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佐久市の旧石器時代の遺跡

長野県佐久市に香坂山遺跡という旧石器時代の遺跡がある。今日、ラジオでこの遺跡を、国の史跡指定を目指しているという話があった。この香坂山遺跡、そこまでする理由があるのだろうか?


香坂山遺跡が発見されたのは90年代で、その時はそれほど注目されてない遺跡だった。普通の旧石器時代の遺跡と思われていたらしい。ところがその後、色々研究が進み旧石器時代の研究も進んだ。そういう中で香坂山遺跡は、2000年代に入ってから、奈良の専門学者に再調査を依頼し、その評価がガクンと変わる。


香坂山遺跡は、発見された旧石器とともに出土した炭の年代測定から、実は37000年前の遺跡だという事が判明したのだ。しかも37000年前というのは、日本で最古の旧石器時代の遺跡という事らしい。


そしてこの香坂山遺跡で発見された旧石器それ自体にも特徴がある。それは大きな石刃、小さな石刃、そして尖頭器の三点セットで発見されたというのが、大きな特徴なのだ。


この三点セット、海外で発見される旧石器時代の遺跡でも見つかるセットなのだ。特に韓国41000年前の遺跡、そしてタジキスタンで発見された47000年前の遺跡などにも、このセットが共通して見つかるという。他にもあるが、アジアの北の山沿いの地域なのだ。


つまりこの旧石器セットは、人類がアフリカで発祥して、ユーラシア大陸を石器とともに移動して来た軌跡を描いていると言ってもいいのだ。日本における旧石器は、独自発生か外来か、という論争もあるらしいのだが、外来説の大きな根拠になりうる発見だという。


ホモ・サピエンスがアフリカを旅立ち、タジキスタンに47000前に着いた。そこから6000年かけて、韓国まで移動し、さらに4000年かけて日本に移動したことになる。


実はこれまで、縄文人は東南アジアから海経由で来た、と考えられてきた。それがまた遺伝子解析で色々判っている。旧石器→縄文への変化は? 気になる。


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