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「いやーいらっしゃい!こりゃまたえらいイケメンやねぇ…まさかすぐ来てくれるなんて本当に嬉しいわぁ」

「すみません、お邪魔します。これつまらないものなんですが…」

「あら!そんな気使わんでよかったんに。わざわざすみませんねぇ」

 母は神田さんから手渡された手土産をにこやかに受け取ると茶の間へ案内する。本当に大丈夫なのだろうかという心配をよそに神田さんはこの状況を楽しんでいるようだった。




『俺行くよ』

『えっ』

『ほら、武藤さんにはこの先パーティーに出てもらうって言ったじゃん?俺も何かあれば協力したいと思ってるし。お母さんからも色々言われてて結構大変なんでしょう?』

『それは……そうですが。でもそんなパーティーに出るのと家族に会ってもらうのは全然違うというか…』

『でも僕が一回顔出しちゃえば当分武藤さんもお母さんから何も言われないだろうし、武藤さんも俺のこと上手く利用してよ』

 持ちつ持たれつ。ね?と首を傾げる神田さん。毎週聞かされている周りの結婚話や時々持ってくる見合い話が落ち着くかと思うと正直めちゃくちゃ助かる。




「本当に来ていただいて良かったんでしょうか?」

「もちろん。僕も武藤さんのこと知れるチャンスだと思ってるし」

 侑士が仲良いなら俺も仲良くなれる気がする、と謎の自信に溢れた神田さんは私の実家までの道を運転しながら気合を入れていた。

 私の家までは高速を使って大体1時間半ほどで着く。そこまで田舎でもないが、車がないと駅からちょっと不便だなとボソッと呟くと神田さんが車を出してくれると言ってくれた。

 神田さんは当日襟付きジャケットを羽織ったスマートカジュアルで、まるで本当に初めて挨拶に来た彼氏のような格好をしていた。家族にこんな大々的な嘘をつくのは初めてで私はなんだかそわそわしている。

「本当にうるさい母親と割と無口な父がいます。あと妹」

「妹さんも今日はいるのかな?」

「…と思います」

 妹は実家の近くで一人暮らしをしているが私が彼氏と帰ると言うと「絶対に行くからね」という短い文だけ送られてきていた。


 私と神田さんは質問攻めをされることを想定し車の中でいくつか設定を考える。

「出会いは…そうだな。元々一方的に僕が知ってて会社の取引先として再会。そこからお付き合いに発展したって感じでどう?」

「元々知ってた設定いりますか?」

「うーん、じゃないと流石に急じゃない?」

 偽装彼氏になってから2日で家に来ると決めた人にだけには言われたくないセリフだなと思いながら渋々頷く。

「あと呼び方はお互い下の名前、僕は紗奈って呼ばせてもらうけど武藤さんはどうする?」

「…じゃあ聡さんで」

「了解」

 ま、基本的に聞かれたら僕が全部答えるからあんまり気負わないで~と微笑む神田さんは余裕があるようにしか見えない。私はこんなに焦っているというのに。

 とりあえずボロが出ないように名前は今からお互いに下の名前で呼びあおうと決めた。

 …神田さんは実際のお相手の家族への挨拶の経験があるのかな。


「…すみませんめちゃくちゃ今更なんですが神…聡さん彼女とかいないんですか?」

「えっ?流石にいたらこんなことしないでしょ」

 神田さんは一瞬固まるとすぐに吹き出して笑う。神田さんって結構笑い上戸なのかもしれない。

「私なんかがこんな偽装しなくても神田さんならすぐ本当のお相手が出来ると思うんですけど…」

「…聡、でしょ?」

「…すみません」

 信号で止まっているためハンドルに身を乗せながら神田さんはじっと私の目を見つめてくる。私じゃなかったら倒れてるかもしれないなと思いながら私はそっと手元の携帯に目を落とした。




「いやー本当によく来てくれたね!結構遠かったやろ?」

「いえ、全然。1時間半くらいだったので紗奈さんとお話ししてたらすぐでした。紗奈さんのご家族ともお話ししてみたかったので楽しみにしてましたし」

 よくもまぁ演技でそんな恥ずかしいセリフが…と思ったが実際本当に神田さんと話しているとすぐ着いたように感じてしまったのは私も同じだった。

 父は緊張しているのかチラッと神田さんをみて無言で出されたお茶を啜る。

「…そういえば夏海は?」

「もう来るんじゃないかなぁ」

 妹の夏海はまだ来ていないようで家の中には両親だけだった。神田さんは出されたお茶を一口飲むと座り直し両親に向き直る。

「…ご挨拶遅れてすみません、本来であればお付き合いさせていただくタイミングで伺えれば良かったのですが…改めて、紗奈さんとお付き合いさせていただいております神田聡と申します。将来のことも考えておりますのでまた近々ご挨拶に伺うかもしれません。よろしくお願いします」

 頭を深々と下げる神田さんに私も両親もつられて頭を下げた。親に嘘をついているからなのか、このとてつもなく完璧な挨拶が私に向けられたものではない嘘だからなのか、何故かちくっとする胸の痛みには気づかないフリをした。



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