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登頂

決断を迫られたその時に、自分自身に対し何の疑念も持つ事無く、従えるだろうか。

自分自身を信じ、それに賭けれるだろうか。

試さなければならない、それがどんなに辛い事であろうと。


深夜の静寂の中、ユリさんと蘭は見つめ合っていた。

ユリさんは果てしなく大きな衣を広げ、その中で蘭は青い炎を纏っていた。


「ユリさんありがとう」蘭が言葉を先に使った。

「あの時悲しみの中にいる私を抱きしめて、叱ってくれて・・・私はあれが無かったら」

ユリさんは優しい目で蘭を見ている。

「叱ってもらえなかったたら、抱きしめて引き戻してもらえなかったら」

蘭も話しながら、ユリさんを見ている。

「私は・・・ここまで来ることはできなかった」

蘭にあの目が戻った、炎を湛えたあの瞳が。

「私は今の自分が好きだと心から言えます・・・やっとここまで来れました」と蘭が真顔で言った。

ユリさんは、その言葉で初めて一筋の涙を見せた、薔薇が朝露に光るような笑顔のままで。


私は後に、蘭に話しを聞いた時に、この会話の重さを知る。

それは私の想像より、遥かに崇高で重かった。

しかしこの時感じていた事は、間違えでなかったことも知った。


私はその光景を見て、ユリさんは多分初めて、自分の本質を理解してもらったと、感じたのではないかと。

ユリさんが立つその遥かなる高みに、誰も挑戦すらしないで、自分に言い訳して諦めていた。

しかし気付くとたった一人で、その強い意志で、ボロボロになりながらも登ってきた。

その影を見つけて、息吹を感じて、喜びが溢れたのだろうと。


私はその時、1つの疑問が解けていた、ユリさんをどこか懐かしく感じた事が度々あった。

それはある部分で、豊兄さんと重なっていたと。

ユリさんのその孤高さが、自らを曲げるくらいなら、孤独すら恐れないその心が。

私もどんなにボロボロになろうとも、登るのを諦める訳にはいかないと。

そうしないと、豊兄さんに何も恩返しができないのだと、気付かされていた。

ユリさんの一筋の涙で。


「チャッピー、私達少し喉が乾いたから」ユリさんが私を見て。

「あなたの話を何か聞かせて」と薔薇で微笑んだ。

『どのようなのがお望みでしょうか?』と聞くと、蘭が。

「名前の由来がいい、面白そうだから」満開で微笑んだ。

「楽しみね~」とユリさんも薔薇で微笑んだ。


私は少しもったいつけて、ニヤニヤ笑顔で。

『涙用にタオルを用意して下さい』と言うと。

「感動でかしら?」ユリさんが蘭を見た。

『いえ、笑いすぎて』と私が笑顔で言うと。

「早く早く」と蘭が急かせた。


「あれは忘れもしない、小3の2月、とても寒い日でした・・・」得意の物語で口調で始めた。

小3の私は、その時飼育係りだった、前日もその日も雨だった。

前日に弱っている兎がいて、私はどうしても気になって、早朝学校に行った。

飼育檻の中で、その兎は冷たくなって死んでいた。

俺はショックで、兎の亡骸をタオルで包んで、古寺の生臭坊主の所に持って行った。


「生臭なんだ~」蘭が微笑んだ。

『それは最強の、だって自分じゃ買いに難いから、駄菓子屋に来て、俺達に刺身とか買いにいかせるぐらいの人』と笑顔で言った。

「まぁ、素敵」とユリさんが薔薇で微笑んだ。

「それでそれで」蘭がまた急かせた。


坊主は亡骸を見て、【天寿を全うしたんだ、手厚く葬ってやろうな】

そう言って、二人で寺の隅の、大きな楠木の側に埋めて。

坊主はわざわざ文字通り、大袈裟な袈裟を着てきて、お経まであげてくれた。

俺は少し元気が出て、今から学校にも行けないと思って、寺を出て家路についていた。


大淀川の公園の所で、大きな男に声をかけられたんだ。

【坊やこの辺に、釜揚げうどんの美味しい所があるらしいんだけど、知らないかね】てね。

なんか凄い喋りのトーンが違う大男でね。

『知ってるけど、説明難しいな、ご馳走してくれるなら連れてくよ』っていつもの調子で言ったんだ。【助かります、何杯でも食べていいですよ~】て感じで、なんか調子狂う感じの人で。

二人は微笑みながら聞いている、私は得意げで話した。


その人は大きな体で筋肉質でね、寒いのに薄着でサングラスをかけていた。

【色々声をかけてみたけど、皆さんお忙しそうでね~】て言うから。

『おじさんこの辺でサングラスかけてたら誰も相手にしてくれないよ、そこが○○組の親分の家だからね』と言うと。

【そうだったんですね~】て感じで、なんか調子狂う人だったけど。

なんか暖かかったんだ。


うどん屋に入って、サングラス取って。

【坊やは何かスポーツしてますか?】て聞くから。

『空手』って答えると【それは素晴らしい、スポーツはいいですよ~】てな感じ。

『坊やはやめてよ』て言ったら。

【これは失礼しましたお名前は?】って聞くから、どうせここ出たら会わないやって思って。

『チャッピー』ってさっきお別れした、兎の名前を言ったんだ。

【それは素敵な名前ですね~、きっと外国の血が入ってるのですね~】なんて一人で納得してるの。

ユリさんも蘭も笑っている。


食べ終わった時に【チャッピー君は野球はしないの?】て聞くから。

『あれは金持ちのスポーツだからね、グローブもバットもユニフォームも高いんだ』て言ったら、俺の目をじっと見てるの。

なんかそん時、動けなくて。

感じた事のない、優しさみたいな感じに。

で店の前で別れたの『おじさん仕事した方がいいよって』生意気言って。

【チャッピー君何小学校?】て聞くから『○○小学校』て正直に言って別れたの。

もうなぜか元気になってたよ。


それから一月位過ぎた時、緊急全校集会があったの、で校長が言うんだ。

「この学校にチャッピーと名乗って、親切に道を教えてあげた人がいますか?」て聞くんだ。

俺は恐る恐る手を上げたんだ。

「おお、君がそうかここえ来たまえ」て言われて、そん時思い出したんだ学校さぼってたって。

「そりゃまずいね」蘭がニッと笑った、ユリさんは微笑んでいる。


まずい全校生徒の前で怒られると思ってた、そうしたら。

「みなさんも困ってる人は助けましょう」なんて校長ご機嫌なんだ。

「そのお礼に、これが学校に届きました」て言うと。

10人位の先生が、沢山のバットやグローブやユニフォーム、ベースやもろもろ持って出てきたんだ。

二人は興味津々で私を見ている。


奴はお金持ちだったか、もう一杯食べときゃよかったな~、なんて暢気に思ってた。

そしたら同封されてた手紙を、校長が読んだんだ、なんて事ないお礼の手紙だったけど。

読み終わった時、一瞬静まりそしてどよめきが起こったんだ。

俺は何があったのか分からないで、校長から手紙を受け取ったんだ。


その手紙には、最後にこう書いてあった。

状況を乗り越える努力をおしまねば、道は必ずつながります、あの時のささやかなお礼として送ります。


             【読売巨○軍 長○茂雄】


てね、キャンプに来てて雨だったから、暇だったんだろうね。

それから俺は【チャッピー】て呼ばれてるんだ。

俺は今になって思ってる、超一流という人は、優しくて暖かいんだと。

ユリさんを見た時も、同じ物を感じました。


「ありがとう、とっても素敵な話だった」とユリさんが薔薇の笑顔で私を見ていた。

「私は?私は?」と蘭が満開で聞くから。

『蘭は明日から2軍で千本ノックだ!』と笑顔で言うと。

「はい、コーチ頑張りますから。明日、日南に付き合って下さい」と蘭が笑わずに言った。

【日南】そこに何かあるんだ、私はそう思った。


ユリさんも笑ってなかった、私はユリさんを見て感じていた。

登ろうと・・・どんな事をしても、何があっても、蘭の背中を見える位置までは登ろうと。

絶対に蘭を諦める訳にはいかないと。


「蘭が望むなら、俺はいつでも何処へでも行くよ」と真顔で答えた。


そこが暗闇でも怖くはないだろう、蘭の吐息が聞こえるのならば。


親父が額に入れて、家宝のように飾る、あの言葉を思い出していた。


        【状況を乗り越える努力を惜しまねば、必ず道は繋がる】


そう私に送ってくれた、最高峰の山に単独で登る、偉大な孤高の男の言葉を。


蘭の目は、明日の戦いを前に限りなく深く澄んでいる。


青い炎のオーラに包まれて・・・。




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