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      【冬物語第五章・・間逆の空⑨】 

言葉で聞くのと、映像を見るのでは全く違う。

同じ話でも、違うイメージすら持ってしまう。


映像で見るという事に、沢山の選択肢のある現代は素敵な時代なのだろう。

ただ、映像には作為も悪意も込められる、誘導の道具になるのだ。

判断は自分でしなければならない、それは難しい事なのかも知れない。


10年後の居住区で、琴美は精神的にも落ち着いていた。

話だけで聞いていた、おとぎの国の仲間に囲まれて、マキの物語を映像で見ながら。


「いよいよ・・【不思議の国のマキ】第二章の中心地、アントワープに入るね」と琴美は真顔で静かに言った。


『そうだね・・リアルタイムで見た女性の中では、第二章の方が好きだと言う方が多いんだ』と私は琴美に笑顔で言った。

「そうだろうね・・シリアスな部分が多いけど、素敵な物語だよね」と琴美は映像を見ながら呟いた。


映像はラシカルを降ろして、池沿いを歩くマキとヒノキオが映っていた。

虹の池という名前に相応しい、不思議な色の湖面を見ながら、マキは緩かな下り坂に入った。


右に大きくカーブした道を抜けると、遠くにヨーロッパの古い町並みが見えてきた。

その町には雪が積もっているようで、マキも少し寒さを感じた。


「下りになると、寒くなってきたね・・ちょっと待ってね」とマキは止まって、ヒノキオに笑顔で言った。


マキはピンクのリュックを降ろして、ごぞごそと中を探ってスプレー缶を出した。

そして2枚の布にスプレーを噴射すると、マキとヒノキオ用のコートになった。

マキは靴にもスプレーして、靴をブーツに変えた。


マキは笑顔でヒノキオにコートを着せて、自分もコートを羽織った。


「下りになると、季節が変わったね・・あの町が由美子の森に続く町なのね、素敵じゃない」とマキは丘の上に立ち西洋の古い街並を見て言った。

「うん・・アントワープの街だよ」とヒノキオは真顔で街を見ながら言った。


「アントワープなの!・・ならあれは教会なの、聖母大聖堂なの?」とマキは真顔でヒノキオに聞いた。

「そうだよ・・ルーベンスの絵が有る・・聖母大聖堂だよ」とヒノキオは遠くに霞む教会を見ながら言った。


「沙紀はまさか、あの物語を描いたの・・町は冬だよね、雪も積もってるし・・急ごうヒノキオ、クリスマスが近いのかも」とマキは強く言葉にして、ヒノキオを抱き上げた。


「由美子姫はアントワープで疲れてしまうんだ、ずっと1人の少年を見てるから。

 その少年を見かけると、由美子姫は後を付いて回るんだよ。

 どうしてもその先が見たいって言って、この前の沙紀姫の世界の時もそうしたんだ。

 前は由美子姫が入った時しか動かなかったのに、今はずっと動いてるんだ。

 由美子姫がリアルと呼ばれる世界で、何かの覚悟をしてから動き出した。

 この前の沙紀姫様の時には、アントワープに冬が迫ってたんだ、

 由美子姫が見たのは、その少年が1人の旅の少年に出会う場面だった。

 由美子姫はそれをずっと追いかけて、嬉しそうに見てたんだよ。

 マキ姉さんも知ってるんだね、その少年はミロだよ・・素敵な絵を描くんだよ。

 沙紀姫様と同じような、素敵な絵を描くんだけど・・貧乏なんだよね。


 ミロはルーベンスの絵が見たいんだよ、でも絵を見るにはお金がいるんだ。

 なんでだろうね・・俺には分からないよ、ルーベンスはみんなに描いたのに。

 みんなに見て欲しいから描いたのに・・それを見るのにお金を取るんだ。

 ミロには見れないんだよ、お金が無いから・・見るべき人間なのに。

 沙紀姫様がそう言ったんだよ、ミロは見るべき人間なんだって。

 ミロが見たいって言えるのは、犬のパトリッシュにだけなんだ。


 由美子姫はどうしても見たいんだよ、ミロがどうやって絵を見るのかが。

 由美子姫が俺に言ったんだ・・ミロは絶対にルーベンスの絵を見るんだって。

 その絵を見た時にミロが何を感じて、何を望むのかが見たいって言ったんだ。

 どんな結末があるの?・・ミロとパトリッシュに・・結末があるんでしょ?

 沙紀姫様にも由美子姫も・・淋しそうな時があるんだ、ミロの話をする時に。

 淋しい結末があるんでしょ?・・この世界は動き出した、結末に向けて。


 由美子姫は今でも見てるよ、この世界を覗けるんだよ・・由美子姫は出れるんだ。

 体から心だけを出せるから、この世界を・・ミロとパトリッシュを見てるんだ。

 何があるの?・・マキ姉さん・・由美子姫は、また淋しくて泣くの?

 由美子姫にはなぜ、悲しい時が分かるの?・・それは由美子姫に辛い事なのに。

 由美子姫は、どうして他人にあんなに優しいの?・・どうしたらなれるの?

 優しくて正直な人間に、由美子姫のような優しい人に・・どうしたら。

 何を経験したら・・何を感じたら、なれるの?・・それが知りたいんだ」


ヒノキオはマキに向かって全ての想いを叫んだ、マキはヒノキオの強い瞳を見ていた。


「ヒノキオ・・結末なんて無いんだ、この世界は今動いてるんだろ。

 今という時間しかない、明日や結末などは存在しないんだ。

 明日があると思ってるのは、贅沢な事なんだよ・・誰にでも今しかない。

 お前が由美子のような、優しく正直な人間になりたいなら。

 ミロを見てるだけじゃ駄目だ、何も気付かない・・お前なら友達になれるだろ。

 私には何も出来ないんだよ、この世界の人間に深くは関われない。

 それはシンデルラの時に感じた、私は別れを前提にしか関われない。

 ならば私は友達になるべきではないんだ、私はシンデルラ1人しか背負えない。


 私は旅人なんだから、強く関わったらいけない・・でもヒノキオ、お前なら。

 お前なら関わって良い、それがお前に沙紀が込めた想いなんだよ。

 この世界を引き抜かれた沙紀は、この世界の道案内でお前を生み出した。

 由美子の道案内という役目に込めた、沙紀の深い愛情を感じろよ。

 ヒノキオ・・お前は由美子の道案内なんだろ、それは希望に続く道なんだろ。

 沙紀はこの世界の全てに対して、ヒノキオをいう少年を送り出した。

 人間でないヒノキオだから何かを伝えられると感じて、その想いを込めて。

 沙紀は送り出したんだ・・行くぞヒノキオ、ミロの側に行こう。

 私も見るよ、由美子と一緒に・・ミロが何を感じて、何を望むのか。

 それこそが由美子の希望に繋がる道なんだよ、道案内をしろ・・ヒノキオ。

 お前が道案内人ならば・・お前が沙紀を愛しているのならば。

 お前が・・由美子を愛して、由美子に憧れて・・道を示したいのなら」


マキは灼熱の言葉でヒノキオに言った、ヒノキオは強く頷いた。

女性達は2人の会話で引き寄せられて、これからの展開を考えていた。


アントワープの街には霧が薄くかかっていた、マキはヒノキオを抱いて坂を下り始めた。

雪の積もる坂道の先に、街を見ている少年の後姿が見えた。


小さな少年は街を見下ろす場所に立っていた、マントのような上着を着ていたが、雪の積もるその場所では薄着だと思えた。

マキが少年の背中を見ながら近づくと、少年の背中のマントの中から白い小猿が顔を出した。

マキはそれで笑顔になった、小猿も全身を外に出して少年の肩に乗った。


ヒノキオが抱かれる力を抜いたので、マキは何かを感じていた。


「可愛い相棒を連れてるね?」とマキが後ろから少年に声をかけた。

少年は驚いて振り向いて、ヒノキオを抱いているマキを見て笑顔になった。


「この猿はアメジオ、僕はアルコ・・移民船に乗って、ベイノス・アイレスに行く途中なんだ」と少年は笑顔で言った。

まだ幼い10歳位の可愛い少年だった。


「私はマキ・・アントワープに人形劇をしに来たの、よろしくね」とマキはヒノキオを抱いて笑顔で言った。

ヒノキオは人形のように動かずに、アルコを見ていた。


「素敵な人形だね、紐で吊るマリオネットじゃないんだね」とアルコは笑顔で返した。

「うん・・紐で吊らない、不思議な人形だよ」とマキは笑顔で返した。


「人形劇も、お金を取るの?」とアルコは真顔で聞いた。

「お金なんて取らないよ、路上で・・道の上でやるんだよ」とマキは優しい笑顔で返した。


「いつやるの?・・友達と見に行くよ、明日が移民船の出航なんだ」とアルコが笑顔で言った。

「出航は何時なの?」とマキが笑顔で返した。


「明日・・25日の7時に出航するよ」とアリコは笑顔で言った。

『明日が12月25日なの!・・アリコの友達は誰なの?』とマキは真顔で返した。


「アントワープで知り合った友達だよ、名前はミロだよ」とアリコは嬉しそうな笑顔で言った。

「よし、アルコ・・今夜8時に、聖母大聖堂の前でやるから・・必ず見においで」とマキは笑顔で返した。


「うん・・ありがとう、楽しみにしてるね」とアリコが笑顔で返してきた。

『一緒に街まで降りようか、アルコ』とマキが笑顔で言って、左手を出した。

「うん」と言ってアリコがマキの手を握った。


ヒノキオはずっと人形の振りをしていた、自分に対するマキの提案を考えながら。


「やばい・・本気でやばい、どんな物語になっていくの」と千鶴が瞳を潤ませて言った。

「沙紀は本気でミロの友達を描いた・・それがアルコなんだ、母を訪ねて旅をする少年なんだね・・勇気を持った少年」とミコトが呟いた。

 

女性達は完全に物語りに入っていたのだろう、静寂の中で頷いていた。


『それで、アルコはベイノス・アイレスに何しに行くの?』とマキは笑顔で聞いた。

「母さんが出稼ぎに行って、帰ってこないから・・会いに行くんだ」とアルコは少し淋しげに言った。


『そっか・・母さんに会う為に旅をするんだね、なら・・そんな顔をするなよ。

 それは幸せな事だよ・・私には旅をして会いに行く、父も母もいないんだから。

 多分・・ミロにもいないよ、アルコ・・辛くても幸せな事だよ』


マキは前を見て言った、アルコはマキの顔を見た。


「そうだよね・・元気を出して、頑張るよ」とアルコは笑顔で言った、マキも笑顔で頷いた。


未舗装の小道が、石畳の道になり町の入口に入った。

マキは船に1度帰ると言ったアルコに手を振って、人形の振りを継続してるヒノキオと町に入った。


「絵本と言うより、アニメの世界に近いね~・・沙紀はアニメで描いたね、私はアニメは見なかったからな~」とマキは独り言を呟いて。


《ユリア・・今、リアルでの時間は何時かな?》と心でユリアに聞いた、マキは返事を聞いて笑顔で頷いた。


《今で11時なら、かなりの時間があるね・・勝負は今夜でもOKだね》と心に囁いて、古びた雑貨屋に入った。


西洋と東洋の品物がごちゃ混ぜで、国籍不明の骨董屋という感じの店だった。

マキは奥にいる店主らしい老女に、笑顔を向けて近寄った。


「おや・・見ない顔だね、旅人かい?」と老女が言った。

「うん・・この町の宿屋は、1泊いくら位するの?」とマキはピンクのリュックを降ろしながら聞いた。


「金貨1枚で、食事まで出来るよ・・その人形を売るのかね?」と老女が二ヤでヒノキオを見ながら言った。

「これは駄目・・商売道具だからね・・これを買って、東洋の日本という国の裁縫箱だよ」とマキがリュックから漆塗りの裁縫箱を出した。


「あっ!・・私の自信作を売ってる、マキの意地悪」とヨーコがウルで言って。

「ヨーコ・・あれには特殊能力は無いの?」と大ママが二ヤで聞いた、ヨーコはウル継続で頷いた。


マキが取り出したのはヨーコのデザインで、桜の花びらが散りばめられている、美しい裁縫箱だった。

純日本風な感じが強調された、黒地に桜の花なびらが美しく装飾されていた。


「ほほ~・・これは良いね~」と老女が手にとって見ていた。

「ねぇ・・聖母大聖堂のルーベンスの絵を見るのは、いくらなの?」とマキが二ヤで聞いた。


「金貨1枚だよ」と老女が二ヤで言った。

「宿屋の1泊と同じなのか~・・で、その箱はいくらで買うの?」とマキが二ヤで返した。


「金貨2枚と銀貨5枚でなら買うよ」と老女が真顔で返した。

「お邪魔した・・他を当たるよ、せめて金貨3枚なら考えたのに」とマキがウルで言って、裁縫箱を受け取った。


「お若いの、やるね~・・仕方ないね、日本って国の物は初めてだし・・3枚で手を打つよ」と老女が笑顔で言った。

「やるね~・・5枚までは出したね」とマキが二ヤで返した。

「旅に疲れたら、家で雇ってやるよ・・その読みは中々だよ」と老女が笑って、金貨を2枚差し出した。


「なんせ、凄い人達に囲まれてるからね・・ありがとう、助かったよ」とマキは笑顔で返して、リュックを背負いヒノキオを抱いた。


老女が店の外まで見送ってくれ、マキは手頃な宿屋を聞いた。

老女に礼を言って、マキは聞いた宿屋の方に向かった。

雑然と店の並ぶ赤レンガの道を進むと、いきなり目の前が開けた。


マキは圧倒されて固まった、目の前に歴史ある教会が聳えていた。

ノートルダム大聖堂が尖った屋根を天に突き出して、歴史を背負う重厚感にマキは押されていた。

荘厳な雰囲気があり、マキでも教会なんだと実感させられた。


アントワープでは1番高い建造物で、どこからでも大聖堂は見る事が出来た。

マキは暫らく大聖堂を見ていた、ヒノキオも大聖堂を見ていた。


「沙紀は凄いな~・・この迫力、圧倒的な存在感だよ」とマキは笑顔で呟いて、夕暮れを感じて宿屋を目指した。


「ヒノキオは・・ご飯食べるのか?」とマキは小声で聞いた。

「食べないよ・・中が腐るから」とヒノキオは二ヤで返してきた。


「面白い表現だね、人形劇・・期待してるよ」とマキは二ヤで返した。

「やっぱり自分で考えろって事だね、緊張するな~」とヒノキオはウルで言って考えていた。


マキは可愛い宿屋の部屋を1部屋借りて、空腹を感じてヒノキオを部屋に残して町に出かけた。

ヒノキオはマキの前では照れ臭いのか、動いて練習をしなかったので、マキが気を使って外に出たのだ。


マキは町に出て甘い匂いに誘われて、店頭でワッフル売ってる店を覗いた。


『これが本場のワッフル、おやつに近い感じかな?』とマキは笑顔で呟いて。


店頭の女性に、生クリームをトッピングしたのを注文した。

マキが金貨を支払うと、銀貨が9枚お釣りで戻ってきた。


マキはワッフルを持って、大聖堂の見えるベンチ座って食べていた。


「なんだこれ、凄く美味しい~・・さすが沙紀、小僧の味付けとは比べ物にならないよ~・・美由紀」とマキは二ヤで独り言を言った。


「二ヤってしました~・・意地悪です~・・ひどいです~・・傷ついた私に、とどめを刺しました~」と美由紀がウルウルで言って、女性達が笑っていた。


マキは余程美味しかったのか、ニコニコ笑顔で食べていた。

そのニコニコマキが視線の隅で捉える、犬を連れて大聖堂の前を歩く少年を。


マキは食べ終わったワッフルの包みを握り締めて、少年を遠くから睨んでいた。

マキは遠目からでも、少年と老犬の衰弱を感じる事が出来た。


《冷静になれ!・・それでも衰弱してるよな・・駄目だ・・4年前の今日のヒトミをミロで感じる》とマキは強く心に叫んだ。


「戻ったね、マキ・・ミロを見て、霊感と呼ばれるマキの何かが・・完全に戻った」と律子がモニターを見ながら真顔で言った。


「マキの霊感って・・そんな感覚なんですか、それは霊感じゃないですよね?」と幸子が真顔で律子に言った。


「違うよね・・マキは放射熱で何かを感じる、熱の弱さも感じるんだね。

 ヒトミの時はリアルに感じたんだ、だからヒトミを見送って開花を迎えた。

 それが奴には妨害しないといけないレベルになった、だから霊感に現れた。

 感覚の開花には妨害が有るよね、マリやルミは強いから強烈にあった。

 当然幸子も強烈な心の妨害を感じたよね、私も1時期ずっと感じてたよ。

 でも私達のは日常に恐怖感は無かった、マキの妨害の霊感は恐怖感が有る。

 それが12歳の時ならば、怖かったよね・・感じされられる、霊感なら。

 視覚にも聴覚にも嗅覚にも感じさせられて、マキはそれを封印した。

 マキは放射熱の弱さも感じる、それはその人の体の衰弱なんだね。

 だからエースはマキとヨーコに、由美子の午前中を任せたのね。

 夜を越えた時が最も危険・・朝が危険だと、エースが言ってたから」


ユリカは幸子を見ながら爽やかな微笑で言った、幸子も美しく微笑んで頷いた。


《よし・・避けては通れない、今の状況を確認しよう》とマキは心で自分に対して強く言って、立ち上がり少年の方に歩いた。


少年は大聖堂の入口に立って、大聖堂の奥を見ていた。

門番らしき男がミロを無視して、金を支払った来場者に笑顔を向けていた。


ミロは暫らく大聖堂を見て、トボトボと老犬と歩いて掲示板の前に立った。

そして掲示板を一瞬睨んで、パトリッシュに笑顔を向けて丘の方に歩きだした。


マキはミロと距離を取って、静かに尾行していた。

マキは掲示板を見たが、外国語なので全く理解出来なかった。


《多分・・絵画コンクールだよな、ミロは落選したんだよな。

 でも・・著名な画家か誰かが、才能を認めてるんだよな。

 その人がミロの生活の援助と、絵を教える決意をしてるんだよ

 でも・・間に合わない、ミロはクリスマスに旅立つんだ。

 あの門番の男も、それを知って号泣するんだ・・後悔しながら。

 まさか!・・ミロはこれからパトリッシュを預けに行くのか。

 思い出せない・・クリスマスだという事しか、それに物語りも変わってる。

 あのルーベンスの絵の前で、ミロとパトリッシュが眠るのは。

 クリスマスのいつなんだ、25日なんだろうけど。

 25日でも・・24時間あるだろう、でも・・多分夜だった》


マキは必死に記憶を辿っていた、自分で確認しながら歩いていた。

マキの30mほど前を、ミロとパトリッシュが歩いていた。


《関わったらいけない、それは由美子とミロの為にならない・・由美子の次の挑戦の為にならないよな?・・小僧》とマキは握り締めた右手の拳を開いて、俯いて心に強く叫んだ。


マキの右手には金貨が1枚と銀貨が9枚握られていた、マキをそれを睨んでいた。


『マキ・・今のミロに、金銭的な援助など・・何の助けにもならないよ。

 知ってるだろ、マキは知り過ぎてるだろ・・駄菓子屋の看板娘なんだから。

 どれだけの施設の子供と触れ合った、そしてその後を見たんだ。

 見ただけだったのか?・・何も感じなかったのか?

 その世界とは間接的にしか関われない、マキ自身がそう言ったんだろ。

 今・・マキが金銭的に援助しても、限界に近いミロは感謝しか出来ない。

 それは一時的な物で、ミロのその後に何の影響を与えない。

 時間を延ばすだけだ、クリスマスが年末か正月になるだけだよ。

 マキ・・伝えるべきは何なんだ、ミロと由美子に伝えたいのは何なんだ。

 結末などを恐れるな、マキ・・ヒトミを思い出せよ、マキ』


私はマリアを抱いて、モニターのマキに強く言った。


マキは空を見上げて波動を感じて、右手を握り締めて硬貨をポケットに戻した。


《生意気だよ、小僧・・見せてやるよ、ヒノキオがね》とマキは二ヤを出して自分を鼓舞して、ミロを追って歩いていた。


「小僧ちゃん・・結末は無いんだよね?」と沙紀が私に向かって強く言った。


『沙紀・・俺は無いと思ってるよ、ミロが選ぶ事だと思ってるよ』と笑顔で返した、沙紀は強く頷いて視線をモニターに戻した。


「エース・・今来たよ、由美子は安定したよ・・この物語を見てたんだね、私もここで見るよ・・ボンビが今までの経緯を話してくれるから」と北斗が居住区から無線で伝えてきた。


『楽しんでね、北斗・・マキが由美子の線路を引く・・ミロが絶対に、由美子の希望への道を示すよ』と私は感情的な心のままに言葉にした。


「狙ってたな、小僧・・神殿の想定はそこまで出来てたのか、由美子をステージに上げるんだな」とマリが俯きながら強く言った。


『絶対に上げる・・今回、5歳でカリーの到達した場所まで。

 カリーが船で辿り着いたのなら、俺はマサル君の列車で連れて来る。

 神殿の奥の奥の門の中にある、由美子の心の塔がそこで守られてる。

 門の奥の次元が違うなら、次元を飛び越えれば良いんだよね。

 感覚で飛び越える・・カリーとリンダはそう言っている。

 俺はあれから勉強したよ、間接的で重要なヒントだと確信したよ。

 E=mc2乗・・あの大天才が見つけ出した、空間に対するヒントだよね。

 アインシュタインは、物理的な考えだけで言ってないよ。

 そんな狭い世界の話じゃないと思う、表現できる最大限の表現。

 あの大天才は不思議な二ヤ顔で、舌を出して問題を出したんだ。

 囚われるなと言ってると思うよ、偉大なるアインシュタインは』


私はマリの背中に二ヤで言った、シズカが私を二ヤで見た。


「又もや面白い解釈をやったね・・さわりだけでも言ってごらん」とシズカが二ヤで言った。


『俺はリンダと夜の海に出て、温度と瞳で会話をしたと思ってる。

 もちろんリンダの全ての言葉を拾えたかと言われれば、自信は無いよ。

 リンダはルミの門と神殿に触れて、カリーの話をしてくれた。

 リンダはカリーの世界に入るのに、入り方に1番苦労したんだよ。

 邪魔も入ったんだろうね、カリーの入口は常に変わってたらしい。

 それでカリーと話して、安定した入口を作ろうとしたんだ。

 カリーが明確にイメージ出来る、2人ともイメージを共有できる物で。


 それは自由の女神だった、だから2人は互いの自由の女神を同調させた。

 カリーが作った自由の女神に、リンダが自分の自由の女神を重ねる。

 ここにいる全員が、今なら分かると思うけど、リンダはその方法で入った。

 カリーはそこに入るのに、マンハッタンから船に乗ったらしい。

 そして発見する・・カリーの描いた自由の女神の奥に、大きな石の門が有った。

 その門を開ける方法を2人で探した、1つ目の門は開いたらしい。

 その時に【言葉の羅針盤】が、自由の女神の前の海に現れた。

 リンダはそれからも何度も何度も、2つ目の門に挑戦したんだ。

 カリーの為だけじゃない、天才と呼ばれたリンダの探究心が動いた。


 リンダはシズカと同じ、理系の人間なんだ・・今のイメージとは違うけど

 大学で専攻したのは、質量の研究だったらしい・・宇宙の質量みたいな。

 俺には理解できない難しい話だった、リンダは楽しそうに話してくれたよ。

 その時にリンダが話してくれた、方法さえ考え出せば・・誘う事は出来る。

 由美子は確かに5歳だけど、その方法を由美子が理解して。

 明確にイメージできれば、安定した場所を共有できる・・神殿なら。

 あの場所に由美子を連れて来て、神殿を記憶させれば出来るよ。

 問題は安心して連れて来る方法、それを描けないと無理だと思う。

 それには距離を認識できてる人がいるね、エースは持ってるよね・・マサル君を。

 マサル君なら出来る、イメージの世界の距離感を知ってるからね。

 

 リンダはそう言ってくれた、俺もそれでマサル君に相談しようと思った。

 この神殿が次元が違うと感じたから、そこに由美子の入れる場所がある。

 最初はそう思ったんだ、でもマサル君が教えてくれた竜巻の意味。

 それを聞いて・・竜巻じゃないと感じた、ならば井戸だと感じたんだ。

 だから井戸の上に天文台が乗ると思った、その天文台に由美子が入る方法だと。


 そして地下室に現れた文字、E=mc2乗・・これはヒントなんだ。

 イメージの世界は時間がリアルと異なる、だから物質的な定義が変わる。

 それが迷いを生み出すんだ、次元が違うと感じるのもそうなんだ。

 それはやはり基本的な基準が、どうしてもリアルな世界の感覚だから。

 リアルな世界での基準は、時に支配されている・・それが狂うと感覚が狂う。

 このイメージの世界で時を計るなら、その基準は光の速度なんだよ。

 光速こそが基準、どんな時でも・・どんな場所でも一定に流れる。

 光の速度は変えられない、それは自然界の作り出した物だから。

 俺はそう想定して、由美子を神殿に連れて来る方法を考えた。


 でも俺の考えの、遥か先にいたよ・・沙紀がね。

 沙紀は全てを理解してる、だからヒノキオを作り出していた。

 それをヨーコは感じていたよね、マキに言ったから・・7人のステージの話の時。

 大ママとユリさんの前で、マキに【不思議の国のマキ】は終わってない。

 そう言って、マキも二ヤで頷いたよね・・マキのリュックに入れたよね。

 ヨーコ・・何を感じて、何を入れたの・・あのスプレー缶は何なのかな?

 ヨーコは感じてた、オババとの面接の時に・・何かを感じてたよね。

 そしてさっき確信した、だからマキに持たせたよね・・何かを作り出したんだろ。

 あのコートを作ったスプレー缶、あれこそがマキの最大の武器なんだよね。

 ヨーコの感性が、マキの感性に贈った・・最強の武器だよね?』


私は二ヤで無線で言った、モニターにはミロの後ろを歩くマキの横に、ヨーコの清楚二ヤ顔が映っていた。


「あれは物質変換装置、使用者の記憶を実像化できる。

 1度でも見た事が有るのならば、それを何かで作り出す事が出来る。

 制限時間は24時間、だからマキはコートとブーツを出せた。

 もちろん・・私もこんな物語だなんて、知る由も無かった。

 マキは画集の絵を出せる、ルーベンスの絵を見てるから。

 画集に掲載されてるレベルの、ルーベンスの絵なら実物大で出せるよ」


ヨーコは笑顔で言った、女性達に笑顔が溢れた。


「マキが中1の時の・・何年分か貯めたお年玉で、高額な画集を買ったよね・・あれにルーベンスの絵が載ってるんだ」と恭子が笑顔で言って。

「あまりにもマキらしくない行動で、ビックリしたよね~」とシズカが笑顔で言って。


「私は見せてもらったよ・・私が母を亡くして、マキの家に泊まった時に。

 絵の良し悪しも、キリスト教の事も・・何も分からないけど。

 ルーベンスの3つの絵が好きなんだって、マキが言ってたよ。

 母と自分を繋いでくれてる、大切な絵なんだって嬉しそうにマキが言った。

 ずっと記憶の中で大切にしてたんだね、感情移入をして入った世界を。

 アントワープにあるんだね、マキの大切な母の教えも有るんだよ。

 聖母マリア大聖堂にあるんだ・・シナリオの意味と、その書き方が。

 ミロ・・自分の意志で乗り越えて、パトリッシュはそれを望んでるよ。

 ミロが諦めない、強い男の子になる事を・・パトリッシュは願ってるよ』


久美子はマキの映像を見ながら、涙を流し静かに呟いた。

全員の視線がマキに戻った、マキの後ろを何かが付いて歩いていた。


その後ろ姿を見て、女性達に笑顔が溢れた。


不確かな結末に向けて流れていた、そこには結末は無いと思いながら。


結末などは無い、【終わり】も【最後】も無い。


マキはそう自分に言い聞かせていた、2人目の母の教えを復唱していた。


次に繋ぐだけ、次の何かに繋ぐだけ・・永遠に完成しない。


生命は完成をしない、【完成】も【完璧】も存在しない。


マキは強く心に叫びながら、小雪舞う石畳の道を歩いていた。。


少年の背中と、老犬の尻尾を見ながら・・マキは前に向かって歩いていた。


雪の降るアントワープの夕暮れは、聖夜に向かっていた・・。






 

 


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