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第5話 龍と獅子

「肉球がとても肉厚だ。ぷにぷにしたい」


 目の付け所が違う。


「獅子に肉球ってあったっけ?」

「……どう、だったかな……?」


 違いすぎていつもどうだったのか、謎になってくる瞬間。

 この神社は重要文化財でほぼほぼ締められていて数年がかりで修復をしているのだが、どうやらこの門は終わったばかりらしい。彫り物は立派だが明らかに色が新しかった。だから余計彫刻が見やすいのだろうが。


「あっちの獅子はなんだか弟に見える。こっちがお兄さん」

「……そう言われると確かに表情が違うような。こっちは厳しそうな目をしているけど向こうは」

「好奇心とか遊びたいっぽいような顔に見える」


 ひとつひとつ手彫りだから表情が違うのは当たり前だろうが、そんなふうに見て行くと性格も違って見えて面白い。

 キミカズがここに来るのは初めてではなかったが、いろいろなものが新鮮に見えるので忍を連れてきてよかったと思う。


「ここは門だから睨みを利かさないとなんだよね。何も悪いことしないから大丈夫」


 人がいないせいか忍はそう言って兄獅子に手を振って先に進む。かと思いきやすぐに足を止める、そのすぐ左手。


「……」


 小さな社がみっつ。説明も何も書いていない。ただ、石造りの名もない社が地面の上に3つ並んでいた。

 小銭をひとつずつ置いて手を合わせている。どうしたのかと聞いてもただ目についたからとそれだけだ。

 キミカズにもそこに何が祀られているのか、今はわからない。見える時と見えない時はある。むしろ「そこに何も」いなければ見えないのは当然といえば当然だった。


「やっと着いた」

「疲れた?」

「楽しい」


 一般的には15分の道のりを40分近くかけて歩いたと思う。

 ずっと登りだったが目に映るものが新鮮で、空気も良いと疲れも感じないのはよくわかる。清々しくはあれど、消耗は全く感じられないのはキミカズも一緒だ。

 そこは天を衝く巨石や断崖に囲まれた場所。

 頂上といえば頂上なのだが、おかげでひっそりと谷のようになって見える。さして広くもないその空間に、神楽殿、拝殿、本社、国祖社の他に授与所や摂社があり今までのスケールの大きさがウソのように建築物は密集していた。


「改修工事中だね」

「ごめん。何年か前から改修してたのは知ってたけど肝心の拝殿本殿が佳境とは思わなかった」


 岩の通路、そして双龍門。その流れでくれば当然上に上がって来るだろう。国祖社の改修も終わっているからこれでフィニッシュとばかりに正面メイン社殿がまとめてシートに覆われていた。


「参拝は国祖社で、だって。用事はそっち?」

「先に参拝してから社務所に声をかけようと思ってたんだけど……」

 普段は向かわない左手の国祖社に簡易通路を通って向かう。御簾の向こうは拝殿のようになっているが、誰もいない。

 双龍門は一方通行なのでシートに覆われた工事現場を迂回して裏から降りる。

 本殿の裏にはそそり立つ岩壁とその更に上に巨岩が乗っているのが見える。神社お馴染みの雷の形をした白い紙垂が下がっているということは、あそこまで誰か行って祀っているという驚愕の証拠だ。


「こっちが御神体なんだよね?」

「本社の奥は岩の内部に通じていて洞窟の御開帳はされていないという話」


 正に最後の仕上げとばかりにシートがかかっている建物を左手に順路を回ろうとするとその場所に来る。

 距離がないので首が痛い角度で見上げることになる。


「社務所はすぐそこだからここを散策していてもいいよ」

「じゃあそうします」


 言葉遣いが清明になると忍の対応も無意識に敬語になるのが最大の不思議だ。

 そんなことを思いながらキミカズは狭い階段を下って双龍門の下の段に戻って来る。


「すみません、中央から来ました伏見と申しますが、斎木宮司はいらっしゃいますか」

「伺っております。こちらへどうぞ」


 あっさり通されてキミカズは忍を気にかけるが放っておいても時間を使うのは上手い子だ。退屈はしないだろうと要件を済ますことにする。


「伏見様、遠路はるばるよくいらっしゃいました」

「同じ東京ですよ。あと様付けはやめてください、斎木さん」


 壮年のがっしりとした体格の男が現れて頭を下げた。白い装束に紫の袴。袴には薄く八藤丸の文様が入っている。二級上の位の袴だ。

 これより上になると一級職として白の文様になる。全国の神職の内1パーセント、200人程度であろうか。更に上は伊勢神宮や神社庁の上位職なので実際お目にかかる一般人はそういない。

 斎木はまだ宮司としては年若く、ベテランと言えど紫袴というところか。


「では仁一きみかずさん、……今日の格好はそうお呼びする方がしっくりくる感じですね」

「……年相応なので。ここまでは観光客として友人と来ました」

「事前にお伺いした方ですね。その方はどちらに…… !」


 斎木がそこまで言いかけたその時だった。

 突然窓の外でつんざくような轟音が響いた。

 びりびりと余波で窓が振動している。

 障子の閉まったそちらを見るが何が見えるというわけでもない。


「……雷……?」

「いきなり落ちた感じですが、こういうことはよくあるんですか」

「地形的に余りないです。あぁ、来ましたよ」


 ぽつぽつと窓を叩く音。

 それは見る間に速さと激しさを増し、外から男女問わず断続的な悲鳴が聞こえてくる。先ほどの雷鳴に相当する雨が降り出してしまったらしい。


「斎木宮司、外はどうしましょう」

「こういう雨はすぐに通り過ぎるだろうけど一旦建物を解放しよう」


 浅葱色の袴の神職がそう顔を出したので、斎木は避難場所の開放指示を出した。

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