真価
相手を認め信じると、目で会話ができる。
そこには少しの疑念があっては、伝わらない。
相手を理解するのではない、自分を理解する事が第一条件である。
少し早い終焉に向けて、最終段階に入った4番席。
中年のスーツを着た、サラリーマン2人組みは笑顔を見せている、青い炎と妖しい光に挟まれて。
私の後ろの狭い空間には、ユリさんとアイさん、サクラさんが揃って静かに見守っている。
その後ろに四季が来て、固唾を呑んで見ている、ラストシーンを。
蘭が突然ピョンと立って、お客2人を舐めるように見ると。
カスミもピョン立って、胸を隠して舐め回すように見た。
蘭は大袈裟なジェスチャーで、自分の胸元を隠したが。
お客が手を横に振って必要ないよ、言うように笑っていた。
お客の2人もピョンを真似て、立ち上がると、笑顔で会計に4人で向かった。
「うん、お見事」とユリさんは呟いて、最後の客の見送りに行った。
アイさんもサクラさんも、嬉しそうに見ていた。
「か~、うかうかしてたら、私ら脇役も貰えんね」と美冬さんが言い。
「本当に凄いのが来たもんだ」と千秋さんが言って、4人で微笑んだ。
「誰かが覚醒させるからね~、真昼間の、青島のど真ん中で、お姫様抱っこするんだから」と千春さんが言った。
『見たな~』と私は振向いて笑った。
「カスミを、そりゃあ目立つわ」と千秋さんが笑い。
「明日、青島に集合」と美冬さんが笑った。
蘭とカスミが店に戻ってきた、蘭が右手を開いて出すと、カスミがそれにタッチした。
蘭は微笑、カスミは本当に嬉しそうに笑っていた、ケイはその姿をじっと見ていた。
女性達が集まり、10番に座りミーティングを待った、ボーイが戻るのを。
マダムが来たので。
『俺、松さんと代わろうか?』と聞くと。
「お前はケイの担当や、重要な仕事やからおらんといかん」とフロアーを見て言った。
『了解』と言って、片付けをしているケイを手伝った。
ボーイが揃い、アプローチに整列した。
ケイがそこに並んだので、その横に立った。
「仕事終わりにすまん」と徳野さんが経緯を話した、今夜のカズ君の事も。
「店では絶対に守るから、私生活に充分気をつけてくれ」とゆっくりと全員を見回し。
「早急に終わらせるから」と虚空を見つめながら言った。
「PGであることを、悟られないように気を付けてくり」とマダムが言ったときに、手が上がった、蘭だった。
「なんだ、蘭?」マダムが指名した。
蘭は立ち上がった、私は見惚れていた、【その時】が来た表情を。
「確かに怖いです、でも下を向くような事は、したくありません」青い炎を身に纏い。
「私達はPGである事に、誇りを持っています」周りを全て包み。
「だから、逃げているような事だけは、私はしたくない」そう言って、炎で包んだ。
「賛成」とアイさんとサクラさんが即答し、手を上げると。
次々に手が上がり、女性全員が手を上げた、見るとケイも上げていた。
マダムは下を向いていた、嬉しさが溢れたのだろう。
気持ちが伝わっていると確信できて。
マダムは何も言えない、静寂が全てを支配していた。
「ありがとう、とっても嬉しいです」ユリさんが言った。
「でも、細心の注意は忘れないで下さい」と深々と頭を下げた、美しい姿勢のまま。
女性全員が立ち、頭を下げた、分かりましたの返事のかわりに。
「この事件が解決したら、本格的にケイをステージに上げます」ユリさんがケイを見て。
「今のPGなら絶対に大丈夫だと、今夜確信しました」と女性達を見た。
「ケイにその【真価】を問いましょう、ステージに立つのか、裏方なのかを」静寂がまた支配した。
その厳しい言葉は、全員に向けて発せられた事を、皆分かっていたからだろう。
ケイはユリさんを見ている、凛とした姿で、目を逸らさずに。
『ケイ姉さん、一言どうぞ』と小声で下を見て言った、【あっ!】と我に返り。
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」とケイが深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」と女性達全員で頭を下げた、誰一人笑顔は無かった。
その緊張感の中で、ケイは華やかに咲こうとしていた。
もう目に迷いを探すことさえ、出来なかった。
「では、解散」マダムがやっと言葉を口にした。
「ありがとう、さすが私の会話ロボットね」とケイが微笑んだ。
『ケイ姉さん寝てるから』と笑うと。
「少しウトウトしただけよ」と美しく笑った。
『75点』私はカスミを真似た。
「いつまでも、厳しい先生でいてね」と微笑んだケイを、少し遠くに感じた。
「私はもう、外に出ないからサクラさんを助けてきて」とケイが言ったので。
『了解』と言ってTVルームに向かった。
TVルームには、サクラさんはまだ来てなかった、マダムと松さんがいた。
「蘭はやっぱり勇気があるね、たいしたもんだよ」と松さんが言った。
『俺もそう思います』と正直に言った。
「良い店になったよ」と松さんが言った、マダムは黙って微笑んでいた。
サクラさんが来て、私がエミを抱いた。
「ありがとう、エミはもう寝てる時しか、抱き上げられないかもよ」と笑った。
『おませさんだな~』とエミを見た、静かに眠る宝物を。
サクラさんを見送り、エレベーターに乗って。
『ありがとう、助かりました』とカズ君にチャリの鍵を返した。
「いつでも貸すかい、言ってくれ」と笑った。
「ケイを頼むな」真剣に「俺達にとってケイは特別なんよ」と言って照れた。
『全力を尽くします』と真顔で返した。
「よろしく」と笑った、本当に優しい男だと思っていた。
TVルームに帰ると、蘭が来ていた。
「かも~ん」と蘭が微笑み手招きをした、「早く魔法をかけなさい」と笑った。
『マハリクマハリタ』と笑顔で言ったら。
「それだったのか」と満開で笑った。
「今日の私の反省点は、セ・ン・セ・イ」と満開で言うから。
『胸のネタに頼り過ぎてるな、もう少し政治経済を頑張るように』と笑顔で言うと。
「やっぱっりばれてた」と小動物の笑顔で舌を出した。
マダムも松さんも笑っていた。
「ユリはまだかの~」帰ってきたケイに、マダムが言った。
「カズさんが上に送ったって、心配してました」とケイが言った。
「迎えにいって来い」マダムがわざと下を見て言った、ケイは笑顔で座った。
『この雰囲気は、俺なのかな?』と言うと。
「いい役やらせてくれるって、良かったね」と蘭が笑った。
「屋上です、ユリさんの一人になりたい時の大切な場所」とケイが言った。
『しかたがないな、ユリもいつまでも甘えん坊で』と言いながら立ち上がり。
『ちょっと、マハリクしてくるよ』と言うと、4人が声を殺して笑っていた。
私は裏階段を屋上に上がった。
屋上はベンチと、壊れかけのテーブルがあるだけの、ただ広いスペースだった。
南風が強く爽やかだった、ユリさんは風が吹いてくる方の、手すりにもたれた風を受けていた。
私服のワンピースから出た、綺麗な脚が、風を押し返すために少し開き。
風に任せた髪が、綺麗に靡いていた、その美しい後ろ姿に暫し見惚れた。
『細心の注意をはらえって、言っておきながら、一人でこんなとこにいたら、駄目じゃないか』と大人っぽく言って隣に立った。
「ごめんなさい」少しトーンが違うので、ユリさんを見た、優しい顔をしていた。
「私、ずっと肩肘はって来たから、私がいないと駄目だって思ってて」前を見ている。
「今夜、皆が成長した姿見たら嬉しくて」私を見て薔薇で微笑んだ。
「一人じゃないって思えたから」と目を潤ませた。
「そうしたら、マリアの事を寂しい思いさせてると、感じて・・・」ユリさんの目から涙が溢れて、頬に伝った。
私は無意識に抱きしめた、ユリさんを。
『確かにマリアは寂しいかもしれないけど、ユリさんの子供であることを』少し力を入れて。
『喜びに感じています、それだけは確かに感じます』と囁いた。
ユリさんは静かに抱かれていた、我に返った私は、その大それた行動に、自らが焦っていた。
「ありがとう、魔法使いさん」と微笑んで、「泣いてる女をこれからどうするの?」と静かに言った。
私はユリさんのあまりの近さに、焦りながら。
『優しくキスをする』と無理して笑顔を作った。
「正解」そう微笑んで、優しくキスをしてくれた。
たった一度の、浅く短いキスだった。
私には忘れることのできない、大切な思い出。
南風が運ぶ潮の香りと、遥かなる薔薇に抱かれて・・・。