表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/454

出会い

その時の日本は増殖を続けていた、後にバブルと言われる時代に突入する。

その前である時代も熱かった、多くの大人達はその得体の知れない熱に、焼かれながら踊っていた。

豊になろうと働き続けてはいたが、その豊かさのボタンは掛け違えたまま、疾走していたのではないだろうか。


昼間の暑さを、夜風が少しづつ和らげはじめていた、私はチャリを使わなかった。

繁華街まではチャリならば10分程で着くのだが、夜中にチャリに乗っていると、職質される事を知っていた。

だけら歩く事に決めたのだ、それほど本気だった。


最短距離を歩こうと、未舗装の細い砂利道を、月明かりを頼りに歩いた。

空には無数の星が瞬き、古寺の竹林から爽やかな風が流れ込み、そっと背中を押してくれた。

今よりも圧倒的に街灯は少なく暗かった、24時間営業の店も、繁華街に数件あるだけで、コンビニなど存在すらしていなかった。

今では全国的に有名になった、宮崎県庁の横を通るときに空腹を覚えた。

今夜は、親父が珍しく早く帰宅したので、母は張りきっていて。

《我家では珍しい御馳走が、茶の間を賑わしていたなー》と思った。


その楽しいはずの夕食を、私の暴挙が破壊して、その罰として空腹が襲ってきたのだ。

私は、メイン通りの橘通りを意識的に避け、裏通りを歩いた。

その当時出来たばかりの、【若草通り】というアーケード街に向かった。

繁華街が近づくにつれ、人工的な明かりが月明かりを支配した。

人工的な明かりが、こっちにおいでと、道を照らし誘っている。


若草通りには、まだ沢山の人が行き来していた。

酒を飲みに行くのであろう、スーツ組のサラリーマンや、雑貨屋で小物を選ぶ、若いOL・外食を楽しんだのであろう家族連れ。

幾多の人々が、同じ時の中すれ違い、個々の巣に帰る準備をしていた。

若草通りまでが、私の中学の校区内だった。

仲間の外山君の家である、大きな模型屋が見えていたが、立ち寄ることはしなかった。


私は大好きな【四海楼】という中華屋で、激安あんかけ焼きそば、(80円だったと思う)を食べ若草通りを抜け橘通りに出た。

交差点で信号待ちをしているとき、向かいの夜街の明かりが、空をも照らす勢いで見えた。

信号が変わったが、私は動けなかった。

《帰れなくなる》漠然とした気持ちが心に充満し、渡れなかったのだ。


向かいの一番街という、大きな看板が税関のようで、未熟な私はパスポートを持っていなかった。

諦めて引き返し、若草公園まで歩いた、どこで寝ようかとベンチを物色して。

裏通り沿いの、建物の明かりが微かに届く、ベンチに決めて座った。

建物は教会で、木枠の掲示板を白熱灯が照らしていた。

掲示板にはマリアが描かれたポスターが張ってあり、私の目はなぜか、そのマリアに支配されていた。


「家出少年みーーーっけ」大きな明るい女性の声で、私は支配から解け振り返ると。

20代であろう、ミニスカートに派手目の化粧の女性が、両手を胸の前で合わせ、人差し指を突き出し。

【銃】を突きつけるようなしぐさで、仁王立ちで立っていた。

「動くな!動いたら撃つ」と笑顔で叫んだ。

私は、酔っ払いだなーと思い、その場でベンチに座ったまま、ゆっくりと両手を上げた。

「腕を下げるなよ」と言いながら、体勢はそのままに、前日までの雨が製作した、オブジェのような水溜りを。

「ほい!」という間の抜けた掛け声で飛び越え、私の座るベンチまでやってきた。


近づくと顔の表情までがはっきりと見え、その美しさに見とれていた。

私の周りにはいない、別の輝きをまとっていた。

彼女は美しい笑顔で、私の横に座り、ニヤニヤと笑いながら切りだした。


「名前は?」刑事口調継続中だ、『沢田です』私は退屈だったし、やはり寂しかったのだろう。

酔っ払いであるが、女性なので安心していたのであろうか。

いや彼女だったからなのだと、今は思っている。

「下は?」職質継続『研二です』少しの沈黙があり、彼女は美しく微笑んだ。

「あだな名は?」私は得意げに彼女の目を見て。

『ジュリーです』と笑顔で答えた。

美しい花が満開を迎えた時のような、華やかな笑顔で彼女が笑った。


そしていきなり立ち上がると。

「ジュリーーーーー!」と大声で、TVドラマの、寺内貫太郎の婆さんをまねて、大きな動作で腰を細かく振った。

私は爆笑して、なぜだか笑いが止まらなくなり、しばらく笑っていた。

彼女は笑う私を優しい目で見ていた。しばらくして落ち着いた成長期の私は、また空腹を覚えた。


「どうした家出少年?」彼女の笑顔の問いに。

『笑ったら腹減った』と照れて見せると。

「何食べた?」彼女は少し真剣な視線で聞いた。

『四海楼のやきそば』私のその答えが、終わるか終わらないかの時には、私の膝に彼女のバックが投げられた。

「肉、食べに行くよ」と笑顔で言いながら、彼女は歩き出した。


私は慌ててバックを持ち、彼女に追いついて並んで歩いた。

「ご馳走するんや我慢しな」と彼女が笑顔で言って、腕を組んで来た。

彼女のかなり弾力のある胸が、私の五感を刺激していた。

あれほど渡るのに躊躇した、橘通りを簡単に渡って、大人達が焼かれている魔界に、足を踏み入れて行った。


ワシントニアパームというやし科の木が、海まで連なる中央分離帯を越え、橘通りの対岸に到着した。

彼女は何の躊躇も無く、赤玉駐車場を横切り、すぐ横の【つぼや】というホルモン屋に入った。

私は彼女の後に続き、少し緊張しながら入って行った。

つぼやはお世辞にも綺麗な店でなく、木造の【バラック】という表現が、ぴったりとマッチするような店で。

カウンター席だけがが12席あり、2席に一つ七輪が置いてあり、その上で肉を焼いてくれるというシステムだ。

店の外観と反比例して、肉は上手いし、価格もリーズナブルで、客足は絶えない。

店に入ったとき手前の席には、若いサラリーマン風の男が、3人飲んでいた。

彼女が中央に座ろうとしたのを、私が制して奥まで進んで、1番奥の席に彼女を押し込んだ。

中坊の出歩く時間は過ぎていたし、何より入った時のサラリーマンの、彼女への視線が気にいらなかった。

「おやじ、レバーとカルビと・・・んーお肉いーっぱい」酔った思考回路を立ち上げるのが、面倒くさくなったのか、アバウトな注文に切り換えた。

知り合いなんだと私は気づき、安心して彼女を見ていた。


「私、生ビール飲むけど何にする?」と聞いたので駄目もとで、『俺も生ビール』と笑顔で言ってみた。彼女の視線と私の視線が交わり、少しの沈黙のあと。

あの満開の笑顔になった。

「そうこなくちゃなー」と満開で言って、私の肩を遠慮なしに、バシバシと叩いた。

生ビールが大ジョッキで運ばれて、私はその量の多さに驚き、不安になった。

悪ガキの私は、ビールを飲んだ事はあったが、それは僅かな量だったのだ。

彼女と元気よく乾杯して飲んだ、彼女にせかされるように、肉をかなり食べた。

肉も美味かったが、ご飯に醤油ベースで味付けした鰹節をまぶした、《けずりかけ》通称《猫まんま》がとにかく美味かった。


「なんで家出したん?」彼女は2杯目のビールを飲みながら聞いた。

『親父と喧嘩した』私は半分ほど減った、自分のジョッキを見ながら答えた。

「理由は?」彼女も手に持ったジョッキに、顔を近づけて前を見ていた。

『俺がバカだから』少し酔った私は、素直にそう答えた。

「バカと思ったんなら、もうバカじゃないよ」彼女はそう言いながら、優しい瞳で私を見ていた。


「靴汚いな~」急に彼女が話題を変えた、優しさだったのだろう。

「私ね、昼間は一番街のテ〇カ靴店にいるから、明日おいで」そう言って微笑んだ。

店を出て彼女にお礼を言った。

「今日が家出初日やろ?」彼女は真剣な顔で聞いた、『うん』私が素直に返事すると。

「なら今夜は公園で寝な、それも良いことやかい、明日必ずお店においで」最後はあの美しい笑顔に戻っていた。

彼女はタクシーに乗り「必ずおいでよ、約束やかいね」と窓を開け手を振りながら叫んだ。

私は走り去るタクシーに向かい頭を下げて、『ありがとう』と呟いた。

産まれて初めて心から。


どんな偶然が出会わせたのか、もし運命というものが、何かの意思により存在するのなら、私はその何かに感謝したい。

タクシーを見送る私の中には、確かにあの白熱灯に照らされたマリアの笑顔と、満開の花のような彼女の笑顔が存在した。

その時の自分が気付かぬままに。


マリアの傍で寝よう、私はゆっくりと歩き出した。

急激に衰えていく、不満という若さと、新たに芽生えた感性に促されるように。

南国の夏はその熱を発散しており、時代に翻弄されている人々が、癒される場所を求めて放浪していた。

私は、何か楽しい事の始まりを、感じて歩いていた。

もう寂しくも辛くもなかった・・・。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ