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怪談短編集(仮)  作者: 吉田 晶


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4/7

オカザキ君の憂鬱

もう時効だと思うから、ここで話すくらいなら許されるだろう。


昔、友人のオカザキ君がえらく深刻な顔で、

「相談したいことがある」

などと言ってきたことがある。


 ☞【金を貸してくれ】

  【最近あの子のことが気になっているんだ】

  【最近、信仰に目覚めたんだが、お前もどうだい?】


せいぜいその三択程度だろうと高をくくっていたところ、


「俺、警察にパクられるかもしれない」


彼の口からそんな台詞が出てきたので、心底驚いてしまった。


あくまで真面目な顔で言うものだから、茶化すわけにもいかず、

何があったのか尋ねると、


「このあいだ、昼寝をしていたら夢を見たんだ。

あ、いや、自分でもよくわかってないんだけど……」


それだけ言って、喋るか喋らないか悩んでいる様子。


「昼寝をして夢を見た」と「警察に捕まる」がどうして結びつくのか?

読者諸兄は、是非その理由を想像してみてほしい。


当時の私は、その努力をきっかり5秒で放棄した。


「――あのさあ、夢を見ただけでどうして警察に捕まるんだよ?

その程度で捕まってたら、夏目漱石なんて生涯檻の中だよ?

それとも、キング牧師でも気取っているわけ?」


「そういう話じゃあないんだよ」


「……違う?ああ、わかった、頭脳警察にでも目ぇつけられたんだな?

サイケか?サイケデリック・ロックなんだな!?

わかった、一緒に警察に行ってやる。

で、やったのはLSDってことでいいのかい?」


「ラリってるって話でもなくて………うーん」


そこまで焦らされると、さすがに興味が湧いてくる。

彼をなだめすかし、重たい口をこじ開けてみれば、だいたいこんな話であった。




その夢は、自分が居眠りをした部屋から始まった。

時刻は夕方、周囲に特段変わった様子もない。

ただ、妙な高揚感があった。

体がやけに軽くて、空でも飛べそうな気分なのだ。


試しに家の外に出て、水の中を泳ぐような気持ちで手足を動かしてみると、

ふわり、ふわり、体が宙を舞う。

そのまま空気を掻いて、「電線を下に見る程度の高さ」まで浮かび上がる。

手を休めても、体が沈む様子はない。

その気になれば、もっともっと高くまで行けそうだったが、オカザキ君曰く

「なんか怖いからやめた」

のだそうだ。


彼はそうして、空中遊泳を楽しんだ。

手足を力いっぱい漕ぐと、だいたい自転車と同じくらいのスピードが出る。

そこで、近所を一巡りしてみることにした。

見慣れた景色も、空から眺めるとまるで表情を変えるので、飽きることが無い。

気が付くと、日も暮れかけていた。


眼下には畑が広がり、その合間を縫うように細長い農道が伸びている。

そこに、ぽつんと親子連れが歩いているのを見つけた。

すると、子供も空を飛んでいる自分のことを見つけたようで、

こちらを指さして何か言っている。


その時、オカザキ君は急に「この二人を脅かしてやろう」と思いついた。

ほとんど使命感と呼べるほどに強い衝動だったという。


彼は、親子連れの目の前に、

「アニメ版のバットマン」のようにぬるりと降り立つと、

「藤田和日郎の漫画に出てくる妖怪」のような笑顔を浮かべてやったそうだ。


母親は、子どもをかばうように立ちはだかったまま、固まっている。

そんな姿を、オカザキ君は笑顔のままじっと眺めていた。


どれくらい時が経っただろう。

ほんの一瞬だったかもしれない。

親子連れは、こちらを無視することに決めたようで、

何事もなかったかのように脇をすり抜けて行ってしまった。


足早に遠ざかっていく二人の背中をしばらく眺めていたが、

(これで終わらせてしまうのは、もったいない)

そう思ったオカザキ君。


彼は、奇声を上げながら空から二人を追いかけた。

それに気づいた子供が、こちらに届くほどの絶叫を上げた。


「――その時の充実感ときたら、それはすごいものだった」

彼は、恍惚とした表情で、

「ほら、いるだろ、『朱の盤』だの『ムジナ』だの、人を脅かすだけの妖怪が。

今なら、あいつらの気持ちがよくわかる。

楽しいんだよ、純粋に。

普段はさ、法律やら道徳やらでブレーキがかかっているけど、

それを取っ払うきっかけさえあれば、お前だってきっと同じことをする」

そんな堕天使めいたことまで言い出した。


「わかったわかった。それからどうした」私が先を催促すると、

「ああ、本当だったら、もっともっと怖がらせてみたかったんだけど、

農道の向こうに、誰か別の人影が見えた。

その時、急に冷静になっちゃってさ。

写真とか動画とかを撮られたら面倒なことになるぞ……ってね」


彼は空中でターンを決めると、そのまま逆方向に逃走した――


「そんなところで、目が覚めんたんだ」

そう話を結ぶオカザキ君。

「あくまで夢だったんだろう?それで、どうして警察が出てくる」

と私。


するとオカザキ君は、途端にカビの生えた干しブドウのような顔になって、

「昨日の夕方にさ、近所の保育園の前を通ったんだ。

ちょうど親が迎えにくる時間帯で、そこら中に親子連れが溢れかえってた。

そしたら、子供の悲鳴が聞こえたんだ。

反射的にそっちを見たら、夢の中で脅かした子供がいたんだよ……」


「ただの勘違いじゃないの?」

私がそう聞くと、オカザキ君は首を横に振って、


「子供の声を聞きつけて母親がすっとんで来たんだけど、

やっぱりあの時の母親だった。

それに、俺を見て、明らかにひきつった顔をしていたから間違いない」


「それで、どうした」


「どうもしない。走って逃げるのも不自然だから、

気付かないフリをしてそのまま通り過ぎた。

でも、心臓がバックンバックンして、生きた心地がしなかった。

どうしよう、どうしよう、自首したほうがいいのかな……」


「やめとけ、やめとけ、おまわりさんも迷惑だから」

私はそう諭してから、彼にしこたま酒を飲ませて酔いつぶしてやった。




――それから今に至るまで、彼が警察に捕まったという話は聞いていない。


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