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卒業試験

何度歩くのだろう、家路や通学路や通勤路というのは。

風景の変化もゆっくりと流れ、帰る場所や目的を感じる。

私は輝きを連れて、狭い路地を駐車場を目指していた。

何度も何度も、様々な相手と歩いた道を。


『カスミは、美由紀を知っていたんだね?』と笑顔で言った。


「うん・・サクラさんの店の、お客さんだからね。

 サクラさん、アップリケの可愛いのを探してるんだよ。

 そして美由紀に取り置きしてるんだ、私も何度か美由紀に会ってた。

 その時から凄いと思ってたんだ、私に色々洋服のことを聞いてくれた。

 その少女らしい前向きさが、私には脅威だったよ。

 そして靴屋で蘭姉さんを見てる、美由紀に声をかけたんだ。

 店ではまだ、フランクに話せないから、だから話してみたかった。

 美由紀という女を感じてみたかったんだ、驚愕したよ、その精神力に。

 完敗だったよ・・嬉しい敗北だった。

 その言葉も生き方も・・年齢など超越していて。

 その後の話を聞いて、本当に嬉しかったのさ」


カスミは嬉しそうな輝く笑顔で言った、私も笑顔で頷いた。

可愛いスバル360に乗って、晩夏の町並みをトコトコと走っていた。

カスミは実家の話を楽しげにしてくれた、私も笑顔で突っ込みを入れていた。

玉砂利を進むと、軽自動車が2台止まっていた。

カスミはその横に止めて、本堂に2人で入った。


本堂の隅のちゃぶ台に、和尚と檀家の爺さん3人が笑顔で出迎えた。

本堂には千秋と千夏とホノカが瞑想していた、ホノカの美しさが際立っていた。

カスミが和尚と檀家に挨拶をして、和尚にお土産のヒヨコ饅頭を渡した。


「いよいよ、カスミの登場だの~・・ホノカを意識するなよ」と和尚がシワシワ二ヤで言った。

「最初から、難しい試練ですね」と輝く笑顔で返して、本堂に歩いていった。

カスミはホノカの隣の座布団に正座して座り、瞳を閉じた。

私はさすがカスミと思っていた、その美しい姿勢が全く揺れなかった。

鍛え抜かれた強靭な体を、充実感漂う心が支えていた。


「うむ・・素晴らしいの~、カスミは目指す場所に舵を切ったな」と和尚が私に言った。

『その為に継続してきたんだから、いつか辿り着いて欲しいよ』とカスミを見ながら返した。

「小僧・・ありがとな、嬉しい提案の話聞いたよ」と老人クラブの長老、政五郎の爺さんが言った。

『あぁ、美人女教師の話ね・・政五郎爺さん、心臓発作で倒れるなよ・・タッチは厳禁だよ』と二ヤで返した。

「手を触れる程度なら、よかろうが」とシワシワ二ヤで返してきた。

『和尚・・長老に瞑想させて、我欲が強すぎるよ』と笑顔で言った。

「そうじゃの~・・ワシのように、悟りの境地に行かんか・・その歳なら」と和尚が笑顔で言った。

「和尚が悟りの境地なら・・その境地は色欲の世界じゃな」と政五郎が言って、老人達が静かに笑っていた。


私は数学の教科書を出して、試験対策に取り組んでいた。

千夏が終わって私の隣に座った、私は昼間の千夏の若さ溢れる姿に、少し驚いていた。

「エース・・私、最後の看護研修が、○病院になったよ」と笑顔で言った。

『そうなの!・・よろしく、毎日行ってるから』と笑顔で返した。

「来週からなの、その前に3人に会わせてね・・どの病棟の配属になるか分からないけど」と微笑んだ。

『了解、千夏・・千夏には絶対に会ってもらおうと思ってたから、そこを志すんだからね』と笑顔で返した。

「うん、私も感じたい・・そして今の甘い覚悟の、その上の覚悟をしておきたい」と美しい真顔で言った。

『了解・・俺は千夏には、何のアドバイスもしないよ・・千夏は分かってるって、思ってるから』と笑顔で返した、千夏も笑顔で頷いた。


その時に千秋が終わって、千夏の横に座った。

「エース、魅冬から話を聞いたよ・・ありがとう、私もやってみたいよ」と微笑んだ。

『了解・・政五郎爺さん、○○大の教育学部3年生・・千秋です』と長老に笑顔で言った。

「おぉ!・・2人ともお美しい、ワシから清次郎に話すから・・よろしく頼みますぞ」と長老が笑顔で言った。

「はい、よろしくお願いします」と千秋が笑顔で頭を下げた。


その時に私の背後から、懐かしい声が聞こえた。

「関心ですね~・・和尚が言うとおり、良い環境で暮らしてるようですね」と清次郎が言った。

『清次郎、不意打ちとは卑怯なり』と二ヤで振り向いた。

「何を猪口才な・・しかし良い緊張感が出てきたな、小僧なら緊張感を持っておれよ」と笑顔で言って私の隣に座った。


私は清次郎に千夏と千春を紹介した、二人は笑顔で挨拶をした。

長老が私の提案を話すと、清次郎は嬉しそうに、千秋によろしくと言っていた。

千秋が和尚に電話を借りて、美冬に電話したようだった。


「清次郎先生、一つお伺いして良いですか?」と千夏が言った。

「何でしょう・・分かる事なら、かまいませんよ」と清次郎が笑顔で返した。

「小僧に緊張感を持てと言われた、その真意を教えて欲しいのですが」と千夏も笑顔で言った。


「そうですね~・・まぁ貴女方なら、お分かりでしょうけど。

 小僧は正しさを求めていません、その生き方はどうしても過酷な方に進む。

 私が初めて小僧に会ったのは、小僧が小3の時でした。

 豊という生徒に、その話を聞いて・・興味を持ってしまってね。

 小児病棟を訪ねて、小僧に会いました。

 その時の小僧は、ヒトミちゃんに夢中になってる頃でね。

 驚いたんですよ・・その小さな背中が、緊張感を纏っていて。

 小3にして、これだけの緊張感を持てるのかとね。

 その時に、知ってるでしょうが車椅子の少女に出会った。

 美由紀でした、私は美由紀に聞いたんです、やはり小3の美由紀に。

 どうして小僧は緊張感を持ってるのだろうとね、そしたら美由紀が教えてくれました。

 私はその言葉に感動したんですよ、両足の無い美由紀が笑顔で言ったからね」


そこまで言ったときに、カスミの声がした。

「清次郎先生・・ちょっと待って下さい、私はまだまだだ~」と少し照れながらカスミがホノカと来た。

ホノカが全員に挨拶をして、カスミと座った。

その時に美冬が慌てて入ってきて、全員に挨拶をした。

美冬は清次郎によろしくと言われて、嬉しそうに笑顔で頭を下げた。


「すいません、話の腰を折ってしまったみたいで・・続けて下さい」と美冬が微笑んだ。


「そうですね・・教師を目指す人には、是非とも聞いて欲しいし。

 他の3人にも聞いて欲しい・・小僧と関わってるのだからね」


清次郎は静かに言った、女性が全員真顔で頭を下げた、強い波動が清次郎を促した。


「私は小僧の持っている緊張感に驚いた、中学教師を30年以上してきたが。

 小僧の持つ緊張感が、私の知らない物だったんです。

 部活での試合前や、当然受験前には、中学生でも緊張感を持ちます。

 しかし小僧のそれは全く違っていた、鬼気迫るものが有りました。

 私の経験で考えた時に、ある一つの事を思い出した。

 それは出征する息子を送り出す時の、両親の緊張感に近かったんです。

 戦地に送り出す覚悟をした、両親の纏う緊張感に。

 私は、その緊張感の意味が知りたかったんです。

 だから小僧と楽しそうに話していた、少女に聞いた。

 美由紀と2人になった時に尋ねました、なぜあの緊張感を持ってるのだろうと。

 美由紀は私を見て、笑顔で教えてくれました。

 受け入れてるからじゃないかと、死を受け入れて、それでも愛情を注ぐからだと。

 人は生きてる時には、目を逸らしがちなその事に対して。

 真っ直ぐに向き合っているから、緊張してるんじゃないかと言った。

 自分は両足が無いけど、その事に向き合ってなかったと・・笑顔で言ったんです。

 私は本当に感動した、小3の少女が・・ハンデを背負って生きる。

 可愛い少女が笑顔で言ってのけた、その言葉に感動しました。

 そして豊からヒトミの話を聞いた、私はそれで確信しました。

 戦地に送り出す両親と同じ緊張感、その本質に気づいて嬉しかったんです。

 豊と小僧、批判的な意見の方が多い子供ですね・・しかし本質は熱い。

 豊は説明できぬほど、人間としての魅力に溢れています。

 その強固な意志は、全てを動かせる程の力を秘めている。

 そして小僧・・今までという言葉を、無にするほどの生き方を示す。

 私は本当に嬉しかった、限界トリオと呼ばれる3人が、強く主張してくれたから。

 和尚と豊の教えを、繋いでいると感じた。

 あの美由紀を、学校に受け入れる行動で。

 そしてその愛情に対し、何倍もの愛情で応え続ける美由紀。

 私の教師生活も後2年半です、最後に最高の卒業試験に取り組めます。

 私は幸せな教師でしょう、教壇にこだわり続けてここまで来た。

 沢山の教え子を見てきた、もちろんその中には・・後悔も挫折もあります。

 分かってやれなかった・・そう言う想いも相当にある。

 その全てを賭けて取り組まなければならない、そんな卒教試験に巡り会えた。

 美由紀と小僧・・この難題に取り組める、教師冥利に尽きますよ。

 私は思っている・・小僧らしく行ける所まで、行ってみろと。

 あの緊張感を常時持ち続けろと、それが小僧の選んだ道だと信じている。

 私は問われています・・全ての教え子達に、どこまで許せるのかと。

 どこまで分かってやれるのかと・・どこまで生徒を信じれるのかと。

 教師とは何かと・・そう問われています、解答期限は後2年半。

 その時に提出しなければならない、あの笑顔の試験官に。

 車椅子に乗り、笑顔で全ての生徒を応援する。

 美由紀に提出しなければ・・教壇を笑顔で降りれない。

 今はそう思っています・・私は幸せな教師なんだと、感じてるんですよ」


清次郎の強い言葉が、広い本堂に響いていた。

私は嬉しかった、強く熱い波動に包まれながら、尊敬する恩師を見ていた。


「清次郎先生は、今の日教組や教育委員会を、どう感じていますか?」と美冬が真顔で聞いた。


「些細な事だと思っています、教師である事に対しては・・些細な事だと。

 確かに理想と現実は違いますが、現場で生徒と接する教師には関係無い事です。

 生徒は一人一人、個性も考え方も違う・・育ってる環境も違います。

 杓子定規に規則だけで縛ったら、はみ出す者が多く出てしまう。

 私も色々と経験し考えた、だがやはりどっかで、普通を過大評価してましたね。

 そして言い訳をしてましたね、自分一人ではどうにも出来ないと。

 だがある3人の生徒の行動で、間違いに気づかされた。

 限界トリオと呼ばれる3人、豊の教えを受け続けた3人娘。

 豊と小僧は意外に思えるでしょうが、学校では問題をほとんど起こしません。

 校則に逆らったりしないんです、そんな事に興味すら無いんでしょう。

 豊は在学中、学校内で喧嘩した事は一度も無い・・まぁ相手もいなかったんですが。

 小僧はその会話術で、教師に笑いさえ提供しますが、学校生活は真面目です。

 まぁ小僧もその多くの伝説で、喧嘩を売られる事もないですが。

 悪と言われる上級生の、相談に乗るほどですからね。

 しかし女子生徒である限界トリオは違った、女子だからお洒落に興味を持つし。

 個性を貫くという事では、豊に引けを取らない3人ですから。

 校則違反を堂々としていました、そしてその罰を堂々と受けていましたね。

 絶対に逃げない・・それが自分の個性だと、強く主張していました。

 校則を受け入れないのではない、ただ従えないのだと・・シズカが言った。

 だから校則違反に対する罰は受けると、そう職員室で堂々と言ってのけた。

 そして恭子は常に笑顔で、怒られていました・・教師が呆れるほどの笑顔でね。

 そしてご存知のマキ、あの髪型と行動・・存在そのものが強い自己主張です。

 私は教えられた、私自身も納得できない教育方針。

 それを押し付ける組織、その体制は・・あの忌まわしい過去を連想させる。

 全体が示す方に歩けと強制する、多くが心で反対しながらも、体制に逆らえなかった。

 その主張の無さが招いた悲劇、その反省すら出来ない組織。

 戦争責任は、あの当時の全員に有る・・主張しなかった全員に。

 その想いを私は持っています、だから校則に対して寛容な人間でした。

 だが守らせなければならない、そうしないと示しがつかない。

 その葛藤を持っていました、だが限界トリオが見せてくれました。

 罰を受ける覚悟・・そして人から悪く見られる覚悟を。

 その主張は生徒全員に響いていましたね、だからこそ真似をしなかった。

 校則とはそういう事だと教えた、どんなに教師が力説するよりも強い行動で。

 誰かが決めた決まりを守らないとは、こういう事だと示した。

 私はその姿に答えを見つけた、些細な事だと・・生徒を縛ろうなど、馬鹿げた事だと。

 どんなに大きな力で抑えても、必ず出てくる・・これからは主張する者が現れる。

 恐れない者が・・孤独や絶望すら恐れない者が。

 だから組織が繰り出す矛盾も、今は些細な事だと思っています。

 生徒と直に触れ合う教師にとって・・そんな方針など、無意味な事だと。

 私達が相手にしてるのは、生命であって・・生命に、優劣は無いのだから。

 本当に教えるべきは、その者の考えを引き出す事・・そして気づかせる事。

 自分を気づいて欲しい・・どんな人間にも、理想とする姿が存在するのだから。

 誰かに言われたから、決まりでそうなっているからでなく。

 自分はこう在りたい・・それを探して欲しい。

 その為の場所が、学び舎だと思っています・・いつか懐かしく感じるでしょう。

 義務教育の意味を・・その大切な時期をね」

 

清次郎は教壇で話すように言葉にした、バトンを渡すように。

女性達は静かに聞いていた、その重い言葉を噛み締めるように。

美冬と千秋は真剣な目で、清次郎を見ていた、その偉大な教師を。


「清次郎先生、最近引き継ぎのような言葉になったね・・寂しいからやめてよ~」と清次郎の後ろからシズカが言った。

「なんじゃ~・・シズカ、聞いてたのか・・照れるじゃろうが」と清次郎が笑顔で返した。

「照れないの・・可愛いな~、清次郎は」と笑いながら、清次郎の肩を揉んでいた。

「良いな~・・恩師とのその関係・・ホノカです、よろしくね」とホノカが華麗に微笑んだ。

「えっ!・・よろしくです・・ライバルとは言えない」とウルで返した。

「ライバル?・・その意味を述べよ」とカスミがシズカに不敵で言った。

「私、タイプとして・・ジンさんに憧れてます」とシズカが笑顔で返した。


「へ~・・意外だね~、豊の対極なのに」とカスミが二ヤで言った。

「確かに・・豊君とは対極だよね」とホノカが微笑んだ。

「和尚・・事件だよ、シズカが男に興味を持ってる・・科学以外に」と長老が笑顔で言った。

「政ちゃん・・私も乙女ですから~」とシズカが二ヤで返した。

「乙女とな!・・恭子みたいな事を言うわい」と長老が笑って、全員が笑っていた。


「シズカ・・あれはいつやるかね?」と清次郎が聞いた。

「資料は出来たから、今度の勉強会でも大丈夫ですよ」とシズカが答えた。

「そうか!・・楽しみじゃね~、分かりやすく頼むよ」と長老が笑顔で言った。

「かなり分かりやすくしたから・・それでも分からないなら、ボケが進行してると思ってね」と二ヤで返した。

「シズカちゃん、何をするの?・・教えて」と千秋が微笑んだ。

「教育学部在籍者2名を前に言うのは照れるけど、原爆の構造を説明して欲しいと言われて」とシズカが照れながら答えた。


「えっ!・・それを説明するの」と美冬が驚いて言った。

「簡単にですよ、私も分からない部分が多いから・・でも想定は出来ました」と笑顔で返した。


「清次郎は国語教師で、科学は分からんと言っての~。

 ワシらは知りたいんじゃよ、その構造も知りたい。

 考えたいんじゃよ、今では隠居生活をしてるかい・・考える時間が多くての。

 それで勉強会の時に、皆で話し合った・・何が知りたいのかとね。

 そしたら誰も知らんかったんじゃよ、原爆はどうしてあんな強力な爆弾なのかをね。

 だから特別講師を招いた、シズカにその概要を聞きたくてね。

 これからは千秋と美冬にも、色々と頼むから、特別講座をやっておくれ。

 ワシらは学校も満足に出てないが、学びたいという心は、誰にも負けんから」


長老が笑顔で言った、千秋も美冬も美しい真顔で頷いた。

「では、打ち合わせをしますかね・・千秋さんと美冬さんも時間ありますか?」と清次郎が聞いた。

「もちろん大丈夫です」と千秋が答えて、美冬が頷いた。

清次郎と檀家3人と千秋と美冬が本堂に行った、車座に座り笑顔で話していた。

私は和尚が出してくれた、カスミの土産のヒヨコ饅頭を食べていた。


シズカはカスミとホノカと笑顔で話していた、3人とも楽しそうだった。

「ユリカから聞いたよ、由美子はどうなんじゃ?」と和尚が隣に座り聞いた。

『ヒトミより由美子は、体が相当強いから・・今度はやってみるよ』と笑顔で返した。

「そうか・・楽しみやな、今度は全てを伝えるんじゃぞ」と和尚が真剣に言った。

『うん、そうするよ・・和尚、ヒトミは俺の側にいるよ』と真顔で返した。


「知っとるよ・・一つだけ教える。

 お前にリンダを会わせたのは・・ヒトミとユリカの妹じゃよ。

 美冬の感性に働きかけた、美冬がその行動力で出会ったリンダを感じて。

 ユリカも四季の4人も、そしてヒトミもユリカの妹も。

 全員でお前に提案した、リンダという圧倒的な女性と、どう向き合うのかとな。

 お前は見せたよ・・ヒトミとの約束を果たしているな。 

 それからじゃと思うぞ、ヒトミとユリカの妹が仲良くなったのも。

 伝達が分かるのか・・ヒトミの言葉が、ユリカの波動で?」


和尚は真剣なまま、私に聞いた。


『うん、伝えてくれるよ・・由美子に会った時も、強く伝えてきた。

 ヒトミの言葉が背中を押してくれる、あの時もそうだった。

 和尚・・俺が採血をした時、あの出産。

 あれはマリアだったんだよ、俺は原作者の一番大切な試験に合格した。

 ヒトミの強い意志と、見送った仲間達の言葉で。

 あの絶対的な存在、マリアの誕生に力が貸せたよ。

 嬉しかったよ・・今は感謝してる、ヒトミが側にいる事に』


私は笑顔で和尚に言った、和尚も笑顔になっていた。

爽やかな風が流れ込んできて、神聖なる場所を吹きぬけた。

その風よりも強く熱い波動が、何度も来て・・私を包んでくれていた・・。


私と和尚の関係、それを上手く表現できない。


私は師と言えば、清次郎と空手のシゲ爺と佐伯院長を思い出す。


和尚は全く別の者であった、物心付いた時には側にいた。


幼い時から迷うと相談していた、その未熟な想いに、真剣に答えてくれた。


私にとってはやはり、祖父であった・・その存在自体が。


和尚は晩年、癌に侵された・・しかし延命医療を拒否した。


自然に死にたいと・・寿命に真摯でいたいと言った。


佐伯院長も梶谷弁護士も、それを了承した・・和尚の生き方を尊重したのだ。


和尚の遺言である密葬に、夜街のトップが集合していた。


その遺影には、和尚が晩年最も大切にしていた、沙紀の描いた和尚の絵があった。


断崖絶壁に座る和尚は、強い向かい風を受けて笑っていた。


和尚の背景から朝陽が射していた、夜明けの断崖に座っていた。


私はその絵を見ながら感謝していた、常に断崖に立っていた男を。


明けぬ夜は無い・・夜明けは必ず来る。


和尚の言葉が響いていた・・全ての人の心に・・。


 


 

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