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第4話 最強魔法剣士、手を差し伸べる

「……あー、くそ。あんな光景を見ちまったら、放っておけるわけがないだろ」


 グラドールのギルド前で、獣人少女リーシャが仲間たちに捨てられてしまったあの瞬間から、俺は妙に胸の奥がざわついている。ちょうど魔物討伐クエストを終えてホクホク気分だったのに、ひとり暗い顔で歩き去る少女を見た途端、その幸福感が吹っ飛んだ……というか、虚しさを感じると言ったほうが正確か。

 同じ追放をくらった身として、あの姿はどうしても他人事には見えないんだよな。


「ったく、俺だって余裕があるわけじゃねぇんだぞ……」


 そう言って、後ろ姿がかすかに見える少女を追いかける。さっきまで周囲に野次馬がいたけど、みんな興味がなくなったらしく、もう散り散りになってしまった。

 彼女はヨロヨロと細い路地へ入り、まるで自分から人の目を避けるように足を止める。ときどき立ち止まっている気配があるが、声をかけるタイミングに迷う。下手に急ぎすぎると警戒されそうだ。


 路地には建物の影が落ち、まだ午前の日差しが届かない。石畳が湿気を帯びてぬめり、独特の臭いが漂っている――スラム街ってわけじゃないが、観光する気分にはなれないような裏通りだ。


「……あ、いた」


 視界の先、ちょうど角を曲がった先で、リーシャが壁に背中を預けて立ち止まっていた。頭を垂れて、長い黒髪がぼさぼさと揺れている。狼耳が項垂れ、尻尾はすっかり力なく垂れ下がっていて、見ているだけでこっちが息苦しくなる。

 ふと俺は足音を忍ばせて近づくが、彼女の敏感な耳が察知したのか、びくっと肩を震わせる。


「だ、誰……?」


振 り向いた顔は、まだ涙の跡が残っていて、赤くなった目が痛々しい。だが俺の姿を確認するなり、彼女ははっと警戒を強めたようだ。


「あなた……ギルドにいた、冒険者の人? 用があるなら、すみません……わたしには何も……」


 狼耳がへたりと伏せられ、視線が落ちる。まるで怒られるのを避けたい子犬のようだ。


「いや、あんまり用ってほどのもんじゃないけど……ほら、あんたさっき追放されてただろ? 見ちまったんだよ」


 言いながら、俺は頭をかく。正直、俺もどう切り出していいか分からない。だが、まずはその萎縮しきった雰囲気を解きほぐすことが先か。


「……見られてたんですか。ごめんなさい、恥ずかしいところ……」


 リーシャが唇を噛みしめる。目元は潤んでいて、声が震えている。


「謝る必要なんてないだろ。恥ずかしいことじゃない」


 俺が軽く肩をすくめると、彼女は僅かに表情をこわばらせる。まるで「そんなことない、悪いのは私なんだ」と言いたげにうつむいたままだ。


 ――ここで強引に会話を進めるのはどうだろう? まぁ、暗い路地裏で立ち話もなんだし、少しでも座れる場所があるなら移動したほうがいいかもしれないな。

 と思ったが、彼女は完全に身動きを止めてしまっている。俺も声のかけ方が分からず、少し沈黙が続く。


「とりあえず……座って話すか? 立ちっぱなしだと疲れるだろ」


 そう促すと、リーシャは戸惑ったように目を見開く。


「でも、迷惑かけるだけだし……」

「気にすんな。迷惑だと判断するのは俺だから。俺が気にしないなら問題ないだろ?」

「そ、そんな……」


 うまく言えないが、なんとか少しでも彼女を安心させたい。膝を屈めて、俺はその辺にある木箱を見つけ、ドンと手を当てる。


「ほら、ここに腰掛けてさ……俺はリュオ。リュオ・アルバート。まぁ、ただの冒険者だ。あんたは?」

「私は……リーシャ、リーシャ・ウルフェール……」


 消え入りそうな声で名乗る彼女に、俺は少し笑みを返す。


「そっか、リーシャ……いい名前だな。で、あんたが追放されたのは見たけど、何があったわけ? もし話したくないなら無理に聞かないけど……さっき、すごい剣幕で役に立たないとか言われてたろ?」

「……はい。わたし、弱くて……ごめんなさい、もう今さら言い訳もないんです……」


 うつむいたままのリーシャ。だが、俺はここで追及モードに入るつもりもない。むしろ、彼女が話しやすいような空気を作るのが大事だろう。

 内心、「女の子を泣かすなんて最低だな、あの三人……」と思いつつも、声には出さずに「ああ、そっか……」と優しい調子で返す。

 ここで変に正義感ぶっても、逆に彼女を追い詰めるだけかもしれないし。


「ちなみに俺、よく考えたらあんたと同じ追放者なんだ。だから放っておけなくてね」


 それを言った瞬間、リーシャは目を丸くした。


「追放……? あなたもですか……?」

「ああ、騎士団ってとこを辞めさせられた……っていうか、クビみたいなもんだ。理由はいろいろだが、まぁ不当な言いがかりをつけられて、結局俺はここで冒険者やってるわけさ」

「騎士……すごい人だったんですね。なのに、追放……?」


 どうやら彼女は「騎士=エリート」という先入観をもってるらしい。いや、俺自身は別に偉いわけでもなんでもない。今じゃただの一般人みたいなものだ


「まぁどっちも似たようなもんだ。大した理由なしに追放されるってのは、理不尽だよな」

「……はい。わたしも、本当は頑張ってたんですけど……うまくいかなくて」


 ここでようやく、リーシャの口からゆっくりと事情が漏れはじめる。

 ――獣人の村で育ったこと。周囲から「身体能力が高いだろうから戦闘に向いてる」と期待されたこと。だが実際に冒険者となってみると、初戦闘で怖気づいてうまく動けず、仲間の足を引っ張ってしまった。


「ダインさんたちには、最初は期待されてたんです。狼獣人なら、嗅覚も動きもいいだろうって。でも、実際わたし……ビクビクして、攻撃するタイミングも逃して、結局邪魔に……」


 語尾が弱々しく、再び涙ぐみそうな気配。俺は胸が痛くなるが、平静を装い、あえて軽い調子を保つことにした。


「なるほど。つまり、戦い方をちゃんと教わってなかったわけか。感覚が優れていても、実戦経験なきゃ怖いのは当たり前だろ?」

「え……で、でも、みんなは戦闘なんて当たり前にこなすもんだって……」

「それ、ただの慣れてる奴らの意見だろ。あいつら、あんたの性格や未熟さに見合った指導をしてくれたわけでもねぇんじゃないのか?」


 リーシャは何かを言いかけるが、言葉にならず俯く。彼女の狼耳がピクリと動き、視線が路地の石畳に注がれる。

 俺も少し黙り込むが、沈黙が長引くと気まずいので、意を決して肩をすくめる仕草をしてみた。


「いやぁ、実を言うとさ、俺も似たようなもんなんだよ。上の連中が勝手に期待して、勝手に失望して、最終的にお前は危険だから追放とか言いがかりつけられてな」

「き、危険って……ずいぶんひどい言い方ですね。」

「ああ、まぁ世の中の理不尽ってやつだよ。だから、そういうのを知ってるからこそ、あんたを少し助けてやりたいと思う。……余計なお世話かもだけどな?」


 軽く笑おうとしたが、リーシャは驚いたような顔で、「わたしなんかを……助ける?」と震える声で聞き返す。

 多分、彼女はずっと自分に自信が持てず、誰かに責められれば「自分が全部悪い」と思い込んでしまうタイプなんだろうな。確かに、あの冷酷なやり方で追い出すパーティじゃ、そりゃ成長もさせてもらえなかったに違いない。


「だが、だからってあんたが本当に弱いか、未熟かは分からんだろ。実際、獣人として感覚が優れてるなら、その力を伸ばせばけっこう戦えるようになるかもだ」

「……でも、わたし、もう怖くて……」

「そこを克服する方法はあると思うよ? たとえば、騎士団仕込みの俺が基礎を教えるとかさ」


その瞬間、リーシャが息を呑んだのが分かった。耳がぴくん、と立つ。


「そ、それって……わたしに戦い方を、教えてくださるということですか……?」

「ま、あくまで考え中だがな。あんたがいらないなら無理には押し付けない。だけど、何もしないで泣いてるよりはマシじゃないか?」


 狼耳が少しピクリと動き、彼女の瞳にかすかな光が戻ったように見える。が、そのすぐ後、また不安げにうつむいてしまう。


「わたし、本当にダメなんです。動きも遅いし、集中しても何か怖くて……せっかくの獣人の力も使いこなせなくて……」

「焦るなよ。最初から完璧にできる奴なんかいないだろ。むしろ知識とか技術とか、一つずつ身につければ、あっという間に成長できるかもしれんぞ? 特に獣人の感覚は普通の人間にはない強みだからな。」

「……わたし、それが活かせるなら、最初から失敗なんてしなかったはずです……。でも……」

「……でも、何?」


 うつむきがちなリーシャは、細い手で耳を撫でながら、声を震わせる。


「他のパーティでも結局同じ目に遭うかもしれない……。だから、もう誰の役にも立てないって思うんです……」


 ──ああ、そうか。完全に自信を喪失している。追放された直後ってのは、一番惨めで、未来なんて想像できないもんだよな。俺も王都を出るときは似たような空虚感に囚われていた。

 思わず、俺は大げさにため息をついてみせる。


「ふう……じゃあ、こうしよう。俺に少し試させてくれ。あんたが本当にダメなのか、それともちょっとしたトレーニング不足なだけか、確かめればいいだろ。」

「確かめる……?」

「ああ。俺は魔法剣術を扱える。言っちゃ悪いが、かなり強い自負がある。もしあんたが同行してくれれば、あんたも戦い方を身につけられるかもしれないし、俺も一人でクエストに行く手間が省けるかもしれない。どうだ?」


 ちょっと誘導尋問っぽいが、こうでもしないと、彼女は自分を動かせないんじゃないかと思った。

 案の定、リーシャはびっくり顔だ。しかし、その目にほんの少しだけ希望が差すように見える。

「わたしが……?」

「そう。まぁ仮にあんたが足手まといだったとしても、俺が何とかなるくらいの実力はある。最悪、俺がなんとかすれば済む話だし。……ま、あんたはそれを見学してればいい。それだけでも立ち回りを勉強できるだろ?」


 彼女の眼差しが動揺しているのが分かる。「それってつまり……仲間になってくれるんですか?」と小声で聞き返す。

 俺は「まぁ、そうなるかもな」と軽く言ってみる。この段階ではまだ正式に仲間と決めてないけど、少なくとも協力する形だ。

 するとリーシャは唇をかみ、ほんのかすかな声音で「いいんですか……? 本当にわたし、何もできなくて……絶対に足手まといですよ?」と繰り返す。


「繰り返すが、実際に試してみないと分からんって。俺としては、人手が増えればそれなりに助かるし、あんたにとってもゼロよりはプラスになるかもしれない」

「……ありがとうございます……。わたし、ちょっと混乱してますけど……でも、こうやって声をかけてくれたの、初めてで……」


 リーシャはぽろぽろ涙をこぼしながら、お礼を言う。どうやらこれは嬉し泣きらしい。まぁ、俺もこんな泣かれ方されるのは初めてで少しむずがゆいが、構わない。


「じゃ、決まりだな。あんたが嫌じゃなければ、明日あたりもう一度クエスト受けに行ってみよう。もちろん無理はさせないし、怖けりゃ後ろに隠れてろ。」

「そ、そんな、後ろに隠れるだけなんて……。わたしも、戦ってみたいんです……怖いけど、やっぱりこのままじゃ嫌なんです!」

「おっ、いいじゃん。その気合があれば大丈夫だろ。」



※※※



 少し場所を移して、通りの外れにある粗末な木製ベンチへ腰掛ける。朝日の光が路地の隙間から射し込み、ちょうどいい具合に二人の顔を照らす。

 ここで改めて、リーシャから自分の境遇を聴く。出身の獣人村ではそれなりに期待されていたこと、上手く行かず肩身が狭くなって逃げるように冒険者になったこと……ダインたちのパーティを紹介されて入ったものの、戦闘でうまく動けず、「お荷物」とみなされた――などなど。


「……最初はすごく親切だったんです、あんたなら獣人の能力を活かせるって。でもいざ戦闘になると怖くて、みんなが思うようにわたし……動けなくて……そのうちロッツさんたちが苛立ち始めて……」


 涙ながらに語るリーシャを見てると、まるで昔の俺を見ているような錯覚に陥る。騎士団に入ったときは、最初こそ「すごい才能だ」ともてはやされたが、いつの間にか陰謀や嫉妬に巻き込まれ、余計なトラブルの火種にされてしまった。

 リーシャの場合は戦闘を期待されたが、恐怖で動けなくなったという話。理由は違えど、結果は追放。似たような結末だと思うと、微妙に切ない。


「ごめんなさい……こんな話、別に聞きたくないですよね。嫌だったらいつでも――」

「あーもう、そんな卑屈になるなよ。せっかく話してくれるなら最後まで聞くさ。俺も気になってるしな」


 そう言うと、リーシャははにかむように少しだけ笑みを見せる。「あなたって、変ですね。追放されたのに、元気そうだし」と呟くから、俺は苦笑いを浮かべて返す。


「ま……まぁ、空元気みたいなものさ。でも、踏み出さなきゃ始まらないだろ?」

「踏み出す……ですか」

「そうだ、その場で立ち止まってたらいつまで経っても進めない。だから無理にでも踏み出すんだ」


 リーシャが小声で「……ありがとうございます。なんだか、少し救われた気がします」と言ってくれたので、俺としては上々だ。

 さっきまで涙を浮かべていた彼女に、ようやく落ち着きが戻り始めている。


「本当に、戦い方……教えていただけるんですか? わたし、足手まといになりますよ……?」

「さっきも言ったろう、気にしない。俺がすべてカバーできるレベル1クエストからスタートすりゃいいんだから。あんたは最初は後ろで見てるだけでも、動きを学べるだろ。少しずつ慣れればOKさ」


 するとリーシャは少し考え込み、意を決したようにこちらを見つめる。揺らめく瞳の奥には、かすかな光が戻り始めている。


「……ありがとうございます。そんな風に言ってもらえるなんて、思ってもみませんでした。わたし、何度ダインさんたちに謝ってもダメだったから……もう誰も助けてくれないって」

「世の中、いろんな奴がいるさ。ダインたちみたいに冷酷な奴もいれば、俺みたいに変なのもいる。ま、運が悪いか良いか、試してみりゃわかるだろ?」

「はい……! えっと、もし迷惑じゃなければ、一緒に……戦ってみたいです。」


 彼女の頬にわずかな赤みが差し、尻尾がかすかに揺らいでいる。先ほどの陰鬱な姿からは考えられないくらい、前向きな雰囲気が漂うじゃないか。


「じゃ、決まりだな。明日あたりギルドでまたクエスト受けるから、朝来いよ。一緒に行こう。厳しいかもしれんが、弱いレベルのクエストなら大丈夫だ」

「わ、わかりました……! しっかり来ます。あの……本当にありがとうございます……!」


 嬉し泣きに近い笑顔でペコペコ頭を下げられると、俺も少し照れる。別にそんな大したことしてるわけじゃないんだけど、彼女にとっては救いの手なのかもしれない。

 あとは無理にストイックな指導をしすぎず、彼女の恐怖心を少しずつ和らげてやることだろう。騎士団仕込みだと厳しい訓練ばかり思い浮かぶが、相手はまだ心が脆い。丁寧に扱わないと折れてしまう。


「じゃ、俺は宿で休むよ。あんたも今日は無理せず、どこか宿取って休め。金がなけりゃ……ま、当面は俺がなんとかするか? はは、俺も金欠なんだけどな」

「そ、それは申し訳ないです……。でも……少し貯金はあるので、安宿ならなんとか……」


 彼女はまだ遠慮がちだが、笑顔の端がほろりとこぼれている。先ほど見た涙まみれの表情とは別人だ。


「んじゃまた明日、ギルドの前でな?」

「はい、わかりました……リュオさん、本当に……ありがとうございます……!」


 そう言ってリーシャは深々と頭を下げる。その狼耳が柔らかく伏せられ、尻尾がかすかに左右へ動くのを見て、俺は少しほっこりした気分になる。

 相変わらず苦労は絶えなさそうだが、何だか彼女となら面白い冒険ができそうって直感が働くんだよな。自分が追放された境遇から抜け出すきっかけとしても、ちょうどいいかもしれない。


(ま、こうして出会ったのも何かの縁。あいつらを見返すチャンスにもなるし……楽しみにしてるぜ)


 心の中でそう呟きながら、俺は来た路地を戻っていく。最後にリーシャのほうへちらっと視線を送ると、彼女はまだ唇を噛みしめつつ俯いていたが、その横顔がほんのり赤く染まって見えた。

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