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第6話 最強魔法剣士、仲間の成長に感心する

 朝の空気はいつもより澄んでいた。石造りの城壁に囲まれたグラドールの街並みが、淡く金色に染まっている。そんな光の渦の中を歩きながら、俺は、冒険者ギルドの扉へ向かった。


「おはようございます、リュオさん!」


 扉を開けるや否や、甲高い声が聞こえる。俺を呼んだのは髪をクリーム色のポニーテールに受付嬢。俺の冒険者登録を担当してくれた方だ。

 まだそれほど混雑していないギルドのカウンター越しで、彼女は可愛らしい営業スマイルを浮かべていた。


「おう、俺の名前覚えていたんだな」


 軽く挨拶を返すと、受付嬢は「もちろん!」と威勢よく頷く。しばらくして、俺のすぐ隣へ、細い足取りでリーシャがやってきた。いつの間にか後ろからついてきたらしい。


「お、おはようございます、シェリルさん。リュオさん……今日もよろしくお願いします」


 リーシャは長い黒髪をふわりと揺らし、少しはにかむように頭を下げる。狼耳がぴんと立っている姿を見ると、彼女の緊張と期待が入り混じった気持ちが伝わってくる。


「おはよう、リーシャちゃん。ふふ、聞きましたよ? 昨日はキラーラビットをしっかり討伐してくれたそうですね!」


 受付嬢――シェリルがカウンターの下から書類を取り出しながら、楽しそうに言う。リーシャは胸に手を当てて、少し照れたように目を伏せた。


「は、はい。ウサギのほうは……なんとか、でもリュオさんにだいぶ助けられました」

「そこはあんまり謙遜しないでいいんじゃないか? ちゃんと自分で一匹仕留めただろう」


 俺が横から口を挟むと、リーシャはかすかに口角を上げる。あれだけ怯えていた少女が、自分の力を認め始めたのはなかなか喜ばしい。


「お二人共、まだレベル1でしたよね? これならきっと、そろそろレベルも上がると思いますよ?」


 シェリルが目を輝かせながら言う。彼女曰く冒険者ギルドには昇格試験というものは存在しないが、一定の討伐数や依頼達成率が高まると、次のレベル帯に認定されるらしい。


「レ、レベルが……あがる……?」


 リーシャの狼耳がぴくりと反応する。彼女は驚きつつも嬉しそうに頬を染めていた。


「ふふ、頑張っていれば自然と上がるわよ。最近はレアンドール王国近郊も物騒でしょ? ギルドとしても優秀な冒険者さんが増えてくれるのは助かるの」


 シェリルの言葉に、リーシャがこくこくと頷く。たしかに、こいつがもっと伸びれば、少なくとも足手まとい呼ばわりされることはなくなるだろう。


「ま、焦らずやっていこうぜ。昨日よりちょっとずつでも強くなりゃいいんだ」


「はい……! リュオさん、今日も、よろしくお願いします」


 彼女は小さな拳をギュッと握りしめて、俺に向かって会釈する。その仕草に、最初の頃の萎縮がだいぶ薄れたのを感じる。最近はだいぶ、笑顔も自然になってきたと思う。


「さてと、シェリル……さんだけ? なにかおすすめな依頼はあったりするか?」


 俺は話を切り替えるように、シェリルに問いかける。すると彼女は「ちょっと待ってね」と言って、依頼掲示板を眺めながら手元の紙を一枚手にした。


「キラーラビットをクリアしたなら、これとかどうでしょう? 遺跡にコボルドが増えていて、複数討伐依頼が出ていますね」

「コボルド……」


 リーシャがその言葉にピタリと反応する、人型獣の敵はやはり気になるのだろう。


「そう。ウサギと違って、槍とか棍棒を扱うから戦闘スタイルも変わってきますね。でも、そろそろ人型の敵にも慣れておかないと、もっと強い相手が出たとき困るかもしれないわ」


 シェリルの言葉に俺は頷き、リーシャに視線を送る。彼女は少し身構えたように「や、やってみます」と落ち着かない声音で言った。


「よし、それじゃあコボルド掃討だな。場所は北東の遺跡の周辺か?」

「ええ、そう。最近になって急に増え始めてね。いくつか別のパーティが向かったけど、どうやらシャーマンがいるんじゃないか、と噂が出てるの。気をつけてね」


 シャーマン――その響きに、俺は少しだけ眉をひそめる。コボルドの中にも魔術や呪術を扱う個体がいることは知っていたが、まさかこんな近場に出るとは。


「分かった。もし出てきたら対処すりゃいいだけさ」

「もう……リュオさん、なんだか余裕ですね。私はまだ不安ですよ……」


 リーシャが苦笑いして尻尾を小さく揺らしている。俺は彼女の肩をポンと叩き、静かに笑ってみせる。


「大丈夫だろ。焦らず一匹ずつ倒していけばいい。じゃあシェリルさん、それを受注します」


「了解です! はい、これが依頼書と地図です。くれぐれも無理しないでくださいね?」


 こうして、受付カウンター越しにクエストを正式に受け取り、俺たちはギルドを後にした。すでに朝の涼やかな空気がゆるやかに温み始め、街の大通りが喧騒に包まれ始める時間だ。


「行くか、リーシャ」

「はい……! えっと……緊張するけど、がんばります!」


 

 ※※※

 


 街道を外れ、北東方向へしばらく歩く。およそ一時間ほどかけて、遠くにぼんやりと丘陵と朽ちかけた石のオブジェが見えてきた。かつての古代帝国が築いた遺跡だという。灰滅の刻で中央が崩れた余波が、ここにも残っているのかもしれない。


「なんだか……空気がひんやりしてますね」


 リーシャが隣で肩をすくめるように、長い黒髪をなびかせた。彼女の耳と尻尾は、細かな動きで警戒を示している。


「まぁ、灰滅の刻が原因だろうな。瘴気の影響でここらは魔物が出やすいんだとさ」

「ウサギの時とは違った感じがします。でも、私……もう少し自信をもって、戦ってみたいんです」


 彼女の瞳に宿る小さな炎は、弱々しさだけじゃなく、確かな意志を感じさせる。俺は心の中で「こうも変わるもんなんだな」と思いつつ、無言でうなずいた。


 道なき道を進んでいくと、朽ちた石柱が何本か倒れている広場らしき場所へ出た。そこにはかすかな足跡や爪痕らしきものが残っている。あたりを見回していると――


「……リュオさん、なんだか変な臭いが……こっちからするような」


 リーシャが鼻をひくつかせる。狼系獣人としての優れた嗅覚が、どうやら反応しているようだ。


「お、やっぱ獣人の嗅覚は頼りになるな。じゃあ、そっちを調べてみるか」

「はい!」


 彼女の耳がぴんと上向き、足取りをそちらへ向ける。茂みをかきわけ、数十メートルほど先へ踏み込むと……ガサッと草むらが揺れ、二足歩行の影が飛び出した。


「ギャウッ! ギルルル……!」


 薄汚い布をまとった犬顔の魔物――コボルドだ。目に血走ったような赤みがあり、手には木製の槍のような武器を握っている。さらに後ろから二匹、似たようなのが姿を現した。


「これがコボルド……ウサギなんかよりずっと野蛮そうですね」


 リーシャが息を呑む。俺は剣の柄に触れながら淡々と言う。


「動揺するなよ。まずは一匹ずつ削ればいい」

「はい……! やってみます」


 コボルドの一匹が槍を構え、凄まじい咆哮とともにリーシャに突進してきた。彼女は短剣を握りしめ、恐怖で固まりそうになる足を必死に踏みとどまらせる。


「っ、恐がっちゃだめ……来るなら……」


 一瞬、獣人の五感が働いたのか、リーシャが頭を低くして相手の動きを見極めようとする。槍先が迫るが、彼女は紙一重で身をひねり、相手の横腹に短剣を滑り込ませた。ザシュッという肉を裂く音。


「ギャンッ……!」


 コボルドが奇妙な悲鳴をあげて転げる。リーシャは息を切らしながら後退し、尻尾がブルッと揺れる。でも、前みたいに腰が抜けるほどではない。よく踏ん張ったものだ。


「おー、悪くないじゃん。じゃあ、あとの二匹は俺がサクッと片付けるか」


 俺は剣を抜き、軽く魔力を通す。火属性をほんの少しだけ乗せて、バチッと音を立てて刃が燃え上がるように赤く染まった。


「グルルッ……ギャウッ!」


 残り二匹が一斉に飛びかかる。だが、その瞬間に俺は反対の足をひくりと踏み込み、剣先を斜めに振り払う。短い炎の尾が浮かんだかと思うと、コボルドたちは一撃で地面に崩れ落ちた。


「うわ……リュオさん、早いですね。あっという間に」

「こんなの雑魚だろ。さ、片付いたな」


 息をつく間もなく、リーシャが倒したコボルドの近くへ足を運び、その装備を確認してみる。古びた槍、ボロ布以外は目立った物はないが……何やら呪文らしき文字が刻まれた布切れが転がっている。


「リュオさん、これ……なんか魔術系のものっぽいです」


 リーシャが布を拾い上げ、困惑顔を浮かべる。見たところ素人が書き殴ったような線ではあるが、不気味な形の魔法陣に似た模様が染められている。


「なるほど、ただのコボルドがこんなの持ってるのは変だな。噂のシャーマンとかってやつの影響かね」

「……そうかもしれません」


 リーシャはまだ緊張で息が荒い。「シャーマン」――つまり魔法や呪術を扱うコボルドの上位存在だ。ギルド受付で聞いた話が脳裏をよぎる。もし本当にそんなやつがいるなら、面倒なことになりそうだ。


「まぁ、先へ進めば分かるだろう。依頼で言われてるコボルドの本隊を叩けばいい」

「はい。もし本当にシャーマンがいるなら、気をつけないと…」


 リーシャは短剣を握り直し、改めて身構える。つい数日前の追放された弱々しい少女に比べれば、確実に前へ進んでいる姿がわかる。俺はそれが少し嬉しく、くすりと笑って声を抑えた。


 

 ※※※

 


 さらに奥へ進むと、かつては立派だったらしい石段や建造物の残骸が目に入った。半壊した門のような構造の奥へ足を踏み入れると、そこが広場になっているらしいことが分かる。石柱が何本も倒れ、周囲には苔とツタが這っていた。


「……なんだか、息が苦しくなるような雰囲気ですね」


 リーシャがそう呟く。たしかに、一帯の空気が淀んでいるように感じる。魔力が漂うのか、あるいは灰滅の刻の名残か。


「気を張れよ。たぶんあいつらの巣になってるんだろう」

「はいっ」


 彼女が返事をした刹那、茂みがバサバサと揺れた。見れば八、九体はいるであろうコボルドが、こちらを威嚇するように配置についている。中心にいるのは少し大柄のリーダー格か。人間の言葉を下手に真似しながら、低く唸り声を上げる。


「グルル……人間……倒ス……ギャンッ!」


「数が多い……」


 リーシャの声に、俺は剣をゆるく構える。彼女を見ると、少し顔がこわばっているが、まったく動けなくなるほどではないらしい。


「大丈夫だ。まずは群れを分断する。俺が半分引きつけるから、お前は端のほうから一匹ずつやれそうなのを狙え。焦らずにな」


「わ、わかりました……!」


 そう言い合う間もなく、コボルドたちが「ギャウッ!」と一斉に突撃してきた。まるでモンスターの小さな軍隊のようだ。リーダー格らしき個体が、他のコボルドに命令しているのだろう。


「さぁて、ちょいと派手にやるか」


 俺は剣に一瞬火属性を乗せて、バチリと火花を散らす。横から襲いかかる二匹に対して、くるりと体を反転させ、炎の斬撃を走らせた。ゴッと燃え立つ閃光の尾ができ、雑魚コボルドたちは短い悲鳴とともに崩れ落ちる。


「よし、あの程度なら……」


 一方、リーシャは右端にいたコボルドと対峙。二匹同時に来るかと思いきや、微妙にタイミングがずれているらしい。彼女は踏み込みを最小限に抑え、一匹の動きを誘導するようにステップを踏む。

 この短期間で随分と格好がサマになってきたな――と感じる。


「はっ! や、やぁっ!」


 かすかな悲鳴混じりの掛け声とともに、彼女は短剣を鋭く突き出す。コボルドは棍棒を振り下ろそうとするが、リーシャは半歩サイドにずれて柄の部分を叩き落とす。追撃で腹を斬り裂くと、コボルドが苦しげに膝をついてそのまま動かなくなった。


「できた……! 私、落ち着けば大丈夫……」


 リーシャが小声で自分に言い聞かせる。周囲にはまだ敵が数匹いるが、俺も複数を蹴散らしているおかげで、同時に集中攻撃はされない状態だ。


「ほら、もう一匹が来るぞ!」

「はいっ!」


 残ったコボルドが彼女を狙い、横合いから突撃する。リーシャは少し狼狽えているが、ウサギのときよりは対応が早い。軽く後退しつつ、相手の足元を見てモーションを予測。短剣がギリギリのところでコボルドの首筋に届き、ざっくり深く切り裂く。


「ギャウッ……!」


 血の飛沫を浴び、リーシャはうっと目を背けかけるが、それでも立ち尽くさずに構えを崩さない。この成長ぶり、なかなか頼もしい。


「ふぅ……リュオさん、あと何匹ですか?」


 彼女が振り返ったときには、俺がすでに三体目を斬り伏せたところだ。あとはリーダー格らしきコボルドが一匹と逃げ出そうとしている連中が数体か……。


「三、四体くらいだな……行くか?」

「は、はい! 一緒に……!」


 俺が剣を構え、リーシャが短剣を握りしめる。しかし、ここでリーダー格が咆哮をあげた。


「グルル……シャーマン様! シャーマン様!」


 その言葉に、リーシャがギョッとする。やはりいたか。――次の瞬間、背後の石壁の奥から、深い闇色のローブに身を包んだコボルドシャーマンがゆらりと現れたのだった。

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