表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

第2話 最強魔法剣士、冒険者ギルドの門を叩く

「……予想はしてたが、ここまで遠いとはな。まぁ、追放された身で馬を借りるのは無茶な話だが」


 朝焼けがうっすらと空を染め始める頃、俺――リュオ・アルバートはそう独り言をこぼしながら、延々と続く街道をひたすらに歩いていた。昨日の追放劇からまだ一日しか経っていないが、すでに五十キロ以上は歩いてきた。王都近辺の平坦な道はもう終わりが見えてきて、周囲には少しずつ枯れ木が増えてきている。


「ここらが境目ってわけか。『灰滅の刻』の影響で、荒野になった地域が近くなってきた……ってことだな」


 足を止めて周囲を見回すと、遠くには灰色がかった地帯が広がっている。草木がまばらになり、まるで腐った魔力の名残が漂っているような、そんな嫌な雰囲気をうっすら感じる。

 大昔に魔王が引き起こした世界の破局、灰滅の刻。その爪痕は今も消えず、大陸中央に残っているらしい。


「ただ、こちらとしては、むしろ稼ぐチャンスだな。魔物が湧く場所じゃ、冒険者の仕事はたんまりあるはずだ」


 そう、俺にとっては最初の再出発の場だ。追放され、武器も地位も失ったが、騎士として培ってきた魔法剣術がある以上、なんとかやっていけるだろう……そう信じたい。

 ラグランは、俺がここらで野垂れ死にするとか思ってるかもしれないが、そうはさせるか。



 ※※※



 昼を少し過ぎた頃、俺はようやく目当ての城塞都市――グラドールの姿を目にした。遠目に見た城壁は、まるで茶色い岩塊のようにそびえ立ち、その上には監視塔や砲台らしき設備が並んでいる。

 風に乗って、僅かに生臭いような魔物の気配が漂ってきて、肌がピリッとする。この辺りは本当に荒野の最前線なのだと実感できる。


「おー……やっぱ王都の外壁とは全然違うな。だいぶ荒削りというか、補修の跡が目立つ……魔物に攻撃された跡と言ったところか」


 門の前には荷馬車や旅人が列を作っており、門番が一人ひとり目的を確認している様子だ。王都と違って警備兵の人数はそこまで多くなさそうだが、その代わり門そのものに強力な魔法結界を張っているのか、壁に奇妙な模様が幾重にも刻まれているのが見える。


 列に並んでいるとき、前方の商人からは「今回はレアな魔物素材を仕入れたんだ」なんて声が聞こえてくる。後ろのほうでは、体格のいい傭兵風の男が「今度は深い遺跡まで行くぞ」などと仲間に話していて、まさに冒険者の溜まり場という雰囲気がムンムンだ。


 ようやく俺の番が来て、門番が「名前は?」と呼びかけてきた。


「俺はリュオ・アルバート。ここで……冒険者になるつもりで来たんだ」


 門番はちらりと俺の装備――というか、この軽装を見て、怪訝な顔をする。


「……王都出身か? ずいぶん装備が寂しいな。慣れないならあんまり深入りしないほうがいいぞ。死体は見飽きてるからな」

「ああ、肝に銘じとくよ。記録はそれでいいか?」


 特に怪しい荷物もないから、すんなり入れるだろう。

 そしてその予想は正しく、門番は一応と言わんばかりに名前をメモに書き込み、「じゃあ通れ」と言った。

 

 最後に、「荒野の門へようこそ……死ぬなよ?」なんて付け加えてくるのがなんともこの街らしい。俺は苦笑しながら城門を抜けた。



 ※※※



 城塞の内側へと入り、脚を若干引きずりつつも都市内部を散策することにした。

 最初に目についたのは大きな露店が何軒も連なっている大通り。

 白いテントやカラフルな布の屋根の下で、行商人たちが魔物の牙やら薬草やらを並べている。中には「これは、遺跡から発掘された骨董品だよ!」なんて言って、呼び込みをしている人もいた。


「はは……騎士団じゃ絶対見なかった光景だな。まるでスラムの闇市が表通りに出てきた感じだ」


 俺は思わず呟く。

 周囲を見渡せば、獣人やエルフ、ドワーフ、さらには竜人っぽいみた目の亜人種も混じっており、ざっくばらんな会話が飛び交っている。

 雑多な喧騒の中、時折「そこの魔剣、ちゃんと鑑定済みか?」「この薬草は闇属性の魔力に反応するから……」と、専門的な取引が行われているのも面白い。


 そんな中で、ふと目に留まったのは、鎖に繋がれた獣人の女性。いや、まだ少女に近いくらいの年齢かもしれない。引きずられるように歩かされていて、その腕にはあざが見える。

 俺は思わず立ち止まるが、傍を通りかかった商人は「また奴隷商か? こりゃ見世物じゃねぇぞ」と吐き捨てるように言って通り過ぎる。


(……マジか。ここじゃ人身売買が公然と行われてるってことか。王都じゃ表に出てこない差別や闇取引はたくさんあると聞いたが……)


 だけど、騎士団を追放された今の俺に、それを止める権限も何もない。苛立ちを覚えつつ、唇を噛みながら目をそらして歩き出すしかなかった。


「くそ……気分が悪い。こんなことが当たり前にあるってのか、この街は……」


 それでも暮らすには金が要る。悪辣な奴らも多いだろうが、同時に夢や稼ぎを求めて冒険者が集まっている場所でもある。そんな二面性を抱えた街なんだと、俺は自身に言い聞かせる。

 ――今はまず、冒険者ギルドへ行くのが先だろう。



 ※※※



 冒険者ギルドは大通りをまっすぐ歩いた先にあるらしい。

 さっそく行ってみると、妙にデカい石造りの建物と出くわした。でかい看板に「冒険者ギルド・グラドール支部」という文字が踊っている。

 入口の扉を開けば、どこからかタバコのような煙の匂いが漂ってきて、ガヤガヤとした声が溢れ出す。


「おお……なんつーか、騎士団の厳粛な空気とは正反対だな。けれど、嫌いじゃないね」


 室内には人が詰めかけ、中央付近には依頼掲示板。左右に受付カウンターがあり、奥にはバーカウンター兼休憩スペースらしきものがあって、すでに昼間っから酒盛りしてる冒険者たちの賑わいが目に入る。


 あるテーブルでは明らかに酔っ払った男が「おらぁ、俺にもっと酒を持ってこい!」とわめき、その隣でマントを羽織った女魔術師が「……うるさいわね」と呆れ顔。まるでスラムの酒場をそのままギルドに持ってきたような有様だ。


「こりゃ、ある意味楽しそうだな」


 俺は軽く肩をすくめたあと、まずはカウンターへ行こうと足を向ける。複数の受付窓口があって、それぞれに冒険者の列ができている。少しでも空いてそうなところを見つけて並んでみる。



 ※※※



並んで数分もしないうち、俺の番が回ってきた。ちょっと若そうな女性が担当らしい。髪をクリーム色のポニーテールにまとめ、笑顔で「いらっしゃい!」と声をかけてくる。


「どうも。ここで冒険者登録ができるんだって聞いて、来たんだけど……合ってる?」

「はい、合ってます! ご新規さんですね? えーっと、武器とか……何か持ってますか?」

「残念ながら、ないも同然だ。まぁ、後で買おうとは思ってる」


受付の彼女は少し困ったように目をパチクリさせながら、机の下から紙を取り出す。


「一応この登録用紙に、名前や年齢、特技とか書いてもらう形になります。読み書きが苦手なら口頭でもOKですよ?」

「読み書きは大丈夫」


俺はさらさらとペンを動かす。「リュオ・アルバート、25歳、魔法剣士……」と書き込んでいく。騎士団で文字を書くのは慣れたものだが、こういう冒険者登録の書類を書くのは初めてなので、なんとなく不思議な気持ちになる。


「ありがとうございます。……あら、魔法剣士? どんな属性が得意なんです?」


俺はニヤリと笑う。あまりドヤ顔をしても仕方ないが、少しはインパクトを与えたい気分だ。


「すべて、六属性を扱う。――ま、あんまり信じられないかもだが」

「えええっ、ほんとですか!? すごいですね! でも、最初はレベル1冒険者になりますから、危険すぎる依頼は受けられないですよ?」

「もちろんわかってる。まずは地道にクエストをこなし、信用を得ないとな」


 こんな他愛のないやり取りだが、俺にとっては新鮮だ。騎士団じゃ「六属性を同時に扱うなんて非常識だ!」と目を向けられ、結果として疎まれることも多かった。ここの受付は驚きこそすれ、否定的な態度は取ってこない。そういう自由さがありがたい。


 彼女は「じゃあ仮登録なので、はいこのプレートを――」と、小さな金属片を手渡してくる。そこには「レベル1」と刻まれ、軽く魔力を込めると微かな光が灯る。ギルド的には、このプレートが一種の身分証らしい。


「実績を積めば正式なギルドカード発行になりますので。あと、冒険者ランク……この街では“レベル”って形で統一してるんです。レベル1から始まって、魔物討伐とか難しいクエストをクリアしていくと、レベル2、レベル3と上がって、より大きな依頼が受けられる仕組みですよ。」

「なるほどね。ま、地道にレベルを上げるしかないか」

「そういうことです! あ、武器や防具はできるだけ早く整えることをおすすめします。大怪我しちゃったら元も子もないので……」


 彼女の言葉に苦笑いを浮かべていたら、後ろから突然ドスの利いた声がかけられる。


「へえ、新人か? 大丈夫かよ、まさか手ぶらで魔物退治なんか行くわけじゃないだろうな?」


 振り返ると、筋肉隆々の斧使いが腕を組んでニヤついている。見るからにベテラン冒険者の風貌だ。


「まぁな。だが、自分の腕にはそれなりに自信があるさ」

「あんまり舐めてかかると痛い目見るぜ? この街じゃ新人なんて掃いて捨てるほどいるが、俺たちが死体を回収する羽目にならんようにな」

「ありがたい忠告だが、心配には及ばない。死体になる予定はないんでね」


 斧使いは、一瞬こちらを睨むような表情をしたあと、ケタケタと笑い出した。


「ハッハッ! 面白ぇじゃねぇか! まぁいいさ。俺はドルトってんだ。いつか共闘することがあったら、その生意気な口のまま戦ってくれよ?」


 そう言い残し、彼は仲間らしき冒険者と共に奥の休憩スペースへ消えていった。受付嬢が苦笑しつつ、「すみませんね、ああいう人多くて」とぼそりと言う。俺も肩をすくめる。


「ま、騎士団の厳粛な上下関係よりはこっちのほうが気楽だよ」

「そう言ってもらえたら助かります。じゃあクエスト掲示板、見ていってくださいね!」

「了解。ありがと」



※※※



クエスト掲示板はかなり大きく、色とりどりの紙が貼られている。よく見ると「レベル1向け」「レベル2~3向け」などの区分があるようで、上位になるほど高報酬かつ危険度が高い。「レベル70級の魔物」なんて依頼は想像しただけでやばそうだ。


「うわぁ……すげぇな。これ見てるだけでいろんな仕事があるのがわかる。」


 薬草採集、辺境の農場護衛、簡単な魔物の討伐、あるいは遺跡の調査助手など――バリエーション豊かだ。まずは無理せず金を稼ぐには、「初歩的な魔物討伐」が良さそうだ。


「あった。レベル1でもOKの『荒野周辺の狼型モンスター退治』。報酬は……まぁそこそこか」


 そう呟き、紙の依頼をめくってみると、クエスト場所や報酬金額が簡単に書かれている。なるほど、これならなんとか生活の糧を稼げそうだ。


「よし、こいつを受けて明日にでも出発、か。あまり悠長にしてたら金が尽きちまう」


 そう決めて、俺は受付に「このクエストを受けたい」と告げる。受付嬢は笑顔で引き受け、クエスト受注証を発行してくれた。



※※※



 登録も終わり、クエストも決まった。あとは装備を整えるしかない。正直、今の手持ちじゃ新品の装備は買えそうもないが、中古でもあれば多少はマシだろう。


 ギルドを出て、通りを進んでいると、すぐ目に留まったのが“武器屋”の看板。店先には剣や斧、弓などがズラリと並んでいるが、値段を見て思わず目を剥く。


「高っ……騎士団じゃ全部支給だったから意識したことなかったが、これほどするのか?」


 苦笑いしながら店に入り、店主と軽い交渉をする。見れば見るほどガチな装備は高級すぎて手が出ない。結局、中古の片手剣とボロめの革鎧をなんとか買えることになった。


「お客さん、やけに金が少ないな? 王都から来たんなら、それなりの蓄えがあるかと思ったが」

「諸事情ってやつだよ。まぁ品質は問わないさ、戦えりゃいい」


 店主は呆れ半分で鼻を鳴らし、「そんなんじゃ怪我してすぐ帰ってくるぞ?」と説教じみたことを言ってくる。俺は苦笑いで返すしかない。


 店を出て、剣のバランスを軽く確かめようとしたら、ビミョーにグラつく感触があったが、ないよりはマシか……と思って我慢する。


 そのまま露店エリアを歩いていると、またしても獣人関連の良くない光景を目撃してしまう。今度は幼い獣人の子どもが、人間の客引きに怒鳴られているところだ。


「こら、サボってんなよ! 通行人にチラシ配れって言ってんだろうが!」


 男は子どもの耳を引っ張る素振りを見せ、子どもが痛そうに身体を縮める。通りがかった人々は見て見ぬふり。もしくは「またか」と呆れ顔で横を通り過ぎる。

 俺は思わず「おい!」と声を出しかけたが、子どもがひょいっと男の腕から抜け出して、小走りに路地のほうへ逃げていった。男は舌打ちを残して何やら罵声を飛ばしている。


「……くそ」


 正直、手を貸したかったが、俺もこの街じゃまだ何の後ろ盾もないよそ者。しかも装備は中古品で金はほとんど底を突きかけ。立場が弱いってのはこんなにも歯がゆい。

 何もかもが「自己責任」という言葉で片づけられ、弱い者から切り捨てられていくのがこのグラドールなんだろう。


「見てられないが、俺も……自分のことで手一杯だな。」


 唇を噛みながら、俺は宿を探すことにする。明日にはクエストに出発しないと、当座の金も足りなくなる。

 さっきギルドの受付が「近くにいくつか宿がある」と言っていたし、安宿を見つけて泊まるしかない。



※※※



 宿はギルドの斜め向かいに安っぽい看板を掲げている建物が一軒あった。「昼も夜も騒がしいけど、その分安い」みたいな評判らしい。自分としては贅沢言えないので、そこに決めることにした。


 扉を開けると、カウンターには無精ヒゲを生やした男主人がいて、「なんだ、新入りか?」と胡散臭そうに睨んでくる。

 部屋代を値切り交渉しつつなんとか1泊分を出すと、「一応ベッドはあるが、壁は薄いし期待すんなよ?」と軽口を叩かれる。


「ああ、それで十分。さっさと明日の討伐クエストで稼いでくるさ。」


 男主人は半笑いで、「ヘタ打って死ぬなよ、これでもうちの宿で死人は何人も見てきたんだからな」と言う。全然冗談に聞こえないから怖い。


 部屋に案内されると、狭い空間にベッドと机が一つだけ。壁の染みが気になるが、泊まれるだけありがたい。


 夜になり、外はまだ人声がしている。酒場のような場所があちこちにあるのか、笑い声や怒鳴り声が同時に聞こえてきて、いかにも雑多な街らしい。

 俺はベッドに腰掛け、中古の片手剣をそっと抜き、月明かりにかざしてみる。ちょっと刃こぼれがあるが、研げば使えそうだ。


「まずは明日、この剣で弱い魔物を仕留めて金を得る。そしたら、もう少しマシな装備が買えるかもしれない。……騎士団だったら考えられないな。全部、国から支給されてたのに」


 ふと、王都の重厚な大広間の光景が頭をよぎる。権力者ラグランの嘲笑、団長の苦悩の表情、そして俺の誇りだった漆黒の鎧を剥ぎ取られる屈辱……。胸がムカつきで疼くが、同時に解放感もある。この街では自分が騎士である必要はないし、誰の命令にも左右されない。

 しかし今日、獣人奴隷や子どもの惨状を目撃して、どこかで守るべきものがあるのではという気持ちも再燃しているのが不思議だ。


(俺はもう騎士じゃない。でも、力は持っている。だったら、いつかこういう人たちを助けることもできるはずだ。)


 今のところ、そんな余裕はないのが現実。だからこそ、焦らず徐々に力を蓄えていく必要がある。まずはレベル1から始まる冒険者稼業――嫌が応にも燃えてくるじゃないか。


「くそ、明日が楽しみだ。狼系モンスターだか何だか知らんが、魔法剣士の力、見せてやる……!」


 そう呟きながら剣を鞘に収め、革鎧を脱いでベッドに潜り込む。外の騒がしさは相変わらずだが、この程度は訓練場や戦場の喧騒に比べれば眠れないほどじゃない。

 目を閉じると、すぐにまぶたの裏に重苦しい騎士団追放の記憶と、獣人の少女や子どもの影がちらつく。それでも、疲れ切った体は意識をやがて手放し、深い眠りへ落ちていった。

 


 ※※※



 どこかで鶏の鳴き声がして、俺ははっと目を覚ます。あたりはまだ薄暗く、しかし空が白み始めている。グラドールの朝は騎士団の朝礼など比べ物にならないくらい雑多で、自分で起きて行動しないと誰も指示などしてくれない。


「よし、今日がスタートだ。まずは狼型モンスターを狩って、金を稼ぎ、装備を充実させる……そこからだな」


 寝ぼけ眼を擦りながら革鎧を身に着け、片手剣の刃先を軽く確認。鞘を腰に差して立ち上がる。宿屋の廊下に出ると、まだ他の客は寝静まっているのか、しんと静まり返っていた。


(こんな時間から動くのは、冒険者なら当たり前かと思ったが……案外昼近くまで酒を飲んでる人が多いのかもな)


 などと思いつつ、宿屋を出る。外は肌寒いが、空気が澄んでいて気持ちいい。メインストリートを歩けば、露店の準備をする人や、もう移動を始めている馬車なんかもちらほら見える。


「さーて。今日はどこまで荒野を奥に踏み込むのか……思ったより魔物が強いかもだが、まぁやるしかないな」


 そのままギルドのほうへ向かおうかと考えていると、ふいに昨日の獣人差別の情景が脳裏によぎる。子どもの怯えた顔、連行されていた少女の悲しげな瞳……。

 俺は口を引き結びながら、そっと胸ポケットを押さえた。そこにしまったのは王都の宿で買った安い書き物用のペンとメモ帳だけ――騎士団時代の名残なんて、もう何もない。けれど、心の奥に騎士らしい正義感はまだわずかに残っている。


「ま、今は自分が生き延びること優先だ。でもいつか、どうにかできるくらいに強くなるさ。……騎士団に見捨てられたかもしれないが、俺は好きに生きてやる」


 そう言い聞かせるようにつぶやき、ギルドがあるほうへ足を踏み出す。今日は初めてのクエスト。敵は弱いとはいえ油断は禁物だ。初戦の結果次第で、俺の冒険者としての先行きも大きく変わるだろう。


「ここから本領発揮……といきたいところだな。絶対に、負けないぞ」


 冷たい朝の風を感じながら、俺は微笑みを浮かべて前を向く。誰かが待っているわけでもないが、不思議と足取りは軽かった。かつて騎士としての誇りを失った今、自由と未知の可能性が俺を突き動かしているのだ。


 王都の重苦しい陰謀劇からは遠いこの荒野で、一体何が待っているのか――そして、どんな仲間と出会い、どんな戦いを経験するのか。


 そう、ここからが新しい章の始まり。

 俺は胸の内に燃える決意を忘れないように、まだ人通りの少ない道を力強く進んでいくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ