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結城逡3

この物語はフィクションであり、実在の人物・文化・団体とは一切関係ありません。

伝承・風習をモチーフとした要素がありますが、創作としてお楽しみください。



「シスター」

「校長先生」


かけられた声に先生と僕の声が重なる。本学の校長先生はシスターでもある。一応我が校は私立のカトリック系の学校だ。

でも宗教色は強くない。なんせ我が校の宗教の授業の先生は2人いるが、1人はカトリックだけどもう1人はプロテスタントだ。いいのか。それで。


「ちょうどいいところにシスター。彼に母校の歴史を聞かれていたのですがあまり詳しくなくて、シスターは俺がこの学校の生徒であった頃は教員でいらっしゃいましたよね。学校設立の歴史についてお伺いしたいのですが」

校長先生が教員免許を持っていることは知っていた。産休をとった先生の代わりに僕たちに古典の授業をしてくれた。

そうか。校長先生はこの学校と付属している教会の所属だ。であれば確かにもっと古い歴史を知っているかもしれない。もしくは教会に資料が残っているかもしれない。

「はい。何でも聞いてください」

穏やかにほほ笑む校長先生には包容力というものを感じてしまう。行き止まりに辿り着いてしまったような閉塞感が薄れていくような気がする。

「中庭にある石碑と俺らが読んでいるあの岩でできたものの由来を知っていますか?津平が学校の歴史に興味を持って調べているのですが、開校時にはすでにあった記録を見つけたのです。

ですが普通は撤去しますよね。危険ですから。なので何か理由があるのではないかと考えたのです。申し訳ありませんが私では勉強不足のようです」

先生の問いかけに校長先生はあまりにもあっさりと答えて見せた。

「はい。もちろん知っております。歴代の校長は皆知っています。

校長になる際に、あの石碑を撤去しないように、守るように伝えられています。なるほど津平君はあの石碑に興味があるのですか?結城先生が中庭のカメラを確認してたのは津平君の行動を怪しんだのですか?」

「えっ!いや…そう言うわけでは…ただその…」

先生は言葉に詰まっている。一体何と言って監視カメラを確認したのか…

「校長室に来ませんか?資料をお見せしますよ」

ふわふわと校長先生は微笑んでいる。とても安心できる微笑みだ。どうやら怒られるわけではないらしい。僕と先生は顔を見合わせて頷いた。

「ぜひお願いします」


校長室は応接室を兼ねていた。一言で言うなら質素。もう一言追加するなら上品だった。

「こちらへ」

校長先生に促されて椅子に座る。校長先生は執務机を探っている。机の鍵を開けるとそこから一冊の本を持ってこちらに戻ってきた。それは古い本に見えた。

校長先生は僕の隣に座ってその本を開いて見せてくれた。見せてくれただけだった。

読めなかった。何が書いてあるかさっぱりわからなかった。校長先生すみません僕、筆記体読めない。

困ったように校長を見つめると、先生はかわらずニコニコ微笑んでいる。

「ドイツ語は読めませんよね」

いつも穏やかな校長先生がいたずらっ子であることが判明した。でもおちゃめな先生のおかげでだいぶ落ち着いてきた。もしかしたら顔色の悪い僕たちのためにわざとやってくれたのかもしれない。


「簡単に説明しますね。これは本学を設立した初代校長の手記です。

まず本学の始まりはこの初代校長である修道女がこの地に学校の設立を目的として渡ってきたことから始まります。

彼女はこの地に学校を開くにあたって土地を探し求めましたが外国人ということでなかなか土地を売ってもらえませんでした。そんな中、ある時土地を売ってくれるという方が現れました。

かの人は土地を売る代わりに一つだけ条件をつけました。

現在中庭に安置している石碑を消して撤去しないこと、意図的に破壊等はしないことでした」


おかしな話なように感じる。大切なものであるなら大切にして欲しいと言えばいい。でもこの場合、割ったり移動しなければ放置して良いように聞こえる。

「シスター。しかしそれでは石碑があることがわかるだけでなぜ石碑を壊しては行けないかはわからないのではないのですか?」

確かにそうだ。しかし校長先生はクスクスと笑っている。

「まだ続きがあるのです。結城先生は学生の頃から変わらずせっかちですね」

先生は気まずそうに頭を掻いている。こういうのを見ていると確かに先生は校長先生の生徒だったのだろう。

「購入するにあたって、初代校長である修道女は岩について経歴を確認しました。

彼女は厳格なカトリック教徒でしたので、日本の宗教関連の品物であった場合は土地の購入を遠慮しようと考えていました。

彼女は宗教的な対立を望んでいませんでした。そして確かに岩には宗教的な意味がありました。“かつては”という注釈がつきますが」

かつて?いやそもそも信仰の対象になるなら仏教神道は考えにくい。なぜならここは開拓によって開かれた街だ。そういった信仰の対象になるとは考えにくい。もし信仰の対象となるなら神社ないしお寺が付近にあるはずだ。

「現地信仰ですか…?」 

先生の言葉に校長先生は静かに頷いた。

「はい。学校の裏に小さな山がありますね。現在中にあるあの岩は本来かの山の頂にあったと聞いています」

山の上にあったならなぜこんな場所に?

「古くからこの土地では山にある岩に特別な信仰をささげていました。ですが、とても残念なことですが開拓の際に、そのことごとくが開拓民によって爆破されました」

爆破?爆破って言った?信仰の対象を爆破したのか?僕たちの御先祖様は。


「本来、現在本校の中庭にあるあなた方が石碑と呼んでいる岩も元あった場所にて爆破される予定でした。

しかし、予定日になるといきなり山の下、現在の場所まで移動したとかかれています。

人為的なものか自然に起こったものかはわからなかったそうです。

街まで降りてきてしまった石碑を爆破することは危険でした。

また当時の人々も気味が悪いと感じたためかの石碑のあった場所の周辺は長い間、開拓の手も入らず更地になっていたとこの手記には記載されています」

それは確かに不気味だ。現地の人が移動させたとしてもどうやって?もしくは偶然落石したのかもしれない。

「修道女は悩んだそうです。外国人という身分や、戦争の気配がしたかつての時代ではより慎重さを重視せざるを得ませんでした。

しかし売主はこう修道女に伝えできたときさいされています。この岩に対する信仰は絶えた。

山の上から降りた時からこの岩はただの岩である。

そして少なくともこの石碑がかつて信仰の対象であったことを知るものはほとんどいない。このまま廃れるにまかせて欲しい。自分たちでは破壊することは憚られる。と」

原住民では祟りを恐れて手出しできない。もともとこの地に住んでいた人の信仰の対象だからだ。外国人であればあるいは…と思ったのかもしれない。


「最終的に修道女はこの土地に学校を建てることにしたそうです。

それがこの石碑を、現地信仰を後世に残すことができる。とも考えたそうです。

ただしやはり本校の宗教上、大っぴらにすることができずあの石碑の正体は隠すことにしたそうです。

しかし歴代の校長にはあの石碑に手を出さないようにこのことが伝えられていました」


これで中庭にあるあの石碑がなんであるかの謎は解けた。でもそれと彼女に何の関係があるのだろうか。

もちろん彼女が初代校長ではない。初代校長の写真はこの学校に残されている。

がっつり外国人の顔をしている、そして僕が出会った彼女は日本人的な顔立ちをしていた。だから彼女が初代校長の幽霊であるという線は消える。

「校長先生。その石碑には何が祀られていたのですか?」

「そこまでは記載されていなかったと思います。意図的に記録に残さなかったのか、手記が残されたときにはもう記録さえ廃れていたのかは不明です」

そうか。もし祀っていたのが女神や女性の精霊だったりすればもしかしたら話は簡単になるのに。あの石碑に関係しているのかわからない。


「シスター。ありがとうございます。とりあえず頂いた情報をまとめたいと思います。また何かありましたら相談に伺ってもよろしいでしょうか?」

僕ははじかれるように先生のほうに振り返った。今まさに最大のヒントが現れたのに、みすみすこれ以上のヒントはないと、ここから離れてしまって良いのか?もう少し話を聞いても良いのではないか。

しかし先生はまっすぐ校長先生を見つめて僕のほうを見ようともしなかった。でもその真剣な顔に見合わず、先生の顔色はさっきより悪い気がする。

「もちろんです。ですがお二方は少し休んだほうがいいかもしれません。津平君はだいぶ顔色が良くなりましたが、結城先生はとても悪いです。具合が悪いのであれば休む必要があります。分かりますね」

当然のごとく校長先生にもバレている。

「そうですね。化学準備室で少し休んでから帰ります。津平。行こう」

先生に促されるまま、校長室を後にした。去り際に校長先生にお礼を言うとやはりニコニコと笑っていた。


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