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船出

微かな潮の香りを連れた、爽やかな南風が吹いていた、幻想の雑居ビルの密林を歩く人々にも。

私の腕の中で、眠ったように目を閉じる女性は、一瞬でも目を逸らすと、消えてしまいそうだった。

そのどこか儚げな事を、気付かせぬよう常に笑う。

そしてどんな時も、自らに従う強さを秘めている。


「行こう、今夜はケイのお披露目だから遅れられないよ」蘭は顔を上げ無理やり微笑んだ。

蘭は【突き飛ばされたでけ】そう言ったが、それだけでは無いことは、その微かな震えで分かっていた。

私のただ1つだけある、悪ガキの経験からそう思っていた。

私は蘭から腕を離し、私から手を繋いで店の前まで行き。

『無理してない?』と蘭に優しく聞いた。

蘭の受けた精神的恐怖が心配だった、蘭は最高の満開の笑顔で。

「今はあなたが私の側についているんでしょ?それなら私は大丈夫だよ」と蘭は私の目を見て言った。

『うん』と私の蘭の目を見答えた。

《もう怖い目には合わさないから》そう誓っていた、心で。


「ケイのお披露目とミーティングが済んだら、二人で徳野さんに報告しようね」と蘭が微笑んだ。

『うん、わかった』と私も言って、店に入った。

蘭と別れTVルームに向かおうとすると、松さんが大きな声で私を呼んだ。

「おーい、間に合ったね」と手を振り「マリアを頼めるか?」と聞いた。

私は松さんに駆け寄り、マリアを抱き上げて。

『どこに行くの?』と笑顔で聞いた。

「決まってるやろケイのとこさ」と言って松さんはTVルームに戻り、エミとミサを連れ出した。


2人の可愛いドレス姿を見て、私も自然に笑顔になった。

『二人ともフロアーデビューかな?』と笑顔で2人に言うと。

「可愛いでしょ~」とミサが自慢し、エミは数時間前のケイと同じように照れていた。

二人はドレスを着て、花束を持たされて、後を歩いて来た。


フロアーには、中央にマダムと徳野さん、ユリさんがいた。

早出の女性が12名、蘭は着替えが間に合わなかったのか、私服で10番席に座っていた。

そして入口のアプローチに、ボーイが8名白い制服で整列していた。

松さんがボーイの後ろに立ったので、私はその横に並んだ。

エミとミサは松さんの指示で、廊下に今は隠れている。


「仕事前の緊急ミーティングに、来てもらってすまん」マダムが話し始めた。

「ワシらとボーイだけでしようと思ったが、蘭に叱られてワシも気付いたよ」

「ケイの船出は盛大にやるべきじゃな」マダムは笑顔で蘭を見た。

「皆に報告がある、ケイ入れ」そうマダムが大きな声で言った。


PGには花道があった、銀の扉のから繋がる3m程だろうか。

扉の奥はようするに、女性の休憩所なのだが、マダムの考えで休憩して仕事に戻る時、緊張感を戻す為に、わざわざ目立つようにしているらしい。

その銀の扉が開いてケイが出てきた。

3歩程進み深々とお辞儀をして、前を向き堂々とマダムの横に進んだ。

「ケイにフロアーの仕事を教える時が来たようじゃ、皆協力して助けてやってほしい」マダムが全員をゆっくり見回した。

「じゃあケイ、挨拶を」とマダムがケイを促した。


「よろしくお願いいたします」と言って、ケイは深々と頭を下げた。

「ケイ、綺麗だよ~」松さんが大声で叫んだ、泣いていると思った。

「ケイ頑張って」蘭が言うと、女性全員が立って「頑張って~」拍手した。

「ケイ頑張れよ」ボーイはバラバラに大声で言って、全員で拍手した。

そしてエミとミサが花束を渡して。

「ケイちゃん、綺麗」とミサは言葉にして見つめていた。

ケイは嬉しそうに、しかし必死で涙を堪えてるように見えた。

「あいがとうございます、私はここで働ける事が本当に嬉しい・・・必ず頑張ります」と言った時だった。


「けい!」私は驚いてマリアを見た、抱いている私でも声の主がマリアだと思わなかった。

それ程明朗な発音の大きな声だった。

「がんば!」とマリアが天使の笑顔で言った。

ケイはマリアを見た、マリアは天使発散レベルを最大にして、満面の笑みで笑っていた。

ケイはその笑顔を見て、限界が来て涙をこぼした、皆静かに見守っていた。

《ケイは愛されている》私はそう感じていた。


『偉いねマリア、よく言えたね~』と私がマリアに笑顔で言うと。

「えやい」と元のマリア語で答えて笑った。

マリアの言葉で皆が笑顔になった、その不思議な力を感じながらマリアを見ていた。

ユリさんを見ると、マリアを見つめ嬉そうに笑っていた、優しい笑顔で。


「それともう一つ、ケイが忙しくなるので」マダムが私を見た。

「ケイと松のフォローとして、知ってると思うがチャッピーがやる、皆で鍛えてやってくれ」とマダムが言った。

私が【よろしくお願いします】と言おうと思った瞬間。

「未成年のようですが、身元保証人はだれでか?」と背の低いボーイが言った。

マダムと蘭が私だと言おうとしたその時。


「私が彼の身元保証人です、彼の全責任は私が取りますので。よろしくお願いします」とユリさんが深々と頭を下げた。

立つ姿は勿論美しいが、頭を深々と下げた、その姿も美しいと思っていた。

ボーイ達はユリさんに頭を下げさせた事に驚き、慌てて振り返り全員が私を見て。

「よろしく」と口々に言った。

私はマリアを抱いていたので、浅めのお辞儀をして。

『よろしくお願いします』と言った。

「それじゃあ仕事だよ、解散」マダムの言葉で皆持場についた、蘭が来て。

「徳野さんとマダムTVルームに連れてくるから」と言ったので。

『了解』と笑顔で答えた。


TVルームで待ってると、すぐに蘭とマダムと徳野さんが来た。

只ならぬ雰囲気を察して、松さんが3人娘と静かに遊びだした。

「蘭から内容は聞いた」徳野さんが言った「お前は絡んだのか?」と真顔で言った。

『肘を一発だけ入れた』と真顔で返すと、徳野さんはニヤリと笑い

「やっぱり分かるようだな、なら分かった事を報告してくれ」と徳野さんが、笑顔で言った。

私は悪ガキの喧嘩の相談の時の様に話した、それが徳野さんの【分かる】の意味だと気付いたから。


『分かった事が3つあります。

 1番目が歳が40前後で身長約165cm(自分との比較で)痩せている事。

 2番目が誰かか何かを恨んでいる、俺に対し【ガキが】と叫んで向かってきたから。

 コソ泥とか、そんな者じゃないと思う事。

 3番目が殴りあう喧嘩など殆ど経験がないと思う』


徳野さんの真剣な目を見ながら、真顔で言った。

「なぜだ?」徳野さんの試すような問いに。

『相手の襟首持つなんて、柔道の試合でしか通用しないでしょう』と言って、徳野さんを見た。

「すまん、そうだ」と徳野さんが言った。


「問題は次だ、あるか?」と徳野さんが真顔で聞いた。

『1つだけと』と私は言って蘭を見た、これ以上怖がらせたくなかった、それを察したのか蘭が。

「私は大丈夫よ、私にはあなたがついているんでしょ」と真剣な目で言った、私は蘭を見ながら頷いた。


『肘を入れたとき、サングラスが飛んで目が合った。

 上手く言えないけど初めて見た目だった。

 普通は向かってくるか悔しいかどっちかの目なのに違った』


そこまで言って、次の言葉を想像してる徳野さんと目が合った。

『死人のような目だった』と真顔で言った、その直後徳野さんの眼光が変わり。

「マダムとりあえず厳戒体制にして上を調べてきます」と言って出て行った。

「蘭、怖かったろう仕事できるか?チャッピーと帰ってもいいぞ」マダムが心配げに言った。


この言葉で確信した、突き飛ばされただけじゃないと。

私を心配させぬよう、私の怒りが増さぬよう、蘭が言わなかったのだと感じた。

その深い心は、どんな状況でも、先に相手の事を想うのかと感じた。

私は蘭を見ていた、その深く温かい心に触れて。


「大丈夫、そんな人に負けません」と蘭が言って、私に微笑んで仕事に向かった。

「松、すまんが2×2体制や、今夜だけ厨房のフォローに行ってくれ、ここはワシとチャッピーでやるかい」とマダムが松さんに言った。

「まかせて下さい」と松さんは言って、出て行った。

「ふー」と言ってマダムは座り私を見て「良い説明じゃったよ、徳のあんな顔久々に見た」マダムは疲れてるように見えた。

ミサが来てマダムの肩を揉みだした、この子も不思議な感性で動くもんだと、感心していた。


『2×2の体制って、どんなの?』私はマダムに聞いた。

2×2とはビルの入口に一人、裏階段に一人、1階エレベター前に一人、3階エレベーター前に一人ボーイが立つ事だと教えてくれた。

「チャッピー」マダムの静かな言葉に私はハッ!としてマダムを見た。

「お前はわかっちょるか?今の自分の状況が?」とマダムが言った、私は分かっていた。

『ユリさんが身元保証人になった事やろう』と真顔でマダムに言った。

「そうや、だからお前は絶対無茶したらいかんぞ・・・なんか行動する前には、必ず一度止まって考えるんやぞ」マダムは笑っていない、でも優しかった。

「ただ、愛する者を守る為なら・・その行為なら、ワシもユリも何も言わん」と真顔で言った。

その言葉で、蘭の微かな震えが、私の中に蘇ってきていた。


沢山の経験がその皺を深く刻んだ、その中にはあの理不尽な戦争も、その後の混乱も刻まれている。

その言葉は、重く染み込むようだった。


マダムの【愛する者を守る行為】その言葉は、遠い過去からの叫びだった。


経験者には、忘れる事の許されない、記憶からの・・・。

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