に、セリカとハルカとミサキが会場を出た。

3人は正面玄関で、タクシーの運転手と打ち合わせをしていた。

ハルカとミサキはタクシー業界でも有名人で、笑顔で状況を話していた。


私とマリは会場の外の廊下のソファーに座り、3人がタクシーの運転手達と話すのを見ていた。

会場から続々と男達が出てきて、その流れは部屋でなく正面玄関に向かっていた。

男達がタクシーに乗り、3人が運転手にタクシーチケットを渡していた。


「勝敗の判定は?」とマリが私に二ヤで言った。

『引き分けにしよう・・MVPはリリー』と笑顔で返して立ち上がった。

マリも立って、2人で会場を後にした。


6人の姿は無かった、私はマリとタクシーに乗り込んだ。


私とマリは、タクシーを赤玉駐車場の前で降りた。

そして谷田の店に久美子を迎えに行った、店は満席で熱気に溢れていた。

マリは久美子の演奏を間近で聞いて、嬉しそうな笑顔で拍手をしていた。


「KUMIKO NIGHTのポスター、素敵だよね~」とマリが笑顔で言った。

『うん・・オヤジバンドのメンバーも、宝物だって言ってるよ』と笑顔で返した。


「今夜はミホと沙紀と、5人娘の時間を取ってやったのか?」とマリが二ヤで言った。

『うん・・それに今夜は、映像に入らない方が良いからね』と笑顔で返した。


「いよいよだな、小僧・・私は楽しい気分だよ」とマリが笑顔で言った。

『俺もだよ、マリ・・ワクワクです』と笑顔で返した、強烈な波動がワクワクで吹いてきた。


「ユリカ姉さん、忙しそうだね・・コンパニオンの仕事、成功だったね」とマリが久美子を見ながら言った。

『うん・・派遣の新展開のヒントも貰ったよ』と私は二ヤで返した。


「お前は凄いよ・・決断の時に、自分に身を委ねるから」とマリが二ヤで返してきた。

『俺の武器は、失敗した経験だからね』と二ヤで返して、久美子に拍手を贈った。


客が全員立って、アンコールの要求をしていた。

久美子は笑顔で一礼して、ピアノに戻った。

久美子がアンコールで弾いたのは、戦場から帰還する喜びの曲だった。


「最強戦士が完璧に準備したね・・素敵だな~」とマリが笑顔で呟いた、私も笑顔で頷いた。


久美子は最後に歓喜を表現して、虚空を睨んでいた。

そして笑顔になった、ステージは大きな拍手に包まれていた。

由美子の世界が迫っている、真冬の土曜の夜が熱く燃えていた。


「マリちゃん、ありがとう」と笑顔で言って久美子が歩いて来た。

「素敵でした~、感動しました」とマリが嬉しそうな笑顔で返した。


久美子が私とマリの間に座ると、谷田自らがオレンジジュースを持ってきた。

それを久美子の前に置いて、私とマリの間に笑顔で座った。


「エース・・今は集中してる時期なんだろ?・・久美子の演奏で分かったよ」と谷田が私に笑顔で言った。


私は笑顔で返しながら、谷田の瞳に出てる《ためらい》のような感情を感じていた。


『そうですよ・・俺も久美子もマリも集中してます』と笑顔で返した。

「マリちゃん・・聞いても良いかな?・・嫌なら答えなくて良いから」と谷田が真顔で言った。


「私個人の感想なら良いですよ・・私の考えで良ければ」とマリは笑顔で返した。


《マリはもう、谷田の話の内容が想定できてる・・マリの集中は怖いレベルにいるよ》と心に囁いた。

強烈な波動が同意を示して吹き抜けた。


「ありがとう・・実は私の娘、ナナミの事は知ってるよね?」と谷田が笑顔で言った、マリも笑顔で頷いた。


「ナナミがね・・病院で、【弱知的障害】だと言われたんだよ。

 原因は分からないらしいんだけど、マリちゃんや沙紀ちゃんとも違うんだ。

 妻は心配してね・・まぁ母親だから仕方ないんだけど。

 医者も今後にどんな影響が出るのか、それが分からないと言うんだよ。

 俺は心配なんてしていない、マリちゃんと沙紀ちゃんを知ってるからね。

 マリちゃん・・気を悪くしたら、そう言って・・俺も言い難いんだ。

 ナナミを見て何かを感じた?・・マリちゃんの感じた事だけで良いんだ。

 どんな感想でも受け入れるよ・・だから正直に話して欲しい」


谷田は真剣だった、マリは少しだけ俯いて集中していた。

私は驚いていた、ナナミが【弱知的障害】などと思っていなかった。


確かにナナミは2歳にして、言葉を出していなかった。

それはナナミの選択だと私は思っていた、マリアにしても言葉の成長が遅い。

七海が【弱知的障害】ならば、その医者にとってはマリアもそうなるだろう。


私はそこで迷いが出て、沢山の乳児と幼児を思い出していた。

私の基準がずれてる可能性が有ると思ったのだ、私の基準がモモカであるのならば。


私は昼間管制室で見た、2歳の誕生日のモモカの映像を見ていた。


《確かにモモカは言葉の成長が早い、でも早いといっても言葉の部分だけだ。

 個性というレベルだと思う、別に天才と言われる領域じゃない。

 マリアは今2歳と9ヶ月、少し遅いと言えば遅いが・・個性のレベル。

 基準なんてあるのか?・・全員が違う成長をしたよな。

 一人一人違う成長段階を示した、確かにマリや沙紀やマサル君。

 自閉症と大まかに言われる子供は、言葉を持てなかった。

 でも・・ナナミは持ってるよな・・ナナミ、誰かに近いよな。

 誰だっけ・・ナナミには数回しか会ってないから、繋がらない。

 誰に近いんだ?・・マリは想定できてる・・誰だっけ?》


私はマリの集中した表情を見ながら、心の中で自分の整理をしていた。

強烈なユリアのニヤニヤ波動と、ユリカのワクワク波動が来た。

谷田は真剣な表情でマリの言葉を待った、父親としての愛情溢れる瞳だった。


「ナナミは・・自分で抑えてました、基準が分からないからです。

 早く出し過ぎないように抑えたんです・・怖かったから。

 谷田さん・・ナナミの最初の言葉は、いつ出ましたか?」


マリは真顔でそう言った、谷田は少し考えた。


「言葉として確かに確認できたのは、昨年の年末だよ・・ナナミがエースに出会った後だよ」と谷田が真顔で返した。


「違いますよ・・奥様から聞かれてるでしょ?・・ナナミの奇跡の言葉の話を」とマリが二ヤで言った。


この言葉で谷田はハッとした表情になった、私と久美子はワクワク笑顔で聞いていた。


「生後8ヶ月位の頃!・・妻がナナミの言葉を聞いたと言った。

 《ママ》って言ったと私に言ったんだ、私は親バカもそこまできたかと返した。

 妻の空耳か妄想だと思ってたよ・・まさか、それだったの?」


谷田は驚いた表情で言った、マリは二ヤのまま頷いた。


「マリちゃん・・ちょっと待って、実は今妻が来てるんだ・・同席させて良い?」と谷田が笑顔で聞いた。

「もちろん良いですけど・・今からの話は、私の空想物語ですよ」とマリが笑顔で返した。

「最高の空想物語だから、妻にも聞かせたいんだよ」と谷田が嬉しそうな笑顔で返して、店の奥に消えた。


「小僧・・分かったか?・・ナナミが誰に近いのか?」とマリが二ヤで言った、ユリアの波動も二ヤで吹いてきた。

「ナナミちゃんに近い感じの子を知ってるの?」と久美子が私に笑顔で言った。


「久美子姉さんも知ってますよ」とマリは久美子に二ヤで返した、久美子はウルで考えた。


『8ヶ月で言葉が出たんなら・・モモカ?・・いや・・違うよな~』と私は呟きながら考えた。

「母さんの言う通りだな、お前は集中すると何かが抜ける・・最年少記録だろ」とマリが二ヤ継続で言った。


『陽だまりのアイカ!・・そっか~、ナナミは【知的障害】だね・・【天才】と呼ばれる障害者だよ』と私は気づいて嬉しくて笑顔で言った。


「アイカちゃんか~・・そうなんだね、【天才】とういう障害なのか~」と久美子も笑顔で言った。


谷田が笑顔の奥さんを連れて、私達のテーブルにやって来た。

マリが立って挨拶をして、奥さんも笑顔で挨拶をしていた。

私も、もちろん久美子も奥さんと顔見知りなので、笑顔でテーブルに招いた。


「話は聞きました、嬉しかった~・・マリちゃん、空想物語を聞かせて・・空想だと思って聞くから」と奥さんは美しい笑顔で言った。


この谷田の奥さんは、本当に美しい人だった。

私は夜の仕事をしていたのだろうと思っていた、気品すら纏っている笑顔だったから。

歳はユリさん位で、落ち着いた雰囲気の中に情熱を感じさせる笑顔。

そのギャップが強引に引き寄せる、ミコトにリアンの熱を足した感じだった。


マリは笑顔で頷いて、私に二ヤを出した。

流れで私に振ってくるなと感じて、二ヤで頷いて返した。


「私は、言葉がまだまだだから・・空想物語なら、久美子姉さんに通訳してもらいます」とマリが笑顔で言って、久美子に右手を出した。


「了解・・美由紀でも出来るんだから、出来るよ」と久美子も笑顔で返して手を握った。


谷田と奥さんは、不思議そうにその行動を見ていた。

そして同調のマリの言葉を久美子が語りだす。


「ナナミは身体的な準備段階で、我慢できずに言葉を出しました。

 言語部位の完成の少し前だったのでしょうね、でも伝えたくて出した。

 奥様は当然驚きましたよね、そして喜びも強く表現した。

 でも・・ナナミは未熟な乳児でしたから、驚きの方に反応するんです。

 ナナミはこう思った・・私は普通じゃない・・普通って何?

 そんな感情が芽生えるんです・・不思議に、喜びよりも驚きに反応する。

 私も言葉ではないけど、同じ感情を抱いた経験があります。

 奥様の知っている沙紀も、同じ経験をしています・・普通って何?

 この問いかけを自分の中で繰り返す、それが分からない限り抑えてしまう。

 それが未熟であればあるほど、強く抑えてしまうんです。

 両親を愛しているから、驚かせたくない・・そう思ってしまいます。


 小僧はそんな乳児や幼児の解放を何人もしました、ナナミの時もそうでした。

 小僧はそれを自然にやってしまう、だから小僧は谷田さんの話を聞いて驚いた。

 ナナミが医者に言われた【知的障害】、小僧はそれを全く感じてなかった。

 医者も人間ですから、千差万別・・月もスッポンもいます。

 ナナミの診断をした医者は、逃げの精神を持っている人でしょう。

 【原因不明】と逃げて、自分の安全を確定させて・・今後は分からないと言う。

 全てが逃げの台詞ですよね・・その言葉で両親がどれほど心配するのか。

 そんな事は考えない・・不確定な要素に対して、自分の安全を確保する。

 科学しか信用しない・・生命から遠い医師だと思います。

 私も担当医で何度も苦労しましたから・・一生話せないと言われた事もあります。


 なぜそんな事を言うんだ、私はいつか話せる・・言葉は持ってる。

 そう心で何度も何度も叫びました、なぜ両親が悲しむ想定を言うんだと。

 それはお前の医師としての未熟な想定だろ、私は言葉を持っている。

 そう叫んでましたね・・表情にも出せないで、ただ俯いていた。

 悔しかったです・・幼い自分が・・何も表現できない自分が、悔しくて。

 小僧に出会うまで、今の主治医の関口という医師に出会うまで。

 ずっとそれを抱えてました・・伝えたい・・そう思ってました。


 ナナミは産まれた時に、自分の中に知識を持っていました。

 これは常識では考えられない事です、ここからは完全な空想の世界です。

 私自身もそうですが、私も何人かそんな子供に出会いました。

 私には歴史的な知識が有りました、人類の歴史のような場面が記憶の中に。

 不思議な話ですよね、記憶というのは経験で得るものですから。

 私の母は歴史文学が好きで、特に世界史が好きで・・妊娠中にも読んでました。


 私の学友であり親友である子に、私よりも強い何かを持つ少女がいます。

 その子も産まれながらに知識がありました、やはり歴史的な知識が。

 それも専門的な知識です・・それは古代文明の豊富な知識でした。

 その子の父親は大学教授で、その分野が専門なんです。

 父親は妻の妊娠を大変喜んで、ずっとお腹の中の子に話しかけていた。

 しかし口下手で照れ屋だから、何を話して良いのか分からずに。

 まるで大学での講義のように、お腹の子供に専門的な話をしていたそうです。


 それを得たのでしょうね、私達は母親から栄養を得るように知識まで得た。

 もちろんナナミは違います、この部分は小僧に話してもらいます。

 小僧は乳児や幼児との関係に、圧倒的な経験量を持っています。

 それも小児病棟という特殊な環境で得た、最も重く貴重な経験です。

 私の想定では・・ナナミは多分、羊水の中で言葉を持っていた。

 それが普通の事だと思っていた、誰でもそうなんだと思ってました。

 しかし母親の驚きに触れて迷いが出た、私は普通じゃないのかも。

 普通の生後8ヶ月ってどんな感じなの?・・そんな悩みを持ちました。


 8ヶ月でそんな自己分析が出来る、それこそが知的障害と言えるでしょう。

 ナナミ自身も気付いていない、ナナミの知的障害とは・・【天才】です。

 ナナミは【天才】と表現される存在でしょうね、自己分析力だけでも。

 ナナミの悩みは昨年末まで続いていた、関わりを持てなかったから。

 同じ歳の子供との関わりを持てなくて、迷い続けていましたね。

 どこまで自分を出して良いのか、それが分からなかった・・2歳の基準が。


 小僧はナナミの何かを瞬時に感じました、そして温度で話した。

 ナナミはそれで安心しました、小僧がナナミに対して何も驚かなかったから。

 小僧は年齢に対して驚いたりしません、あらゆる個性に触れているからです。

 そして小僧はナナミに出会わせました。小僧の最も大切な2歳のマリアを。

 ナナミの心はマリアで開放されましたね、同じ歳の存在に触れて。

 これからのナナミは成長を加速させるでしょう、驚きの連続でしょうね。

 それをフォロー出来るのも、理解して包み込んでやれるのも・・ご両親だけです。

 ナナミは障害者です・・世間では特別な視線で見られる。

 特別な視線に晒される・・【天才】という病名の、障害者だと思います」


久美子は瞳を潤ませながら、一気にマリの言葉を伝えた。

谷田は喜びの笑顔で妻の肩を抱いて、妻は俯いて号泣していた。

マリが顔を上げて私を二ヤで見たので、私も二ヤで頷いた。


『お2人の知っているミホは、壮絶な経験で全てを遮断しました。

 ミホはその経験をするまでは、ごく普通の子供だったそうです。

 明るく屈託の無い少女でした、しかし遮断してしまった。

 人間は遮断できます・・それは子供の方が強く出来ると思います。

 乳児にとっての全ての世界は、両親の存在でしかありません。

 自分の意思で何かを出来ない時期ですから、全ては両親に向かう。

 両親の全てを感じています・・それだけが成長に導くからです。

 繋がれたDNAに刻み込まれた、成長過程を進んでるのでしょうね。

 だから過度に反応してしまう、両親の驚きには過敏に反応する。


 それを乳児で感じた、そして驚きの意味を分析した、ナナミ。

 そう言われる存在でしょうね・・【天才】と言われる存在です。

 しかし俗世間はその存在を好奇の目で見ます、普通と違う存在だからです。

 歴史的にみても、【天才】と呼ばれる人は・・変わり者だと言われています。

 社会生活や組織的な行動が苦手で、誰かに何かをやらされるのを拒絶しますし。

 子供の頃は、同世代の子供が幼稚に見えて・・合わせるのにも苦労するんです。


 大人達は受け入れる力が乏しい、常識外は異質だと判断してしまう傾向にある。

 日本は特にそんな風土がありますね、今後もナナミの悩みは尽きないでしょう。

 そこで提案します・・ナナミの成長を見守る、特別な方法があります。

 奥さん・・ナナミを連れて、PGに遊びに来て下さい。

 それが1番良いと思います、今のPGには最高のメンバーがいます。

 ナナミの天才の部分に影響を与える、成績優秀な7歳の少女と。

 感性豊かな5歳の少女のコンビに、身体能力の高い4歳の少女。

 そしてナナミと同じ歳の、マリアがいますから・・絶対に良い影響が出ます。


 この5人を感じれば・・ナナミが大きく変化をしてくるから、驚いて下さい。

 驚きを抑えないで、驚いた後に笑顔を出して・・褒めてやれば良いんです。

 ナナミの才能は貴重なものでしょう、ご両親だけで楽しまないで。

 ナナミの第一段階は、視線に対する対策です・・それを提案します。

 絶対に特別な視線が存在しない、PGとうい場所でやりましょう。

 マリやミホや沙紀に対しても、特別な視線の存在しないPGで。

 普通でなくて良いんだと、ナナミに気付かせましょう。

 ナナミは【知的障害】を持って産まれた、特別な視線に晒される障害者です。

 そうならば、俺も最終兵器を出します・・第二段階で沙紀に会わせます。

 その時にお2人は感じて下さい・・沙紀が描くナナミの絵で感じて下さい。

 KUMIKO NIGHTのポスターのような、強い想いが入っているでしょう。

 障害者と言われる沙紀の想いが入っています、ナナミに対する想いが』


私は自分の感想を言わずに、提案だけを強く言葉にした。

優しい波動が私を包んでくれた、久美子とマリは強い瞳で私を見ていた。


「ごめんなさい、エース・・本当にごめんなさい。

 私には確かにありました、障害を持つ子に対する偏見があった。

 自分の子供だけはという・・そんな身勝手な偏見を持っていました。

 それが瞳に出るんですよね・・それが特別な視線になる。

 リセットします、私が自分の心に向き合わないと駄目ですね。

 そうしないと・・私はユリの前に出れない、北斗の目を見る事が出来ない。

 難病の娘を抱えても・・あんなに強く生きる北斗の、相棒だったと言えない。

 許してね、久美子・・マリちゃん・・エース。

 私の偏見を持った心を許して欲しい・・私は今気付いたから。

 エースの言葉を聞いていて・・自分の間違いに気付いたから。

 あのポスター・・沙紀ちゃんが描いたのね、本当に素敵です。

 私はナナミの事で悩んで、自分を見失った・・愚かな人間でした」


母親は泣きながら強く言った、私はその鋭い感性に驚いていた。

私はそれまでの経験で感じていた、偏見の視線を感じる度に感じていた。

だがそれを言葉には出来なかった、しかし母親であるその女性は読み取ったのだ。


『北斗の相棒だったんですか・・さすがですね、会話の読みが鋭い』と私は意識して笑顔で言った。


「でも・・奥様は間違ってますよ、偏見的な視線は持っていませんでしたよ。

 私は初めて奥様に出会った時に、偏見を持てない素敵な人だと思いました。

 小僧も奥様に対しての言葉ではなかったですよ・・社会に対する言葉でした。

 今からナナミが晒される、世間に対する怒りの言葉でした」


マリが笑顔でそう言った、強烈な波動が同意を示して吹き抜けた。


土曜の夜の騒がしいジャズクラブの片隅で、美しい女性が笑顔に戻った。


その後の北斗の心を支え続ける、相棒の心が復活した。


マリの集中は別次元だった、前回の沙紀の世界での失敗が悔しかったのだろう。


そしてルミが側にいることで、マリは自分を曝け出す覚悟をしていた。


私は増しているワクワク感を楽しみながら、マリの笑顔を見ていた・・。

 


 

 

 

 




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