欲しがりの妹に「お姉様の心臓がほしい」と悪魔のおねだりをされるのですが、これはもしや溺愛ですか? そして、わたくしのウサギさん家族に訪れた悲劇について
「おねえさま! 心臓をちょうだい!」
「ぶふっ」
私は紅茶をはしたなく噴き出した。なんてことを言うのか。
午後の陽気ほがらかなテラスのティータイム。
メイド達がすかさず後始末を淡々とこなしてくれる。
「やだ、はしたなーい♡」
欲しがりの妹。
末っ子だから甘やかされて、なんでもかんでも欲しがる妹、という概念がある。
しかし、待ってほしい。
いきなり姉の心臓を欲しがるのは悪魔か、こいつは。
「ごめん、心臓って……? え、心臓?」
「そう、あたくしはキネッチュおねえさまの心臓がほしいのですわ!」
「タキッヌ、あなたわたくしの命がほしいの?」
「え、くれるなら欲しい!」
「あげません!!」
「おねえちゃんのけちー」
ぷーと妹のタキッヌはほっぺを膨らませる。かわいいと思ってるのかしら。
ええ、まぁ、かわいいのは事実なのだけど、しかし小憎たらしいのもまた事実。
かわいいを武器だと認識しているので、この妹のかわいいは人を傷つける鋭利な血に飢えたかわいいだ。
まだ幼い、といってもタキッヌはもう十三才になる。そろそろ欲しがり屋を卒業してほしい。
「もっちろん! 心臓も命も、ただのたとえだよ? キネッチュおねえさまのハート♡がほしいだけなの? わかる? ハートだよ?」
「くるっぽー」
「それはハト! もう、いい年してふざけないでお姉様!」
ああ、人の冗談にはなぜそうもきびしーのか。
あといい年して、とか言わないでほしい。
読者に年がバレる。
「たとえ、たとえねぇ。けど、タキッヌ、あなたわたくしが譲ったものを大切にしないでしょう?」
「え、そうかな? かな?」
二回目の「かな」は自覚的にかわいいと思って言っている。
タキッヌは典型的な、自分をお姫様だとおもっているタイプの夢見がちな少女だ。
私にもそういう頃はあったが、流石にずっと昔のこーーけふ、けふ。
事実として、伯爵家の令嬢はちょっとしたお姫様といえるが、しかし上には上がいる。所詮、王族には頭を下げる立場だ。
わがまま放題を言ってられるのは、まだそのわがままが許される伯爵領の家の中にいるからに過ぎない。
「例えばそうね、わたくしの差し上げたお人形はどうしたの? 五匹のウサギさん家族のちいさなお人形よ。ドールハウスに二匹しか残ってないじゃない」
「えっとねー」
タキッヌは紅茶をくるくるとスプーンで渦巻かせながら、たのしげに物語る。
「パパウサギとママウサギは離婚して、今はパパがひとりでグランマウサギの介護をしてるの。ママウサギはふたりの子供を連れて出てって、おともだちのピヨリーヌちゃんちの新しいパパネコさんといっしょに暮らしてるの。パパウサギとチビウサちゃんたちは一ヶ月に一度だけ面会させてもらえるの。だからうちのドールハウスにはパパウサギとグランマウサギだけなのよ、お姉様」
「世知辛っ。な、何なのその設定……。あ、それ、グランマウサギの介護が原因……。それで新しいパパネコと……。あ、あっ」
「お姉様、泣いてるの?」
「ごめんなさい。大人って、涙もろくなるのよ」
「お姉様ったら、いい年だもんね」
「こほん」
やめろ。
読者に年がバレる。
「だからね、ピヨリーヌちゃんちでちゃーんと残りのウサギさん達は暮らしてるのよ。ピヨリーヌちゃん、あたしよりちっちゃくて欲しがり屋さんだからね、あたくしゆずって差し上げたのよ。えらいでしょう?」
「そ、そういうことなら、たしかにえらい?」
「そ、でも最初にゆずってくれたお姉様はもっとえらいのよ」
「そ、そうかしら、あはははは……」
確かに、もうドールハウスのウサギさんにこだわる年ではない。
いや、正確には妹にあげた時にはまだ愛着があり、非常にイヤな気分であったのだけれど、お姉ちゃんだから卒業せねばと譲ったのだ。
すごく不本意だった。
なにより、わたしはウサギさん家族を理想的な幸せ家族のつもりで仲睦まじく遊ばせていたのに、とんでもない設定つけやがって。
お父さんウサギとお母さんウサギは大恋愛の末に駆け落ちして結婚したの。
結婚に反対していたおじいさんウサギが亡くなって、ようやく残されたおばあさんウサギと和解して家族がいっしょになれた設定だったのに。
それを、それをーー。
「安心して。新しいパパネコさんはとってもかっこよくて、ふたりのチビウサちゃんもすっかり懐いているのよ」
「ぱ、パパウサ……っ!」
涙を禁じえない。
このままグランマウサが老いて亡くなって、チビウサたちが大人になるまで養育費を払いつづけ、ひとりになったドールハウスで静かに余生を過ごすパパウサだなんて。
ああ、なんて悪魔のような妹であることか。
「とにかくね、あたくしはお姉様のハートがほしいの! そしてまた、だれかにハートを分け与えるの。そうして愛が受け継がれていくの。わかってくださる?」
「うぐ、もっともらしいことを……」
口先だけはよくまわる。
しかし、お人形さんでもハートでも、結局こちらは欲しがられて与える一方だ。
「あのねぇ、それじゃあわたくしはだれにハートを貰えばいいのよ?」
「え? 旦那様がいるでしょ? 結婚してるんだから」
「それはまぁ」
「タキッヌは知っているのよ。お姉様がたーーーーーぷりとハートを貰ってるのを」
「は、はぁ!? な、何をいうのかしらこの子は! や、やめなさい、そんな」
伯爵令嬢のティータイムともなれば、そばにメイドだって控えている。
メイドらがくすくすと笑う声に私は顔を赤らめる。
「お姉様、この間なんて旦那様にずっと抱きついてなでなでしてもらっていたわ。ずるい」
「あ、そっち……」
「そっち以外があるの?」
やめろ。
純真そうな目で見つめてくれるな。
私が穢れていると読者にバレる。
「まったく、もう。そんなにハートがほしければ、あの人に撫でてもらったらいいじゃない。それくらいの欲しがりはゆるしてあげるわよ?」
「え、いらない」
「え?」
「タキッヌね、お姉様にとって素敵な旦那様だとはおもうのよ? でも○○《ピー》歳も年上だし、どうせあたくしのものにはならないし、それにね」
やめろ。ホントやめろ。
○○《ピー》とか年齢差をわざと口に出して伏せるな。
実際以上に私と妹の年が離れているかのように装わないで。そこまでじゃない。
「タキッヌが欲しがっているのはお姉様の心臓なのよ? その心臓は、一つしかないでしょう? お義兄様とは、ライバルなのよ」
「さっぱり意味がわからないわ……」
私はごまかした。
熱烈な視線を、ごまかした。
やめてほしい。
私にはもう夫も小さな子供もいるのだから、いい加減、卒業してほしい。
姉のものを欲しがるな。
そして、姉を欲しがるな。
「大好きなお姉様、次はなにをゆずってくれるのかしら? タキッヌは楽しみでなりませんわ」
私の手を、そっと愛しげに引き寄せて。
我が妹の唇が、手の甲に捧げられる。
悪戯げにくすくすと笑うさまは、まさに悪魔の妹だと言わざるをえない。
「あ、あげません! し、心臓だけは、まだ……」
「おねえちゃんのけーち♡」
我が妹は、ああ、まさに世に伝え聞くあの欲しがりの妹ではないだろうか。
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