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第2話 森の参道

 夏が終わってほどないこの時期は、まだ夏のように暑いこともある。

 Tシャツに白いナイロンのフーデッドコートを羽織り、チノパンという非常に軽やかな装いでキミカズは忍と合流する。

 「清明」の時は肩まで降ろした薄めの色素の髪は後ろに軽く結び、右手には小さな銀のコイン飾りのついたワックスコードが二重巻きにされていてことさら色々な意味で軽かった。


「キミカズ……」

「せっかく休みだし、暑いし、目立ちたくないから」

「そうだね、目立つよね術師の格好は」


 その姿が意外だったのか、清明の時とは違った口調と視線を向けながら忍は次の電車を待って乗り込む。

 「清明」として出会った彼女らは、「キミカズ」として出会った自分と清明を別人として扱っている。


「忍は忍で私服だし、なんかデートみたいな」

「キミカズにデートに誘われたら断っていた気がするんだよ、私は」


 本当にまったく敬意とはかけ離れた口調に、内心キミカズは苦笑した。

 基本、彼女やその周りにいる人たちは清明には知恵者のように敬意をもって接し、キミカズには友人として接する。しかしやんごとなき系譜に生まれてしまったキミカズとしてはそれは有難いことでもあった。


「今日は巌殿がんでん神社に行くんだよね? 実は前にも行ったことがある」

「そうなんか。じゃあサプライズしてないで確認した方が良かった?」


 「キミカズ」である特性上、見た目だけでなく口調も変わるのは仕様だ。どちらが本当、ということはない。どちらも自分だと認識はしている。


「ううん、あそこは何度でも行きたい感じがするとこだったから……建物もすごいよね」


 巌殿がんでん神社は、自然の中にある。むしろ「山の中にある」と言い換えても過言ではないだろう。

 東京と言っても都会のイメージは23区に一極集中で、都の面積のおよそ4割が森林であるという事実はあまり知られていない。

 更にその内25%を多摩地域が占めていることから……まぁ簡単に表現してしまえば、東京都の地図を真っ二つに折った西側の更に半分は全部森。という感じになっている。

 だからそこに山があってもおかしくないし、人が入らないような場所があってももちろん何も不思議ではない。

 巌殿神社はそれこそ参道を徒歩15分、坂を上がり続ける先にある。


「涼しいね」

「山って言うのもあるけどな」


 ぽろりと失言してしまうキミカズ。そうなのだ。参道の上り口に大鳥居があるが、そこをくぐると御神域。「くぐって」しまえば人外の領域と言っても過言ではない。

 足元から来るひんやりとした冷涼さは山の持つ物理的な涼しさに加え「別のもの」があることをキミカズは体感している。


「御神域だから、違う?」

「この山全体がそんな感じだけど、わかりやすいよな」


 失言を失言と思っても仕方ないので日常会話の延長として続ける。

 明らかに空気が変わるのだ。何も見えない聞こえない、そういう「ふつうの人」の間でもパワースポットとして有名になるには十分な感覚変化だろう。

 神仏習合の名残もある随身門を越えると、すぐに禊橋みそぎばしがある。

 数メートル下を流れる小川が右手上流から左手に抜ける、その上だ。

 あまり意識されないがこれには清流の気で身を清めるという意味がある。


「この苔むしてて清々しい感じが好き」

「フィトンチッドがすごいだろ」


「まるで普通の観光客」のように参道を上がっていく。右手下方には絶えず渓流が見え、そこから少し高い位置にある参道の脇は杉や自然林に囲まれる。左手は石垣で更に高くなっていて、元々は急斜面を切り開いて作られた道であることが伺える。

 木々の影で特に陽の薄い石垣からは、昨日降った雨が清水のように湧き出て緑の苔を濡らしていた。

 忍がふと立ち止まる。

 右手を見上げる。

鞍掛岩くらかけいわ」と小さな札に書かれていた。


「……」

「どうかしたのか?」

「キミカズが何も言わないってことは、ここには何もない?」

「俺をセンサー代わりにしてる?」

「だって私には何も感じないから」


 感じないのであればなぜ思いついたように立ち止まったのだろう。

 キミカズもそれを見上げた。清流の向こう、切りたった崖の中腹に低い虹麓ような形で中空にかかる岩の橋がある。

 川の上なので開けているおかげか、高くなって来た日差しを浴びているが特に何ということはない。


「何も知らない方がいいんじゃなかった?」

「え。怖い系なの?」

「そうじゃないけど……」


 あまり知りたがっていないように言っていたので反応がポジティブであることに意外性を覚える。

 聞いてみると「こういうところだから怖いのはいないかなって思って」とそれなりに単純な理由が返ってきた。


(怖い。か……)


 それからすぐに、ふ、と忍は左手の何もない林の中を見た。何を見たというわけでもない。しかしキミカズは理解する。


(そこ、君の嫌いな『怖いやつ』がいるけど)


 見た目だけだ。忍のいう怖い、というのは人に害をなす者という意味だろうから、これは問題ない。

 ただ、それはじっと冷たい空気をまといながらこちらを視ていた。どうも人間が好きではないようだ。が、何もしないなら向こうも何もしない、という手合いではないかと思う。


「そういうことなら何か感じたら言ってごらん。答え合わせしてあげるから」

「キミカズ、清明さんモードになってるよ」


 「視えていた」からだろう。うっかりちゃらけたキミカズを置き去りにしてしまった。TPOに応じているだけで特に意識して使い分けているわけではないのでまぁどうでもいい。


「でもここでそう言うってことは『何かいる』?」


 忍が聡く聞いてきた。

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