巣立
夏を楽しむ若者達が、その自慢の体と自慢の車で集まっていた、新たなる出会いを求めて。
夏の熱が何かを溶かし、開放感を楽しむように、笑顔が溢れていた。
若者という表現にも、到達できてない私は悔しかった。
その視線に対抗するために、カスミを抱きあげた。
カスミの言った【負けず嫌い】はそう言う点では当たっていた。
カスミは自分が、からかった事に対するものだと思っていた。
私はやはり、蘭のPGでの仕事上の客を羨ましく思い、どこかで妬んでいた。
だから、蘭と同じ世代の彼らに対抗して余りある、カスミという絶対の存在を抱き上げて歩いた。
その彼らが絶対に持ち得ない、最終兵器のような女性を、抱きあげられる事を見せたのだ。
それは子供染みた考えだった。
しかしこれを境に、私とカスミの距離は近づいていく。
「今から堀切を上がるよ」車に乗るとカスミが言った。
『冗談でしょ?ね?』私は聞き返した。
「その頂上にあるんだから、目的地が」と美しく笑った。
『ヤングのドッグ』私が笑顔で言うと。
「100点」と言ってスピードを上げた。
【ヤングのドッグ】とは、その当時堀切峠の頂上駐車場にいた移動販売車で、ホットドックが名物だった。
『てんとう虫、大丈夫かな?』と心配顔で聞くと。
「見た目より根性あるんだよ」とカスミは微笑んだ。
『持ち主と逆だね』と笑顔で言うと。
「0点」と言って、カスミが笑った。
てんとう虫は命がけで堀切峠を登りきり、私はカスミとヤングのドッグを食べた。
「やっぱ、最高~」と眼下に広がる太平洋に向かい、カスミが大声で叫んだ。
「あ~すっきりした」と振向いて、輝きながら笑った。
帰りもトコトコと走っていた。
『カスミねぇ』言い直して、『カスミは、宮崎の人じゃないの?』と聞いた。
「どうして?」とカスミが返した。
『言葉が少し違うと思った』と素直に言った。
「私は博多タイ」と語尾を強調して微笑んだ。
『都会人やな~』と私が言うと。
「変わらんタイ」と笑った。
『何で宮崎に来たの?』そう言うと、わざと悲しそうなふりをして。
「それを、聞くの」と泣き真似で言った。
『駆落ちか、逃避行か、追いかけてきたか、どれか正解ある?』と聞くと。
「あるよ」とカスミが笑った。
『なんだ、意外に面白くない』私が笑顔で言うと。
「面白いってどんなのよ?」と真顔で聞いた。
『失踪』と私は言った。
「確かに、そっちの方が響きがいいわ~」と笑い、「今夜から使わせて頂きます」と微笑んだ。
『影ある女を演じないと駄目だよ』と笑顔で言うと。
「有るでしょう、暗いのが」と背中を見せた。
『0点』と返した。
『ありがとう』と江○病院に着いて、礼を言って車を降りた。
「今度また、一人で行きづらい第2弾付き合ってね」とカスミが美しい笑顔で言った。
『優しく教えて下さい』と笑顔で返した。
「教えるほど経験ない」と笑いながら帰って行った。
「今日はカスミ姉さんとデート?」ハッとして振向くと、マリアを抱いたケイが立っていた。
『奇遇ですね』と焦って言うと。
「マリアは騙せないよ、おんもって言うから今出た所」と可愛く微笑んだ。
『マリア、お仕事のお話してたんだよ』とマリアを抱きながら言うと。
「マリア騙されたら駄目よ、浮気者だから」とケイが笑った。
『ケイ姉さん、やきもち焼いてますね~』とマリアに笑顔で言うと。
「もち~」とマリアがケイを見て笑った。
「マリア、私が育てたのに」とケイが泣き真似をした。
「けい」とマリアが呼び、ケイが見ると「がんば」と言った。
ケイと私は2人で笑っていた。
「サクラさんの旦那さん順調で、今マダムとユリさんがお見舞いに」とケイが言った。
『よかったね』と2階の病室を見た。
エミとミサの笑顔が見えるようだった。
私はカズ君のチャリを漕いで、PGのビルに行き、元あった角に鍵をかけて止めた。
靴屋を覗くと蘭と目が合った。
「あと1時間」と蘭が口パクで言い。
『マルショク』と私は指差した、蘭は笑顔で頷いた。
1時間後、蘭が来て車に乗ると。
「今日は早いから、今夜はハンバーグよダ~リン」と満開で笑った。
『いいね~いつもありがとうな、マイハニ~』と私も笑顔で返した。
「一人じゃ作らないのよね」と蘭が言った。
『カスミみたいな事を言うんだね』とニヤで言ってみた。
「カスミちゃんに会ったの?」と蘭がとぼけて微笑んだ。
『会っておでこ押されたよ』と笑顔で返した、蘭はニヤで笑い。
「ばれてるっぽい?」と満開で微笑んだ。
『話、引き出すの上手って言ったのは、蘭だよ』と私も笑った。
「で、なんか良い事あった?」と私を覗き込むから。
『伝説を1つ作ってきた』と笑顔で言うと。
「なに?なに?」と催促した。
『カスミをお姫様抱っこして、青島の若者達の中を歩いてやった』とニヤで言って、蘭を見た。
「やるね~」と満開で微笑んだ。
「さて、今から青島いくよ・・妬いたから」とわざと私を睨んだ。
『土曜の夜の一番街の方がいいよ』と私が言うと。
「それが、いいかも」と蘭が満開で笑った。
部屋に帰り、お互いシャワーをして、蘭がハンバーグ作るの見ていた。
「食器と掃除機ありがとう」と蘭が微笑んだ。
『洗濯はさすがにしなかったよ』と言うと。
「どうして?」とニヤで聞いた。
『嫌じゃないかと、下着とか』と照れると。
「嫌じゃないけど、恥ずかしいからしないでね」と満開で微笑んだ。
『すっごい、おばさんぽいの着てるとか』とニヤで返した。
「見せるよ」と笑顔で睨んだ。
『失神するから勘弁して下さい』とウルウルで言った。
蘭の手作りハンバーグを食べて、タクシーで出勤した。
本当に蘭とは楽しかった、その2人の時間は大切な物だった。
そして私は忘れていた、あの目の事を。
静かに忍びよってるとも知らずに、蘭と楽しんでいた。
PGに着いて、まだ早かったので蘭も一緒にTVルームに行った。
ケイがいて、3人娘はままごとを楽しそうにしていた。
『ケイ姉さん、今夜は余裕ですね』と笑顔で言うと。
「掃除の日はね、それに弟子もついたし」と可愛く微笑んだ。
「役にたってるの?」と蘭がニヤニヤしながら聞いた。
「はい、若手の人は客に嫌なことされたら、チャッピーで解消してるみたいだから」と笑った。
『やはり、そうだったか』と私は右手に拳を作り、震えて見せた。
「特に誰かな?」と蘭が笑いながら聞くから。
『四季が特に』と言うと、蘭もケイも楽しそうに笑った。
「ここが一番楽しそうだね」と突然カスミが入ってきた。
『おはようございます、カスミ姉さん』と言ったら
「2度目だろ」とカスミが笑った。
「はい、三松のういろう、お土産」とカスミがケイに渡した。
「ありがとうございます」とケイが笑顔で礼を言った。
「ケイ、早くフロアー出ろよ、楽しみに待ってるからね」と美しく微笑んだ。
「がんばります」とケイも微笑んだ。
「蘭姉さん、ありがとう」とカスミが笑顔で言った。
「中々の優れものでしょ」蘭が満開で笑った。
「すぐ調子に乗るとこを除けば」とカスミが言った言葉で、3人は笑った。
カスミと蘭は一緒に準備に行った。
松さんとマダムが来て、私とケイも定位置についた。
予約確認が終えると、7時45分、ライトが灯され静寂が支配する。
私はこの時間が好きだった、なんともいえない緊張感に包まれるから。
「なにかした、カスミ姉さんに?」とケイが隣に来て言った。
『なぜ?』と真顔で聞くと。
「私にあんなこと言う人じゃなかったから」と探るような目で聞いた。
『本心でしょ、ライバルって欲しいもんじゃないですか』と思ったことを口にした。
「私が、カスミ姉さんのライバルに」とケイらしく考えていた。
ケイが私のお腹のスイッチを突然押した、私はケイを見た。
「あなたの正直な、感想を聞かせなさい」ロボットに対する命令口調で、前のフロアーを見て言った。
私はケイの横顔を見て、その真剣さに押されて話した。
『俺はフロアーの仕事は分からない、大変だという事しか』私もロボットらしく前を見て。
『この前ユリさんと蘭が話してるのを聞いて思ったんだ』静寂のフロアーに向けて。
『伝えられて響いた事は、伝達しないといけないって、昨日エミを見つけた時に確信したよ』ケイを見ずに、前をみて。
『俺は今ケイ専用ロボットだから、本当の気持ちを言うよ、でも普段は絶対に言わない、そして正しいかとか間違ってるなんて事で、判断はしないでほしい』
『俺はユリさんの継承者は、ケイだと思ってる、絶対にユリさんも、それを望んでると感じている』そう言ってケイを見ようとした。
「まだ、見ないで」とケイが言った、「お願いだからもう少しロボットでいて」と優しい声で。
静寂の戦場を2人で見ていた、1人はもうすぐ戦地に行く、私はその時に決めた。
私が自分で稼いだ金でPGに来る時は、最初にケイを指名しようと。
その時に戦場から、ここを2人で見ようと。
元来の話好き・聞き好きの私は、完全に素直な自分を意識できるところまで来ていた。
それを言葉に乗せることも、かなりスムーズになってきていた。
私の巣立ちはまだ遠かった、隣にいる可愛い小鳥は、完全に巣立ちの準備が出来ていた。
踏み出せば必ず飛べる、美しい羽を隠して。
飛ぶ空をイメージしていた、前だけを見て・・・。