帝王
その時に楽しいと実感できるのは、まだ最高ではない。
本当の楽しさとは、集中力の中にある、全てを出し切ろうとするその時にある。
後で思うのだ楽しかったと、大切な時だったと。
蘭の後姿を見送っていると、カズ君が来た。
「今から3番に入る客、見てろよ現役の帝王や、やっぱ嗅覚があるんやね~」と笑顔で言った。
私は3番に笑顔で歩いていく、40代後半であろう、スーツを着た男を見た。
ハルカの案内で歩いていると、何人かの客が挨拶をした、その男も丁寧に頭を下げた。
『指名は当然ユリさん?』とカズ君に聞いてみた。
「あの人は指名はしない、だが指名料は払う」私を見て。
「自分でユリさんと誰にって言ってな」と微笑んだ。
「うちじゃぁ、トップ4しか受け取ってない、ボーイも酒を運ぶことしかできないんだ」と笑顔で私を見た。
『何者?』と私は真顔で聞いた。
「弁護士、自分で悪徳と名乗る面白い人」とカズ君が言った。
「ユリさん今指名ついたばかりやから、蘭姉さんが行くよ、面白いから見とけよ」と笑いながら戻って行った。
私が視線を戻すと、3番に蘭が挨拶するところだった。
若手の意識がそこに集中してるのを感じた、自分の担当のお客の笑顔を作りながら。
3番の帝王は楽しそうに、蘭と談笑してる。
その時蘭が入口を見た、自分の指名客を見送りに行くカスミを見た。
蘭が突然立ち上がり、あの手で銃を作って帝王に向けた。
帝王は笑いながら両手を上げた。
蘭は不敵に微笑、入口を見た銃はそのままに。
笑顔で店に戻ったカスミにサインを送った。【来い!】と。
その時のカスミは凄かった、全身から何かが発散し、飛び散るのが見えるようだった。
その圧倒的破壊力を見せ付ける容姿が、発光していた眩しいほどに。
帝王もカスミを笑顔で見ていた。
カスミが帝王と蘭の間に入り、帝王を守るように両手を広げた。
挨拶もせず、客に背中を向けるとは、絶対に許されない事である。
しかしこの2人はやってのけた、その常識を逆手に取って、帝王の本当の笑顔を引き出したのだ。
そして蘭が【バン】感じで腕を振ると、カスミが帝王を向き。
左手で胸を押えて、右手でドレスの裾を摘み、西洋の貴族のように挨拶をした。
帝王はそれは楽しそうに拍手をした。
帝王は立ち上がり、カスミを自分の横に招き入れた。
帝王が蘭に何か言うと、蘭は不敵な笑みで、又銃を作り帝王に【バン】をした。
帝王は胸を押さえ3番席に倒れこんだ。
その胸にすがりつき、カスミが泣きまねをした。
蘭は帝王を見ながら、両手の銃を【フッ】と煙を吹くようにし、て笑顔で3番を後にした。
PGの最も高い位置にある3番劇場は、第一幕を帝王の笑顔で下ろした。
客からは見えないが、女性達は感じていた。
最高峰にいる蘭とそれに、今挑み始めたカスミを。
燃え上がるような何かが、四季やユメ・ウミから出ているようだった。
ハルカは3番の後ろの最高の席で、立ち尽くして見ていた。
登る山の高さに胸を躍らせていた。
「蘭は凄い奴や」私が振向くとマダムが立っていた。
「やってのけた、打合せも何も無しに」と笑い。
「その難問に最高の答えを出した、カスミも凄いの~」とマダムは私を見た。
「PGはどうなって行くのか、楽しみになってきたわい」と私に笑いかけ、TVルームに引き上げた。
3番のカスミと帝王は楽しそうに談笑している。
蘭が控え室に戻るのに私の横に来た。
『お見事』と蘭に笑顔で言うと、満開の笑顔でウィンクをして銀の扉に消えた。
燃え上がる四季とユメ・ウミがその蘭の背中を見ていた。
挑むのにこれ以上は無い、最高の美しい後姿を。
帝王の席はカスミとユリさんが交代する所だった。
ユリさんが座るとそこはまるで、帝王と女王が鎮座する特別な場所のようになり。
《やはり別格》と私は思って見ていた。
1時間程が経ったころ、私に衝撃の話しが来た。
「帝王があなたに会いたいって、昨夜のヒーローの少年をご指名よ」とハルカが微笑んだ。
私は一瞬固まり、しかし考えた応用問題を。
『OK願ってもない相手だ』とハルカに無理して微笑むと。
「勉強させてもらいます」とハルカがニッと微笑んだ。
私は棚の大きな救急箱を持って、裏を通り3番に向かった。
女性の意識の視線を感じながら。
3番席の横で膝をつき、帝王を間近で見た。
帝王は笑顔で私を見た、圧倒的な何かに押されながら。
「わかりますか?ここはどこですか?」と私は言った、救急箱を開けながら。
帝王はすぐに理解したらしく。
「むっむっ胸を撃たれた」と胸を押えた、奥でユリさんが笑っていた。
『大丈夫ですよ~、蘭のへナチョコ玉なら、致命傷には至りません』と言いながら立ち上がり。
『ご指名ありがとうございます、家出少年のチャッピーです』と深々と頭を下げた。
「おお、自ら家出少年と名乗るとは」と笑顔で。
「まぁ、座れよ」と隣を指差した。
「いいかな?ユリ」とユリさんに聞いた。
「もちろんですわ」とユリさんが薔薇で微笑んだ。
私は一礼して隣に座った。
その梶谷とういう、底知れぬ男との出会いであった。
「どうして、家出したん?」と聞いた、その声は圧倒的に優しく響いた。
『バカですから、親父に逆らって』と照れながら言った。
「どの位経つのかい?」と笑顔で聞いた。
『今、8日目です』と完全に素直になれていると思いながら答えた。
「やるな~と言って」帝王が私を見た。
「昨夜はユリをありがとうな」と微笑んだ。
『何も出来ませんでした』私は素直にそう思っていた。
ユリさんの前に立ったが、視線では豊兄さんを見ていたと。
「それは問題じゃない、事実が大切なんだよ、その守ろうと言う気持ちがね」と優しく言った。
『ありがとうございます、キングに言われると本当に嬉しいです』と笑顔で答えた。
「キングかっ!」と嬉しそうに言った。
『帝王とよばれてるんでしょ?』と聞いた少年らしく。
「それは、勝手に皆が言ってるだけさ」と少し照れた。
《ここだ!》と思った。
『それは問題じゃないです、その事実が大切なんです。愛されてるという事実が』と言って帝王を見た。
「ありがとう、家出少年に言われると本当に嬉しいぞ」と嬉しそうに笑った。
ユリさんも薔薇の笑顔で聞いていた。
「よし、ユリ少しこいつ借りていいか?」と聞いた。
「梶谷さんなら、かまいませんよ」と薔薇で微笑んだ。
「昨日の功績を称えて、どこか連れてってやる、ここしか見たことないんやろ」と微笑んだ。
『アフターですね』と笑顔で返すと。
「おう」と帝王が笑った。
「どこか行ってみたい所があるのか?」と嬉しそうに聞いた。
『魅宴』と笑顔で答えた、帝王はニッと微笑み。
「末恐ろしい奴だな」と笑った、ユリさんも薔薇の微笑みのままで。
帝王についてユリさんと会計に行った。
「ありがとうございます」とリンさんが深々と頭を下げた。
「リン、ありがとう」と微笑み。
「今夜は、ユリと蘭と、それとカスミと」振向いて私を見た。
『チャッピーです、覚えてね』とカスミの真似をした、帝王は笑ってリンさんに。
「そのネズミみたいな名前の少年を指名したから」と笑った。
リンさんも微笑みを返した。帝王が支払いエレベーターに行くと。
蘭とカスミも見送りに来た。
「梶谷さんありがとうございました」と蘭とカスミが頭を下げた。
「蘭、カスミ、今夜は本当に楽しかった」と微笑み「蘭、いい後輩ができてよかったな」と笑顔で言った。
「本当に喜びを感じています」と蘭も満開笑顔を返した。
カスミは本当に嬉しそうに微笑んだ。
エレベーターが来ると、カズ君がドアを止めて待った、帝王と私が乗り込むと。
「えっ!」と蘭とカスミが驚いた。
「ちょっと借りるよ」と帝王が微笑み。
『アフター行ってきます、帰ったら皇帝と呼びなさい』と言うとカズ君を含め全員で笑った。
私にとって、忘れられない時間が流れていた。
この底知れぬ懐を持つ男が教えてくれる、愛するとは何かを。