約束
無理だから諦める、無理という基準は自らが作る。
もう一度考えてみないか、本当に無理なのかと。
それは自分が可愛いから、傷つきたくないから、じゃないのかと。
橘橋に並ぶ信号待ちの車列を追い越して、南風が包んでいた、幼い戦士と未熟な私を。
私はチャリを放置して、市役所の反対側に信号を渡った。
電話BOXが有るのを、知っていたからだ。
コンクリートの堤防の横にそれはあった、私はドアを閉まらないように足で押さえて。
エミを見ながら、笑顔を意識して作っていた。
受話器を取り10円玉を入れて気付いた、電話番号が分からない事に。
「2○ー○○○○」エミが笑顔で教えてくれた。
『さすが、エミちゃん』と言ってダイヤルした。
電話が繋がると、幻想の宴の音が響いてきた、出たのはリンさんだった。
「見つかったの?」と聞いた。
『はい、市役所の近くで、今一緒にいます』私がそう言うと。
「良かった~」と安堵の声が聞こえてきた。
『マダムはいますか?』と言うと「ちょっと待ってね」と言った。
「見つかったんやな?」マダムは近くにいたんだろう、すぐにそう言った。
『うん、市役所の所で、今一緒にいるから』マダムの「ふー」と言う溜息が聞こえてきた。
『マダム病院行ってから、帰るよ』マダムは少し考えて。
「必ず連れて帰るな」と言った、『約束するよ』と言うと。
「金は持ってるか?」と聞くから、『大丈夫』と言ってエミに代わった。
エミはマダムに心から謝った。
電話が終わり、エミの手を繋いでチャリの場所まで行った。
チャリを立てて、どこかに止めてタクシーに乗ろうと思っていると。
エミがチャリの後ろに乗った。
『チャリでいいの?』と言うと、「チャリがいいの」とエミが笑った。
私はエミを後ろに乗せて、橘橋の坂を押して、坂の上の頂上まで来てからチャリに乗った。
エミが背中をトントンと叩いた、私が振り返るとエミが市役所の前の河川敷を指差して。
「あれ何してるの?」と聞いた、私が見ると河川敷で沢山の人が作業していた。
『花火大会の準備だね』チャリに跨り、エミを見て言った。
「ミサは花火大会見たことないの、私はあるのに。私よりミサが可愛そう」と河川敷を見ながら呟いた。
この状況でもミサを想うのかと、そしてこの子にもPGの血が脈々と流れているな~と思っていた。
『じゃぁ、行くか』と笑顔で言うと、可愛い花が咲くように笑顔を向けて。
「連れてってくれるの?」と嬉しそうに言った。
『もう、脱走しないと約束するなら』とエミを見て言った。
「約束します」とエミは真顔で誓った。
私はエミの手を取って、私のベルトに持っていき。
『離すなよ』と言った「うん」とエミが微笑んだ。
私は病院に向けペダルを漕いだ。
「私、ユリちゃんが言ったこと、分からなかった事が1つ分かった」と向かい風に負けない大声で言った。
『どんな言葉?』私も負けないように大声で。
「世の中の悪いって言われる事の、全てが駄目とはかぎらない」
「って、さっきのチャッピーの言葉で分かったよ」と叫んだ、私は嬉しかった。
そしてユリさんの凄さを、再確認していた、届くのだと。
相手がどんなに幼くても、強い想いはいつか届くのだと気付かされていた。
向かい風を押し返すエミの言葉で、私は快調にペダルを漕いだ。
病院に着くと1階の受付は誰もいなかった、暗いロビーを歩きながら。
『病室しってる?』とエミに聞いた。
「前のは、でも今日手術だから」私はエミの手を引いて、階段で2階に上がった。
「エミちゃん」と2階の廊下で、若い看護婦に声をかけられた。
「アズちゃん」とエミが言った。
「お父さんに会いに来たの」と屈んでエミに聞いた、視線を合わせて。
「うん」と言うエミを見て。
「静かについてきて」とエミの手を引いて歩き出した、私はその後ろを歩いた。
「もう、遅い時間だから静かにね」と病室の前で微笑んで、エミに言って、2人で入っていった。
私は廊下の長椅子に座って待っていた。
アズと呼ばれる女性が先に出てきて。
「ありがとう、マダムは元気?」と私に言った。
『戦争を生きた人は元気です』と言うと笑顔になって。
「ユリさんも?」と聞いたので『マリアも元気ですよ』と言うと。
「気をつけて帰ってね」と微笑んで仕事に戻って行った。
元PGの女性だったかと、思いながら見送った。
数分後にサクラさんが出てきた、私を見つけ小走りで。
私は立ち上がり声をかけようとすると、抱きしめられた。
私はPGの女性は皆、直接伝えると思っていた、その想いを。
「ありがとう」体を離して言った。
『旦那さんは?』と聞くと、サクラさんは笑顔になり。
「大丈夫、成功したわ」と嬉しそうに言った。
「本当にありがとう」と言われたので。
『見つけて、連れてきただけですよ』と照れながら言った。
「カズ君の家は近いから、帰りはタクシーで帰ってね」と言うので。
『はい、ゆっくりでいいですよ』と言ったときに、エミが出てきた。
「帰ろう」と私の手を笑顔で握った。
『まだいいよ』と言うと「ミサが待ってるから、皆が待ってるから」とエミが笑った。
私は握る手に少し力を入れて。
『そうだね』と言った、笑顔のエミに。
サクラさんが手配したタクシーに乗って、エミとPGを目指した。
「花火大会、約束だよ」とエミが私を見た。
『必ず連れて行くよ』私は笑顔で返した。
「ミサもだよ」と言うので。
『勿論、マリアもな』と言うと、小1の少女らしく嬉しそうに微笑んだ。
『俺がマダムに話すから、エミちゃんはお母さんに話しといてね』と笑顔で言った。
「ラジャー」とガッチャマンを真似て微笑んだ。
エミが駆け出した、橘橋の北詰を過ぎると、夜街の明かりが見えた。
人工的な明かりに、初めて安心感を覚えた、帰る場所があると。
蘭が待つ場所があると。
裏階段から入ろうとすると、カズ君が駆け寄った。
「ごめんなさい」エミは謝った、カズ君は膝をつき。
「俺も悪かったよ、気付いてやれなくて・・ごめんな」そう言った、優しい目だった。
『マシーン、明日取ってくるよ』と私がカズ君言うと。
「気にすんなって、いつでもいいぞ」と肩を叩いて、「おつかれさん」笑った。
私はこのカズという男を、好きになっていた、その優しさが。
TVルームに行くと、マダムと松さんが代わる代わるエミを抱きしめた、エミは心から謝った。
私はミサとマリアの寝顔を確認して、指定席に戻った。
「お疲れさま、マダムのおごり」ケイがそう言って、寿司折を渡して。
「ケイって呼んだ時の顔、素敵だったよ」と可愛く微笑んだ。
『惚れるなよ』と笑顔で返すと。
「でも1回だけにしてね、あなただけだから姉さんって言ってくれる人」と笑顔で言った。
『はい、ケイ姉さん』と言って、2人で笑った。
「さすが、蘭様が拾った男だけわあるね」振向くと、蘭が笑顔で立っていた。
『蘭姉さん、拾ってくれて本当にありがとう』この時なぜか私は、蘭に礼を言った。
「仕事中にしんみりするなよ、調子狂うから」と満開笑顔で戦線復帰して行った。
「ありがとう」振向かなくても分かった、その優しい声は。
「あなたはやっぱり分かる子ね、そして分かってあげられる子だわ」とユリさんが薔薇で微笑んだ。
『ユリさんが教えてくれたから、ガキにしか出来ない事もあるって』と笑顔で返した。
「ありがとう、今日の事も、マリアの事も、蘭の事も」そう笑顔で言って、戦場に戻った。
それから、女性達が次々に来て、面白可笑しく褒めてくれた。
私もここに居ていい人間になれたと実感できて嬉しかった、幻想の宴を見ながら。
本当に良かったと思っていた、エミを見つけられた事、父親の手術が成功して、エミに笑顔が戻ったことが。
エミの、あの強い意志を示した、瞳を思い出していた。
俺も頑張らないと、そう呟いていた・・・。