【冬物語・・螺旋の系譜⑦】
静寂の空間で俯く、その斜に構えた姿が映し出す強い感情。
別世界・別次元に身を置く存在、理解は出来ない・・感じる事しか出来ない。
律子の言葉が響いていて、女性達がマリを見ていた。
マリは強い意志を瞳に表して、私の横に来て手を握った。
「約束だったよね、小僧」とマリが同調で言った。
『OK、マリ・・始めようか』と二ヤで返した。
マリは手を離しリリーの横に座った、女性達はワクワク顔が出ていた。
その時に蘭とナギサが、久美子と秀美を連れて入ってきた。
その後ろを、ツインズと四季の3人が笑顔で入ってきた。
北斗がフネを紹介して、9人で挨拶をしていた。
「エース・・どうやるの?」とユリカが私に微笑んだ。
『簡単だよ、マリと繋がれば良いよ・・その場で手を繋いで』と笑顔で返した。
「何?何?・・何かな~、間に合ったね」と蘭が満開で微笑みながら、私と律子の間に座った。
「蘭とリリーでマリを囲みなさい、ユリカじゃ強過ぎるから」と律子が二ヤで言った。
「強過ぎる?・・楽しそうですね~」と蘭が満開二ヤで返して、マリの横に座った。
全員が隣同士で手を繋いで、4人娘も入って小さな円を作った。
『マリ・・子供もいるから、何にしようか?』と私はマリに笑顔で言った。
「一番強く出せるから、お前の4年前の今日にしよう」とマリが同調で返してきた。
その同調を感じたのか、女性達がハッとしてマリを見た。
「えっ!・・強い」とハルカが驚いて言って。
「目を開けてても出来るの・・嬉しいね~」とナギサが笑顔で言って、女性達が笑顔でマリを見ていた。
「4年前の今日が・・ヒトミに映像を貰った日なのね?」とユリカが驚いて聞いた。
「それを強く出せるの!・・それを共有出来て見れるの?」と蘭が隣のマリに言った。
マリは私を見て二ヤで促した。
『先入観を捨てて、そうしないとクリアーな映像は見れないよ。
マリの本質的な力は、知っての通り・・時に逆らえる力なんだよ。
そしてもう1つの力が、再生力なんだ・・時が重なれば、相手の記憶の再生が出来る。
記憶って・・視覚っていうか、映像的な部分は段々不鮮明になるよね。
経験した事は目で見て記憶してるのに、事実は薄れなくても・・映像は薄れる。
それは不必要だからかも知れない、そうする事で辛さが和らぐからね。
辛い記憶は強く残るけど、その瞬間瞬間の映像は忘れてゆく。
段々と映像は薄れていき、静止画像になり・・最後には静止画像も消えてしまう。
これは辛い事実でも、楽しく嬉しかった出来事でも同じだよね。
でもね・・記憶している脳の部位には、その映像も鮮明に残ってるんだ。
自分で意識して出せないけど・・強く記憶に残る映像は、確実に存在する。
人は死を強く意識する状況になると、走馬灯のように今までの場面が巡るって言うよね。
あれは本当の事なんだ・・危機的な状況とか、人生の大きな節目とかで開放される。
無意識に残していた映像が現れる、潜在意識って呼ばれるクリアーな映像がね。
マリはその記憶と同じ日になれば、その相手の映像を引き出せるんだ。
だから今日にしたんだと思う、そして律子は限界カルテットと美由紀と沙織を待たせた。
12月25日の、俺のヒトミとの思い出は・・ヒトミとの別れに直結するから。
同じ時間を共有した、あの6人には辛いんだ。
沙紀の世界の前に、それは見せられない・・その辛さは見せられない。
律子はそう判断して、6人をフロアーに待たせてるんだろう。
これから見る映像は、俺の心が強く残した・・12月25日の記憶なんだ。
もちろん俺自身でも、曖昧な部分が多い記憶なんだよ・・その真実を映し出す。
それはTVドラマや映画を見る感覚で見れる、ただヒトミの言葉は俺が感じた言葉だよ。
それが正解かどうか分からない、俺がそう思っただけなんだ。
映像は多角的に入る、だから全員で自分の家のTVの前をイメージして。
一人でくつろいでTVを見てる感じで、何も考えないで入ってね。
そのTVにマリが映像を映し出す、それこそがマリの制御できなかった力・・再生力。
強い力を持つ者に対して、このマリの再生を使うと・・現実に影響が出るんだ。
カタカタと物が小刻みに震えたり、水が渦を作ったりする。
マリは今までに、俺以外の映像を出そうとして・・何度も失敗してる。
でも最近完璧に成功するのを見た・・ハルカの16歳の映像で、証明して見せた。
マリは想像を必ず超えてくる・・マリはハルカの心の映像を、俺の映写機に転送した。
そしてハルカを俺の映像に誘った、俺はただ一番街をイメージしただけだったんだ。
ハルカの記憶の中の16歳のケイに、20歳のイメージのハルカを出会わせた。
もちろん同じ日じゃなかった、でもハルカは鮮明に描けたんだ・・その時の映像を。
そしてマリはハルカとケイを話させた、ハルカはリアルに感じていたと思う。
俺はそれで分かった、マリは制御なんて目指してなかった事を。
使用方法を模索していた、そしてヒントを得たんだ・・沙紀からヒントを受け取った。
マリは沙紀の描写力を感じて、それを自分に転用した・・そして大切な事に気付いた。
加々見御大との出会いで、それに気付いたんだと思う・・模索する方法に気付いた。
人生の逆転を模索した、強い想いを残したチェスボードに触れて・・マリは気付いた。
マリはあの時、自分から俺を訪ねて来た・・初めて自分の興味の為に行動したんだ。
そして何かを感じて、帰りのタクシーの中で言った・・あの深海の魚の詩を詠んだ。
今回の沙紀の世界は信頼関係を試される、だからマリは自分の力を見せる。
全員で静かに見て欲しい、楽しんで欲しい・・ハルカのように、真直ぐに見て欲しい。
マリは最初にハルカを指名した、それはハルカが事実と向き合えるから。
何の脚色も無く、事実だけを出せる・・それは難しい事なんだよ。
人はどっかで希望や望みを加えてしまう、無意識に過去を脚色する。
少しでも脚色が入ると、マリは再生出来ない・・事実しか再生出来ないんだ。
終わった後の感想は、マリには言わないで・・マリは全てを感じるから。
その人がどう思い、どう感じたのか・・マリには分かるから。
ただ楽しんで・・マリのクリスマスプレゼントを、受け取って欲しい』
私は全員を見回して笑顔で伝えた、女性達が笑顔で頷いた。
律子がマリアを抱いてきて座り、律子の肩をユリカとリアンで繋いだ。
『それじゃあ行くよ・・自分の部屋をイメージして、TVの前を』と私は言って目を閉じた。
蘭の部屋が出てきて、私はTVの電源を入れた。
病院のロビーが映っていた、マスクをした少女が母親に甘えていた。
ロビーの長椅子の奥に、大きなクリスマスツリーが輝いていた。
その光景に音声が入ってきた、沢山の人の話し声の中を小3の私が入って来た。
私は自分の小3の姿を見て、懐かしく感じながらワクワクしていた。
ヒトミを見れる嬉しさで、自然に笑顔になっていた。
「小僧・・ちょっと」と受付の若い女性が声をかけた。
『何かな~・・プレゼントなら受付中だよ、サンタも信じてるけど』と馬鹿な少年が二ヤで返した。
「なぜ?・・クリスマスはサンタだけです、プレゼントを贈れるのは」と受付の女性に二ヤで返された。
『そうなの・・キスのプレゼントで良いよ』と調子に乗って笑顔で言った。
「美由紀に又怒られるよ~・・返しがいやらしいって」と女性が二ヤ継続で言って、書類のファイルを差し出した。
私はそれをウルで受け取って、女性の依頼を聞いていた。
TVを見ている、現在の私は不思議に思っていた。
映像の始まりがロビーだった事を、いきなりヒトミの部屋から始まると思っていたから。
「関口先生に届けてね・・はい、お駄賃」と受付の女性が微笑んで、黒糖飴を2個くれた。
『サンキュー・・仕事さぼるなよ』と私は笑顔で返して、飴を1つ口に入れて階段を上がった。
3階のナースステーションに行って、顔馴染みのナースに声をかけた。
『関口先生は、どこにおいででしょう』と大人ぶってナースの背中に言った。
「これは小僧さん、先生は下の産科にいますよ」と二ヤで返された。
『深刻な話かな?・・行ったらまずい?』と私は真顔になって聞いた。
「大丈夫だよ・・小僧が行くと、関口先生喜ぶよ」と笑顔で返された。
私は笑顔でVサインを出して、階段を下りて産科のナースステーションを覗いた。
「あら小僧、誰に用事かしら?」と産科のナースが笑顔で言った。
『関口先生にお届け物・・黒糖飴2個で買収された』と二ヤで返した。
「まぁ、飴2個で落ちるの・・私達も考え直すね・・先生は206号室にいるよ、入って良いよ」と笑顔で返された。
『産科には飴2個じゃ買収されないよ、最低チロルじゃないとね』と二ヤで返して病室に向かった。
私は新生児室の前で、手馴れた手つきで両手の消毒をした。
そして新生児室をガラス越しに見ていた、私は隣に立つ少しお腹の大きな女性をチラチラと見ていた。
《綺麗な人だな~・・6ヶ月か7ヶ月だな、出産が不安なのかな~》と私の心の声が音声で入った。
私は新生児を一人一人確認して、206号の病室をノックした。
部屋の中から女性の返事が聞こえ、私はドアを開けて部屋に入った。
『関口先生に、お届け物を頼まれて』と私はベッドに座り乳児を抱く女性に笑顔で言った。
「どうぞ、入って良いよ」と女性が笑顔で返してくれた。
部屋の奥に進むと、関口医師と産科の医師がいて、私は関口医師にファイルを渡した。
そして母親に近寄り、笑顔で乳児を見て、乳児の手を握った。
《香苗だったのか、綺麗なお母さんで良かったね・・香苗》と心で囁いた。
香苗は笑顔になった、私も笑顔で返して手を離した。
「小僧・・香苗ちゃんをどう思う、心配無いよな?」と関口医師が真顔で聞いた。
『心配って、呼吸の事?・・全然大丈夫だよ、香苗寒かったんだよ産まれた時。
お母さんが体を大事にして、暖かい場所ばかりにいたから驚いたんだよ。
外の世界に出て、その寒さに驚いたんだって・・それで少し風邪をひいたんだね。
だから産まれた次の日に、呼吸が乱れたんだよ・・それだけだと思うよ』
私は関口医師に真顔で言って、母親を見て笑顔を出した。
「そうなのね、ありがとう・・小僧ちゃんの言葉なら信じるわ」と母親が笑顔で言った。
『俺の言葉じゃないよ、香苗の言葉だよ』と私は笑顔で返して、母親の瞳を見ていた。
母親の嬉しそうな瞳を見て、私はハッとした。
《しまった!・・どうして気付かなかった》と私は心の中で叫んだ。
『急用を思い出した・・香苗、またね』と香苗に言って、母親に頭を下げて病室を飛び出した。
私は焦って新生児室の前に走った、その時に女性の歩く後姿が見えた。
私は静かに近付いて、女性の後ろを歩いていた。
その女性は階段を上り、屋上に出て海の方に歩いた、私はその背中を少し離れて見ていた。
《どうして育てられないんだろう?・・あんなに子供を愛してるのに》と私は心に囁いた。
女性は海を見ながら、コートのボタンをとめてお腹に手を当てていた。
『お腹の赤ちゃんは寒くないんだよ・・今ね、産科で一人の赤ちゃんに会ってきたよ。
その子ね、産まれた時に外の寒さに驚いて、風邪をひいたんだよ。
だから少しの寒さも教えた方が良いのかも、お母さんの温度だけでも暖かいからね』
私は多分必死の笑顔だったのだろう、その女性は私を見ていた。
その瞳は深く沈んで、悲しみを表していた。
何も言わない女性の瞳を見て、幼い私は限界だったのだろう、女性のお腹に両手を当てた。
『なんで、育てられないの?・・聞いても、俺は子供だから分からない。
でも産んでよ・・絶対に産んで、そして捨てて・・子供には生きる権利が有る。
親が育てられなくても、子供には生きる権利が有るよ。
だから捨てて・・そうすれば生きる未来が出来るから、捨ててよ。
子供にはその方が不幸じゃない、たとえ両親がいなくても生きられる。
俺は施設にも沢山の友達がいるから、それを知ってるから・・お願いだから捨てて。
母親の気持ちは、お腹の中の子供が一番分かってる・・だから嘘つかないで。
泣いてるよ・・この子は泣いてる、自分が母親を苦しめてると思ってる。
お願いだから付いて来て、この子に会わせたいんだ・・俺の大切な人に会わせたい』
私は何も言わない女性の手を引いて、3階に下りてヒトミの病室に入った。
ヒトミを見た時に、ヒトミの左手が少し上がっていた。
小2の哲夫が驚いて振り向いて、私達を見ていた。
私は凍りつく母親を引っ張って、ヒトミの横に立たせて、ヒトミの左手をお腹に当てた。
私は映像で見ながら、手に取るように分かった、優しく暖かい空間が出来た事を。
『ヒトミって言うんだ・・ヒトミは産まれた時から、こうなんだよ。
それでも生きている・・生きたいと思ってる、だから約束して。
俺とヒトミに約束して、産むって約束して・・もうこの子は手も足も有るよ。
もちろん心は、お腹の中に産まれた時から有るよ・・だから産んでよ。
どんなに過酷な事でも、子供は生きていけるよ。
この哲夫も両親がいない・・でも今は施設で楽しく生きてるよ。
お願いだから、産んでね・・お願いだから、約束してね』
私は必死で強く伝えた、哲夫の強い瞳を真横に感じていた。
女性は泣きながら私達を見ていた、その瞳の悲しみが深すぎて、私は凍結しているようだった。
「約束するね・・ごめんね・・ありがとう」と女性が言って、私を抱きしめてくれた。
私は女性のお腹に耳を当てて、目を閉じていた。
《甘い香りがするね、女の子だね・・大丈夫だよ、俺が必ず出会ってみせるよ。
お母さんは君を大好きなんだよ、だからもう泣かないでね。
何も心配しないで良いよ・・俺は必ず出会ってみせる、約束の子供に。
だから元気を出して、産まれて来てね・・待ってるから。
俺は小僧・・そしてヒトミと哲夫、その3人が待ってるからね》
私は母親の温もりの中で心に囁いた、そして強く温度で伝えたのだろう。
私はその母親を病院の出口まで送った、母親は振り向いて私を見た。
『女の子だよ・・予定日はいつなの?』と母親に笑顔で聞いた。
「3月1日だよ、女の子なら3月3日が良いな~。
心配しないで、約束は必ず守るから・・そして出来る限り育ててみるね。
ヒトミちゃんにありがとうって伝えて、ヒトミちゃんの気持ちが伝わってきたよ。
本当に優しい子だね、あんな子になって欲しいな~・・女の子なら。
響いたよ、捨ててって言葉が響いたよ・・誰にも言えない言葉だったから。
やってみるよ、全力でやってみる・・それでも無理な時は、それを選択するね。
あなたは出会ってくれるんでしょ、あなたはそれが出来るんでしょ。
だから響いたんだよね、お腹の中に響いたよ・・ありがとう、やってみるよ」
女性は笑顔でそう言って、振り向いて背を向けて歩き出した。
私は女性の瞳が復活を示して強かったから、自然に笑顔になって見送っていた。
私はこの事実を完璧に忘れていた、その頃はヒトミに集中していたからだろう。
そして衝撃的な自分の言葉を聞いて、自分自身が完全凍結する。
『風が暖かいな~・・春の風みたいだ、あの子の香りがする・・甘い香りが』と私は目を閉じて言った。
病院の入口のロータリーの前で、9歳の自分が瞳を閉じて呟いた。
その光景を上からの映像が映していた、私は春風に吹かれながら笑顔になっていた。
『モモカなのか・・モモカだったのか・・ヒトミと交信してたのか、モモカも』と私はTVの前で言葉に出していた。
映像の中の私は笑顔で病院に入って行った。
そして帰る哲夫と馬鹿話を少しして、ヒトミの病室に入った。
私はヒトミの左手を握って、笑顔でヒトミを見ていた。
TVの前の私は嬉しくて、その映像のヒトミを食い入るように見ていた。
『ヒトミ・・ありがとう、伝えてくれたんだね』と笑顔で言った。
「うん・・可愛い子だよ、素敵な子だね」とヒトミが返してきた、その言葉が可愛い声でTVから流れた。
『クリスマスだから、今日は何しようか?』と私は笑顔で言った。
「小僧と行きたい所が有るの」とヒトミが返してきた。
『どこに行きたいのかな?・・俺はヒトミと一緒なら、どこでも行くよ』と私も嬉しそうに返した。
「イメージの世界を映像で見るの、マリちゃんの世界で感じたでしょ。
小僧は入ったよね、マリちゃんのその世界に。
だから私の段階の時に、探しに来てくれたよね。
それは私のイメージに入ったんだよね、でもそれは共有じゃないのよ。
小僧には今は難しいかも知れないけど、共有じゃないとお互いを理解出来ないの。
共有の為には、映像が必要なの・・TVみたいな映像がいるのよ。
2人が共有出来て、同じ世界に互いのイメージを入れることが出来る。
そんな基本の映像がいるの・・私は持ってるけど、映像を映すのには体力がいるの。
だから今の私じゃ出来ないの・・私の映写機を小僧にプレゼントするよ。
クリスマスプレゼントで、だから私のお願いも聞いてね。
小僧が映像を出せるようになったら、私は小僧に初めてお願い事をするから。
その時は真剣に聞いてね、そして私の気持ちを・・心を感じてね。
私はずっと迷っていた、その決心が出来たよ・・今の出会いで。
お腹の中に存在する、素敵な少女を感じて・・それが小僧の道だと感じたから。
私も残したいの・・小僧の道を繋ぐ、その一員に成りたいの。
小僧・・今は考えないで、難しく考えないで・・あなたは考えたら駄目よ。
あなたはどんな考えよりも上を行く、その行動力で思考を追い越すよ。
必ず素敵な仲間を作るでしょ・・そして挑む時が来るよ、私との約束に挑む時がね。
それまでに経験して、そして映像を拡げて・・鮮明にしてね、その出会う力で。
この映像という能力が、必ず役に立つ時が来るからね」
ヒトミは強くそう言った、私は笑顔で頷いた。
『ヒトミ・・また難しいこと言って、俺は分からないよ。
ヒトミと違って、俺の心は子供だから・・考えようと思っても、出来ないから。
だから考えないよ、今は考えない・・いつか分かるんだよね。
映像だね・・了解、やってみるよ・・それが出来れば、行けるんだね。
ヒトミと一緒に、何処にでも行けるんだね・・何をすれば良いの?』
私は笑顔で聞いていた、TVを見る私はこの会話も忘れていた。
幼い私には難しく理解出来ない話だった、ヒトミは何故かそんな難解な表現を選んでいた。
「リアル感が大切なの・・小僧が目で見てきた世界を、リアルに描ける事が。
だから最初は学校にしよう、校舎を思い出して・・教室も。
それをイメージして、出来るだけリアルに・・その世界が現実と変わらない位にね。
それが出来たら、私がその小僧のイメージに入るよ・・そして映写機を渡すから。
私は歩いて入るから、自分の健康なイメージで入るからね。
驚かないでね、そして笑わないでね・・絶対にいやらしい目で見ないでね。
待ってるから・・イメージ作りしてみて、それがリアルになれば入れるから」
ヒトミは楽しそうな声で言った、私はそれが嬉しいのか笑顔で頷いた。
『やってみるよ・・待っててね』と私は笑顔で言って目を閉じた。
TVの映像は真っ暗になって、私の心の呟きが解説していた。
《まず・・登校で良いな、正門から入ろう》と私の声が響いた。
TVの映像に光が入り、徐々に明るくなった。
見慣れた小学校の正門が現れ、その横の桜の大木が現れた。
そして真新しい体育館と校舎の線が描かれて、立体的になって色付けされていった。
私はゆっくりと歩いて入ってるようだった、映像は私の目線をずっと映していた。
私は正門から入り、花壇を加えて駐車場を描いた。
そして教師の自家用車で、その当時の私の大好きな車、コスモスポーツを描いた。
私はコスモの描写を緻密にやり、その事に時間を費やしていた。
『全く・・無駄な事に時間を使って、でも良幸先生のコスモ・・贅沢だよな~、公務員のくせに』とTVに向かって話していた。
私はコスモを描ききり、納得した感じで映像が上下に揺れた。
幼い私は多分ニヤニヤ顔で頷いたのだろう、ようやく歩き出した。
そのコスモを緻密に描いた行為が、リアルなイメージを追いかける訓練になったのだろう。
校舎に入ると下駄箱が一気に描かれた、自分で意識できないようなスピードで描かれ始めた。
下駄箱の横の掲示板が現れ、私の読んだ事の無い張り紙も現れた。
私は靴を脱ぎ、自分の下駄箱から不思議な落書きをした上靴を出して履き替えた。
上靴の外側の側面に、3本の線が黒マジックで描かれていた。
『ア○ィタスだな・・貧乏人の憧れが出てるな~・・粗悪な模造品だな~』と私は独り言を照れながら言っていた。
『まずいよな~・・俺にも感想言うなって、言っとけば良かった・・絶対、笑い話になるな』と私はTVに話しかけていた。
映像の私は廊下を歩いていた、廊下の風景も一気に描かれた。
私は慣れたのだろう、歩くスピードが上がっていて、リアルな動きに近づいたと思っていた。
廊下の傘立てや、掲示されてる意味不明の1年生の絵画を見ながら、奥の階段を上がろうとした。
その時に後ろから声をかけられる、私は笑顔で振り返った。
「小僧・・珍しく早いね、集団登校してないな」と沙織が笑顔で言った。
『沙織・・どうして出てくるの?・・そんな馬鹿な』と私は驚いて沙織に言った。
「馬鹿なのは、あんただろ・・何寝言言ってるの・・さては昨日、ヒトミの部屋で夜更かししたね」と沙織が私の横に並んで二ヤで言った。
私はウルで返して、2人で階段を上った。
TVの前の私は、映像でアップにされる、可愛い小3の沙織の顔を見ていた。
そして自分の未熟さが恥ずかしかった、ヒトミは特別としても、どう見ても沙織は私より進んでいた。
『ねぇ沙織・・変じゃない?・・誰もいないんだよ、それに足りない風景もあるし』と私は沙織を見て言った。
沙織は笑顔で私を見ているだけだった、私は沙織の瞳を見ていた。
映像は段々と沙織の瞳のアップになり、その純粋な瞳が映像を支配した。
《そっか~・・この沙織は俺が描いたんだな、無意識に描ける物は自然に出てくるんだ》と私の心の囁きが聞こえた。
その声で映像が未熟な私の視点に戻った、私は沙織の手を強引に繋いで。
沙織の笑顔を確認して、2人で教室に入った。
誰もいない教室はリアルだった、黒板の上の訓示の額が少し傾いていた。
左前にある担任の机の上に、見慣れた本が並んでいた。
私は沙織の手を引いて、窓際の棚に歩いた。
そして沙織と2人で水槽のメダカを確認して、お互いに顔を見合わせて笑顔になった。
『沙織・・ヒトミがね、映写機をくれるんだよ・・俺、凄く楽しみなんだ』と真横の沙織に言った。
沙織は私を笑顔で見ていた、その笑顔が可愛かった。
そして馬鹿な私の心の声が響く、9歳の幼い好奇心が動き出す声が。
現実の私は、その心の声を聞いて、動揺し映像を切る方法を必死に探してしまう。
その心の声は・・強くこう言ったのだ。
《この沙織になら、キスしても良いよな~》と沙織の可愛い笑顔を見ながら、私の中の悪魔が呟いた。
『馬鹿な!・・やばいよ、やばすぎる・・どうして言葉にする、未熟者が・・愚か者が!』と私は映像の幼い自分を叱責していた。
しかし心はひどく動揺して、背中に汗が噴出していた。
私の耳には聞こえていた、女性達の爆笑の声がイメージ出来ていた。
私は震えながら映像を見ていた、不安で目を逸らしたい衝動を必死に抑えていた。
『まさか・・実行しないだろう、俺だから・・絶対にしないだろう』と私はTVに強く言った。
映像はずっと沙織の笑顔だった、未熟な心を悪魔に売り渡した私は、その笑顔をじっと見ている。
TVの前の私は緊張して、両手の拳を握っていた、その拳の中に不快な汗を感じていた。
「ストップ・・そこまで・・馬鹿者が~・・修行が足りん」とヒトミの声が響いた。
教室の後ろの扉に、ヒトミが仁王立ちで立って私を睨んでいた。
TVの映像が曇り、潤みを表現していた。
私は立っているヒトミを見て、その場に凍結して泣いているようだった。
ヒトミは笑顔に戻り、教室を歩いて近づいて来た。
私はTVの前で泣いていた、9歳の可愛いヒトミが映像で迫ってきた。
マリのクリスマスプレゼントは続く、私の記憶に眠るヒトミを再生してくれる。
私は今現在でも、マリとの一日を絶対に予定に入れる。
その日だけは、誰にも・・何事にも邪魔はさせない。
マリは年に一度だけ、私にプレゼントをくれる・・再生のプレゼントを。
その映像には、チサとヒトミが鮮明に現れる・・そして完璧な姿で現れる。
23歳のリンダと20歳のマチルダが、出会った頃の微笑で登場する。
それを迎える私の真横に、美しい笑顔が存在する。
腕を強く組み、体を密着させる・・美しい28歳のユリカが微笑んでいる。
私は年に一度だけ出会えるのだ・・愛する女性達に・・ありがとう・・マリ。