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「…はいお電話代わりました課長の武藤でございます」

会議から帰ってきてすぐ、スリープにしたPCにパスワードを打ち込みながら私武藤紗奈は10分前から切らせてもらえないらしいクレーム電話を引き継ぐ。

電話を回してきた部下は今にも泣きそうな顔をしているため軽く目配せをして離席を促す。今ので察してくれたのか彼女はさっとハンカチを持って先を立った。


「…はい…はい。左様でございますね。貴重なご意見ありがとうございます。今後の参考にさせていただきます。いえとんでもございません。…はい…それでは失礼致します」

彼女が戻ってきたタイミングでちょうど相手との話も終わり切電できた。


「…武藤課長本当にすみません助かりました。あんなに怒ってた方をこの短時間で宥めてしまうなんて流石ですね」

「いやそんなことないよ。川根さんも本当に気にしないでね。大体クレーム電話は人が変わるタイミングで落ち着くことが多いから私のおかげというよりかは私が戻るまでなんとか宥めてくれた川根さんのおかげだよ」

第一彼女のでも、こちらの会社のミスでもないクレームをたまたま取った電話で対応してくれていたのだから、彼女が気に病む必要は全くない。会議で上席がいないなかよく耐えてくれたと思う。

目を赤くした部下の川根さんに同情しながら先ほどやりかけていた仕事を進める。


この会社に新卒で入ってもう9年目になるだろうか。がむしゃらに走り続けていたらいつのまにか新人なんて肩書きは見る影もなく消え去り、30を超えてからというもの責任のある仕事も増えた。役職になってからはさらに忙しさは増し毎日のように残業をしながら部下の管理をするようになっていた。


仕事自体は楽しい。もちろん理不尽なこともあるがやりがいはあるし部下も上司もいい人ばかりで仕事もしやすい。残業が多いのだけは改善したいとは思うが独り身の今は何も問題ない。

そう、だが独り身こそが問題なのだ。


『あんたもう31でしょ?!いい人の1人や2人いないの?!』

母親からの電話を思い出しバレないようにため息をつく。30を超えてからというもの、地元の周りが結婚だの妊娠だのバタバタと身を固めていくため母も焦っているように思う。そんな田舎独特な感性が苦手で大学卒業のタイミングで思い切って家を飛び出したのだが。

新卒で入社した頃は2日に一回は電話がかかってきていたし連絡もこまめに返すよう促されていた。さすがに仕事が忙しいと理由をつけ今は週に1回だけの電話にしてもらうようにした。


大学生の頃や社会人になったばかりの頃はそれなりに恋愛もしてきた。今と違って時間に余裕もあったし出会いだってあった。ただ長く続くかというとそうではなく気づいたらフラれる、という事を繰り返していた。どちらかといえば淡白な方なので恋愛は下手なのかもしれない。


「ムトーさん、ちょっと」

声をかけられた方を見ると、そこには少し離れた場所で手招きする幼馴染の大賀侑士がいた。

侑士は小学生からの腐れ縁。毎日のように公園で遊んだり侑士の家に行ってゲームをしていたりと男同士の友達のような存在だ。私と違って侑士は大学からこっちに出てきてしまっていたため連絡も取っていなかったが同じ会社の入社式にいてえらく驚いたものだ。

侑士はかなり仕事ができるようで同期の中でも出世頭になっている。流石に歴代最年少の28で課長になった時は驚いた。

「大賀、ごめん後から行くからあと3分だけ待ってくれる?」


同期ではあるもののお互い幼馴染であることはどことなく気恥ずかしいため周りには隠している。仕事場ではお互い名字で呼ぶようにしているがいつも侑士の「武藤」呼びはどこか片言で笑いそうになる。


「ごめん侑士遅くなった!なんかあった?」

「んーん、別に。なんか紗奈サンが元気なさそうに見えたから呼んだだけ」


どうせ休憩も取らず昼メシも食ってねえんだろ、と侑士はサンドイッチとコーヒーの入ったコンビニの袋を差し出してくれた。

仕事の話はその場ですることが多いため呼び出しはプライベートなことが多い。会社の人が来ないいつものベンチに座りながら時々侑士と情報交換をしたり相談に乗ってもらったりしている。とはいえやはり同じ会社で働いていることもあり基本は仕事のことばっかりだ。


「ありがとう助かる…いやー効率悪くて休憩取ってるとまわんなくて。侑士はすごいよね。私より仕事割り振られてるのにさ」

「メリハリだよメリハリ。紗奈どうせ朝も食ってねえのに昼まで抜いたら頭も働かねえだろ」

「はいママ…」

「俺はお前のママじゃねえ」


こんな会話が心地よくて侑士に(無理やり)取らせてもらえる休憩時間は忙しい仕事の合間のひとつの息抜きになっている。


「そういやママといえばお前の母さんから連絡あったぞ」

「また?!ごめん迷惑かけて」

「いやまぁ迷惑じゃねえけど…また紗奈にはいいやついないのか~って怒ってたな」


小さい頃から一緒に遊んでいたため侑士と母は仲がいい。仕事場も一緒だと聞いた時にはこれで安心ね、と手を叩いて喜んでいたくらいだ。時々母は侑士にも連絡をしているようで本当に申し訳ない気持ちになる。


「まぁお前に恋愛は無理だな。色気もねえし好きになるやつもいねえな」

「うるさ!私だって本当は彼氏くらいいる…」

「ふぅん…?」

侑士は目を細めながら口元をニッと歪めると面白そうに私の顔を見つめた。思わず強がりでそう言ってしまったが間違いだっただろうか。

「本当か?」

「ほ、本当だよ…!そ、そんなことより侑士はいい人いないの?!モテモテじゃない」


慌てて自分から話を逸らそうと侑士に振る。認めたくはないが侑士は顔は整っていると思う。性格は…まぁアレだが職場ではみんなに優しいしこの間も遠目からキャーキャー言われているのを目撃している。入社3年目くらいの時は1年目の子から「大賀先輩に渡してください!」と言われ学生のように伝書鳩をしたことだってある。そういえばついこの間まで受付の綺麗な子と付き合ってるって話もあったっけ。


「ほら、あの受付の金城さん?だっけ。なんか付き合ってるって話!」

「あぁそんな噂もあったな」


侑士はさも気にしていないという感じでサラッと受け流す。小さい頃からの付き合いのためこういった恋愛の話は少しむず痒いのか私も侑士もどうしても避けてしまう。


「ま、いいよ俺のそんな噂は。それより本当に彼氏がいるってなら今度のレセプション彼氏と同伴してもらったらどうだ?案内来てただろ」

「あー、うん…まぁ…そうね」


年1回開かれる会社のレセプションパーティー。役職以上になると絶対参加の上、結婚している人も多いため同伴パートナーも呼ぶことができる。私は今回も1人で参加しようと思っていたのだが。

「本当に彼氏がいるってことなら俺も挨拶させてもらいたいし、ねぇ」


ニヤニヤとする侑士をみて揶揄われているのだと気づく。とてもむかつく。

「…侑士も同伴登録しといたらいいんじゃない?」

「俺はそうしとくよ」


サラッと自分は連れてくる彼女がいると宣言され驚いてしまった。自分と同じで忙しいはずなのにどこにそんな時間があるのだろう。本当に教えてほしい。


「でもまぁ本当は彼氏もいなくて同伴パートナーもいないってなら当日俺が同伴してやってもいいけど」

「えっ」


侑士の顔を見ると嘘をついているような顔には見えない。なんとなく真剣な表情をみてなんだかそわそわしてしまい思わず目を逸らす。


「い、いいよ…侑士と変な噂になっても彼女さんに申し訳ないし…私も嫌だし…」

「ふぅん…じゃ、楽しみにしとくよ『彼氏』。まぁどうしても見つかんなかったら俺が付き合ってやるから開始30分前にホテル近くの公園集合な」


そういって侑士はひらひらと手を振ってベンチから去っていった。てか見つかんなかったらっていない前提で話してるし。


「…とりあえず仕事するか」

もらったサンドイッチを齧りコーヒーを一口飲むと私も職場へ戻る。侑士の表情を見てなんとなく感じた違和感はそっと胸の奥にしまっておこう。

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