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第1話 最強魔法剣士、荒野へ放り出される

「おいおい、本気かよ……」


 思わず自分の口から漏れた声。背筋を凍りつかせるほどの冷たく重い空気が、この広々とした大広間を満たしていた。

 ――ここはレアンドール王国の騎士団本部。天井には豪華なシャンデリア、壁には武功を示す複数の紋章や絵画が掛けられ、まるで凛々しさを誇示するかのような装飾が施されている。

 しかし、いまこの場に漂う雰囲気はその威厳とは全く違った。まるで首を刎ねられる罪人を見物しているかのような、居心地の悪い張りつめた緊張感が支配していた。


 十数名の騎士がずらりと並び、その上座には金と青を基調とした上品な衣服――しかし妙にイヤミな高貴さを放つ男、ラグラン・ヴェルナード伯爵が腰をかけている。その横には騎士団長が一歩下がった位置で立っていたが、その表情は険しくともどこか歯がゆい感じが見て取れる。


「リュオ・アルバート。聞こえているか? この重大な場にお前を呼んだのは、ほかでもない――お前の罪を糾弾するためだ」


 堂々たる声でラグラン・ヴェルナードが宣言する。俺はというと、彼の視線を正面から受け止めながら、一瞬にやりと笑ってしまった。こんな茶番に引っかかるヤツがどれだけいるのか――そう思うと、笑うしかなかったからだ。


 ほかの騎士たちは陰鬱な表情で沈黙している。中には同僚だった男も、ちらりとこちらを気にしているが、何かを言いたそうに口を動かしては、結局うつむいてしまう。彼らが口を挟めば、上官やラグランの不興を買うだけ――きっとそう理解しているのだろう。


「罪、ね。俺がいったい何をやったっていうんだ?」


 抑えめの声で問いかけると、ラグランは勝ち誇ったように口角を上げる。


 「言うまでもない。お前が密かに企んでいた禁呪の取得計画、さらには王国転覆の不穏な動き。証拠も揃っている。……お前の才覚は認めるが、それを王への反逆に使うとは、言語道断だな?」


 ――全部でたらめだ。確かに俺は六属性の魔法を駆使する魔法剣士だ。実際、火・水・風・土・光・闇の六属性を理論的に付与するなんて、自分にしかできない。だが、それは俺が血のにじむような努力で習得しただけのこと。禁呪なんて扱った覚えはないし、ましてや王国転覆なんて、正気の沙汰じゃない。


 そもそも、ラグラン・ヴェルナード伯爵がこの国でどれだけの政治力を握っているか、少しでも騎士団にいればわかる。王家に擦り寄り、同時に貴族院を牛耳り、さらに教会とも裏で繋がっているという噂まである。――つまり、彼に睨まれたら最後、誰も庇えない。


「悪いが、冗談にしては笑えないぞ。俺がいつ反逆なんか――」


 自分の言葉を遮るように、ラグランの隣に立つ騎士団長が口を開く。


「リュオ、今さら無駄な弁解をするな。……いくつかの証拠書類や証言が、お前の身辺から出てきたのだ。禁忌とされた呪文の断片や、王を貶める文面が書かれた紙片が……」


 騎士団長の口調にはかげりがある。明らかに自分の意思ではなく、半ば強制的に読み上げている感じだ。おそらく裏でラグランにでも脅されたか――あるいは騎士団の予算や権限を人質に取られているか。


 俺は忌々しさに奥歯を噛みしめる。

 ――くそ、こいつら、やりたい放題じゃないか。


 まわりの騎士や文官たちからは、なにやら冷たい視線や蔑んだような目線も感じるし、同時に「本当にリュオがそんなことを……?」という戸惑いが混じった視線も感じる。けれども誰も声を上げない。誰も俺を庇わない。それが、この場の“空気”というわけだ。


「この場で問う。リュオ・アルバートよ、お前は王家に背き、この国を脅かす禁呪を手にしようとした――事実だな?」


 ラグランが俺を睨む。鋭い眼光。


「……心当たりは一切ないな」


 ごく当たり前の反論。しかし、“公の場”では俺が何を言おうと無駄。すでに決定事項なのだと痛感する。


 伯爵は呆れたように鼻を鳴らし、


「まったく、最後まで愚か者だ。騎士の分際で、余計な力を持ちすぎたのが災いしたな……」


と吐き捨てる。金の髪を撫でつけながら、彼は堂々と言い放つ。


「リュオ・アルバート。お前の行いは、王国に仇なす大罪。よって――今この瞬間をもって、お前の騎士資格を剥奪する。王家への忠誠を誓う道を閉ざし、二度とここへ戻ることを許さん。要するに……追放、だ」


 その言葉が、広々とした大広間に冷たく響く。

 ――追放。

 わかっていたとはいえ、実際にその宣告を受けると、胸の奥がかっと熱くなり、次いでものすごい虚無感に襲われた。努力してきた日々、いくつもの戦場で勝利に貢献してきた実績――ぜんぶ踏みにじられ、一瞬で放り出されるのか。


 隣に控えていた騎士が、俺の両肩を無理やり掴む。


「……すまない、リュオ。俺にはどうしようもない……」


 彼はかつて共に修練した同期の一人、レオンだ。彼の顔には悔しさがにじんでいる。しかし彼もまた、ラグランたちに刃向かうだけの力はない。


「騎士団長、こいつの鎧と制式剣を剥奪するように。」


 ラグランが冷酷に命じる。

 騎士団長――は苦悩の表情を浮かべ、


「お、おい、そんなことまでするのか……」


 と低く呟いたが、ラグランは頑として揺るがない。


 それまで装備していた漆黒の鎧――俺の体に合わせて特注した一品を脱がされる。騎士徽章がはめ込まれた胸当てが無残にも外されていく。続いて腰の愛剣――王国制式の長剣――も強引にベルトから奪われた。もう、俺からは“騎士”の象徴が完全に取り上げられたわけだ。


 正直、腹が煮えくり返る。

 けれども、今ここで暴れ出したところで意味はない。いや、暴れたらラグランたちの思う壺――「やはり危険人物だ」とのレッテルを裏付けるだけだろう。


 俺は苦々しく視線を落としながら、抵抗をやめた。


「……いいぜ。わかった。騎士の称号、全部くれてやるよ。」


 まわりからはひそひそと囁き合う声、冷たい視線、あるいは同情の目もある。

 ラグランが最後のとどめとばかりに告げる。


「騎士を追われたお前には、二度とレアンドール王国の保護はない。事実上の国外退去だが、そうだな……荒野に行くもよし、乞食になるもよし。ただし――二度と貴族の前に姿を見せるな」


 彼が満面の笑みを浮かべているのが腹立たしい。まるで囚人を処刑台へ送り出すのを楽しんでいるかのようだ。


「余計なお世話だ。だが、言っておく。……いつか、お前のやり方のツケを払わされる日が来るぞ」


 俺が低くそう呟くと、ラグランは嘲笑を噛み殺しながら横を向いた。


 ――こうして、俺の“騎士”としての日々は一瞬にして幕を下ろした。



 ※※※



 視線の先には巨大な石造りの城門。そこから射し込む陽光が、無情にもまぶしい。

 数名の騎士に囲まれたまま城門を出たとき、門番たちも「……」と沈黙。誰も言葉をかけない。まるで俺が疫病神でもあるかのように、視線を避ける者もいた。


「リュオ……悪かった。本当に……。」


 一緒に歩いたレオンはそれだけ言うと、門を出た先で手を離す。もう足枷が外れたようだが、それは同時に俺が完全に“放り出された”事実を表している。


 城門の外は、にぎわう城下町が続いていた。いつもなら商人の掛け声やら馬車の音やらで活気に満ちた風景なのに、今日の俺にはその景色がモノクロに見える。


 ふと振り返ったが、門の中ではもう誰も俺を見ていない。

 ――気づけば剥き出しの体に薄手のシャツとズボンだけ、武器もわずかな荷物もない状態だ。さすがに手ぶらじゃ身の安全すら危ういが、どうにかして一から仕切り直すしかない。


「……これで終わりかよ、くそったれ」


 悔しさで顔をしかめつつも、冷静に次の行動を考える自分がいた。

 ――この国で生きづらいなら、荒野の都市に行くしかない。魔物だらけの危険地帯だが、そこでは冒険者たちが荒野を渡り歩き、素材や遺跡の宝を手に入れている――という話を聞いたことがある。

 もちろん金さえ稼げば、とりあえず飢えずには済むだろうし、俺の剣術を使えば、それなりに稼げる可能性は高い。


 政治のドロドロに巻き込まれて騎士団を追放された今、騎士としての強みがあっても、王国の庇護がない状態では危険が多い。 でも、「だったらあの荒野で腕を試せばいい」と腹をくくるほかないだろう。


「見てるか神様……悪いけど、俺はまだ終わりってわけにはいかないんだよ」


 小さく呟き、城門からまっすぐ歩き出す。きらびやかな城の影が背後に遠のいていく。


 城下町の往来を抜け、幾つかの露店を通り過ぎても、俺の心はまだ重いまま。しばらく進むと、やっと城下町の端にある小さな宿屋が見えてきた。


 少し安っぽい看板が掲げられた木造の宿、「アンテロープ亭」。

 旅人向けらしいが、評判はそれほど良くも悪くもないと聞いていた。俺が騎士だったとき、任務で外泊した際に名前だけは見かけた程度だ。


 扉を開けると、フロントらしきカウンターに陽気そうな女将がいて、


「いらっしゃい、なんだい? ちょっとくたびれた顔してるじゃないか」


 と気さくに声をかけてくる。


 「……部屋を借りたい。といっても財布が心もとないんだが……」


 正直、ほとんど手持ちがない。騎士団を追放されるとわかっていれば、先に貯蓄を引き出しておくんだったと思うが、今さら遅い。


 女将は困り顔になりつつ、言った。


「あんた、武器もないの? 何かあったのかい?」

「まぁ……ちょっとややこしい事情があってな。明日にはここを出るつもりだ」


 これ以上レアンドール王国の首都近辺に長居は無用。すぐに荒野の都市へ向かわなければ。


 女将はなにか言いたげな顔をしながらも、


「じゃあ、一晩くらいはサービスタイムってことで半額にしてあげるわ。……ま、私の気まぐれさ。」


とウインクする。優しい人だ。


 俺はホッと息をつき、「ありがたい。助かるよ。」とお礼を言って、部屋の鍵を受け取る。



 ※※※



 その夜、借りた小さな部屋のベッドに寝転がり、天井をじっと見つめる。


(……嘘みたいだな。朝までは騎士の鎧を着ていたのに、もう普通の旅人同然か。)


 部屋は狭いが、最低限の寝具は清潔そうだ。隣室からは旅人の笑い声がうっすら聞こえる。

 思い返せば、騎士団入りを志したのは幼い頃に見た“光輝く騎士の姿”に憧れたから。王国を守るため、必死に訓練を積み、独学で六属性の理論を組み合わせて魔法剣術を確立した。

 にもかかわらず、こんなくだらない陰謀で排除されるなんて――本当に、報われない話だ。


「……まぁいいさ。結局、騎士団ってのは貴族のオモチャみたいなもんか」


 自嘲混じりに呟く。


 荒野の都市グラドール。――そこは「灰滅の刻」以来、瘴気まみれとなった中央地域に隣接する最前線。

 危険な魔物がうじゃうじゃいるが、その分、魔物素材や遺跡の宝物を狙う冒険者が世界中から集まる、無論冒険者ギルドだってあるだろう。

 俺の力さえあれば、十分活躍できるはずだ。少なくとも、「騎士団の政治力」に左右されず、自分の力を試せる場所なのは間違いない。


 ――ラグラン・ヴェルナード伯爵め。

 いつかあの男の悪行を白日のもとにさらすチャンスがあるなら、絶対逃さない。王国が腐りきってるなら、それを正すために俺ができることはきっとある。


「いや、その前にまずは金を稼いで、まともな武器防具を用意しないとな……」


 何もかも振り出しだが、やるしかない。


 胸の奥で燃え上がる小さな怒りと、再起への闘志。それが今の俺を動かす唯一の原動力だった。



 ※※※



 翌朝、まだ薄暗い時間帯に目を覚ます。隣室の宿泊客が盛大にいびきをかいていて寝苦しかったが、なんとかぐっすり眠れた。


 女将に挨拶すると、彼女はパンと薄いスープの朝食を出してくれた。「お代は取らないよ。頑張りな、若いの」と片目をつぶって笑う。俺は素直にお礼を言い、味気ないながらも染みる一杯に胃を温められた。


 宿の外に出ると、朝日に照らされた城下町は活気を帯び始めている。馬車が往来し、商人が元気よく声を張り上げ、衛兵が見回りをしている――昨日の騎士団追放は夢だったのかと錯覚したいほど、変わらない風景。


 しかし俺はもうここには居場所がない。

 残っていれば、ラグランがさらに汚名を着せてくる可能性も高い。離れたほうが賢明だ。


「さあ……最初の一歩だな。」


 背負い袋には宿屋で購入した適当な旅支度と、最低限の食料。それらをぎりぎり買える程度のコインは確保した。武器がないのが痛いが、拠点都市に着いたら探すしかない。


 東の空に昇る太陽を背に、俺はレアンドール城下町の門を出る。

 これが――俺の新しいスタート。騎士としての栄光は奪われたが、俺の人生はまだ終わっちゃいない。


(冒険者ギルド……そして荒野か。あそこでなら、俺の剣を試せるだろう。下手すりゃ魔物に食われるかもしれないが……甘んじて受けるさ。)


 この先、どんな困難が待ち受けているのかは想像もつかない。しかし同時に、未知なる遺跡や膨大な魔物の群れ――それらを相手に俺の魔法剣術を存分に振るえるかもしれないと思うと、不思議と胸が高鳴る。


「さよならだ、レアンドール王国。……いや、いつか帰って来るかもな。その時までには覚悟してろよ、ラグラン」


 誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやく。


 後ろを振り返らず、長い街道を歩き出す。軽装だが、心だけは重くない。不思議な解放感がある一方で、煮え切らない怒りや悔しさがまた体を突き動かしている。


「荒野の都市……確か、グラドールって名前だったっけか? ま、着いてから考えよう」


 そうして俺は――「追放」の烙印を押された魔法剣士、リュオ・アルバートとして、新たな地へ歩み始めたのだった。

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