雨の日の出会い
初冬は雨が続いていた。
皆がげんなりする中、小田翔は目を輝かせていた。
歳は14、制服をまとった姿をしている。
彼は傘を出すと、ゆっくりと走り出す。
ー気持ち良いんだよな、これが。
翔の靴は普通のものではなく、ローラーがついていて、勝手に走ってくれるのだった。
「いえーい!! きゃっほい!!」
学校帰りということもあって、翔は浮かれていた。
傘をくるくると回したり、時にはジャンプをしたりしながら、帰り道を歩いていく。
ー魔法の靴! 楽しい!!
靴は濡れることなく、冷たい風をきっていく。
皆、俯いている中、翔だけははしゃいでいた。
ー今日は塾もないし、家でDVDでも観ようかな。
スピードをあげると、いきなり角から来た女の子とぶつかりそうになる。
「あ、危ない…!!」
翔は魔法の靴をギリギリで止めると、長髪の女の子に聞く。
「大丈夫? ぶつかってはいないけれど」
女の子は同じ歳くらいだろうか。
制服に黒いストッキングを履いており、冬の装いだった。
「大丈夫です。何でもありません」
女の子は早口で答えると、翔から離れようとする。
何となく納得しない翔は、女の子に話しかける。
「その制服、明日葉学園のものだよね? 可愛いな」
「…もう話しかけないでください」
女の子はつれなくそう言うと、翔から離れようとする。
翔は舌打ちすると、女の子と別れようとした。
するとその時、
「きゃあ!! だから駄目だって言っているのに!!」
女の子の傘が浮かび、身体が地面から離れる。
翔がびっくりして声を失っていると、女の子が急いで足をばたつかせ、ゆっくりと着地する。
「…今、見ましたよね?」
女の子が窺うように聞いてきたので、翔はゆっくりとうなずく。
「バッチリ。君も魔法が使えるの?」
「君も…? ということは、あなたも…?」
女の子の驚いた顔に、翔はにこりと笑うと、手招きして道の端へ移動する。
それから女の子しか周りにいないか確認すると、足をあげる。
「俺の場合、これ。魔法の靴」
「靴? …本当だ。変わっている」
「最高で60キロ出るの。だから遅刻しそうな時に、遠慮なく使用しているんだ」
空いた手を腰に当てると、冷たい雫が当たる。
雪にはなりそうにないが、雨は人間の体温を奪おうと、次々と降ってくる。
「それで? そっち…名前を聞いていい?」
「えっと…どうしよう」
女の子がしっかり傘を掴みつつ、戸惑う素振りを見せる。
翔は当然の反応だよなと思いつつ、自分から名乗る。
「俺、小田翔。歳は14。あそこの中学校に通っているんだ」
翔が指差すと、女の子が「ああ」と言ってくる。
「風山中学校の人なんですね」
「うん。それで君は?」
翔が興味深そうに身を乗り出すと、女の子は少し考えてから答える。
「あたしは大川めぐみと言います。歳は同じ14」
「やっぱり同じ歳か!! よろしく!!」
翔は喜んで手を差し出したのだが、女の子ーめぐみは傘をしっかり両手で押さえており、飛ぶのを阻止しているようだった。
「…それ、魔法の傘?」
「あ…分かっちゃいましたよね?」
「敬語じゃなくていい」
「分かった。あなたー翔くんの言う通り。これは魔法の傘なの。飛ぼうと思えば、雲の上までいけるの」
「雲の上!! すごいな、それは」
「大変よ? 油断すると、飛ぼうとするんですもの。ーほら」
めぐみが片手を放すと、ふわりと宙に浮かぶ。
翔は「わー」と感心していると、めぐみは傘を押さえ、地面に降りた。
「内緒ね。ばれると怒られるから」
「…ああ、家族に怒られるのか。俺もよく怒られるけど」
何故、大人が怒ってくるのか分からなくもないが、子どもとしては、魔法を使いたくてしょうがない。
便利なものは使ってもいいと思うのだけれど、周りに奇妙だと思われて攻撃されても困る。
ー人の口に戸はたてられないからな。人間は何で面倒くさいんだろう? 言葉を話さなければ、傷つくこともないし、苛々しなくていいと思うのだけれど。
口を歪めると、めぐみが慌てて言ってくる。
「あたし、変なことを言った?」
「え? 別に」
「だって顔を歪めるから…。あたし、よく変わっているとか、おかしいとか言われるタイプだから」
めぐみはそう言うと、濡れた肩の雫を払う。
その姿は美しく、この子でも何か言われるのかと、びっくりする。
「俺が見たところ、普通だけど。変だ、おかしいって言う奴ほど、嫌われているんだな」
翔の言葉に、めぐみは顔を上げ、うなずく。
「そうなのよね。…まあ、あたしも優等生を演じて真面目でいるからいけないんだけどね」
「そうなのか。優等生を演じているの?」
「そう。これでも目立たないようにしているんだけど…。人間って難しい。目立つな、目立つなと思うほど、逆になるんですもの」
「あー、多分、めぐみの場合、無理だと思う。よく告白とかされない?」
「それが…」
めぐみはその後は言わず、足をもじもじとさせる。
どうも言いたくないらしいので、翔は続けて言うのをやめると、明るく振る舞う。
「これからよろしく。俺、他にも魔法グッズを持っている人達を知っているけれど、同い年は初めてだ」
「そうなの? あたしも知らないわけじゃないけど…。同い年ではあたしも初めてかも」
「そうか。よろしくな」
めぐみの二の腕を軽く叩くと、初冬の厳しさを教えるように、冷たい風が割って入ってくる。
風邪をひいたら大変だと思い、翔はめぐみに言う。
「クッキー、好き?」
「え…? クッキー? 嫌いじゃないけれど」
「じゃあ、お店に行こう。良い人がいるんだよ」
「そうなの?」
「そう。教えると、幸せのクッキーを作っている人なんだけど…。知っている?」
「ううん、知らない。幸せのクッキーか…。いいな」
「気になるだろ? よし、これから行こうぜ。俺、知り合いだから」
「楽しそう。でもあたしが行ってもいいの?」
「いいさ。ほら、俺の手を取って」
めぐみは躊躇した後、傘に命じる。
「しばらく動いては駄目よ」
傘は答えるように、静かにめぐみの肩に乗る。
それから翔の手を取ってくると、翔はにやりと笑い、道を滑り始める。
「きゃあ!! あたしまで連れていかれる!!」
「だから言っただろう? 魔法の靴だって。スピードを上げるぞ。早く店に行きたいし」
翔はウィンクすると、めぐみの手をしっかりと握りしめたのだった。




