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津平阿坂1

これは誰にも言えない物語。僕だけの物語。

これは僕が高校一年の頃のお話だ。僕は高校進学の際に、隣町の高校を選んだ。まぁ僕の住んでいる街に高校がないからクラスメイトはみな隣町の高校を選ぶことになる。でも隣町はそこそこ大きな街で高校なんて両手で数えきれないほどあった。何が言いたいかというと、田舎から高校に進学した僕は中学の友達とは学校が分かれてしまい、学校もほどほどに遠くて登校に時間がかかるからクラスメイトと仲良くなる機会もあまり作れず、寂しいと言えば寂しい、馴染めてないと言えば馴染めていないそんな高校生活を過ごしていた頃だった。


彼女と初めて出会ったのは、1年生の春に開催された勉強合宿の時だった。学校に泊まって勉強やレクリエーションを行う。おそらく協調性だとか一体感とかそういうのを育みたいという学校側の思惑が透けてみえる、そんなイベントのさなかだった。

その日、僕は夕方の校舎をひとり歩いていた。たしか頼まれた品物、ノートか何かを先生に届けて、チャペルに向かおうとしていたところだった。この学校にはチャペルがあってチャペルには宿泊施設が付属していた。


僕の高校はロの字形の校舎をしていて、ロの字の真ん中には中庭があった。中庭とは言ってもそこには花壇も何もなくただ岩だか彫刻なのかわからない、僕たちは石碑とよんでいる大きな車くらいの大きさの岩がポンとあって、中庭にはそれ以外は何もない場所だった。

チャペルは校舎2階の連絡通路から直接行くことができた。廊下を歩いていると、ふとなぜかはわからないが、急に予感でもしたのか僕は中庭に目を向けた。特に何の意図もなかった。普段中庭には何もないことは周知の事実なのに。


だがその日は違った。女の子が中庭の石碑に座っていた。廊下の窓からは彼女の後頭部と、長めの髪がちらりと見えていた。どうやら自由時間に抜け出した生徒がいたらしい。しかし中庭なんて何もないところで、しかもようやく春を迎えたばかりなのに、外でぼーっとしているのは寒いのではないだろうか?

僕は興味をひかれてチャペルに向かう足を翻し、中庭への入り口に向かうことにした。

ぴっと学生証を中庭に続くドアの鍵にかざす。がしゃんと錆ついた音をたて中庭へと続く扉の鍵が開く。この扉は学生証か職員証で開くと入学時のオリエンテーションで聞いたばかりだ。

中庭にでるとやはりまだ外は寒かった。日が当たりにくい場所だからか、中庭の端には溶けきれなかった雪がまだ残っている。ここ北海道に遅い春が来て、外ではようやく桜が散った頃なのに、冬の残滓がまだここには残っていたようだ。


中庭に入りあらためて石碑に目をやるとそれなりに大きい。車くらいと思っていたけれどもっと大きいのかもしれない。あたりを見渡しても石碑に対する説明文はない。芸術品の類かと思ったが違うようだ。

そしてやはり石碑の上には女生徒が座っている。女性用の制服を着ているから多分女生徒だ。そして背中まである長い黒髪が見える。何をしているかは見えない。

女生徒は僕が近づいていることに気づいていないようだ。もしくは気がついているが自分には関係ないと思っているか。僕は興味を惹かれて思い切って声をかけてみた。

「なぁ。そんなところに登って何をしているんだ?危なくないのか?」

僕の声に彼女はぴくりと反応しゆっくりとこちらを振り返った。

振り返る彼女になぜか僕は一瞬、彼女が幽霊ではないか…という疑念におそわれた。まだ夕方で日も落ち切っていないのに何を考えているのか。彼女の肌があまりにも白かったからかもしれない。

振り返った彼女の顔には見覚えがなかった。美人だとは思ったが飛び抜けて芸能人じみた美しさではなく、クラスに何人かいそうなそんな顔立ちだった。そも、女性の顔にあれこれ言うのはよくない。とてもよくない。

僕と目が合うと彼女はニコッと微笑んだ。なぜだか安心した。生きてる人だと確信が持てたからかもしれない。

「危ないなんてそんなこと言われたことなかったわ。大丈夫よ」

彼女は振り返りはしたけれど石碑から降りるそぶりは見せなかった。何なら足をプラプラさせている。

「言われたことない?運良く見つからなかっただけじゃないかな。石碑の上にスカートで登るなんて先生に見つかったらなんていわれるか。そもそもこの岩ってなんなのか知っている?石碑って呼んでるけど、芸術品?それともなにか曰くでもあるの?君、知ってる?」

なぜだかひどく緊張してドギマギした。焦ってあれこれ余計なことを早口で喋っているのがわかる。

「なんだとおもう?多分なんの意味もないものだと思うよ」

そんな僕を気にするそぶりもなく彼女は言った。なんだ。彼女にもわかってないんじゃないか。

「そうなんだ。でもどうしてここにあるんだろうね」

僕は石碑に寄りかかるようして彼女から目を逸らした。ずっと見つめているのは良くない。僕にとってよくないという意味だ。

「どうしてかしらね?大人の都合じゃないかしら」

沈黙が訪れた。だけどなぜかそれを不快に思うことはなかった。

「あなた…なぜここに来たの?寒いはずよ。ここは風も入り込まないし、日もほとんどささないのに」

先に彼女が口を開いた。それを君がいうか?僕がここに来る前から君はここにいたじゃないか。いったいいつ抜け出したんだい。どこのクラス?聞きたいことがぐるぐると頭をめぐっていく。

「寒くないよ。この地で生まれて育ったならこのくらい当然だろ」

中庭の角に残った雪を見つめながら僕は告げた。疑問はいろいろあったけど口から出たのはこれだけだった。

いろいろ聞いてウザがられたらいやだった。もう少し一緒にいたいと思った。それは勉強会に戻りたくないという気持ちなのか、彼女に興味があるのかわからなかった。なんせ僕の心臓は彼女に近づいてから高鳴り続けているのだから!

「ねぇ。僕は津平阿坂。君の名前は?」

僕は振り返って彼女に聞いた。彼女はなぜか驚いた顔をしていた。そして少し考えた後に名前を教えてくれた。

「…クルミ」

「そう。クルミさん。僕のことは阿坂って呼んで」

なんだかとても嬉しくてにやにやしてしまう。

もっといろんな話をしたいと思って口を開いたが、ちょうど悪いタイミングでチャイムがなった。この勉強合宿においてチャイムは授業の始まりを意味しないが、今回の場合においては別の意味を持つ。食事の用意をしなくてはいけない。今日は僕が食事当番だ。この勉強合宿では食事の用意も生徒が行う。

「もう行かなきゃ。今日は僕が食事当番なんだ。また会えるかな?クルミさんはこの場所がお気に入り?」

「そうね。今はここが一番落ち着くわ」

彼女は動く気配がない。今日の食事当番ではないのだろう。でもここにいるってことは勉強合宿に参加しているってことだから、同じ学年だ。簡単にまた会えるだろう。

「そっか。じゃあまたここで会えるといいね。そうだチョコレートがあるんだけどあげるよ」

そう言って僕はポケットからチョコレートを取り出して彼女に渡した。荷物運びのお駄賃として先生からもらったものだ。内緒だよと言われたことを思い出したが。彼女は嬉しそうにそれを受け取ってすぐに食べ始めたものだから、先生の言葉は忘れることにする。どうやら甘いものは好きらしい。随分と美味しそうに食べるんだな。とても可愛い。と素直に思った。


そうして僕らは手を振って別れた。校舎に入ると僕はすぐに小走りでチャペルに向かう。廊下を走っちゃダメなんて小学生でも知っているルールだ。でも。だってこんなに楽しかったことは高校に入って初めてだった。なんでこんなに楽しかったのだろう。もしかしたらこれが所謂一つの一目惚れというやつかと思って、そんな高校生らしいイベントが僕にも訪れたことに胸が弾んだ。

夕食が終わり、片付け後はさらに勉強だ。終われば交代でシャワーを浴びて寝る。なんだか修学旅行みたいだ。

ただ寝るだけだと思ったがクラスメイトたちがクラスの誰々が可愛いだの、他校に彼女がいるなんて恋バナや自慢話をしている。僕には関係ないと思っていた。昨日までいや、今日の夕方までは。僕にも水は向けられたがつらっとした顔を保ってあまり興味がないと答えた。

興味はあった。

誰かにこんな素晴らしい出会いをしたと言ってまわりたかった。誰にも知られたくなかった。誰にも彼女を見てほしくなかった。こんな気持ちを抱けたことが嬉しかった。この気持ちを独り占めしたかった。

我ながら浮かれているとわかっていたがこの晴れやかで暖かな気持ちを抱えていたかった。彼女を思う気持ちで胸が溢れかえってなかなか眠れそうになかった。明日もう一度彼女に声をかけよう。そう思って無理に気持ちを落ち着けその日は眠りについた。

けれど、どんなに探しても勉強合宿中に彼女と再会することはなかった。

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