紋章
惹かれたなら話しかけてみないか、その時は一瞬だから。
恥をかいても、無視されてもいいじゃないか、その時も一瞬だから。
運命なんて無いんだから、それは後からの言い訳だから。
もし運命があるのなら、それは勇気を持って、踏み出した先にしかないよ。
強弱も角度も計算された、光の照らすフロアー、それはまるで舞台のようだ。
演者はドレスを纏い微笑みかける、全員が主役である。
皆、次のカーテンコールを待ちわびている。
その日も順調に幻想の宴が終了した。
私がTVルームに行こうとすると、徳野さんに呼び止められた。
「いい仕事だった」と小さな箱を渡された。
「俺からの礼だと思ってくれ、ここで開けるなよ」と言った。
『ありがとうございます』と私は受取り礼を言った。
徳野さんは、照れくさそうに背中を向けて、右手を肩まで上げて立ち去った。
私がTVルームに行くと、松さんが笑顔で私を見た。
「あんたは、口だけロボットじゃないよ」と松さんが言った。
「度胸は蘭譲りやな、いい顔しちょったぞ」とマダムが笑顔で言った。
『ただ、夢中で』私は照れてそう言った。
3人娘の寝顔を見ながら。
「マイダ~リン、今夜はユリさん、マダムの家にお泊りらしいから、帰ろうか」と蘭が言って、目敏く私の手に持ってる小箱を見つけた。
「誰のプレゼントかな~、この浮気もん」と言って笑った。
『徳野さん』と私が言うと、「えっ!」と蘭が驚いた。
マダムも松さんも驚いているようだった。
「中身は?」蘭が聞いた、その時ユリさんが来た。
『俺の前で開けるなって言われたから、まだ見てない』と笑顔で返した。
「早く、早く」と蘭が言った。
私は小箱の蓋をそっと開けると、中からPGと彫り込んであるバッジが出てきた。
「うっそー!」蘭が驚き「まぁ、素敵」とユリさんが言って。
「徳もにくい事が出来るようになったもんや」とマダムが笑顔で言って、「本当に」と松さんも笑顔だった。
「認められたんだよ、あなたも一員として」と蘭が嬉しそうに言った。
『本当に!』私は嬉しかった、その無骨な優しさが、銀のバッジを見ていた。
「それを返せと言われない限り、あなたは何処にいても、どんな時もPGの一員だから」ユリさんが薔薇の笑顔で。
「いつでも、帰ってきていいって事なのよ」バッジを見つめる私に。
「それは、マダムにも私にも贈れない物なの、徳野さんだけが出来る事なのよ」と薔薇の笑顔で言った。
『大切にします、返せと言われないように』私はそう誓っていた。
私は蘭とエレベーターに乗った、ユリさんはマダムの家に、エミとミサが泊まるので応援に行ったのだ。
エレベーターは四季と一緒で。
「蘭姉さん最近艶っぽいですね~」と千秋が言った。
「男と暮らすと艶っぽくなるよ」とニッと蘭が笑った。
「カズく~ん、今夜予定ある~」とあのトイレに来た美冬が言うと。
「冗談でもやめて下さいよ、徳野さんに殺されるから」とカズ君が笑った。
カズ君と四季と別れて、蘭とタクシーに乗った。
「大丈夫疲れてない?」と蘭が私に言った。
『全然、毎日が楽しいよ』と笑顔で答えた。
「じゃあ、肩」と甘えた、私が側によると肩に顔を乗せた。
『蘭の方が疲れてない?』私はそう思っていた。
「大丈夫、毎日が楽しいよ」と目を閉じたまま微笑んだ。
『今夜は何の話がいい?』と私は蘭の耳元に、囁いた。
「いいの?」と蘭が聞いた、『勿論』と笑顔で言うと。
「うれし~、でも約束して、私が寝たらちゃんと布団で寝るって」と心配そうに言った。
『約束するよ』私は笑顔でそう言った。
「じゃあ、伝えに来る人との話しがいいな~」と微笑んだ。
『いいよ、俺も蘭にお願いしていい?』と蘭に囁いた、蘭は私を見て。
「なに?」と言った。
『蘭の靴屋の仕事が、休みの前の日だけでいいから、蘭の話しが聞きたい』と笑顔で言った。
「いいよ、でも泣くなよ」と蘭が言った時に、タクシーがアパートに着いた。
蘭が昨日同様化粧を落とし、可愛いハート柄のパジャマに着替えて来た。
ベッドに横になりながら、少女のような笑顔で「ワク、ワク」と言った。
私は電気を消してカーテンを開け、昨日と同じ位置に座った。
『俺はその人を、豊兄さんと呼ぶんだ。血の繋がった兄貴じゃもちろんないけど、それ以上なんだよ』蘭は頷いた。
『今日はその出会いの巻きです、それは俺が幼稚園年中だったから、ミサと同じ時』私は蘭を見て。
『そのイメージは消しなさい、鼻は垂らしてない』と言うと、わざと驚いたように。
「あなた超能力者!」と満開で笑った、私が笑ってると。
「早く、早く」といつもの催促をした。
『勿論記憶が曖昧なところがあるけど、ご勘弁を』と言って蘭を見ると、笑顔で頷いた。
『それは桜も儚く散り始めた頃だった・・・』
4歳の俺は、学校から帰り遊びに行った、姉貴を追いかけて外に出た。
お袋も姉貴も、気付いてなかった。
どこをどう行ったのか、全く分からないけど、要するに迷子になったんだ。
蘭は笑顔で聞いている。
俺はただ漠然と歩いていたと思う、見たことがある風景だと感じながらね。
それでやっと堤防を見つけたんだ、嬉しくて駆け上がったよ。
春の夕暮れは早くて、もう日が沈みかけてた。
薄暗くなっていきて、海から吹いてくる風が、まだ冬の名残があって、寒くなってきたんだ。
でもとぼとぼと歩いたんだ、帰りたくて。
寂しくて、寒くて、不安で泣き出しそうだったけど、我慢してた。
親父の【男は泣くな】って、絶対の教えがあったからね。
それでどんどん歩いたんだ、今考えると家と反対方向に。
もう暗くなって、怖くなって。
明かりの点いてる家が見えて、でもそこに行くのは、堤防の雑草を掻き分けないといけない所でね。
どっちにするか悩んだの、この辺から記憶が鮮明なんだ。
それで決めたの、暗いよりいいってね。
走った夢中で雑草を掻き分けてね、雑草っていっても、その時の俺の身長より高かったよ。
だから必死で走ったよ、夢中になって。
蘭は笑顔で私を見てる。
やっと野球をやるスペースまで出た時にかち合ったの、2匹の野犬と。
まだ沢山、野犬がいた頃だったから。
蘭は頷いた。
俺は動けなくなって、野犬は完全に幼い俺を見下して、ダラダラよだれを流しながら。
【ウー】って言って威嚇するんだ。
その時ね上から声がしたの。
「そのまま睨んで動かんで待っちょきー!」て堤防の上から。
豊兄さんだった、大人達が心配してる話聞いて。
俺の姉貴によく行く場所を聞いて、堤防って判断したんだよ、まだ小3の豊兄さんが。
ガサガサ音がして、俺の前に豊兄さんが立ったんだ。
そん時我慢の限界と、その大きな背中に安心して俺、泣き出したんだ。
「下がっちょき、あぶねーかい」て言って、俺は少し下がって見てた。
大きな背中と闘う意思みたいなの、勿論その時は分からなかったけど。
でも感じたよその背中で、上手く表現できないけど。
「分かるよ、とっても」と蘭は微笑んだ。
豊兄さんは2匹を睨んで、拳を握って。
「なんねやるんね~」て犬に話しかけるの。
「いいよ~相手してやるかい」って微笑さえ浮かべてるんだ。
俺はその犬に話しかける光景が、ただ不思議でね、泣くのも忘れて見入ってた。
結果はあっけなくて、犬が逃げた。
その本能で分かったんだと思う、どっちが上かを。
「たー坊か?」と豊兄さんが聞いた、姉貴がそう呼んでたから。
俺は『うん』て頷いた、俺の服の誇りを手で払ってくれながら。
「こげん汚して怖かったな、帰ろうかね」って優しく言うんだ。
それから手を繋いでくれて、堤防を帰りながら。
「怖くても下向いたらいかんじ、自分に負けるかい」って、豊兄さんの最初の教えだった。
歩いてると親父がチャリで走ってきて、俺達の前で止まって。
「ありがとう、豊」そう言ったら。
「俺も何度も堤防で迷子になって、よく泣いたよ、寂しくて」って言うの。
今思うと、泣き腫らした俺の顔を親父に見らたから、必死にかばってくれた。
何度も言うけど、豊兄さんこんとき小3だったんだ。
蘭は静かに頷いた。
ただ俺が覚えてるのは、その時の親父の表情が、初めて見るものだった。
多分豊兄さんを認めていたんだと思う。
そらから親父は、「豊ならそうするか考えろ」って言い出した。
「お前は幸せや、本物がそばにいる」って言って。
次の日、豊兄さんが迎えに来て。
俺の手を引いて、駄菓子屋に連れてってくれた、それが俺の子供世界へのデビューだった。
誰に頼まれたのでもなく、自分でそうしようと思ったからしたんだ。
今でも勿論、喧嘩でも優しさでも勝てない。
でも1番勝てないのは、自分の心に忠実だという事なんだ。
多分世界中には、強い男は沢山いるだろうけど、それでも俺は豊が強いと思ってる。
だから、いつか勝ちたいとも思ってる、その強い意志を持ちたいと思ってるんだ。
そうしないと豊兄さんに、何の恩返しもできないからね。
蘭は聞き終わって、私の耳元に顔を近づけて。
「がんばれ、とっても良い話だったよ。ありがとう」と言って離れた。
『じゃあ目を閉じなさい』私が笑顔で言うと。
蘭はゆっくりと目を閉じて「おやすみ」と言った。
私はこの時には分かっていた、蘭が私の話を聞きたがる一因、いやかなり大きな部分として。
埋めたいんだろうと、その後悔の部分を少しでも、埋めたいんだろうと。
蘭を見ながら考えていた。
寝息をたてる蘭に、その美しい寝顔に。
『俺は全然嫌じゃないよ、それで蘭の笑顔が増えるなら、嫌なものなんかないよ』・・・
『ゆっくり、おやすみ』そう言って部屋に戻った。
蘭の香りに包まれながら、瞑想に入った。
蘭が笑っていた、私の肩に顔を乗せて。
もう追いかける必要がなかった・・・。