試験
その時に伝えられるだろうか。
教えるなどではなく、その想いを言葉と行動で。
自らが伝えられ響いた言葉を、自分の言葉に変換して、伝えられるだろうか。
その試験は必ず来る、何度も何度も。
その時に真実を語れる人間でいたい、想いを行動で語れれる、人間になりたい・・・。
憧れのあの人達のように。
私はいつの間にか、蘭のベッドにもたれて眠っていた。
さすがに疲れていたのか、目覚まし時計の音で目覚めた。
9時だった、蘭は靴屋に出掛けた後だった。
テーブルに朝食と置手紙、【元気になったぜ!エミとミサをよろしく】と置手紙に書いてあった。
私はシャワーを浴びて、朝食を食べ9時30分過ぎにバスに乗り出掛けた。
ブティックに行くと、ミサが駆けてきて飛びついた。
『おはよ』と言うと「おぱいよ」とマリアを真似た。
「マリアじゃないんだから降りなさい」とエミがミサに言った、私はエミを見ていた。
「おはよう」とエミは無理して笑顔で言った。
『おはよう、いこうか』と左手を出すと、繋いできた。
我慢してるのか、この小1の小さな可愛い少女は。
父を心配しながら、妹を託されて必死に我慢してるのかと、その手の温もりを感じながら思っていた。
私は右腕でミサを抱き、左手でエミの手を握って歩いた。
ミサの保育園での自慢話を聞きながら、繋いだ手に集中していた。
PGに着くと、ケイとマダムがいた。
「お昼何がいい?」とマダムが聞くと。
「ハンバーグ!」とミサが言い、皆それに乗った。
TVルームでエミはミサと遊んであげていた。
私はTVを見る振りをして、エミを見ていた、その小さな背中を。
お昼にハンバーグ弁当を、ケイも来て4人で食べた、食べ終わりケイが出て行く時に呼ばれた。
「エミはどう?」とケイが心配そうに聞いた、さすがケイだなと思いながら。
『闘ってる、ミサの為に。凄い小1だけど、限界も近いよ』と言うと、私を見て。
「がんばって」と私でなく、ドアの中のエミに言った。
私はケイはユリさんの継承者だと感じていた、その優しさに。
暫くしてミサがお昼寝をした、私が抱いてベッドに寝かせ、振向くとエミが勉強道具を出していた。
私はエミの隣に座り、頭に手を置いて。
『もう、泣いてもいいよ』と優しく囁いて両手を広げ。
『エミ、おいで!』とユリさんを真似た。
エミは私に抱きついて、声を必死に殺して泣いていた。
私はこの宝物を抱きしめて。
『大丈夫さ、お父さん元気になるさ』と言っていた、ただ祈りながら。
エミは泣き疲れると私の腕の中で寝ていた。
その雛を優しく、その雛が最も大切にしている、雛の横にそっと寝かせた。
《マリアこれでいいよな?》そう心に語りかけていた、何故かマリアに。
2人が起きて、おやつをを食べながら得意の絵本擬音朗読で、2人の笑顔を作った。
エミの少女の笑顔を見て、少し元気になったなと思っていた。
ユリさんがマリアを連れてきて、3人娘はままごとを始めた。
ユリさんはエミを優しく見て、その背中に。
「がんばれ」と聞こえないように囁いた。
3人娘は、本当にPGのスタッフに愛されていた、女性もボーイも皆、常に気にかけていた。
そして話す時には、膝をつき視線を合わせて話した、その大切な事を知っていた。
無神経な人はただ見ただけで《寂しいでしょう、かわいそうに》と言って、自分を納得させるだろう。
だが彼女達は輝いていた、むしろ安定した家庭に育つ子供よりも。
自らが輝いていた、子供らしく。
そして運命とも闘う、強い意志を示していた、ユリさんの囁きは耳には届かないだろう。
だがエミの心には確かに存在した、ユリさんの薔薇が。
「蘭姉さんから電話があって、ギリギリだから一人で帰って準備してくるって、本当に優しい人ね」と嬉しそうにケイが言った。
『俺もそう思う、想像できないほど深いよ』と返した、ケイはそれを聞き微笑んだ。
「松さんが来たら、マダムと松さんでTVルーム見るから、定位置に集合」と可愛く微笑んだ。
『了解しました、ケイ姉さん』と言って敬礼した、その姿を笑顔で見ながら。
「よし!」と頷いてケイは受付に戻った。
蘭は多分、いや絶対に私を3人娘の側に、置いておくためにそう言ったのだろうと。
ケイも私も確信していた。
マダムと松さんが来て、私は定位置に行った。
『何からやりましょうか?ケイ姉さん』と声をかけると。
「予約の確認から」そう微笑んで、予約表を見せながら。
「丸印が重要度よ、最高が5重丸だからね」そう言って説明を始めた。
その日の予約は18組で、最高ランクは4重丸の医師会だった。
ケイはその18組を見ながら、ラークとかセーラムとか特殊なタバコを書き足した。
何も見ずに、客の名前だけ見てである。
「これが有るかチェックよろしく」と書き終わった予約表を渡された。
『ケイ姉さん、勉強できたでしょう?』と聞くと。
「人並みにね、エミの足元にも及ばないけど」と笑った。
私はその後、何度もケイの記憶力には驚かされた、その仕事に対する姿勢にも。
8時を過ぎ、その夜も静かに始まった。
蘭は間に合っていた、カスミも四季も来た。
順調だった。9時過ぎにマダムが来るまでは。
マダムの焦った表情に、私は緊張した。
「エミがいないんじゃ、寝ちょった思っちょったのに」と私に訴えた、私は隣で聞いているケイを見て。
『ケイ』この時は姉さんをつける余裕がなかった『サクラさんは?』と聞くと。
「まだ来てない」とケイが即答した。
私は思った、エミは限界がまた来たと、ミサが寝て母親が来ていない、限界が来たのだと。
『マダム、俺が必ず探し出す、子供は本通りを歩く』そうマダムを見て真剣に。
『必ず探し出すから、行かせてくれ』と言うと、マダムは少し考えた。
「行きなさい、そして必ず見つけるのよ」振向くと、ユリさんが立っていた。
「はよ、いってこい」とマダムが言い「頼むぞ」と加えた。
私はユリさんの頷く姿を見て、駆け出した裏階段に。
全速力で、エミの震える小さな背中を想っていた。
マダムは○野酒屋の女将に電話して、エミの特徴を話した。
『わかった、空いてる配達員全員出して探すかい、連絡を待ってくれ』と言う女将に、心から礼を言って受話器を置いた。
私は裏階段を下りると、カズ君が立っていた。
「探しに行くのか?」と聞かれた。
『うん、病院』と言うと。
「江○病院、歩いてか?」と驚いて言った。
『絶対さ』と返すと、ポケットから鍵を出して私に投げた。
私が受け取ると、角のママチャリを指差して。
「俺のマシーンを使え、今はお前しかいない、頼むから早く見つけてやってくれ」そう言って、頭を下げるのだ。
『必ず見つける』とチャリに乗って言って、走り出した、カズ君の優しさに背中を押されて。
橘通りを、市役所の方に信号を無視して走った。
《豊兄さんならどうする?ユリさんなら何と言葉にする?》そう自分に問いかけながら。
必死に漕いだ、小さな宝物を探して。
その姿は突然見えた、市役所の横を橘橋の坂を上がりきり、川を渡る所だった。
私は市役所の交差点を、何台ものクラクションを浴びながら、信号を無視して渡った。
その音でエミが振り返った。
私は坂の下で、右横の緑地にチャリを倒し、立ってエミを見た。
エミは私を見ながら、両手で拳を強く握っていた。
左横にある車道で、車が信号待ちで並びだしエミの横にも並んで、そのヘッドライトで、エミの表情がはっきりと分かった。
涙を必死にこらえ闘う姿が。
『だめだろう、誰にも言わないで脱走したら』エミは私を睨んでいる。
『俺にも言わないで』できるだけ優しく言った。
「お父さんに会いたいの!」昨日の蘭を思い出した、心から底から噴出した叫びだった。
『行こうか、一緒に』と笑顔で言うと、エミの目に力が戻った。
「でも、面会時間過ぎてるよ?」と目力を増しながら聞いた。
『エミ、お前は気付いてると思うが、俺は良い事ばかりする中学生じゃない』エミは私を見ている。
『だから、面会時間が過ぎようが。医者がなんと言おうが』私は大切なその小さな戦士に。
『どんな事があっても、お前をお父さんに合わせてやる』そう言って両膝をつき手を広げた。
エミの強い意志を反映した瞳から、大粒の涙が流れた。
『エミ!おいで』そう大声で叫んだ。
エミが車列のヘッドライトが灯す光道を、全速力で駆けてきた。
私はエミを受けとめて、抱き上げた。
私にすがりつき泣いている、小さな戦士を抱きしめて、《よかった~》と思っていた。
爽やかな南風に乗って、潮の香りがした・・・。
夜空に聞いてみた、これでいいんだよね?豊兄さんと・・・。