結城逡2
「…津平。その…結論から言うとお前が中庭に入った日、お前の学生証を使った記録はあったが、逆にお前の記録しかなかった。監視カメラもだ」
次の日のことだった。突然のことにどうしていいかわからなかった。
そのせいか細かいことばかり気になってしまう。少し驚いた。中庭に監視カメラがあることは初めて知った。
「学生証の記録がない?窓から入ったってことですか?そしてカメラ?学校内にカメラ設置してるんですかこの学校。でもカメラは死角になっていたのではないのですか?」
流石にこれはおかしい。カメラのことは初耳だが、まずはログだ学生証がなければ中庭には入れない。窓から出入りするのは、出れたとしても入れないのではないか?雪国では雪に埋もれないよう窓は比較的高い位置に設置してある。
「あるんだよ監視カメラが。校舎内ではなく校舎外に向けて設置してある。中庭は校舎外の扱いだ。そして確かオキさんはいつも中庭にあるあの通称石碑の上に座っていたと言ったな。流石にあれの上は監視カメラから死角にはならない。ただ…」
そういうと先生はちょっと言いよどんだ。ただ?何なのだろう。先生は息を吸い込み僕の目をしっかり見て告げた。
「津平はそのオキさんにお菓子やお弁当を渡していたな。それはカメラに残っているんだ」
「どう言うことですか?」
まったくもって理解できない。僕は混乱し始めていたが、先生もどうやら納得はいっていないようだった。いぶかしげな表情というのだろうか、何とも言い難い表情で先生は続けた。
「落ち着いて聞いてほしい。お前の手から離れた菓子の類はお前の手を離れた途端に消えていた」
「は?」
意味がわからない。は?消えたってなんだ? 彼女にお菓子を渡すところは映っているが、彼女自身は映っていない。そんな手品みたいなことできるのか?いや身元が分からないように映っているとかかもしれない。フードをかぶっていたとか。でも彼女そんな服着ていたか?
「俺も目を疑ったが、全ての記録でそうだった。落としたとか死角に入ったとかではない。菓子の類なら見えなくなったと思えるが弁当はそこそこな大きさだ。そして弁当は最後にお前が何もないところから受け取っていた。これがもし、お前が菓子や弁当を人にやったと思い込んでいたが実は自分で食べていたとかだったら、お前にはうまく誤魔化して親御さんに連絡をとっていた。しかし…しかしだ」
さぁっと血の気の引く音が聞こえた。確かに彼女にあげたと思いこんで、お弁当を自分で食べていたならそれは何か精神を病んでいる可能性がある。
でもそうではなかった。でもこれでますます意味がわからない。じゃあ、僕が会ってた彼女は何だ?どうやら僕は全く見当もよらなかったけれど僕が幻覚を見ていたという可能性も知らないうちに消えていたらしい。
「…監視カメラの画像を見せてもらうことは?」
「できない。学校内の監視カメラは教員でも通常は見ることはできない。見る場合は2人以上で確認する必要がある。悪用できるからだ。今回は校長先生と確認した」
「じゃあ、今回の件を校長先生も知って…」
事情を知る人が増えたのかと僕は非難するような気持で先生を見上げたが、先生は首を振った。
「校長先生はおそらく見えていない。確認するために校長先生を選んだのは、校長先生が老眼の傾向があるためだ。校長先生は最近老眼が進んでいるが認められなくて眼鏡をかけていない。つまり近くは見えてない。生徒が1人で中庭にいる様子しか見えてないだろう」
安心したし、心遣いには感謝するけれどそんな理由で選ばれた校長先生にも同情をした。都合はよかったけれど。
でも確かに彼女は僕と一緒にいた。確かに触れた。あんなに美味しそうに弁当も食べていたのに記録に残っていない。そんなことあり得るのだろうか。ふっと彼女に出会った時のことを思い出した。そうだ僕はあの時、彼女に対して人間じゃないかもしれないと思ったではないか。
「先生が…僕に嘘をついている可能性はないですか」
にじみ出た不安を消し去りたくて、一縷の望みをかけて先生に聞いた。
「俺が津平に嘘をつくメリットがない」
延べもなく否定された。
「信じられると?」
「もう一度言う。先生である俺に嘘をつくメリットがない」
でも、信じてしまったら僕は、僕は人ではない何かと会ってたことになる。
「心当たりは?」
先生に聞かれても答えられなかった。思い返せばたくさんある。彼女に対しておかしいと思ったことは数えきれないほどあった。否定しようと思っても、頭のどこかでその違和感に気付いていた。声が聞こえる。
いつも彼女は同じ制服で石碑の上に座っていた。
(暑くも寒くもなかったんだよ。人でないなら関係ないんじゃないか)
スマホも持っていない、最近の流行りもわからない、親の話もしない。家庭にいざこざがあると思っていた。
(人じゃないならすべて話はつくよね。だってそもそも家も家庭も存在しないんだから)
弁当や菓子をおいしそうに食べてくれたじゃないか。
(貢物だって思われてたんじゃないか)
学校行事に出ることもないし、学校中で彼女を見かけなかった。きっと病弱なんだと思っていた。
(そもそも学生じゃなかったんだよ。人じゃないからクラスにも属していないし学校行事にも行けない)
僕の話を楽しそうに聞いてくれた。
(自分に話せることがなかったからでは?だって彼女はあそこから動けないのだから!)
ちょっと怖い話が好きな普通の女の子だった。
(同族の話だから好きだったんじゃないの?)
たわいのない話をして喧嘩もした。
(喧嘩だと思っていたのはお前だけなんじゃないか。人ではない存在を信じないって言ったらそりゃあ人ではないなら怒るよな)
でも彼女に触れることはできた。手を握った!
(でも触れた手はいつだって冷たかったじゃないか)
人ではないって出合った時から思っていたくせに
(人ではないって出合った時から分っていたくせに)
説明がついてしまった。今まで見ないようにしていたことにすべてに。でも信じたくはなかった。
「せんせい…先生はたしかこの学校の卒業生ですよね。僕みたいな話は聞いたことはありますか」
先生は困ったように眉を顰めた。なぜだか先生の顔色も悪い。
「どうだったか…幽霊が出る話はいくつかあるけど」
「じゃあ、中庭に何であの石碑が置いてあるか知っていますか」
いつだって彼女は石碑に座っていた。もし、もし本当に彼女が幽霊の類だったらあの石碑にきっと関係があるはずだ。
「聞いたことがない。そもそもあの石碑は置いてあるだけで説明書きもないはずだ。そしてなにより今は雪に埋もれているから確認にも行けない」
先生はちらっと窓の外に目をやりそういった。深々と降り続ける雪が見える。そうだ。もう中庭は雪に埋もれている。次にあの石碑を確認できるようになるには春を待たなくては行けない。
「チャペルか、図書館にこの学校の設立の歴史とかがあるだろう。あの石碑はどう頑張っても校舎を建ててから中には入れられない。だから何らかの理由があるはずだ。見に行こう」
すっと先生は立ち上がったが、僕は立てそうになかった。
ふと再放送されたドラマか映画の1シーンが頭をよぎった。たしかシャーロックホームズだったはず。
全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実である。
では今の状況はどうだろうか。状況は彼女が人ではない何かであることを示そうとしている。
ここでやめてもいいような気がした。いい思い出として胸に秘めてもいいような気もしてきた。でもここでやめてしまったら僕の中で彼女は得体のしれない何かとして記憶に残ってしまう。違うのだ。彼女はそうじゃない。僕は知りたいのだ。彼女はちっとも自分のことを教えてくれなかったのだから。そして僕は知る努力を放棄してしまったのだから。今度はちゃんと彼女のことを知りたいのだ。
胃が痛くなるようなもやもやを抱え込んだまま図書館に来たが、徒労に終わりそうだった。この学校設立の記録がなかったわけではない。あっさりと見つかったのだ。
だか、開校当初の地図にすでに石碑があったのだ。そしてそれ以外のめぼしい資料はなかった。
もっと古い歴史書を探さなくてはいけない。しかしこの街はそもそも歴史のある街ではない。この町にあるのは開拓によって開かれた百数十年程度の歴史だ。
「いや、そんなに落ち込むことはない。これで本来ならあの石碑を撤去して立てれば良い学校を、わざわざ残したまま建てたんだ。何か理由があるはずだ」
先生は僕を励ますように言ってくれたが、そうは言われても調べる手立てがないのではないのか。早くも行き止まりにたどり着いてしまった。
「おや?結城先生。調べ物ですか?化学…ではありませんね。先輩として後輩に我が校の歴史を教えていらっしゃるのですか?素晴らしいですね」
「シスター」
「校長先生」