第7話 最強魔法剣士、力の片鱗を見せる
「人間……許サン……」
その姿は、一見コボルドと同系統。しかし身長は頭一つ分大きく、手にはねじれた杖のようなものを握っている。杖の先には小さな石がくくりつけられ、不穏な紫の輝きが微かに揺れていた。
「こ、こいつが……シャーマン……」
リーシャが押し黙る。シャーマンは獰猛な笑みを浮かべるように唇を曲げ、ゴニョゴニョと呪文らしき音を立て始める。俺は一歩前に出てリーシャを庇う形をとった。
「気をつけろ。魔法を使う気だ」
「はい……! 危険な感じがします……すごく」
彼女が震える声で答える。その不安をよそに、シャーマンは杖を高く掲げ、漆黒のエネルギーをボワッと放出した。周囲のコボルドが耳をそば立てて一斉に雄叫びをあげる。まるで闇のバフを受けたように、彼らの体に怪しい紋様が走る。
「リュオさん! 一気に、押し寄せてきそうです!」
「わかってる。俺が散らす」
俺は剣に風属性を付与し、踏み込みと同時に大きく横薙ぎを放つ。鋭い風の刃がコボルド数体を一瞬で吹き飛ばすが、シャーマンは動じず呪文を続けている。
「風など……効かん……!」
シャーマンは低いうなり声を響かせ、杖をリーシャへ向けた。すると闇の火球のような塊が撃ち出される。俺が目を見開くより速く、それはリーシャへ一直線。
「危ない……っ!」
リーシャが回避しようとするが、動きがわずかに間に合わない――かに見えた。俺は咄嗟に身体をひねり込み、剣を横から突き出す形でその火球を受ける。激しい衝撃が腕に伝わるが……問題はない。
「ほう、なかなか威力があるじゃねえか」
「リ、リュオさん、大丈夫ですか!?」
リーシャが駆け寄ってくるが……俺は腕を少し振って血の循環を確かめながら、「これくらいどうってことはない」と笑って返す。シャーマンは杖を突き立て、さらなる呪文を唱えようとしている。
「ギルル……人間、消エロ……!」
周囲のコボルドも蘇ったように吠え立てる。このままやり合えば、リーシャが危ない。俺は一気に勝負を決めるため、深く息を吸い込んだ。
「リーシャ、下がれ。ここから先は俺がやる」
「え、でも……」
「お前が無理に突っ込んでも怪我するだけだ。後ろでフォローしてくれりゃ十分さ」
俺は静かに剣を持ち直し、魔力をもう一段階増幅する。剣の刃に走る紋様が一瞬淡い光を宿し、それが凛とした輝きへと変わる。炎と風だけでなく――別の属性を同時に走らせる。水や土、光や闇。といっても一度に全部を使うわけじゃない。ただ刃の中で性質を切り替えられるよう、魔力を調整するのだ。
「行くぞ……」
コボルドシャーマンが闇弾を連打し始めた。闇色の飛び道具が空を斜めに裂き、俺の頭上や脇腹を狙ってくる。それを、瞬時に風属性へ切り替えた防壁で受け流し、なおかつ進み続ける。
「……!?」
「甘いな」
呟くや否や、俺は炎属性に切り替え、剣の先端を燃えるような紅蓮へ。前方の雑魚コボルド二匹に一閃。ズバァッと燃え広がる火線が彼らをいとも簡単に薙ぎ払う。シャーマンが驚いたように一歩後ずさる。
「ナニモノ……!?」
「ただの追放魔法剣士だよ」
そう低く言い放ちつつ、次の瞬間には光属性へスイッチ。刃が白く神聖な光を帯び、まるで一瞬だけ聖剣のように煌めく。シャーマンの闇呪文が俺に触れようとした瞬間、その光が闇の呪術をかき消す。
「ガアッ……!?」
シャーマンが怯んだ隙を見逃さず、今度は土属性へ素早く切り替え、足元に土の盛り上がりを作りシャーマンの動きを封じにかかる。土が絡みつくまではいかなくとも、シャーマンのバランスを崩すには十分だ。
「これで終わりだ――!」
最後に剣を闇属性に。自分の中にある魔力をさらに増幅させ、一撃をシャーマンへ叩き込む。バチンと黒い電光のような稲妻が走り、シャーマンは悲鳴を上げて吹き飛ばされる。地面に強かに叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「くっ、ギシャ……ぁ……」
暗い血を吐き、シャーマンは杖を取り落として崩れ落ちる。余波で周囲のコボルドも意気を失ったのか、次々逃げ出していった。
「す、すごい……!」
リーシャが足元の瓦礫を踏みしめ、こちらへ近づいてくる。彼女の目には絶句の色が浮かんでいた。先ほどの連撃は、俺なりにそこそこ派手にやったつもりだが、驚かれているのを見ると少し気恥ずかしい。
「リュオさん、本当に……すごかったです。まさかあんな色んな魔法属性を、しかも瞬時に……」
狼耳をぴくぴくさせながら、リーシャが呆然とつぶやく。俺は剣先から魔力の残滓を消し、肩をすくめてみせる。
「ま、いつもやるわけじゃない。今回の相手がちと、しぶとそうだったからな」
「そ、そんな……『ちとしぶとい』で済ますレベルじゃ」
彼女は苦笑いしながら地面に横たわるシャーマンを見つめる。シャーマンの杖にはまだ薄い闇のような気配が漂っていたが、本体がやられた以上、大きな害はないだろう。
「私、正直……あの闇の火球ひとつでも避けられなくて、危なかったです。リュオさんが守ってくれなかったら……」
「気にすんな。そういう約束だったろ? お前が死なないように、俺がカバーする」
俺はあっさりと言い放つと、シャーマンの死体へ近づいて色々と探ってみる。すると、不気味な模様が描かれたお札や、何か乾いた臓器らしきものが入った小袋などが見つかる。何もかも禍々しい気配だ。
「うへぇ、これがシャーマンの呪術道具か。後でギルドに渡すか」
「……はい。少し気持ち悪いですね」
「こういうのに臆してたら、いつか強敵とやるとき困るぞ。慣れていけ」
リーシャは「ですよね…」と苦笑しながら、意を決してコボルドの証拠となる耳を切り落としていく。俺も他の死体から回収し、依頼の達成に足りる数を揃えた。
あたりを見回すと、散り散りになった雑魚のコボルドも、いなくなってしまったようだ。リーダー格は討伐完了、シャーマンまでぶっ倒したんだ、そりゃ逃げるだろう。
「にしても、大変だったわりに収穫はあるな。シャーマンを倒せたってのは大きい。ギルドも喜ぶだろう」
「はい。きっと報酬も……少し上乗せしてもらえませんかね」
「はは、欲が出てきたな。いいことだ」
冗談めかして言いながら、俺はリーシャに視線をやる。彼女の手は震えているが、興奮によるものらしい。闘いの後の余韻、そして俺の本気を目の当たりにした衝撃が相まって、彼女はこの瞬間を噛みしめているのだろう。
「あんなに色んな属性を次々と使うなんて……。リュオさんって、本当に何者なんですか?」
「ただの追放魔法剣士だよ。それ以上でも以下でもない」
「そ、そう……ですか。でも、私……改めて尊敬しました。あんな闇魔法が飛んできても、平気で対応できるなんて」
リーシャがまっすぐこちらを見つめる。その瞳には、憧れにも似た光が宿っている。今まで怯え続けていた少女が、こんなふうに他人を評価できるようになるなんてな。
「ま、今回はお前を守るためにちょいと派手にやったが、あんまり無茶はしない。お前も無理はするなよ」
「はい、でも私……もっと強くなりたいです。いつか、一人でも戦えるように」
彼女の狼耳が小刻みに揺れ、尻尾もぴんと立っている。俺はうっすら笑い、彼女の頭を軽く叩いた。
「成長はしてるから大丈夫だろ。今だって昨日とは比べもんにならんほど動けてた。焦らずいけ」
「……ありがとうございます」
リーシャが微笑むと、その横顔が少しだけ頼もしく見えた。
※※※
討伐の証拠品を持ち、グラドールへ戻ってきた頃には、日も傾きかけていた。城門を潜ると、街の喧騒が耳に飛び込んでくる。夕暮れ前のにぎわいは、朝とはまた違った活気がある。
「ふー、なんだか一気に緊張が解けました……」
リーシャはほっとしたように笑う。体は汗と土埃にまみれているが、顔色は悪くない。怪我も軽い擦り傷程度で済んだようだし、大収穫だろう。
「ま、今回の戦果は大きいぞ。シャーマンまで倒せたのは大金星だからな」
「そうですよね。受付のシェリルさん、びっくりするかな」
そんな話をしながらギルドに入り、カウンターに向かう。そこには朝と同じシェリルが待っており、俺たちが近づくと目を丸くして迎えてくれた。
「お帰りなさい……随分と泥だらけですね? 大丈夫でした?」
「まぁ、ちょっといろいろあってな。とりあえずコボルド掃討依頼は達成だ」
そう言って、俺はコボルドの耳が入った小袋をカウンターに置く。シェリルが数を数え、「うわ、結構倒したんですね」と感嘆の声。
「しかも、シャーマンまでいたぞ。そいつも始末してきた」
「シャーマン!? 本当に!?」
シェリルの目がパチクリと瞬く。一方、リーシャは少し自信ありげに「リュオさんが凄かったです」と笑みを交えて話す。
「リュオさん、やり手って感じしてたけど、まさかここまでとは……いやはや、参りました。二人ともお疲れさま。報酬は、ボーナス付けておくわ。シャーマンまで倒してくれたしね」
こうして渡された報酬袋を確認すると、予想以上の金額が入っていた。俺は「ありがたいな」と呟き、そっと懐にしまう。
「これなら当面の生活には困らないですね……」
リーシャが嬉しそうに微笑む。彼女がこれほど素直に喜んでいるのを見ると、俺まで少し誇らしく感じる。
「ええ、これなら遠からずギルドからレベルアップの通達が来ると思います。なんなら飛び級だってあり得るかも……!」
シェリルがウインク気味に言う。リーシャは頬を染めて「もっとがんばります!」と元気に答えた。彼女の狼耳がはためくように動いている姿に、微妙に愛嬌を覚える。
「明日もよろしくお願いしますね!」
「おう。まぁ、今日のところは宿で休むか」
俺はそう言い、リーシャと一緒にカウンターを離れた。出口に向かうまでの間、周囲の冒険者が「コボルド掃討? シャーマン?」と驚きを含んだ目でこちらを見ていたが、特に声をかけてくる者はいない。もっとも、俺たちも有名になる気はさらさらないし、ちょうどいい。
「ねぇ、リュオさん……今日も本当にありがとうございます。いろんな意味で助けられた一日でした。コボルド怖かったし、シャーマンの呪術はすごく嫌な感じだったし……」
「別に礼を言うほどのことじゃない。お前がしっかり自分の力で戦った分も大きい」
「えへへ……でも、リュオさんが本気出すと、あんなことになっちゃうんだなぁ。ああいうの、初めて見たからビックリしちゃって……」
彼女が思い出したように苦笑する。確かに、六属性を瞬時に切り替えて見せるのは、自分でもやりすぎだと思わないでもないが、今回は本当にリーシャを守るために最速で片付けたかった。
「ま、敵が強いときはああいう戦いもするさ。お前ももう少し場数を踏めば、怖いと思わなくなる。そしたら、もっと戦いやすいだろう」
「そうですね。もっとがんばらなきゃ……リュオさん、これからも一緒にいてくれますか? 私が強くなるまで――」
「勝手に離れたら寂しいだろ?」
軽く冗談めかして言うと、リーシャは尻尾を左右に振って照れながら「あはは」と笑う。その姿はもはや追放された狼少女ではなく、冒険者仲間の一員として自然になじんでいるように思えた。
夕陽がオレンジに染める石畳の街路を歩きながら、俺は心の内で呟く。この先、また強敵が現れるのは間違いない。シャーマン程度ならまだいいが……いつか、さらなる脅威に直面するだろう。王国の陰謀、魔族の動き、獣人差別……いろいろ重なって、きっと簡単にはいかないはずだ。
「でも、まぁお前となら悪くないかもな」
「え? 今、何か言いました?」
リーシャが耳をぴくっとさせてこっちを見やる。俺はそっぽを向き、適当にごまかした。
「いや、なんでもない」
「ええ~、怪しいですよ……」
「それより腹減っただろ。宿で飯でも食うか?」
「う、うん! 私、もうクタクタで……。今夜はぐっすり寝られそうです」
そんな軽い掛け合いをしながら、俺たちは並んで宿へ向かった。シャーマンを倒した後の安堵感と、それぞれの胸に湧いた新たな決意を抱きながら――。
いつか、リーシャがもっと強くなり、自分の中の誇りを取り戻したとき。あるいは俺が復讐に燃える連中を見返す日が来たとき。そこにどんな物語が待っているのかは、まだわからない。だが確かに、俺たちの道はここから続いていく。